第488話 生体神性人形
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「それはそうと我が君。一つご報告がございます」
他のみんなが顔を上げていたけれど、ジョーカーだけは未だに下を向いたままだった。
その彼が顔を上げて立ち上がると、語り出したのは私を迎えに来た時のことだ。
「ルージュ、シアンと共に第四大陸へとやってきた私は我が君に何かあったのかと気が気でなく、全力を出してしまいそうになるのを必死に抑え込みながら捜索しておりました」
まるでヒロインと離れ離れになった主人公がモデルのミュージカルでも演じているかのような大仰な身振り手振りを繰り返す。
その様子に少しばかり食傷気味になるけれど、迎えに来てくれたことには感謝しかないし彼が私を大切に思ってくれていることを嬉しく思う。
「そして我が君を見つけた私は歓喜に震えましたが、同時に同行しなかったことに自責に念に捕らわれ、またお声掛けいただけなかったことも残念でなりませんでした」
「えっと……だからごめんって……」
「あぁいえ。我が君を責めているわけではありませんとも。えぇ、そんなことはこれっぽっちもございませんよ?」
ニッコリと微笑むジョーカーの胡散臭さに改めて今後は誰かを連れていこうと決心する。
「そして我が君が倒れていた場所には、もう一人いたのです」
「……え? あそこに? ……私の最後の記憶には誰もいなかったはずだよ?」
「正確に『一人』と申し上げて良いのかはわかりませんが、我が君お一人でなかったことは事実です。そしてその者もこちらに連れてきております」
そこまで話すとジョーカーは立ち上がって奥の扉を開き、部屋の中へと入っていった。
しばらくして彼はローブを目深に被った人を連れてきた。
体格からして女性らしく、背丈も私とほとんど変わらない。
「お待たせしました」
「その人が私が倒れてた所にいた人?」
「はい。ただ……」
ただ? と私が首を傾げるとジョーカーは珍しく顔をしかめてみせた。
どうやら何か問題があるようだ。
女性ということもあり、私はプレリに彼女のローブを脱がすよう促す。
「……あれ? ……どこ、かで、見たよう、な……」
「……はい。我々も驚いております」
ローブの下から現れた顔を見て、私は驚きで固まってしまった。だってその顔は。
「ステラ?」
夕食後、浴場でも一緒だったステラの姿がそこにはあった。
だが、私が声に出して彼女の名を呼んだことですぐ近くの空間に揺らぎが生まれた。
「お呼びでしょうか」
「え? ……こっちが本物のステラだよね? じゃあ……これは?」
「これ? ……これ、は……私、でしょうか?」
ステラ本人まで現れたせいもあって、どんどん状況がカオスになってきた。
どうしたらいいんだろ。
頭を悩ませていると、跪いていたラメルが手を上げた。
「ご主人様、よろしいでしょうか」
「ラメル? どうしたの?」
「こちらのステラ様そっくりの者ですが、どうやら魂と呼ばれるモノが入っていないようです」
「魂がない?」
「はい。言ってしまえば、脈打つ人形のようなものです。私達とは真逆の存在ですね」
真逆とは言い過ぎだとは思うけど。
ラメル達、ミルルやリィン達珠母組のみんなは私の擬似生命創造によって作り出された魔法生命体。
体温もいろんな体液もあるけれど、核となる魔石が稼働しているだけで心臓そのものは無くて脈拍も無ければ呼吸もしていない。
うん? 真逆?
「……まさか、これ私が『創った』の?」
「はい。間違いございません。ただ、先程申し上げた通り、魂の入らぬ人形ですので自我はありません」
「どうしよう……とりあえず、メル」
私が呼び出すとぽんっと軽快な音を立てて黄色いボールが現れた。
「やっと出てこれたのだ。セシル、魔渇卒倒が最近多いのだ」
「いやそれどころじゃないから。これ見て」
メルを掴んでローブを羽織る人形に近付ける。
「いだだだっ! もっと優しく掴むのだ……って、生体神性人形?!」
「せいたいしんせいにんぎょう?」
「……神の力を使って作り出した生命体なのだ。魂の入っていない人形ではあるものの、精神生命体なら自由に入り込むことが出来るし、捕らえた魂を入れることも出来るのだ。ついでに、セシルが自由に体を作り変えることも出来るのだ」
わぉ。
ついに擬似生命だけじゃなくて本当の生命体まで作り出せるようになっちゃったよ。
「このまま魂を入れぬままにしておくとすぐに命を無くしてしまうから早めに精神か魂を入れてやれば良いのだ」
「それは、そうかもしれないけど……なんでステラの姿なんだと思う?」
「『擬似生命創造』を使う時にステラのことを考えたのだ?」
そういえば、いろんな権能を持たせたらランカとリンクしたステラみたいだなぁって思ったかも。
「……というか、さ。ステラって家精霊でしょ? 実体化してるとはいえ精神生命体なんじゃ?」
私はステラを見ながら生体神性人形を指差した。
ひょっとしたら彼女ならこの中に入れるのではないかと。
「はい。おそらく問題ないと思われます。ただ万が一の場合は私と屋敷の核となっているランカとの接続が切れてしまう恐れがありますが……」
「それも何とかしなきゃいけないんだよね」
一つ問題が片付くかと思ったら別の未解決問題が立ちはだかってしまった。
世の中そう上手くはいかないか。
小さく溜め息を漏らしたところに再びラメルが手を上げた。
「ご主人様、その件も何とかなるかもしれません。ヴォルガロンデの研究資料の中に似たようなものがありました」
「そうなの? 私の知らない資料?」
「第四大陸にあった資料です。ほとんどはアイカ様にお渡ししてありますが、いくつかご主人様向けの資料がございました」
「あぁそっか。第四大陸の資料はまだ全然読んでなかったもんね。って、ラメルはよくそんな短時間で見つけたね?」
「はい。新たに『速読』のスキルを手に入れましたので」
それはまた研究者肌のラメルにピッタリのスキルだね。
思ったよりも屋敷地下の複合ダンジョンを活用してくれているみたいだ。
とりあえずステラに生体神性人形へ入ってもらう前にラメルから聞いた技術を検証しなくてはならないので、こことは違う地下室へ。
以前はステラの本体ともいえる巨大水晶があった場所だけど、ランカが食べてしまったために今はただの何もない部屋となっている。
勿論屋敷中の魔石とリンクするための回路なんかは水晶の母岩と繋がったままなので、ランカが敷地内にいれば全ての魔石をステラ経由で稼働させるのは今も可能だ。
「主様、ランカ水晶出す?」
そこへ人化したランカもやってきて、以前取り込んだ水晶を出すかと聞いてきた。
当然だけど水晶の魔力はしっかりランカに食べられているので、出てくるのは本当にただの巨大水晶でしかない。
「いえランカ様の出番はこの後です。ご主人様はなるべく大きめのフォルサイトを出していただけますか?」
ラメルに言われるがままにフォルサイトを設置すると彼女は水晶の母岩についていた回路を一つずつフォルサイトへと繋げた。あの作業は私もしたことがあるけれど、どうも上手く接続されなくて以前のように戻すことが出来なかった。
だがラメルはそれからも作業を続け、やや空が白むかというほどの時間が過ぎて。
「ランカ様、このフォルサイトにランカ様の魔力を少しで良いので入れて下さい。その後、ステラ様、ご主人様の順でお願いします」
言われるがままに魔力を入れていく三人。
そして。
「起動成功しました。今後はランカ様、ご主人様との接続が確立されていればどこからでも魔石の稼働が可能となります」
「なんか前より性能上がってない?」
「ヴォルガロンデの資料によるとこれが本来の性能のようです。それでもここ二百年くらいの技術らしく、ステラ様が以前働いていた時にはまだ確立されていなかったものと推察されます」
調べた知識と自らの考察も含めた説明をしてくれたラメル。
私の眷属の中で確実に研究者としての立場を決定的なものにした瞬間だった。
「このように中枢装置となる魔石を設置した管理技術を『エデノラガルフ装置』と名付ける、と資料には書いてありました」
ラメルが調べてくれた内容を得意気につらつらと話していたが、私もふと気になる点があったがそれ以上に驚いた者がいた。
「エデノラガルフ?!」
ステラが今まで見せたことがないほどに動揺した様子で大きな声を上げた。
その名前は私も以前どこかで聞いたことがある。
あれは確か以前ステラと一緒にお茶を飲んでいた時だったか。
「エデノラガルフ・ジュエルエース……。私の前にジュエルエース大公を名乗っていた人物。そして五百年前にステラの元主人だった人物で、呪いをかけられて死んだ。なのに、ヴォルガロンデの資料からその名前が……?」
その時、ふと資料の表紙に書いてあった彼の名前が目に付いた。アルファベットに変換すると『volgaronede』。逆から読むと『edenoraglov』?
「これ、ヴォルガロンデの名前を逆から読んだ名前なんじゃないかな?」
「……確かに、やや無理矢理なところはありますが読めなくはありません」
「大公様が……ヴォルガロンデ……? そんな、まさか……」
別に大罪人というわけじゃないのだから、ショックを受ける必要はないと思うけど、それなら呪いを受けて死んだとか、あまり屋敷から出なかったという前大公とヴォルガロンデの行動とに乖離や矛盾点が出てくるはずだ。
「まさか……それが、生体神性人形?」
「なるほど。生体神性人形ならば普通の人間と同じような行動が取れます。耐久性も同じようなものですし、呪いによって活動不能なレベルにまで追い込まれたと考えれば死んだと思われても不思議ではありません」
私の閃きをラメルが拾い上げて考察してくれる。
しかし、それならヴォルガロンデ自身がステラを助けにくれば良かったではないか。
彼はステラを見捨てたの?
「……どうやらステラも何とかしてヴォルガロンデに会う理由が出来ちゃったね」
「はい。……改めてお願い致します、セシーリア様。私を大公様、ヴォルガロンデに会わせて下さい」
「えぇ、必ず。それで五百年も放ったらかしにしてた理由を問い詰めないとね!」
階の鍵はあと一つ。
ヴォルガロンデに会える日は近付いてきている。
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