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第480話 ノアvsミネルダ

「久し振りだね……エイガン……っ!」


 エイガンはやたら薄着の女を一人伴って研究所から現れた。

 憎しみを込めた眼で八年越しに再会したエイガンを睨み付けると、彼はまるで涼風でも受けているかのように大きく顎をしゃくった。


「貴様のようなジャラジャラと宝石を身に着けた下品な女と魔王様は話したくないと仰せだ」


カチンッ


 下品?

 言うに事欠いて、下品?

 私の宝石達が、愛する彼等彼女等がっ、下品っ?!


「……ノア」

「はっ」


 私はエイガンとは違い、ノアに対して声を掛けてからエイガンの隣にいる女を指差した。

 私が彼に出す指示は一つだけ。


「殺せ」

「御意」


 ノアは手にした大剣を肩に担ぐと、ガシャガシャと音を立てながらエイガン達に向かって歩き出した。

 それを見た女はエイガンの顔を見上げると二人は互いに頷いて女が一歩前に出た。


「後ろにいる下品な女が貴様の主か。品の無い主だと下僕もまた品の下無い姿よな」

「……それはこの鎧のことか? 主にお褒めいただいたこの鎧を愚弄することは万死に値する」

「万死とは笑わせる。主に似て口だけは勇ましいようだ。どうやら我等の同胞は貴様等がよってたかって倒したようだが……我はそうはいかんぞ」

「今すぐ詫びるならば首を跳ね飛ばすだけにしてやろうと言っている。魔王と同じく耳も頭も悪いのでは救いようもなかろうしな」


 イライライラ……あの女、私のノアを馬鹿にした。

 あの子の格好いい鎧を下品?

 許せない。

 溢れそうになる力を抑えているのもストレスだし、もう私がやっちゃってもいい?


「ノア、お喋りはそこまでにしろ。セシーリア様の美しいお耳をこれ以上汚すものではない」

「拙者達への侮辱は主殿に対する侮辱と捉えよ」


 そんな私の心情を酌んでか、エースとジェイが自分の剣を鞘に納めながらノアを急かした。

 ノアも二人の言葉に一つ頷くと大剣を両手で持って魔力を放った。


「ノアの得意魔法は闇魔法?」


 ノアの放つ魔力を感じてルージュが私に尋ねてきた。


「そうだね。彼には闇魔法の適性が凄く強かったし。ふふ……面白いことになるかもね?」


 そうこうしている内にノアの持つ大剣に魔力が十分に注がれて、物々しいほどに黒い波動が垂れ流されている。


「我は栄光ある魔王エイガン様一の側近、ミネルダだ」

「主セシーリア様の眷属、ノアだ。……いくぞ」


 互いに名乗りを上げたことを皮切りに、二人が地面を蹴った。


ガキィン


 ミネルダと名乗った女の双剣とノアの大剣が激突しけたたましい金属音が響く。

 ノアの持つ大剣に比べてミネルダの双剣は軽量武器だからかあまり大きな音ではないものの、それでもノアの剣を受け止めたのは賞賛に値する。


「あれはノアが相手の剣に合わせただけだぜ?」

「それでもよくあんな重そうな剣を受け止めたっすねぇ……アタシなら絶対避けてるっすよ」


 兵士や他の幹部がいなくなってしまったので私の近くにソールとラーヴァもやってきた。

 二人とも魔法を主体に戦うタイプではないからノアとミネルダの戦いを検証しているようだ。

 二人の言い分は正しいのだけど……まだちょっと甘いかな。

 それでも二人の成長が嬉しくてこっそりと口角を上げた。


「はああぁぁぁぁぁああぁっ!」


 ガキンガキンと金属同士がぶつかる音が響くが、一見しただけならミネルダがノアの大剣に打ち込んでいるだけに見える。

 様子見と取るか、それとも?


「二人とも、ご主人様に笑われていますよ」

「……ラメル、バラさないでよ……」

「えぇっ?! 先生っ、どういうことっすか?!」

「ちぇ。リーダー、俺にもわかるように教えてくれよ」


 ラメルに私が笑っていたことをバラされてしまい、二人で検証していたソールとラーヴァが面白くなさそうに唇を尖らせている。


「そんなに難しいことじゃないよ。闇魔法は特に状態異常を引き起こす魔法が多いからね。ノアは大剣で戦いながら相手にいろんな状態異常を仕掛けているの」

「はあ? ……器用な奴……」

「あんなおっきい武器振り回してるのに意外と戦い方は慎重なんすね」


 慎重? ノアが?

 ラーヴァの答えに私は口角を上げるだけに留めることが出来ずにくつくつと笑い声を零してしまった。


「ラーヴァ、ソール。ノアは慎重というわけではないのですよ。多分彼は……私達十二人の中で一番残虐です」

「残虐? あいつがか? 状態異常を振り撒くだけならそうは思えねぇんだけどな」


 ノアの状態異常は本当に多岐に渡る。

 私がよく使う闇魔法系統のもので、睡眠、盲目、麻痺、感覚断絶、痛覚倍増なんかがあるけど、他には異常出血、幻惑、火傷、凍傷、言語不全、嗅覚異常、聴覚不良、狂化、恐怖、無気力、発情なんてものもある。石化もあるけど、あれは呪いの一種なので魔法では起こせない。


「ノアはね、いくつもの状態異常を少しずつ、体の一部分にだけ、気のせいじゃないかと疑ってしまうくらい積み重ねていくんだよ。それも、あの大剣を引き金にね」

「ノアの剣や鎧に触れることで微量ながらも多種多様な状態異常を引き起こされることになります。これはご主人様と同じ『異常無効』スキルがなければ完全に防ぐことが出来ません。そしてそれは微量ずつでも蓄積すれば確実に相手の体を蝕んでいきます」

「そうすると……あぁなるんだよ」


ガシャン


 私が指差した先には双剣を持てずに地面に落とし、ノアが立つ方向とはまるで違うところを睨んでいるミネルダの姿があった。


「ぐっ……っ、ぃっ……ぅ……っ!」


 どうやら言語不全をかなり強く入れられているみたいでまともに話すことさえ出来なくなっている。

 しかもノアが見えていなさそうなので盲目も植え付けられてるね。


「貴様は我等を侮辱したが……虫けらのように話すことさえ出来ぬのは、無様だな」


 声を出すことが出来なくなっているミネルダに対し、ノアは薄笑いを浮かべたまま見下ろしていた。

 そして徐に大剣をミネルダの露出している肌に滑らせるといくつもの切り傷を作っていく。


「うっわ……性格悪ぅっ!」

「性根も腐ってそうっすね。そもそも状態異常山盛りで自由の効かなくなった相手をいたぶるとかどうなんすか」

「恐らくノアは状態異常『異常出血』を与えたのでしょう。小さな切り傷でさえなかなか血が止まらずに少しずつ相手を弱らせていくためかと」

「もっと質が悪いだろっ」


 私も昔似たようなことをしたことがあるから大きなことは言えないけど……ノアに回復魔法があったら状態異常とダメージと疲労、そして回復させてから繰り返す、なんてことが可能になるかも。

 ごうも……もとい、尋問するのにこれほど適した効果はないと思うし、今度欲しいかどうかそれとなく聞いてみよう。

 ノアに少しずつ切り刻まれ、弱っていくミネルダは見えなくなった目をあちこちに向け出した。


「エイガン、貴方の部下が死にそうだけど助けないの?」


 さっきから一言も喋らないエイガンに向かって声を掛けてみるけれど、やはり彼は何も言わない。

 アレにまともな人間性があれば八年前の事件の時に逃げ出したりはしなかったんだろうけどね。

 そして興味無さそうに目を細めた後、一歩前に足を踏み出した。


「……ぁ……っ」

「……何用だ魔王よ。まだ処刑の途中だ」


 歩み寄ってくるエイガンに顔を向けたノアはミネルダの首筋に大剣を添えると言外に離れろと告げる。

 それでも一向に足を止めないエイガンに「チッ」と小さく舌打ちすると、ミネルダの首の皮が切れて薄く血が流れた。


ボッ


 それを見たエイガンが右手を突き出して炎の球を作り出した。


「うわ懐かしい……あれは炎焦殺(ヘルブレイズ)だね」


 最近ではほとんど使うことのなかった炎魔法の中級魔法で、ちゃんと魔法で消さないと対象が燃え尽きるまで延焼し続けるものだ。


「込められてる魔力からすると僕達でもダメージは受けるかも……」

「腐っても魔王ってことでしょ」


 だからと言ってノアが炎焦殺(そんなもの)でやられてしまうわけがない。

 特に心配することもなく状況を見守っているとエイガンはあろうことかミネルダに向かって手を向けた。

 そして、そのまま魔法を放つ。


バシィッ


 が、それを見越したノアによりエイガンの魔法は彼の剣によって弾き飛ばされ彼方へと飛んでいった。


「……何のつもりだ魔王よ。この者は貴様の部下であろう」

「……役に立たぬ者など俺の部下ではない。貴様こそ何故そいつを庇う?」


 ようやく口を開いたと思ったらやっぱり中身は変わっていない、ただの屑だ。


「我が主から受けた命は『この女を殺せ』だ。この女を殺すのは我の役目であり、それを生まれたばかりの木っ端魔王に譲るつもりはないわ」

「言ってくれる……っ!」


 ビキリと空気が軋むような威圧感が広がり、エイガンの右手に強い力が込められていく。

 どうやら魔王になったことでか、魔力ではなく私の闘気に似た性質の力を使えるようになったようだ。

 そしてその力を魔力と混ぜ合わせてさっきよりも巨大な炎の球体を作り出した。

 さすがにアレはノアの手には余る。

 あっという間に力を込め終えたエイガンはその巨大な炎の球をノアに向けて撃ち出した。


「面白いっ!」


 ノアは受け止めるつもりで炎の球に対峙しつつ、その整った顔を愉悦に歪めた。

 耐えられないことはないと思うけど、エイガンの攻撃なんかで私の眷属達が傷付くのは許せない。


「私は面白くないよ」


 短距離転移(テレポート)でノアのすぐ後ろに転移すると角度をつけた結界魔法を彼の前に展開した。

 エイガンの魔法と私の結界がぶつかると、その結界の角度によって巨大な炎の球は逸れていき、私達の遥か後方、戦場となるはずだった平原へと落ちた。


「シアン。火事にならないように消火しておいて」


 私が指示を出すとシアンはコクリと頷く。

 それを見たラメルもシアンに同行すべく彼の肩に手を置いて一緒に転移していった。


「ノア。貴方もその女を連れて下がって」

「申し訳ございません。主の命を果たせず……」

「いいの。ちょっと他の使い道を思い付いたから」


 ノアに対して微笑んであげると彼は恭しく頭を下げ、ミネルダを肩に担いで下がってくれた。


「……相変わらず甘い女だな……っ!」


 ギリリと歯を食いしばって私に鋭い目を向けるエイガンはすぐにでも戦闘体制に入りそうだ。


「貴方は変わらず屑だね」


 しかしそれは私も同じ。

 今度こそ、逃がさない。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「久し振りだね……エイガン……っ!」  相変わらず誰?  と思ったけど、探したらもうリアルで4年前の噛ませ犬キャラだった。  うん。そりゃあ忘れるわ。
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