第491話 卒業試験
年末年始特別連続投稿です!
1/3までの四日間ですが、毎日投稿します。
クランを正式に発足したことで足りないものはいくつもあることに気付いて慌てていた。
メンバーには不満も不備もない。
ソフィア一人だけでも出会った頃のチェリー程度の強さの魔物なら討伐してしまうだろう。
クランハウスは学園と併設して建設が始まっているし、学園を卒業後はクランハウスに住んでもいいし王都に自分で家を買って通ってもいい。
ソフィアは屋敷からの通いだし、ナナもアイカと寝食を共にしている。
ただ事務員がいない。
ギルドから届く依頼を管理する人、クランメンバーの労務管理者、経理担当者、ハウスキーパーなどなど。
勿論これらを私が手配する必要はないので、出来る人達に丸投げである。
誰かって?
「おい、クランハウスへの資材納入日程をしっかり詰めておけと言っておいただろう。ハウスキーパーと料理人は別で雇えと言っておいたはずだ。今から雇い入れ? 馬鹿を言うなっ! 彼等は皆孤児だったんだぞ? 今すぐミック教育部門長に話してこいっ!」
「社長、ブランド部門の会議の時間が迫っております」
「私の決済が無くては話し合いも出来ない馬鹿しかいないのかと言っておけっ!」
「はっ、はいぃっ!」
ソフィアの兄、総合商社デルポイの社長であるコルチボイス・ランディルナ侯爵。
パワハラな無茶振りはまだ治ってないけど、優秀なのは間違いない。
「社長、ちょっといい?」
「いいわけあるかっ! ……会長、と副社長でしたか。失礼しました」
おおう、私に対しても遠慮無く噛み付いてきたところをみると、彼のキャパシティを以てしてもすんなりいかないほどにかなりの負担を強いているようだ。
「悪いね、無茶なお願いをしちゃって」
「何を言っているのですか? 可愛い妹に良いところを見せたいと思わない兄がいるわけないでしょう。それに、名誉挽回の良い機会ですから」
「……今度ソフィアを食事にでも誘ってあげて」
「えぇ。クランハウスを完全にいつでも稼働出来るように準備が整ったらそうさせてもらいます」
よろしくね、と短く伝えて私は同行していたユーニャと一緒にデルポイの社長室を後にした。
それからリーラインのいる学園の校長室へ。
「待ってたわセシーリア。ちょっと打ち合わせしたくて」
応接セットで向かい合わせに腰を下ろすとリーラインは真面目な顔で一枚の紙を出してきた。
わざわざ朝食の後、一人になったタイミングで約束してくるのだから言いにくいことだろうか?
「子ども達のことだけど、特別クラスは別としてもここで教えたことがちゃんと身についているかどうかを判断してからクランに入った方が良いと思うの」
「うん、それはそうだね。リーラインの言うことは尤もだよ」
「だから試験をしたいと思うのだけど、良いかしら?」
「なるほど……卒業試験かぁ。良いんじゃないかな。一応全員冒険者ギルドでギルドカードは発行されてるんだよね?」
「えぇ、それは間違いないわ」
なるほど。じゃあ卒業祝いに私から彼等に渡すのは二つだけで済みそう。
しれっとあまり関係ない話を入れて必要な情報を手に入れた私は試験について考えてみた。
「うん。じゃあ万が一合格出来なかった場合は十日間の特別補修後に再試験。それでも駄目なら半年間クランの雑用係をしつつ勉強と訓練をしてから再々試験。それでも駄目ならクランの雑用係としての仕事をしてもらうってことで」
「良いと思うわ」
一応子ども達には特別クラス以外にもランク分けさせてもらっているので、実力に見合った試験を用意すれば良いだけだ。
そしてすぐに転移でやってきたのは第一大陸に作った祭壇……の前に第四大陸へ寄り道した。
コスモス・グリッドナイトのおかげで回収しそびれた宝石の入った鉱脈をひとまとめにした山を連れていく。
そして祭壇には新たな山が生えた。
「これで山も四つかぁ。壮観だね」
「まさか、こんなの作ってるとは思わなかったよ……。これ、中身全部宝石なの?」
「そうだよ。加工はしてないから原石ばっかりだけどね」
出来ればもっと増やしたいところではある。
それぞれに大量の宝石が入った本当の意味での宝石箱……いや山?
標高千五百メテルはある巨大な岩山がここに並んでいるのは、私が各大陸にで集めてきた宝石が入っており、屋敷の地下や私の異空間に入れておける量を超えてしまいそうだからだ。
魔法の鞄や箱を使えば整理は出来るけれど、目に見える形の方が嬉しいしね。
「さて」
声に出して一区切りつけると、私は祭壇にある小規模ダンジョンの内部へと転移していった。
「あ、いたいたベンちゃん」
「む? セシルか。ダンジョンは順調だぞ? そろそろ中級冒険者に合わせた仕様も作れそうだ」
「そうなの? それは重畳。ちょっとお願いがあってね」
私は先ほどリーラインと決めた内容をベンちゃんこと、学園専用ダンジョンマスターのベノケンツスに丁寧に伝えた。
「なるほど。ほとんどの者はそれで大丈夫だろうが、その特別クラスの子ども達は我のダンジョンでは対処出来ぬのではないか?」
「それについては考えがあるから大丈夫」
クランメンバーのほとんどは脅威度Cの魔物をパーティーで討伐して帰ってくることを卒業試験とした。
彼等は良くてもレベル二十程度だし、卒業試験の間は誰かを引率させることで安全対策もばっちりだ。
ただ特別クラスだけはレベルの伸びが良いし、何より神の祝福を持っているために脅威度Bの魔物でさえ倒してしまう。特にジルバ達は特殊な神の祝福のおかげもあって単体ならば脅威度Aの魔物でさえ討伐可能だ。
なので戦闘能力以外を見るために行軍試験としている。
決められた日数以内に受けた依頼を遂行しつつ、目的地まで辿り着いて帰ってくること。
そしてソフィアに関してもちゃんとそれなりの試験を考えている。
「え? 一人、で?」
屋敷に帰った私はその日の夜にソフィアへ試験内容を伝えた。
「無茶ですわセシル!」
早速私に異議を唱えるミルル。
本当に彼女はソフィアに対して過保護だよね。
「全然無茶じゃないでしょ。必要な技能は学校で教えられたし、強さでいえば同じ年の頃だった私よりも遥かに強いよ?」
「そういう問題じゃありませんわ。成人していない令嬢が一人で山籠もりなど……」
「そうよセシル。女が一人で生きるってのは思った以上に大変なのよ? アタシみたいに町で残飯漁るのとは訳が違うんだし」
ミルルに同調したアネットまでもが参戦してきた。
私からソフィアに出した試験はドラゴスパイン山脈で脅威度Sの魔物の魔石を手に入れてくること。
期限は十日間。
あそこなら脅威度Sの魔物もそれなりにいる。
ただ、たまに群でいることもあるので脅威度Sでも下位から中位までは何が出るかわからない。
「五日より短くても駄目。勿論期限を過ぎても駄目」
「……セシルママは私なら大丈夫だって、そう思ってるんだよね?」
「えぇ。余程のことが無ければ大丈夫だよ。万が一の時には私に救援を出して。必ずすぐ行くから」
「わかった。やる」
両手をぎゅっと握り締めてソフィアは頷いた。
まぁそれとなく白龍王にでもソフィアの気配を探っておいてもらうよう頼んでおくけどね。
「大丈夫、ソフィアならきっと余裕だよ」
「そうなの。たまには自然の中でゆっくりするのも悪くないの」
ユーニャとチェリーは乗り気のようで試験内容に賛成らしい。
リーラインだけは学校の校長をしているせいか、あまり干渉してこない。
「でもセシーリアはソフィアに対してもっと甘くなるかと思っていたわ」
「そんなことないよ。可愛い娘だけど強く生きてほしいと思ってるからね」
「……たまに貴女の行動に一貫性が無い気がして不安になるわ」
「そんなことないよ。大事なもの八つ、決めたばかりでしょ?」
リーラインは「そうね」と微笑むとそれきり口を噤んでしまった。
何か回答を間違えてしまっただろうか?
ぎしり
背もたれに体を預けると音を立てて軋む椅子。一時期コルが座っていたけれど、なんだかんだで貴族院を卒業してから八年も使っている愛着のある椅子だ。
その椅子に座って一枚の書類に目を通している。
卒業試験は校内での成績が優秀であると認められたパーティーに受ける資格が与えられることとなった。
個人単位にしてしまうとどうしても知識や技能に差が出てしまうためである。
今回卒業試験を受けられるのは特別クラスから三パーティー。神の祝福を持っているからと言ってもそれだけでは生き残れない。しかしながらあるとないとでは大きな違いがあることは今回のことでよくわかった。
ジルバ達ともう一つのパーティーは私も子どもの頃に受けたことがあるバルムング草の採取とブラッディエイプの討伐を五日以内に。
ソフィアは話していた通り、ドラゴスパイン山脈で脅威度Sの魔物の魔石を持って帰ること。
それ以外の通常クラスからも四パーティーに受験資格を与え、彼等はベンちゃんのダンジョンに挑んでもらう。
恐らくは冒険者ランクも地道に上げてもらうことになるだろう。
「でもさセシル」
「うん? 何、ユーニャ?」
「確か陛下に一年くらいで脅威度Sの魔物を討伐出来るクランを作るって話じゃなかったっけ?」
「……そういえばそんな約束あったね。それじゃジルバ達が卒業したら複合ダンジョンで研修だね」
ちょっと頑張ればレベル四桁くらいならすぐ届くはず。ジルバ達を二千くらいに、それ以外の特別クラスは千くらいで。
ソフィアも卒業後に再度研修という名のスキルの進化やレベル上げをしてもらおう。
そんなパーティーを三つか四つも作れば、あとはソフィアさえいれば何とでもなる。
「それで、どうする? 試験が終わるまでは出発出来ないんだよね?」
「まぁ、そうなるね。それに誰を連れていくかも決めてないし」
普通に考えればエースとノアである。
彼等は私と旅はしていないので後々不満が出るかと思ったけど、尋ねてみたところ仕えられればそれで良いそうだ。
一人でもいいけど、つい最近一人での外出禁止令を出されたばかりだしね。
だから最近はパートナーの誰かか眷属を必ず連れていくことにしている。
「それなんだけどさ」
どうしようかと考えていたところ、ユーニャが指を一本立ててニッコリと微笑んだ。
「私達みんなでいかない? セシルと私、ミルルにリーラインにチェリー、勿論ステラも」
……確かにみんな揃って高レベルだし、決闘システムが発生するような相手でもいない限りは危険なんてほぼ有り得ない。
「じゃあそうしよっか。……これも新婚旅行かもね!」
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