第492話 ソフィアの卒業試験
年末年始特別連続投稿です!
1/3までの四日間ですが、毎日投稿します。
ぱちぱちと弾ける焚き火を眺めながら自分で狩った魔物の肉を噛み千切った。
よく焼かれてはいるけれど、普段食べている食事からするととても残念な味わい。
血抜きはしたし、塩だってかけてある。
食べられるだけマシという生活を送っていた頃の私が聞いたら贅沢だと怒られてしまうだろう。
「はあ……ママ達に会いたいな……」
私ソフィア……ではなくソファイア・ジュエルエースはただいまとある学校の卒業試験の真っ最中。
私を引き取ったジュエルエース家の当主セシーリア・ジュエルエースが理事長を務める学校であり、あちこちから連れてきた孤児達を集めて一人前の冒険者に育てる機関。
セシーリア……セシルママは普段は穏やかで私をとても愛してくれているのだけど、厳しい部分もあって今回の卒業試験も私だけが特別にキツい試験みたい。
でもセシルママが私なら出来ると言ったのなら、きっと出来ないことはないと思う。
セシルママは女性だけど、女の人が好きみたいでたくさんの奥さんがいる。
その中の一人でセシルママが一番仲良くしてるユーニャママも試験なんて楽勝だって言ってきた。
猫みたいな耳が生えたチェリーママも一人で羽を伸ばせば良いって言った。
ミルルママは私のことを凄く心配してくれて出発のギリギリまであの柔らかいお胸で抱き締めてくれた。
リーラママは学校の校長先生もしているからか、いろんな注意点を話してくれた。決して無理をしないようにと。嫌なら止めていいとも言ってくれたのはリーラママだけだった。
ステラママは普段から私のお世話をしてくれるせいか、数日いなくなるだけで凄く落ち込んでいた。
こっそり私のお弁当を用意していてセシルママに怒られていたのは可愛かった。
どのママも素敵な女の人で、いつかは私もママ達に負けないくらい大人の女性になりたいな。
一人で野営する場合はほとんど眠れないと学校で習ったけれど、私はテントの中でぐっすりと眠ることが出来た。
ほとんど人がいない地だからたくさんの魔物がいるはずなのに、わたしのテントにはちっとも近寄ってこなかった。
朝になって魔法の鞄に野営道具を片付けると、早速昨日の続きに取り掛かる。
既にドラゴスパイン山脈へとやってきてから四日が経過している。
少なくともあと一日過ごした上で脅威度Sに認定されている魔物の魔石を持ち帰るのが今回の試験。
けれど私が山に入ってから討伐した魔物はせいぜい脅威度B止まり。空を見上げると時折ワイバーンが飛んでいて、上空まで攻撃してくるような強力な魔物がいないことを示唆していた。
「もっと奥まで行かなきゃ駄目かな? でもあんまり遠くまで行くと帰ってこられないかしれないし……」
ママ達は私が試験に合格出来なくても叱ったりしないかもしれない。
ずっと王都の屋敷で大切にしてもらえるかもしれない。
けど……なんか嫌だ。
あの素敵なママ達に「ソフィア」と名前で呼ばれるだけで嬉しいはずなのにね。
自分の意志を固めた私は足に力を込めて更に奥地へ、帝国との国境付近まで行くことにした。
そして、また少し時間が経って。
「今日で七日目……帰る日にちを考えると、もうギリギリかもしれないって考えてたよ」
ようやく、私の目の前には脅威度Sの魔物が現れた。
それはほとんど人と同じ姿をしている全裸の女性で、険しい山の更に深くで稀に遭遇する山の精霊オレイアス。
精霊と言えばステラのように心を持つ者も多いらしいけれど、そのほとんどは人を襲うため魔物と同じ扱いとなる。
しかも強い魔力を持ち、どんなに最低でも脅威度はA。でもあそこにいるオレイアスの魔力は通常の精霊のものを大きく超えている。あれなら間違いなく脅威度S中位だと思う。
ただ精霊などの魔物は確認された数が少ないせいであまり情報がなく、私も学校で聞いた程度の知識しかない。
それでも、これを逃したらもう見つけられないかもしれないと焦る私には躊躇は無かった。
だんっ
勢いよく地面を蹴ると右手で短剣抜き、魔闘術で全身を強化する。
「~~~~~~っ?!」
その音に反応したオレイアスは声にならない叫び声を上げた。
その行動の意味はわからない。
他の魔物には叫び声を上げて仲間を呼び寄せるものもいるし、それと同じかもしれない。
「暴風砲!」
叫び声をかき消す意味も含めて多めの魔力を使って天魔法を放つと、オレイアスの声を消した上でその身を暴風の檻で捕らえてくれた。
「よしっ!」
反撃される前に倒せば、相手がどれほど強くても関係ない。そう授業で習ったし!
離れたところから一方的に攻撃を仕掛けていた私はオレイアスの動きが止まったところで一気に近付いていく。
「レヴィアタン! アスモデウス! お願いっ!」
駆けながら神の祝福である悪魔達の名前を呼ぶと私の体から黒い魔力が流れ出てすぐ隣で一緒に走る獣が現れた。
一匹は真っ黒な大蛇、もう一匹は角が四本も生えた漆黒の山羊。
彼等は私が攻撃するよりも早くオレイアスへ敵意を向けると、大蛇からは水で作られた大槍、そして山羊の角でバチバチと音がしたかと思うとそれらは敵に向かって放たれていた。
「私もっ! 剣魔法 圧水晶円斬!」
水の大槍、刃、そして電撃が動けなくなっているオレイアスへと真っ直ぐに向かう。
私達の攻撃は全て直撃してオレイアスの腰から下が離れ、頭は砕け散った。更にトドメとばかりに電撃がオレイアスの体を焼き焦がす。
相手が精霊なのでどのみち直接剣で斬りつけたりは出来ないものの、明らかにやり過ぎていた。
「あぁぁ……魔石は大丈夫かな。ちょっと張り切りすぎちゃった」
セシルママとの特訓後、私は普通では考えられないくらい強くなったと思う。
ママ達やアイカさん、クドーさんには敵わないけど、騎士団の隊長くらいまでなら勝てると思う。
普通九歳の子どもが脅威度Sの魔物を倒すなんて有り得ないから。
オレイアスの亡骸から魔石を取り出すとサラサラと砂のように崩れて消えていく。
ややオレンジがかった黄色い石の中にぼんやりと何かの印が浮かんでいるので、これが魔石で間違いない。
「よしっ、じゃああとは帰るだけだね!」
帰ると言っても屋敷まで自力で帰るわけじゃなく、ローヤヨック侯爵領にあるドラゴスパイン山脈の麓の町までだけど。
その町の冒険者ギルドでこの魔石を買取に出せば試験終了。迎えが来てくれることになっている。
普通に歩いて三日くらいなので何とかなると思う、そう考えていた私の周囲に突然いくつもの敵意が現れた。
「さっきまでは全然姿を見せなかったくせに……」
そういえば授業で習った気がする。
精霊系の魔物は一匹倒すと報復で近くにいる同じ精霊系の魔物が集まってきてしまい、更に他の魔物を呼び寄せたりすることもあると。
ざっと感じられる気配は二十くらいでほとんどが脅威度Aくらいの魔力しか感じられない。
「にしても、この数はどうなの……もうっ! ベルフェゴール! ルシファー!」
既に呼び出していたアスモデウスとレヴィアタンだけでなく追加でもう二体の悪魔を呼び出した。
「いくよ。殲滅してっ!」
私と黒い獣達の咆哮で乱戦が始まった。
飛び交う魔法が相手の攻撃を相殺し、または貫通してはその数を減らしていく。
悪魔達の攻撃は私の魔力依存なので、魔力を込めるほどに彼等は強くなるものの、反面私自身のMPをしっかり管理しないとあっと言う間に魔渇卒倒してしまう。
黒い獅子のルシファーから放たれた炎に包まれたオレイアスがまた一体砂に帰ると、ベルフェゴールはその特殊な力で精霊達の動きを抑えつけていた。
「剣魔法 光縛剣!」
空から降り注ぐ光の剣が動きが鈍くなった精霊達へと突き刺さってどんどんその命を刈り取っていく。
残り四体、と思ったら更に別の精霊型魔物まで現れた。
ドリュアス、アルセイスなど近隣にいた精霊が全て集まっているのではないかと錯覚するほどの数が次々に押し寄せてくる。
数はもう、数えていられない。
「負けっ……ないっ! 絶対帰るんだっ!」
自分を鼓舞させた上で叫び声を上げると私は悪魔達と共に精霊達へと立ち向かっていった。
どれほどの時間が経過したかわからない。
けれど、近くに落ちている魔石の山が倒した精霊の数であり、襲い来る精霊は全て倒しきったはずだ。
これならセシルママも合格って言ってくれるに違いない。
残り少ない魔力で傷を癒やして立ち上がると魔法の鞄に大量の魔石を入れていった。
それから麓の町を目指して足を進めていく。
まだ大丈夫。
ちゃんと間に合うはず。
時々休憩を挟みながら山道を進む。さすがにあれほどの襲撃を受けたばかりなのでゆっくり休みたかったけれど、だからこそ夜は油断せずに浅い睡眠を何度も繰り返した。
そして最終日になってようやく私はドラゴスパイン山脈から下山することが出来たけれど、山の入り口には見知った顔があった。
「お疲れ様でしたソファイア様」
ジュエルエース騎士団副団長のエリーだった。
「エリー? どうしてここに?」
「ソファイア様が心配でしたので……ですが、その必要はなかったようですね」
目立った怪我もなく帰ってきた姿を見たエリーはふわりと微笑んだ。
精霊達に襲われた直後は結構ボロボロにされてたけど、それは伝える必要のないこと。無意味に心配させるのはよくない。
「さぁ、冒険者ギルドへ参りましょう。ここからなら歩いてすぐですから」
エリーに促されて頷くと、彼女に先導されて歩き出した。
そうして冒険者ギルドへやってくるとすぐに買い取りカウンターへと向かう。
魔法の鞄からザラザラと出てくる魔石の山を見た買取担当者の顎が外れるんじゃないかってくらい口を大きく開けていたのは面白かった。
その後、買取明細とともに渡された報酬はかつてセシルママが私を引き取る時にお父さんへと支払った金額の半分近いものだった。
「す、すごい大金なんだけど……ど、どうしよう。エリー、どうしたらいい?」
「それはソファイア様が働いて得たものですから好きになさればよろしいかと。セシーリア様も同じことを申し上げると思いますよ」
「……ほんと?」
「はい。間違いありません」
「……わかった。じゃあ一つ欲しいものが……」
エリーの柔和な微笑みに私もほっと胸を撫で下ろしていたところだったが、トラブルはいつも突然やってくる。
「おいっ、お前ズルしただろっ!」
振り返ると、そこには私より少し年上の子ども達が険しい顔でこちらを指差していた。
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