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第49話 審査結果発表

 リコリスさんに案内された部屋はギルドの受付があるホールの奥、更にその二階にあった。

 本棚があり中には地図や歴史書、あとは書類のような物が大量に納められている。他にも調度品がいくつかあるので相応の人を持て成すための部屋なのだろう。そして領主館の執務室にあるような大きな机がありナージュさんの机と同じようにいくつもの書類が積み重なっている。あそこまで書類が積み重なっているのを私は前世でも見たことがない。尤も前世では書類として回されるよりもメールで全員に配信されていたし、出張や会議の予定も全部クラウド上で社員の誰もが確認できるようになっていたのだから紙媒体を使うのは注文書や報告書の類だったはずだけど。

 通された部屋のソファーで一人座って待っているとドアの向こうから気配が近付いてくるのがわかる。人数は二人。ブルーノさんとリコリスさんだ。


「よぉ、待たせたな」

「お待たせしました」


 二人は部屋に入ってくると私の正面にブルーノさんが座りリコリスさんは私とブルーノさんのお茶を入れ、その後はブルーノさんの後ろに補佐官や秘書のように自然に控えた。

 入れられたお茶は紅茶とは違う不思議な香りがするお茶で村で飲んでいたハーブティーとも違う。どこかで嗅いだことがある気がするのだが全く思い出せない。

 しばらく私がお茶の香りを楽しんでいると、何か入れたと疑われていると勘違いしたのかブルーノさんがお茶を一口飲んだ。毒も薬も入れてないぞということを言いたいのだろうか濃いおじさん顔を幼児が見たら泣き出すようなねっとりとした笑顔を浮かべた。確かに招待した側が先に飲めばこれ以上ない毒見にはなるのか、なるほど覚えておこう。

 私もいつまでも香りだけ楽しんでいるわけにもいかないので一口啜ってみる。口の中に焙煎された程よい苦みが広がり、鼻から抜けていく香ばしい匂い。そこでようやく前世で何度か飲んだことがある黒豆茶か蕎麦茶ではないかと推測できた。


「普段はお茶のことなんか知りもしないガラの悪い冒険者どもしか来ないからな、こんな豆茶を入れることなんか無いんだが…気に入ってくれたか?」

「はい、とっても香りがよくてずっと嗅いでいたくなっちゃいました。豆を使ったお茶を飲んだのは初めてでとっても美味しいです」

「そうか、それはよかった。な、リコリス!」

「…そうですね」

「なんだお前は…一体いつまで拗ねてれば気が済むんだ」


 ブルーノさんは後ろに立つリコリスさんにも話を振ったが、当の彼女は未だに不機嫌真っ只中だ。よほどさっき私がブルーノさんを瀕死にしたのが気に入らないらしい。


「別にそういうわけじゃ…」

「だったらいい加減その無愛想なツラを止めやがれ。このお嬢さんは実力をちゃんと示した。冒険者になろうって人間が力を示すのは当然で、我々はその実力を測りきれなかった。それだけのことだ。そもそもギルドの受付ならこんなことは日常茶飯事だろうが。それとも何か?こっちは相手を全力で攻撃するけど相手は遠慮して痛くないようにしてくださいってか?」

「わかりました、わかりましたから。私が悪かったですって」

「謝るのは俺にじゃないだろ。このお嬢さんにだ」


 突然こっちに話が飛んできたがそうなりそうな流れだったので取り乱しもせず、ただお茶を啜っている。


「お嬢さん、先ほどは八つ当たりしたり態度が悪くてすみませんでした」

「ってぇことで、お嬢さんも許してやってくれねぇか」

「許すも何も最初から気にしてません。私こそ治療したとは言えやり過ぎちゃってすみませんでした。なので、これでお相子ってことにしましょうよ」


 相手が謝ってきたので、こちらもさっきの審査であからさまに過剰な攻撃をしたことを謝っておく。お互いがお互いの非を認めて手打ちにすれば今後の関係も悪くなることはないという打算もあったけど。


「ふっ…ははははははっ!やっぱり面白いお嬢さんだ!…あぁ、そういえばまだ名前も聞いてなかったな」

「私はセシルって言います」

「俺はブルーノだ。ここベオファウムで冒険者ギルドのマスターを任されている。それとクアバーデス領内での統括マスターでもある」

「リコリスです。セシルちゃ…さんはこれから冒険者となられるので今後ともちょくちょく顔を合わせることになると思います」

「『セシルちゃん』でいいよ、リコリスさん。ブルーノさんはここで一番偉い人ってことなんですか?」

「偉いって言われると背中がムズムズしてくるんだが…まぁそういうことになるな。大体が引退したAランク冒険者がギルドマスターになってる。腕っぷしで馴らしてる冒険者達に対抗するにはそのくらいの強さが求められるからな」


 なるほど。確かにさっきホールにいた口だけは悪い親切なおじさん達ではブルーノさんには勝てないだろう。ギルド内で何かあってもマスターが自力で治めてしまえる武力を誇示することで揉め事自体も少なくなるってことよね。


「とは言え、セシルの嬢ちゃんには手も足も出なかったがな。一体どこでそんな技や魔法を身に付けたんだ?」

「田舎にいる両親からです。もっと小さい頃からいろいろと教わってきました」

「…なぁ、もう少し子どもらしい話し方していいんだぜ?嬢ちゃんと話してると貴族様と話してるような感じがしちまう」

「うんうん。私もセシルちゃんはもっと子どもらしくしてほしいと思います」


 貴方達は礼儀ってものが…あぁ、ここは異世界だしそもそも礼儀とか家庭教師がついたリードでさえまだまだ全然身についてないんだし仕方ないか。何となく面接を受けに来たような、取引先と仕事の話をしに来たような感覚だったけど、そこまで畏まる必要もなかったかな?


「じゃあ、そうするよ。それで私の審査結果ってどうなるの?」

「おっと、そういやそうだったな。リコリス」

「はい、まずはこちらを記入していただきます。字は書けますか?」

「んー…名前と年齢と得意なこと?このくらいなら大丈夫」


 リコリスさんから渡された書類には名前、年齢、性別、特技の記入欄、それと紹介者を書く欄があった。数日前から文字を書く練習をし始めたとは言え、元々がローマ字に似たような書体なのでほぼ書けるようになっている。当たり前だけど名前は特に練習したからね。

 渡された紙にそれぞれざっと記入するが、特技のところで手が止まる。その様子を見かねた二人から


「嬢ちゃんなら戦闘能力問題無し、ランクA以上相当にしとくから書かなくてもいいが他に何か得意なことがあったら書いてもいいぞ」

「特技を書いていただければ特定の技能を求められる依頼が入った際に貼り出すより先に声を掛けさせていただくことがあるのです」

「へぇ…むー、でも私戦ったり薬草や野草、あと鉱石を探すくらいしかできないかもしれないなぁ」

「あれだけの戦闘能力で『しか』も何もねぇだろ…」

「野草採集が得意というのは素晴らしい技能ですよ。薬草やポーションは常に不足しがちな物ですから、期間無しで常に依頼として登録されています。危険な森の中にあることも多いのでセシルちゃんが受けてくれると嬉しいですね」

「リコリスさん、名前だけ『ちゃん』付けにしても変だから最初みたいな話し方でいいよ?」

「鉱石採集は一回試して依頼をこなしてみてからだな。質の悪いやつを提出する奴もいて職人からは嫌がられちまってるからな。じゃ、そういうことで薬草採集の技能で登録だな。リコリス、頼むぞ」

「はい、では私は一旦失礼しますね」


 リコリスさんは立ち上がるとそのまま部屋を出ていった。

 残されたのはいかついおっさんと幼女だけだ。前世なら間違い無く事案になっている。


「リコリスが戻ってくるまでに、ちょっと話でもするか。嬢ちゃんは冒険者についてはどこまで知ってるんだ?」

「ギルドに入ってきた依頼をお金と引き換えに代行する人のことだと思ってるよ」

「ま、そうだな。依頼の内容は町の溝浚いや調理場の手伝い、ペット探しからさっき話してたような薬草採集、鉱石採集もある。勿論魔物の討伐や増えすぎた野生動物の駆除なんてものもある。あとは依頼にはならんが自分の名声のためにダンジョンに入って探索、あわよくばダンジョンマスター討伐、ダンジョン制覇っつーとんでもない偉業を成してしまう者もいたな。ようするに、何でも屋だ」


 そこまで話したところで彼は冷め始めてきたお茶を一気に呷って口を湿らせた。


「もちろん実力のない奴に危ない依頼をやらせて失敗を繰り返すわけにもいかんから、こちらからランク付けして受けられる依頼に制限をさせてもらっている」

「ブルーノさんはAランクなんだよね?」

「元、な。ギルドマスターはほぼ全員が元Aランクだな。それで普通新人はランクHからスタートだ。依頼も町の溝浚いや飯屋の皿洗いばっかりだな」


 新人や見習いがそういう扱いなのはわかるけど溝浚いやら皿洗いかぁ…あんまりやりたいとは思わないけどお金もないし仕方ないのかな。


「冒険者のランクはHから始まってSSランクまである。SSなんてのは名誉ランクで今まで到達したやつは一人残らず墓の下だがな」

「それって意味あるの?」

「すげぇ偉業を為した奴を死んだ後に讃えるためだけのランクさ。一人だけ生きてるうちにSSになったって奴を知ってるが、そいつも間違いなく墓の下だろうさ」

「ふぅん…。とにかく私は合格でHランクからってことで間違いないのよね?」

「いや?」

「え…えぇぇぇっ?!強さに問題があるのっ?!じゃあもっともっと強い人と戦うよ!」

「馬鹿言え!嬢ちゃんくらいのと戦えるような試験官なんて本部にしかいねぇよ。…嬢ちゃんはFランクからスタートだ」

「…ふぇ?ランクF?」


 驚きのあまり変な声が出た。

 話の流れからしててっきり一番下からのスタートだとばかり思っていたんだけど。


「Hランクからスタートするのは戦闘能力も装備も整ってないような連中くらいだな。嬢ちゃんは装備はそこらへんのものなのに戦闘能力がずば抜けて高い。Eランクから上は仕事の内容や評価によって上がっていくことになるから、そこはまぁ頑張ってくれや」


 ブルーノさんの言葉にカクカクと人形のように首肯する。

 彼は飲みきってしまった豆茶のカップを持って一口啜ろうとするが中身が無いことに気付いてそのままカップを置いた。

 微妙な空気が流れるが、驚いていた私にその空気を改善する気もなく二人でリコリスさんが戻ってくるのを呆けたまま待ち続けるのだった。

今日もありがとうございました。

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