第481話 魔王エイガン
エイガンと向かい合い、互いに視線をぶつけ合うと同時に力を高めていく。
エイガン
総合戦闘力 13,267M
総合技能 1,786k
これが『戦闘解析』で確認したエイガンの能力だ。驚くべきことに彼の能力は私が急速培養し、いくつかの封印も解除したソフィアを上回っていた。
但し総合戦闘力はHPとMPを参照しているので、あまり肉体的な能力などがよくわからないし、総合技能もレジェンドスキルや神の祝福によって大きくポイントが加算されるためおよその指標にしかならない。
万が一私にとって不利な能力を彼が持っていたとしてもそこまで知る由もないため数値で上回っていたとしても油断は出来ない。
それでも私の数値はエイガンの数値よりずっと上なわけだけど。
「貴様は必ず俺の手で殺してやるぞっ! 貴様のせいで俺は王国を追われ、こんなところまで来ることになったのだからなあっ!」
なんという逆恨み。
「そんなの私には関係ないね。貴方が弱くて私に負けたせいでしょ。いいじゃない。おかげで『魔王』になれたんでしょ?」
「ああっ、あの時は貴様に不覚をとったが……もはや俺はあの時とは比べものにならんぞ」
「それは……私もだよっ!」
空間魔法で両手を異空間に突っ込むとそこから愛用の短剣を抜き放つ。
私が剣を取ったことでエイガンも鞘からスラリと剣を抜くと鞘を遠くに投げ捨てた。
パチパチと互いの力がスパークして、今にもぶつかり合おうかという瞬間、あの声が私達の耳に届いた。
---オリジンスキル保持者同士の戦闘を確認しました---
---egg所有者同士の戦闘を確認しました---
---空間隔離。世界への破壊行為阻止解除。オリジンスキル選択権獲得戦闘へと移行します---
---egg所有権移譲戦闘へと移行します---
声と同時に空間全体が歪んだかのようにブオンと耳障りな音がして私とエイガンだけが世界から隔離される。
全く違う場所に転移されたかのように見慣れない景色と眷属達と離されたことに少し焦りはあるものの、これが全くの初めてというわけでもない。
以前第二大陸でヴォルガロンデの仲間だったゼレディールと戦ったときも同じような声を聞いている。
あの時は更に『超高レベル者同士の戦闘』とかも言っていたけれど、エイガンはやはりそこまでではないようだ。
ただ、エイガンにもこの声は聞こえているはずだけど、あまり動揺している様子がないところはさすがと言ったところかな。
「やはり……貴様もオリジンスキルを……っ!」
「貴方が持っていることの方が私は驚きだけどね!」
そして目の前に浮かび上がる文字に互いのオリジンスキルが表示された。
---セシル所持オリジンスキル---
---メルクリウス---
---ガイア---
---アフロディーテ---
---セミラミス ---
---セクメト ---
---エイガン所持オリジンスキル---
---オーディン---
---ティムール---
思ったよりも、エイガンはパワーアップしていたらしい。まさかオリジンスキルを二つも持ってるなんてね。
しかもそのうちの一つは北欧神話の最高神の名前がついている。
もう一つのティムールというのがよくわからないけれど、何かの王様とかの名前だろうか。
こんなことならもっとちゃんと世界史の勉強しておくんだったよ……。
単純なレベルだけの話なら私がエイガンに敗れるなんてことは有り得ないけれど、オリジンスキルがどう影響してくるかはわからない。
しかもスキル鑑定で見破ることも出来ない以上は油断ならない相手ということに間違いない。
「馬鹿なっ?! オリジンスキルを五つだと?」
「貴方こそ、まさか二つもオリジンスキルを持ってるとは思わなかったよ」
そうなると、先手必勝。何かされる前にエイガンの首を跳ねてやるのが一番被害が少なく済みそうだ。
しかし、同じ魔王でもチェリーはオリジンスキルを持っていなかったのになんでエイガンなんかが二つも持ってるんだろう?
疑問に感じつつも私は内に滾る神気を全身に巡らせていく。
出力制限は勿論解除。様子見なんてしてやらない。
「閃亢剣!」
短剣に纏わせた神気を闘気と魔力で更に強化。
物質化した光の刀身はエイガンが気付くよりも早く彼の喉元へと吸い込まれていった。
彼の肉体に触れるかという一瞬に「勝った」と思ったが……どうやらどこかでフラグを立ててしまっていたらしい。
「……驚いた。まさか、反応することすら出来んとは……」
「何が、起きたの? 間違いなく私の剣は貴方の首を両断出来たはずなのに……」
「くっ、ふ、ふははははっ。貴様のような卑怯者に脅かされぬための力よ」
私の短剣はエイガンの首を寸断する感触すら感じることが出来ずにただすり抜けていった。
何が起きたかよくわからないけれど、間違い無く彼のオリジンスキルによるものだろう。しかしそれがどちらの能力で、どういったものかは全く見当もつかない。
自分で使う分には便利で強力なスキルだけど、相手が持ってるとここまで厄介だとは思わなかった。
「貴様は相手を油断させての不意打ちしか能がないことはわかっている」
私がエイガンの能力について考察しているというのに、彼は徐に口を開いたかと思うと独自の講釈を垂れ流し始めた。
「以前の決闘でも同じだ。本気を出さぬ貴様に油断したことで俺は敗れた。最初から殺すつもりでやれば俺が負けることなど有り得なかったのだ」
多分貴族院五年次の決闘を言ってると思うけど、彼の中では記憶がねじ曲がった上で全然事実と違う解釈が付け加えられたのだろう。
事実として、あの時私は本気を出さずにエイガンの力を見極めようとした。結果、本気を出すまでもない相手であり、命を奪うことすらどうでもよくなったほどだ。
それが彼にかかれば私が不意打ちしたことになっているのか。
「だが今回の決闘ではそうはいかん。今度こそ油断も驕りも無しだ。だからこそ俺が勝つ。さぁ……始めよう!」
ドゴンッ
エイガンの『始めよう』の言葉が終わると同時に持っていた短剣を異空間に放り込み、神気を込めた拳を彼の顔面目掛けて振り抜いた。
後ろに飛んでいかないよう、念入りに彼の背中には結界魔法で壁を作っておいたのでエイガンの身体は跳ね返って地面に顔が倒れ込んだ。
「話が長い。自分に都合良すぎ。というか気持ち悪い」
倒れ込むエイガンに前も言いたかったことを伝えることが出来てちょっとスッキリした。
腰ベルトから取り出したハンカチでエイガンの血で濡れた拳を拭うと炎魔法で燃やし尽くす。
感触で言うと顔面を貫いて頭の中まで入り込んだ気がするけど、エイガンからは死んだような気配がない。
「ぐうぅっ……つっ……この、馬鹿力女めっ! 俺の顔を……っ!」
予想通りエイガンは顔が少しずつ治癒されながら起き上がってきた。
折角自慢の顔をぐちゃぐちゃにしてあげたのに残念。
「絶対貴様は許さんぞっ! 俺の前に跪かせてその顔を踏みつけてやるっ!」
「それ、女に言うセリフじゃないでしょ。まさかミネルダにも言ったの?」
「ふんっ! 俺より弱い者をどうしようが勝手だろう。強者は弱者に全てを押し付けてやるものだっ!」
あぁ……そういえばこの男は前もそんなことを言ってたっけ。
「確か……『強者は弱者を好きに出来る権利がある』だったっけ」
「そうだっ! それの何が悪い!」
駄目だこいつ。
こんなのが魔王になんてなったらこの大陸は滅茶苦茶になってしまう。
魔王同士は直接戦えないとしても、場合によってはヒマリさんのいるブルングス魔国にまで被害が及ぶ。
世を理不尽で満たして、それに絶望する人々を見ても、奴はそれを笑いながら斬り捨てるだろう。
「貴方は本当に、馬鹿だね」
「なんだとっ?!」
私の言葉が的を射ていたせいか、エイガンは怒りで身体全体に力が入っている。
話も長くなっているので彼の顔面の怪我は完全に治癒が完了しているけれど、私にとってはそんなのハンデにすらならない。
「悪いに決まってることを聞いてきたから馬鹿だって言ってるの。世の中力が強い者だけが好きに出来るとしたら、そんなの世界が滅んでしまうでしょうが」
「滅びはせんっ! ならば何故『魔王』がいるのだ! オリジンスキルとはなんだ! 我等とて世界にとっては盤上の駒の一つでしかない証拠ではないかっ!」
ちょっとだけ訂正。自分の考察だけでそこまで辿り着いたのだとしたらエイガンも決して頭が悪いわけではないかもしれない。
馬鹿なのは変わらないけど。
「そんな世界の終わりみたいな世の中に何の意味があるの。私は認めない。世界が暴力という理不尽と絶望に満たされるなんてこと許さない」
そんな理不尽なんて、理不尽の権化とまで言われたこの私が許さないよ。
「貴様に許されるつもりなどないわっ!」
激高したエイガンは強力な炎魔法と氷魔法を同時に放ってきた。
以前の彼は氷魔法が得意だったのに、炎魔法まで同じくらいの強さで放てているところを見るとそれなりに訓練してきたのかもしれない。
でも。
ぱんっ
「んなっ?!」
神気を込めた拳で魔法を叩くと、そのまま力が分散して熱さと寒さの余韻だけ残して消えてしまった。
「大丈夫。貴方は絶対に許さないから。だって、『強者は弱者を好きに出来る権利がある』んでしょう?」
「その通りだ! 食らええぇっ!」
エイガンはもう一度魔法を放とうと手を突き出したが、彼の魔法が発動するより早く私は一歩踏み出していた。
思考が置いてきぼりになりそうなほどの速度でエイガンに詰め寄ると「ひゅっ」と軽く息を吸って止めた。
ズガガガガガガガカガッ
神気の籠もった拳をエイガンの上半身目掛けて叩きつけていく。
アイカがいれば私の背後に天馬が見えたとか言いそうだけど、さすがにそこまでじゃない。
せいぜい一秒に三十発くらいかと。
ほんの数秒、しかしエイガンにとっては凄まじく長い時間に感じただろう。
いや、それすら感じないかもしれないほど、今のエイガンは足のついた肉塊にしか見えなくなっていた。
「ふうぅぅぅぅっ……」
ピクピクと蠢く肉塊を見下しながら息を吐き出すと、私はもう一度両手に短剣を持ち直した。
「これだけやったのに、まだ死んだ気配がない……?」
いくら魔王といえど、原形を留めないほどに壊したらさすがに死ぬでしょ?
「一体、どういうこと……?」
困惑する私の前では肉塊になったエイガンの身体が再び再生を始めていた。




