第477話 戦争が終われば
現在デンタミオーガ王国とベルフェクス共和国の代表者達は私が用意した魔法契約書にサインしている。
あれから更に話を進め、私達はそれぞれの条件を詰めた上でレーアに用意させた魔法契約結ぶことにした。
これには勿論私の名前も入っている。
魔法契約の内容は以下の通り。
①デンタミオーガ王国とベルフェクス共和国は直ちに戦争を終結させる。互いに捕らえた捕虜は無償で返還し戦争の賠償も互いにしないこと。
②ブルングナス魔国に対し、交易を封鎖していた賠償として今後百年関税を掛けないこと。
③魔王による侵攻を受けた際には協力して立ち向かうこと。その場合は直ちにジュエルエース家に連絡し、援軍を要請すること。ジュエルエース家はこれを断ることは出来ない。
④この魔法契約は百年間有効とし、今回の魔王が討ち滅ぼされた後、新たに発生した魔王に対しても効果を有するものとする。
但し、魔王による侵攻以外での援軍要請は無効とし、内乱その他事由により国が滅んだ場合に本魔法契約は無効となる。
⑤罰則。デンタミオーガ王国、ベルフェクス共和国は上記を破った場合にジュエルエース家とブルングナス魔国より制裁を加えられる。ジュエルエース家が援軍を断った場合、一回につき聖金貨百枚の賠償金を両国へ支払うものとする。
仲良くしてね。
魔王が攻めてきたらこっちに任せてね。
約束破ったら滅ぼすし、こっちが約束破ったら罰金払います。
そんな約束である。
コトリとクルズラント王とラリオ議長がペンを置いた。
理力魔法で契約書を手元に引き寄せると私の名前もそこに連ねた。
「これで完了よ。レーア、二人に写しをお渡しして」
「承知致しましたわ」
玉座から下りることなくレーアに指示すると、これであっさり五百年も続いた戦争は終わりを告げた。
それぞれの国で燻るものはまだまだあるだろうけど、それらは自分達が解決することであって私が口出しすることじゃない。
私が解決しなきゃいけないことは別のことだしね。
話し合いが始まって鐘二つになろうかというほどの時間が経ち、辺りは夕闇が差し迫っていた。
この場はシアンが結界を張り、ルージュがいくつもの灯りを灯しているため真昼と同じ明るさだが、結界の外は大分暗いし、少々騒がしい。
私は結界の外にいるソールへと視線を送る。きっととても楽しんでいることだろう。
「と、ところでセシーリア殿。ここに来るまでに通ってきたが、あの炎の魔法は……」
「あぁ、とっくに解除してるよ。帰りに確認してみるといい」
私が睡眠を取らずにずっと魔力の微細な調整をした成果をね。
地面が拳一つ分だけ浮かせて建物とかも避けて進む炎を壁を少しずつ進ませるのが凄く大変だってことを理解してほしい。
何も制御しなくていいなら溢れる魔力に物を言わせて大陸ごと焼き払うように放てば済むことだったんだけどね。
本当に大変でした。
ほぼ無傷なはずだから。
「それと折角戦争が終わったのだし、ここは両国が杯を交わすのはどうだろう?」
私は空間魔法で異空間から一本の瓶を取り出した。
「それは……ワインですかな?」
「これは私がオーナーを務める総合商社デルポイで取り扱っている『ブランデー』というお酒よ。その中でも最高級品、その名も『天使の階』と言って、あまりの美味しさに天にも登る気分になれるの」
この名前を付けるに当たって、あまり意味はないのだけどレンブラント殿下に許可を取りに行った。
「殿下、この酒に『天使の階』と銘を付けたいのですがよろしいでしょうか」
「綺麗な名前じゃないか。素晴らしい味だし、何ら恥じることのない名だと思うぞ。というか、何故私に聞くのだ?」
「いえいえ。一応ホラ、貴族院の先輩ですし意見を聞こうと」
「そなたがそんな殊勝な考えの持ち主ならば王家とももう少しうまくやっているだろう……」
なんて言って呆れられてしまったっけ。
何故殿下の許可を取りに行ったかと言うと、天使の階は気象名称でいうところの『薄明光線』であり他にも多数の呼び名がある。
天使の階、梯子。ヤコブの梯子。ゴッドレイ。そしてレンブラント光線。
関係ないのはわかっていても、何となく知ってる高貴な人だし許可を取りたくなったというわけだ。
「ジュエルエース閣下がそう仰るならば見事な味なのでしょうな。私、酒には目がありませんで……是非とも御相伴に預かりたい」
「ふむ……ラリオ議長がそう申すのであれば儂も一献いただこう。セシーリア殿が最高級品と評する酒に興味もある」
「決まりね。ラメル、お願い」
ラメルを呼び寄せると彼女にブランデーの瓶と異空間から取り出した水晶グラスを四つ渡した。
彼女は丁寧にブランデーを開栓すると、四つ置かれたグラスにトクントクンと小気味良い音を立てながらそれぞれに等量注いでいった。
「御主人様、どうぞ」
私は彼女手ずから渡してくれたグラスを受け取るとルージュが作った灯りに透かした。
真昼の灯りに近い白色光なのでブランデーの琥珀色が良く映える。
水晶グラスはその名の通り水晶で作ったグラスであり、私の食器のいくつかは水晶で作っているので今更ではあるけれど。
水晶グラスはガラスで作ったものよりも縁が分厚く重い。
その代わり良い水晶を使っているため、透明度が段違いに高く、底面も薄いので器に入ったお酒がとてもよく見える。
普通のガラス製のグラスと違って私が直接加工しているため現時点では他には誰も作り出せないのが難点だけどね。
私がお酒を眺めている間に他の三人にも行き渡っており、皆一様にグラスごとブランデーを眺めたり匂いを嗅いでいる。
「これはっ……何という透明度の高いグラス。そしてこの酒の美しい色合い。まるで一つの宝石のようだっ」
「ふ、むうぅぅぅ……素晴らしい香りだ。微かに甘く、それでいて心地良く穏やかな気分にさせる……まるで子どもの頃に与えられた木の玩具のような」
……私の表現より全然カッコいいんだけど。
お酒の表現方法なんて知らないし仕方ないじゃんか。美味きゃいいんだよっ!
「では行き渡ったところで……両国の平和と発展。そしてブルングナス魔国とジュエルエース家とも末永く良い付き合いが出来ることを願って!」
「「願って!」」
コクリと喉を通るブランデーの冷たい感触。それが少しの時を置くことで熱を帯びてくる。
鼻から抜ける香気が心地良く、アルコール独特の味とやや甘みの強い味が舌に絡みつく。
うん、やっぱり美味しい。
アイカとクドーの趣味から始まった酒作りは完成させてしまえば後はデルポイの社員が引き継ぐためどんどん量産化されていく。
それでもこの『天使の階』は年に何本かしか出来ない希少な一品である。
「おぉぉ……これは……。いくつもの言葉が脳裏を掠めたが、そのどれもが陳腐なものに感じるほどだ。この酒の感想は三文字で足りる。『うまい』。それだけだ」
「クルズラント王の言う通りですな。これほどの素晴らしい味は出会ったことがありませぬ。なるほど、天にも登るほど素晴らしい味とジュエルエース閣下の仰った意味、痛感致しましたぞっ」
……今度は逆にいろいろ言ったことで良くなかったみたい。
もう、私お酒の批評なんてしないもん……。
「気に入っていただけたようでこちらも嬉しいよ。これほどの酒ではないがデルポイにはいくつもの美味い酒、食べ物、便利な魔道具などを取り扱っている」
私は追加で異空間から出したツマミを彼等の前に置いた。
用意したのはチーズやナッツなどの見慣れたものと。
「これは……なんでしょう?」
「ふむ……スンスン。随分甘い匂いがするが、これは海の食べ物だろう?」
「えぇ。干物という海辺の漁村では一般的な食べ物よ。その中でも特に貴重で手間のかかるものを用意したの。見た目は良くないかもしれないから、勇気がないのなら食べなくても良いけれど……後悔するよ?」
勇気のない臆病者。後悔する。
そこまで言われて武勇を誇るデンタミオーガのクルズラント王は黙っていられなかったのか、即座に「いただこう」と手を伸ばした。
パクリと一口でスルメを口に含んだ彼はガリゴリという音がこちらに聞こえてくるほど豪快に噛みしだいていく。
「口の中でしばらく噛んでいると旨味がどんどん出てくるから、飲み込まずに少し待ってね」
私の助言を聞いてクルズラント王はグラスを手に持ったまま目を閉じてスルメをしばらく噛んでいたが、ゴリゴリという音からクチャクチャという音に変わったところで目を見開いてゴクリとスルメを飲み込んで残った酒を一気に口へと流し込んだ。
「美味いっ! 素晴らしい味だ! 儂は今まで何故これを知らなかったのだっ!」
「気に入ってくれて良かったよ。他のものもあるからいろいろ試してね。それとお酒はさっきの『天使の階』が残っていないから他の物を用意したよ」
ラメルに彼のグラスを洗浄してもらい、次に入れさせたのはウイスキー。氷魔法で丸い氷を入れて力操作で液体を流れさせて冷やしていく。
そんなところは見ていないクルズラント王は口直しに一度チーズとナッツを口に入れていた。
「どうぞ」
「うむ、忝い」
そして再びグラスを煽るクルズラント王。
「これも美味いっ! セシーリア殿っ!」
「それはウイスキーよ。ブランデーとはお酒の原料が違うからまた違った味わいでしょう?」
美味そうに、そして楽しそうにお酒を飲む姿に感化されたのかラリオ議長もブランデーを飲み干し今はホタテの干物を口にしてウイスキーを流していた。
「くはあぁぁっ! なんと酒精の強いっ! しかし美味いっ! クルズラント王、この貝の干物も最高ですぞっ!」
「誠であるかっ。ではラリオ議長もこちらの干物を食べてみると良い。小さめにして口に入れると食べやすいと思われるぞ」
うん。すっかりただの宴会場になっちゃったね。
そりゃブランデーにしろウイスキーにしろ凄くアルコールがキツいもんね。
あれはもう何杯か飲んだら寝ちゃうんじゃないかな。
私は護衛でついてきた者にも地魔法で作った簡易な椅子とテーブルを用意して彼等よりもグレードの下がる酒や食べ物を用意してあげた。
これでぐっすり深く眠って、明日の朝には気持ち良く帰ってもらいたいものだ。




