閑話 イーキッシュ公爵領へ……避暑? 前編
真冬なのに避暑とは……すみません、これの原案を思いついたのが真夏だったので……
コミカライズされました!
ピッコマ様で先行配信されております!
セシルもユーニャもとっても可愛く描いてもらっています!
「今日も暑いわねぇ」
ふと聞かされたミオラの一言にハッとした。
第五大陸に向かうための準備に勤しんでいたところ、私は執務室の机から顔を上げた。
そこには長袖の騎士服を着たミオラが立っており、パタパタと手で首元を扇いでいた。
「あれ? ミオラの着てる騎士服って温度調整の機能入れてあったよね?」
「魔石で、でしょ? 今は魔石を身に着けてないから普通に暑いわ」
「着ければいいのに」
「あのねぇ……あれにいつも頼っていたら危機感が足りなくなるでしょ? だから討伐とか護衛、巡回任務以外じゃ身に着けないように騎士団に通達してるのよ」
なんて勿体ない。
あれから数を増やして副隊長までは支給してるのに身に着けないなんて。ちゃんと拘って加工したユニセックスなデザインなのに。
「……とは言え、ミオラの言うことも一理ある、かぁ……。ねぇ、近々で対応しなきゃいけない討伐依頼は入ってる?」
「そうねぇ……。イーキッシュ公爵領の湖に出る脅威度S魔物、レイクグランデの討伐ね」
レイクグランデ。確か凄く大きなイモリみたいな魔物だったかな。水の中を高速で泳ぐ上に地上での活動も素早い蜥蜴型の魔物で、両生類なのにちょっとした電撃や炎まで操る。
「私の記憶だと脅威度SじゃなくてAじゃなかったっけ?」
「この季節は繁殖期で気が立ってる上に数が集まるのよ。敵味方関係なく痺れさせるから私も嫌いなのよね……」
ふうん、と曖昧な返事を返したものの、副隊長以上のメンバーなら一人で討伐可能な魔物だ。
折角だし、たまには騎士団のメンバーを慰労するのも良いかもしれない。
「ミオラ、巡回以外の騎士団全員へ通達。イーキッシュ公爵領への討伐には全員で行くよ。巡回する騎士には後日別のものを支給する」
「……また何を思いついたの? 言っておくけど、全員で行くような内容じゃないわよ?」
「いいからいいから。目的地到着は三日後の四の鐘までね」
「相変わらず無茶苦茶ね……わかったわ」
ミオラが頷いたのを見て、私は満面の笑みで答えてあげた。
さて、イーキッシュ公爵領にやってきました。
目的地となる湖はいつでも行けるので、私とパートナー達は領主館に滞在している。
目的は勿論。
「姉上……あの、僕ももう成人してますから……」
「だってあのディックがこんな立派になって……ねえねは嬉しいのと寂しいのと嬉しいので寂しくて……」
「セシル、言葉が繰り返されてるよ」
応接室でディックの隣に座り、頭を抱えながら撫でているとユーニャが苦い顔をしていた。
「こんなセシル初めて見たの」
「ふふっ、でもこんなセシーリアも可愛くて素敵ね」
割と普段屋敷でキリッとしているせいか、リーラインとチェリーからは物珍しく見られているけれど、ベッドの上ならいつでも情熱的なはず。
「姉上の新しいご夫人方ですね。僕はディッカルト・イーキッシュ。次期イーキッシュ公爵であり、セシーリア・ジュエルエースの実の弟でもあります」
「まあっ、ディックも随分と立派に挨拶出来るようになりましたのね」
「それなりに、祖父から厳しく躾られまして……ベルギリウス公もお元気そうで何よりです」
「えぇ、貴方も」
「けど……いつも『ねえね、ねえね』って言ってたディックの立派な姿をこうして見てるとセシルの気持ちもわからなくはないね」
「ユーニャさんまで……あまりからかわないで下さいよ」
実際のところ、かなり本人も頑張ったと思う。魔道具については凄い才能を見せたけれど、それ以外の勉強や運動は得意じゃなかったからね。
どちらかというと発達障害と診断されてもおかしくなかった。
当然この世界にそんな診断名はないので、覚えの悪い子として扱われてしまうところだけど。
「で、リーアは今どのくらいなの?」
私の反対隣で大きくなったお腹をさするリーア。
元々プイトーンの町でゴランガというSランク冒険者に拉致監禁されていたところを助けた元冒険者であり、ランディルナ至宝伯家の立ち上げで雇った最初期の使用人の一人である。
現在はディックの妻として彼をしっかり支えてくれていると思うけど、妊娠しているとは知らなかった。
「今七ヶ月ほどです」
「そっか。産まれたらまた来るからね」
私の甥か姪になるのだし、これはとびっきりな性能の装飾品を用意しなきゃ。
「姉上、お祝いは『普通』でお願いします」
「うん、大丈夫。任せておいて」
ウチの騎士団の隊長クラスに渡しているような……いやいやそれよりもっとかな?
さすがにソフィアに与えているほどの能力となるとやり過ぎだということは私にだってわかる。
よし、なんとなく方向性が掴めてきたよ!
「これ絶対わかってないね」
「間違いありませんわ」
「わかってないわね」
「わかってないの」
コクコクと頷くステラも含めて私のパートナー達が何か言ってるけど気にしないよ。
「はは……ねえねは相変わらずだなぁ。……あの、ユーニャさんもベルギリウス公も他の皆さんも……ねえねのこと、よろしくお願いします」
「えぇ、勿論よ。私達はみんなセシーリアを心から慕っているもの」
五人を代表してリーラインが頷いた。
ん?
「今『ねえね』って言ったっ?! 言ったよねっ?!」
「セシル、少しお黙りなさいな」
ペチンとミルルの持った扇子で叩かれたけれど、昔と変わらないディックに安心してまた彼の頭を撫でていた。
二日後。
私はパートナー達と目的の湖へとやってきていた。
全員お揃いの薄手の生地で作られた白いワンピースを身に纏い、天幕の張られた日陰で温かいお茶を飲んでいる。
それだけでは当然暑いので私を含めた四人で熱操作を使って周囲の気温を下げているため、天幕の下は春と変わらないくらいの暖かさとなっている。
「セシーリア様、騎士団が間もなく到着します」
生体神性人形と合体したステラは屋敷の敷地から出られるようになり、今回は初めてパートナー全員を連れてのお出掛けだ。
普通に仲の良い女友達六人でバカンスに来ているような光景だが、交代で私の隣に侍りに来ている。
ちなみにミルルだけは普段の姿ではなく、仮の姿をしてもらっているのは彼女自身は死んだことになっているので事情を知らない騎士団の隊長格以下に見られても良い配慮である。
変身しつつ幻覚を見せる邪魔法を使っているので、ミルルの姿は見る度に違う顔に見えるはず。
但し、当然私達だけで来てるわけではない。
「あ、来たね。ミオラーーー!」
遠くからこちらに向かって進軍してくるジュエルエース騎士団。
統一された軽鎧と支給された武具を身に着けており、太陽に照らされたその姿は迫力もあり、また神々しくもあった。
が。
「あれ、こんな日射しの中で鎧なんて着てたら暑いなんてものじゃないよね?」
「討伐任務だけど、訓練も兼ねてるからってミオラが、ね……」
騎士団の新人達でさえ討伐任務の際は馬車での移動だが、私の前に来るためか騎士団長であるミオラと副団長のノルファとエリーは騎乗していた。
やがて馬車も全て到着すると各隊ごとに整列して私に向かって敬礼する。
「セシーリア様っ、ジュエルエース騎士団到着しました!」
「うん、ご苦労様。みんな楽にしていいよ」
私は日陰から出ることなく一つ頷く。
そして後ろ手に指を立ててから騎士団を指し示すと、ミルルとリーラインが氷魔法と天魔法で冷たい風を起こしてくれた。
「ありがとうございます。この暑さで騎士達も参っていたところでした」
「無理しなくていいのに。さて、それじゃ任務の確認をしてくれる?」
ミオラは「は」と小さく返事をすると副団長のエリーをチラリと見て、説明を促した。
現在地であるイーキッシュ公爵領のトレカンタ湖にはレイクグランデが繁殖期のため数多くやってきている。
ここは領都シャイアンの水源にもなっているため、レイクグランデが暴れたり卵を産みつけたりすると水路が塞がれて水が流れにくくなるそうだ。
今年は特に多く目撃されているため、深刻な水不足になる可能性が高いとディックからも説明を受けている。
そしてこの日照りは内陸部で高い山の少ないイーキッシュ公爵領では雨も少ないため農作物の収穫量にも影響が出てしまう。
「というわけで速やかに排除しなければならない、というのがイーキッシュ公爵領冒険者ギルドからの依頼だ」
「それと、この依頼が終わったら慰労会をするから大きな怪我のないように」
エリーの説明が終わった後、そう付け加えるとミオラやノルファも「聞いてない」と言わんばかりにこちらを振り向いた。
言ってないからね。
だってこの暑い中頑張ってるんだから少しくらい羽目を外して楽しんでもいいと思うんだよ。
「ちなみにデルポイからたっぷりお酒も食べ物も持ってきたから全員のお腹をはちきれさせるつもりだから、しっかり運動してきてね。勿論一番討伐数が多い部隊には他のご褒美も用意してるから」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
私が異空間からお酒の入った樽を三つばかり出したところで騎士達から咆哮にも近い歓声が上がった。
ちなみにご褒美は白金貨十枚か私が聞き取りした上でのオリジナルアクセサリーの製作、もしくはデルポイが経営している食堂やレストランでの一年間食べ放題、娼館の無料招待券(百枚)のいずれかである。
娼館の無料招待券はいらないかと思ったんだけど、なんだかんだと騎士団は男所帯だし当主もパートナー達も女性だから彼等もいろいろ溜まっているのではないかとアネットから指摘されてのことだ。
それらもしっかり彼らの前に並べてあげると妙な闘志が湧き上がったのか、部隊ごとにミーティングを始めてしまった。
「ふんっ……男ってホント嫌ね」
「汚らわしいですわ」
リーラインとミルルからはまるっきり汚物を見るような目を向けられている。
まぁ彼女たちの過去を思えば当たり前のことだけど。
「ま、まぁ、仕方無いって」
「男なんてそんなものなの」
ちなみに私に関しては最近完全に開き直って男性と結婚したいという願望は無くなりました。
宝石と結婚します。
パートナー達?
彼女達は私の宝石をより綺麗に見せてくれる愛しい人達であり、肉体的な性欲を満たしてくれる大切な人達だよ。
ある意味では生きる宝石とでも言うべき大切な女性達。
比翼連理とまでは言えないかもしれないけれど、一言で言えばやっぱり「愛してる」と伝えたい。
気に入っていただけましたら評価、いいね、ブックマーク、お気に入り、レビューどれでもいただけましたら幸いです。




