第472話 魔王と手合わせ
ブルングナス魔国の魔王ヒマリ・コーミョーイン陛下と謁見して手土産も喜んでもらえたというのに、何故か戦おうと言い出すヒマリ陛下。
「あの……仰る意味がわかりません。私は貴国と、ヒマリ陛下と争うつもりはございません」
「これは異なことを申すものよな。『勇者』であるセシーリア殿が『魔王』である妾の下へ来たのならば、雌雄を決する他あるまい?」
「『他あるまい』と申されましても、アルマリノ王国とブルングナス魔国との戦争になるかもしれないのにですかっ?!」
「妾が戦いたいのは勇者であるセシーリア殿だけだが? 国同士の戦争など、面倒なことはお断りだ」
「えぇぇぇぇ……」
もう何言ってるのこの魔王は……。
「それに、チェリーツィアが申しておったぞ? 『自分が降ったセシルという勇者に手も足も出なかった』とな。だから妾もセシーリア殿がどれほどの強さなのか知りたくなったのだ」
ちぇりいぃいぃぃぃっ!
何でそんな余計なこと言うの?!
「だから後顧の憂いなく戦ってみたいだけなのだ。戦争などせんし、この戦いが終わってお互い生き残っていたら二度とこのようなことは申さぬ。それならどうか?」
「……生き残っていたら、って……殺すのは無しにしませんか?」
「殺す気でなければお互い本気になれぬであろ?」
まぁ、確かにこの人相手なら私もそれほど手を抜かなくてもいい気はする。
何故なら。
ヒマリ・コーミョーイン
総合戦闘力 1,132G
総合技能 9,016k
だいたい私の半分くらいの戦闘力らしい。
多分ゼレディールよりは弱いだろうけど、油断したら負けてしまうかもしれない。
……ん? ゼレディール?
「しかしヒマリ陛下と戦おうとすれば『決闘システム』が起動するかもしれませんし……」
「あぁ、あの忌々しいシステムだな。しかし……なるほど? つまりセシーリア殿は『決闘システム』が起動するほどのレベルということか。これは、やはり是が非でも直接拳を交えねばな」
ヤバい。藪蛇だった。
「だが、安心してくれセシーリア殿。そもそも『決闘システム』が起動せぬようにやらせてもらう。殺すつもりでやり合いたいが、死ぬことはなかろう……多分」
「今『多分』って言いましたよねっ?! 本当にお願いしますよっ?!」
「くふふふっ。それはつまり『了承した』と返事を貰ったということで良いのだな?」
「えっ? あっ! ち、違う、違います! 私は……」
売り言葉に買い言葉、ではないがヒマリ陛下の会話のテンポに乗せられてしまい、うっかり彼女と戦うことを了承するようなことを言ってしまった。
そのことを後悔して訂正しようとしたが、私の言葉が紡がれるよりも早く彼女は準備を整えてしまった。
「というか、臣下の方々は止められないのですかっ?!」
私の眷属であるシアンとルージュは例えば転移しようと試みたけれど魔法が阻害され、実力で止めようと足を踏み出そうとしたけれど指一本動かせない。
なのにこの場にたくさんいる他の人は動こうともしない。
「無駄なこと。奴等は妾に逆らえん。止めたいと思う者がいたら前に出よ? 全力で抗ってみせるぞ?」
「……陛下の為さることに異を唱える者などおりませぬ……」
駄目だね。
多分何度か同じようなことがあったのかもしれないけど、そのたびに尻拭いに奔走してきたのだろう。
唯一声を上げたお爺さんは疲れた様子で諦めと共に大きく息を吐き出した。
「くふふっ。ではいくぞ? 『遊戯の闘技場』」
ヒマリ陛下が何か魔法のようなものを口にすると彼女と私の二人の周りにだけキラキラと光る不自然な光の粒に覆われた。
攻撃ではない。状態異常のようなものでもない。なのに私たちの体はまるで溶けていくかのように光の粒に飲み込まれていく。
「慌てるでない。この光自体に危険はない。これはそういうオリジンスキルだ」
「……はぁ。もうここまで来たらヒマリ陛下を信じます」
「殊勝な心掛けよ」
くつくつと笑う彼女の姿もやがて光に包まれて見えなくなった頃、私達は吸い込まれるように光の中へと消えた。
意識を失っていたかのように目を開くとそこは舞台のような円形の闘技場だった。
昔何かのアニメで見たような武舞台。
それはかなり広く、野球のグラウンドくらいの広さでヒマリ陛下は私の五十メテルほど先に立っていた。
「さぁここなら煩わしい『決闘システム』に邪魔されることはない! 存分に仕合おうではないかっ!」
「しあう? 殺し合いの間違いでは?」
「そうなるかはセシーリア殿次第ではないのか?」
「ご冗談を」
「ならば本気を出させてみせようではないか」
その言葉を最後にヒマリ陛下の顔から笑顔が消えた。
ドンッ
大気が震えるほどの圧力で自分の身体が押され、うっかり後ろに下がってしまいそうになった。
それほど彼女の身体から発せられた力が膨大なものであり、それは純粋な魔力だけではなく闘気などに類される力の奔流でもあった。
「確かに、手加減してたらあっさり殺されて終わっちゃうかも……」
私も彼女の総合戦闘力から判断して出力制限で五割まで力を解放する。
こちらからも同じような圧力が発生したのか、彼女から圧される感じが無くなりヒマリ陛下の表情にも笑顔が戻った。
「ふはっ。素晴らしいな! では……参るっ!」
ヒマリ陛下は異空間から一振りの剣を抜き放つと一足で私の間合いに入ってきた。
ガキィィィィィィィィン
それを私も異空間から取り出した短剣で受け止める。
武器がぶつかり合った衝撃波で武舞台の石畳に亀裂が走った。
「この一撃を普通に受け止めるか! さすがだなセシーリア殿!」
「いちいち褒めなくていいからっ!」
ガリガリと武器同士が削れる音がするほど、私達の押し合いは凄まじい力がかかっている。
単純な力ならユーニャの方が遥かに強いけれど、油断すると全身を切り刻まれてしまいそうな気迫を感じて力が抜けない。
「続けていくぞ!」
キィンと一度剣を引いたかと思うと、ヒマリ陛下の姿がブレる。
私のすぐ右から迫る殺気。
横薙ぎに走るヒマリ陛下の剣閃が視界に入った時には身体が勝手に動いてしゃがみ、短剣を突き出していく。
しかしその短剣の軌道を逸らすことなくヒマリ陛下も身体を捻って避け、その回転を利用して右の回し蹴りを放ってきた。
がんっ
「つうっ?!」
避けることも出来たけれど、その蹴りを左腕で受け止めるととても生身の身体とは思えないほどの重さと硬さに思わず顔顰めてしまう。
「おおっ? 妾の蹴りをそこまで簡単に受け止めるか。セシーリア殿は今まで出会った勇者の中でも一、二を争うほど強いな!」
「……お褒めに預かり恐縮ですっ!」
びしっ、と私の足下の石畳が割れる。
今度は私が一歩踏み込み、左手にも短剣を取り出してヒマリ陛下に斬り込んだ。
ギャリリリリリン
最初の十連撃は敢えて彼女の剣に対して斬り込み、その後からはフェイントを交えて左右から攻撃していく。
「ぬうっ?! くっ、ふっ!」
今のところ私とヒマリ陛下のスピードはほぼ互角。しかし攻撃の手数の多さは私に分があり、威力の面では彼女に軍配が上がる。
受け止められた時に短剣が弾かれて私の体勢が崩れるとその隙を突いて強力な一撃を放ってくる。
当然まともに受けてはいられないので、その全てを避けていくが、武舞台は彼女の攻撃の余波でどんどん石畳が削れていき、最早まともなところを探すのも難しい。
しかしそれはこちらも同じで、私の剣撃によって武舞台は斬り刻まれ何十ヶ所も斬撃の痕を残していく。
ギィンッ
そして再び互いの武器がぶつかり合い、鍔迫り合いの様相となる。
「くっ……! す、さまじい、なっ! まさかっ、これほどとは思わなんだ……っ」
「そろそろっ……武器だけで、戦うのは、終わり、ですかっ?!」
「……っ、よかろうっ」
互いに力任せに剣を押し付け合うと、距離を取って大きく息を吐いた。
私もヒマリ陛下の実力を侮っていた。
武器だけでも圧倒出来るかと思っていたけれど、彼女の力も速度も私とほとんど変わらないし、何より攻撃に対する読みや身のこなしは長い年月の中で培われた経験によって私のそれを大きく上回っているからだ。
しかも私達はまだ魔法を何一つとして使っていない。
だからこそ私も金閃迅などは使わず、閃亢剣の要領で攻撃していただけなのだけど……ヒマリ陛下の攻撃も闘気に類する力を奮ったものばかりで、彼女の魔法にどれほどのものがあるのか興味がある。
「さて、第二幕と行こうかの」
ヒマリ陛下の左手にブンッと音がして黒い球体が生み出された。
闇魔法に類するものだろうか?
しかし闇魔法は邪魔法まで進化しても状態異常を引き起こすものがほとんど。
私には異常無効のスキルがあるし、恐らくヒマリ陛下も状態異常は無効だろう。
しかし……私は更にその上の魔法も知っている。
あれがもし私と同じ暗黒魔法なら非常に厄介なのだけど……。
「さぁ、ゆくぞ」
ブオンと音を上げてヒマリ陛下の左手から放たれた魔法は黒い塊になって私に迫ってきた。
「破滅魔法『黒雷波』!」
「いっ、だっ! あぁぁぁぁっ!」
その黒い塊はヒマリ陛下が魔法名を唱えると一瞬縮んだ後、黒い稲妻となって荒れ狂った。
しかもその範囲は魔法を放った本人であるヒマリ陛下をも含む広大さだというのに、彼女は電撃のダメージを気にすることもなく魔力を放出し続けている。
私もダメージはあるものの、それほど激しいものでもない。高過ぎるレベルのおかげで並みの魔法では私の防御力を突破出来なくなったせいだ。
けれど、痛いものは痛い。
「更にっ! 破滅魔法『鉄針山』!」
続いて鉄のような金属で出来た短剣ほどの大きさの針が私の全周囲から高速で飛来してきた。
魔法ではあるものの、物理的な攻撃力も持つ厄介な攻撃である。
「結界魔法『剛柔堅壁』!」
ガキキン ガキィン
結界魔法を展開すると凶悪な音がしてヒマリ陛下の魔法を全て弾き落とす。
さすがにあの攻撃を生身で受け止める気にはなれない。
「なかなかやる! では……」
「そろそろ私の番でしょっ!」
ヒマリ陛下が新しく魔法を展開するよりも早く魔力を無遠慮に放出した。
手加減? する意味なんてないよっ!
「新奇魔法 精霊の舞踏会!」
自重しない 精霊の舞踏会はまるで別の生き物のように私の魔力をぐんぐん吸い取っていき、いつもなら魔力球が出来るのだが今日はそれぞれ火の玉、氷の礫、風の刃、岩の棘に変化していく。
それだけではなく、さっきのヒマリ陛下の魔法に感化されたのか黒い稲妻と、爆発魔法、剣魔法、重力魔法まで同時に放たれていく。
その数は既に数千にまで達しようとしていた。
「な、んだ……この、魔法? は……。こんな、こんな常識外れの魔法などあっていいはずがない……」
「私、非常識とか理不尽って言われ慣れてるんで」
一つ一つがそこらのAランク冒険者を一撃で屠るほどの威力がある魔法を数千。
私のMPの半分ほどの消費してしまったけれどね。
ヒマリ陛下ならその威力なんて見なくても込められている魔力量だけで推測出来ると思う。
あれを受けたら自分がどうなるのか。
「……続けます?」
「……さすがに、妾も死にとうない。降参したら許してくれるか?」
苦笑いしながら両手を上にするヒマリ陛下に対し、私は氷の礫を一つだけ彼女の頭に落とした。
「あだっ?!」
ごんっと大きな音と共にヒマリ陛下に落ちた氷の塊は砕けて地面に落ちた。
「突然戦わされた私もムカついたんで、それで許して差し上げます」
右手を上げてぐるっと大きく円を描くように振るうと大量に浮かんでいた暴力の化身達はその姿を霧散させていった。




