第478話 最後の眷属
翌朝、一悶着あったものの両国の代表者達は自国へと帰っていった。
これから戦争が終わったことを国民やら臣下やら説明しなきゃいけないしね。
当然彼等だけでは万が一もあり得るのでシアンとルージュを護衛につけている。
私は一仕事終えたのでソール達を連れて一度屋敷へと戻らせてもらった。
「ふぅ」と小さく息を漏らして執務室の椅子に腰掛けた私にステラがそっとお茶を出してくれた。
「セシーリア様の戻られない屋敷はまるで日の上らぬ世界のようでした」
「大袈裟だなぁ……でも戻れなくてごめんね」
「いえ、事情は存じております。使用人風情が生意気を申しました」
私に向かって大仰に頭を下げるステラ。
なんだかんだ言って一日以上留守にしたのは初めてだし、彼女にとっては大事なことだと理解もしている。
「頭を上げてステラ。それに、貴女は私のパートナーの一人でしょ。『使用人風情』なんかじゃないよ」
ちょいちょいとステラを手招きしてすぐ近くまで寄らせると彼女の腕を引いて私の上に座らせた。
「ひゃっ?! セ、セシーリア様っ?!」
「『使用人風情』にこんなことすると思う?」
珍しく慌てた表情を見せるステラの頬にキスを落とすと彼女の柔らかい身体を抱き締めた。
「……んっ、いけませんセシーリア様ぁ……まだ、屋敷の仕事が、ぁ……」
「ステラの一番の仕事は私のお世話でしょ? 私は今ステラを離したくないから全部明日でいいよ」
「はあ、んっ。あぁ……」
艶まかしいステラの吐息に私もすっかり夢中になって真昼だというのにしっぽりと彼女との睦まじい時間を堪能してしまった。
やがてようやく落ち着いた私がステラを解放したところで、彼女は昼食作りのために執務室から出ていった。
私のパートナー達ってストレートに愛情を向けてくれるから私もついついそれに応えたくなっちゃうんだよね。
再び椅子に深く腰掛けて「ふぅ」と息を吐いたところで、今度は別の気配が転移してくるのを感じて入り口へと目を向けた。
私の近くに転移でやってくるのはステラを除けばペットのスライム達ともう一人。
スライム達はソフィアにつけているので実質一人である。
「我が君、よろしいでしょうか」
「お疲れ様ジョーカー。貴方にもいろいろ動いてもらってありがとね」
「……勿体なきお言葉にございます。私はそれだけであと百年はお仕え出来ましょう」
「百年くらいじゃ貴方を手放さないから。ずっと私に仕えてね」
彼なりのジョークなのだろうと冗談も含めてニコリと笑いかけたのにジョーカーは全身を大きく震わせて倒れ込むように跪いた。
「……我が君のお言葉、しかと。このジョーカー、幾千年の時を経ようとも貴女様へ永遠の忠誠を」
なんか、変なスイッチが入っちゃったみたい。
拝むように私に頭を下げるジョーカーは演技過剰としか思えないけれど、この子はこれが平常運転だし。
「ま、まぁ……それで、何か用事があったんじゃ?」
「そうでした」
跪いていた姿勢はそのままに顔だけ上げると彼は満面の笑みを浮かべた。
「お喜び下さい。つい先程、残る眷属の二名が目覚めました。つきましては我が君とお引き合わせしたく」
「ほんとにっ?! これでやっとみんな揃うんだね!」
「はい。それで、いかがでしょう」
「うん、すぐ行くよ」
私とジョーカーはその場ですぐに短距離転移で地下の研究室へと移動することにした。
研究室に入ると早速ジョーカーが眷属達が目覚めるまで安置していた部屋のドアを先んじて開けてくれる。
そのまま中に入ると二人の男性が跪いて待っていた。
「おはよう、二人とも」
「お初にお目にかかります」
「我らを生み出しし偉大なる創造主、セシーリア様に永遠の忠誠を」
「そしていかなる敵からも御身をお守りしましょう」
……固い。
ガッチガチじゃん。
もうちょっと楽な感じでいいのに。
「ありがとう。でももう少し楽な感じでいいからね? 私はみんなと一緒にいられるだけで幸せだから」
そう微笑んであげたのに二人は「は」と短く答えただけで、対応はまるで変わりそうにないのは明白だった。
こういう性格なんだと思い、これはこれで受け入れよう。別に嫌いなわけじゃないし。
「それじゃ二人の名前を。ダイヤモンド、貴方はエース。グリッドナイト、貴方の名前はノア」
そう告げた瞬間、私の体内からごっそりと力が抜け落ちるのを感じた。
チラリとステータスを確認するとMPが八割とレベルも六千ほど下がっている。
どうやらこの二人に持っていかれたみたいだけど……まぁレベルはまた上げればいいか。
そして私の力を得た二人はそれぞれエースが白い光に、ノアは闇に包まれて胎動していた。
しばらくして光と闇の繭にぴしりと亀裂が入ると二人とも揃って繊細な模様が入った鎧に身を包んでいた。
それだけでなくエースはウェーブのかかった金髪に虹色のファイアが見えるように。ノアは短く刈り揃えられた黒髪に銀色のメッシュが何本か。
なんだかんだみんな髪にそれぞれの宝石の特徴や色が現れるのは面白いよね。
ただこの二人だけは服ではなく重厚な鎧を身に纏っていた。
「エースの鎧は綺麗だね。ダイヤモンドみたいなファイアが入ってて、すごくキラキラしてる。ノアの方は夜を詰め込んだみたいに真っ黒なのに光が吸い込まれてるみたいに白い線が入ってるのはグリッドナイトと同じなのかな。とっても素敵だよ」
私が鎧の感想を伝えたのに二人はそのことには触れず、鞘に納まったままの剣を自分の前に置いて跪いた。
これはこの世界での騎士の誓い。
忠誠を覆すようなことがあればこの剣で斬り捨てられても文句はない、そういう由来だったはず。
ここで私が二人に対して「忠誠を受け取った」と言えば儀式は終わりなんだけど……さっきから話聞いてくれないし、ちょっとだけ大袈裟にしてあげよう。
私は床に置かれた二本の剣を拾い上げると軽く引いて鞘を落とす。
露わになった刀身は白と黒の長大な剣。
エースのものは一般的なバスタードソードだけど、柄は白く中心には大きなダイヤモンドが入っている。
対してノアの剣は先端が尖っていなくて平らな大剣。剣のデザインとしてはエグゼキューショナー……所謂処刑人の剣であり、私がディルグレイルの首を落とした時に使用したものと同じだ。
しかしサイズは一般的なクレイモアほどもあり、刀身は漆黒でやたらと中二心をくすぐってくるデザインである。
エースの剣と同じように柄の中心には大きなグリッドナイトがはめ込まれていた。
私が両手に持った二人の剣で彼等の肩を叩くと、鎧の肩当てに当たりキィンという金属音が響く。
「私の望みは貴方達の変わらぬ忠誠、全ての敵に立ち向かう勇気、敵を薙ぎ払う武勇、仲間への慈愛、この四つ。貴方達に騎士の称号をあげる」
格好だけはついたかなと思い、二人の剣を鞘に戻して彼等の前に浮かせておいた。
「セシーリア様、ありがとうございました」
「主よ、騎士への叙勲感謝する」
……やっぱり固い。
でもこれが彼等のスタイルなのだとしたら私が口を出す気はない。
「それじゃ……ちょっとの時間だけど、貴方達の力を確認させてね。ジョーカー、貴方も来て」
「は、承知致しました」
それから第二大陸に戻る時間まで三人を連れて複合ダンジョンへと潜ることになった。
エースとノアは見た目通りの戦いをしたし、ジョーカーは短剣と小剣の両方を使いこなしていた。
そういえば私はジョーカーが戦っているところを見るのは初めてだったっけ、と気付いて彼を便利に使いすぎていたことを反省する。
それにしてもあんなにしなる、まるで柳の枝みたいなフルーレは初めて見たよ。ほとんど鞭みたいなものなのに、突く時はしっかり真っ直ぐ突いていたし。
時折短剣をジャグリングのように宙に浮かせながら投げてみたり合間に魔法を放ってみたり……まるでサーカスのピエロみたいに多種多様な芸とも取れる戦い方だった。
ちなみに一番早く目覚めたこともあって一番レベルが高いのも彼だったりする。
なんでも出来るジョーカーだからこそ、いろんなことをお願いしちゃうんだよね。
鐘二つ分ほど複合ダンジョンで身体を動かした私達は一度研究室へと戻ってから第四大陸へと戻ってきていた。
デンタミオーガとベルフェクスの両国が会談した場所であり、私の玉座はそのまま残っている。
玉座の肘置きに手をかけると、人の目の高さほどある座面に飛び上がりながら腰を下ろした。
「……イリゼ、テーブルと椅子は片付けていいよ」
「はい。御当主様は何か飲まれますか?」
「ううん、今はいい」
ひとまず少し大袈裟に「ふぅ」と息を吐き出すと、私が第四大陸まで戻ってきたことに気付いたのかすぐ近くの空間が揺れてシアンとルージュが帰ってきた。
「セシル様おかえり」
「せーちゃん、国王はちゃんと城に入るところまで見届けてきたよ」
私の言い付けをしっかり守ってくれたようで二人は褒めてほしいと言わんばかりに近寄ってくる。
何故か二人のお尻のあたりに大きく振られる尻尾が見えた気がするよ。
私は玉座に座ったままなので二人はよじ登るように肘置きまでやってきたので、彼等の頭を撫でながら苦笑いを零した。
「我が君」
シアンとルージュと戯れている間に気付けばジョーカーがすぐ前で跪いていた。
それだけではなく連れてきた全ての眷属が彼の後ろに連なっていて、その様を見たシアンとルージュもその中へと加わった。
「大変長らくお待たせ致しました。ここに全ての眷属達が揃いました。我等は貴女様の忠実なる駒にして人形。如何様にもお使い下さいますように」
代表して最も早くから目覚めていたジョーカーが挨拶してくれたけれど、彼はあまりリーダー気質じゃない気がする。
誰かがまとめ役をやらないといけないと思うけれど、それは今すぐ判断することでもないだろう。
「ありがとうジョーカー。でも、私は貴方達を駒や人形だなんて思ってないよ。みんな私の愛すべき宝石達。私の敵を滅ぼす騎士であり、私の愛を受け取る王子や姫でもあるの。だから絶対死なないで」
それが私の切なる願い。
意思の疎通が出来る宝石達。
彼等に囲まれてのキラキラな生活がようやく始まる。




