第43話 文官三人組
セシルも女の子なのでイケメンは大好きです。
8/6 題名追加
ナージュさんが部屋に入ってすぐに私も後ろからついていく。
中は窓側に大きな机が空席のまま置いてあり、その左右に文官達の机が配置されている。他には小さいものの応接セットも用意してあった。
何より目を引いたのは彼らの背後に聳える本棚だ。紐で綴じられた資料が本棚いっぱいに詰め込まれて、中には隙間に押し込むような形で入れられている。
よくナージュさんみたいな神経質そうな人がこんな光景我慢できるなぁ。
「お疲れ様です、ナージュ政務官」
「「お疲れ様です」」
右奥に座っていた文官が立ち上がって声を出すと他の二人も手を止めて立ち上がって挨拶する。
なんだか学校の応援団とかブラック企業の事務所で社長が入ってきたときみたいな感じだね。
それにしてもナージュさんって政務官って役職なんだ?確かに政治関係を取り仕切ってる感じはするね。
「紹介しておこう。私の部下の下級文官だ。三人とも自己紹介を」
「「「はいっ」」」
なんかすごい躾けられてる?
「私はインギス。領内の条例、土木事業を主に受け持っています」
「俺はギザニアだ。よろしくな。ナージュさんの下で魔物関係の陳情、騎士団との連絡役とかをやってるぜ」
「ぼ、僕はシャンパ。領内の産業関係と流通、それと税に関することを担当しています」
なんか徹底的に躾けられてるのかと思ったら案外ナージュさん以外には地が出てて面白い。三人ともタイプが違うから仕事中はいろいろありそうな感じはするけど。
しかしまぁ…ナニこのイケメン率?
インギスさんはクール系イケメン。眼鏡を掛けてはいないけどとてもよく似合いそう。融通が利かなそうな真面目な雰囲気だけどあぁいうタイプ好きな人は多いだろうね。自己主張が強く感情表現は少ないような感じがする。水色の髪がそのクールさを一層引き立ててる。
ギザニアさんは明るい情熱系イケメン。領主一家のような赤い髪で……いや、ちょっと領主様に似てる?かな?気のせいかな。
感情表現も自己主張も強くて周りをぐいぐい引っ張っていくタイプ。押しに弱い人ならあっという間に陥落してしまいそう。
シャンパさんはかわいい系イケメン、かな?守ってあげたくなる小動物のような雰囲気。おどおどした態度がより一層保護欲をかき立てる。自己主張も感情表現も少なく、場の雰囲気や人同士の友好を何より大事にする人かな?お姉様方には絶大な人気を誇りそう。
ただし敢えて言っておく。この中に私のタイプはいない!イケメンで目の保養にはなるのでできればここにはちょくちょく来たいとは思うけど、全てを任せられるような安心感のある人が私の好みなのでこの三人は違うかな。
「先日リードルディ様の家庭教師になりましたセシルと言います。育った村から出てきたばかりの田舎者ですがよろしくお願いします」
今日はまだ新しい服が出来上がっていないので村で着ていた簡素なものだが服の裾を摘まんで膝を曲げた。
その様子に三人とも驚いた表情だ。
「ほぅ…田舎者などと言っているものの、なかなか教養があるじゃないか」
「ウチの妹よりもしっかりしてそうだしなっ。これで家庭教師って言うんだから驚きだぜ」
「セシルちゃん。何か困ったことがあったら相談してくださいね」
「はい、ありがとうございます。もしお邪魔でないなら皆さんのお仕事を拝見したいと存じますがよろしいでしょうか」
私はナージュさんに視線を送りつつ、あまりよくわかってないような表情をしておく。さすがにちょっとあざといだろうけどやはりいろんな知識は身につけておきたい。
「まぁいいだろう。君のことだから本当に邪魔したりはしないだろうしな。三人とも仕事の合間で構わないから彼女に領内のことを少し話してやるように」
「「「はいっ」」」
これってやっぱりナージュさんが躾けたんだろうなぁ。
心の中で苦笑いを浮かべていると彼は一人下級文官の執務室から出て行った。しばらく後に近くでドアが開閉する音がしたところから自分の執務室に戻ったのだろう。その間は三人とも直立不動で額に冷や汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。
「ナージュさんならもう自分の部屋に戻りましたよ?」
「い、いえ。以前戻ったように見せて不意打ちで再度部屋に入って来られたことがあるので」
「大丈夫。ちゃんと隣の部屋に入ったのはスキルで察知してますから」
私がそう言うと三人は誰からともなく息を吐き出して倒れ込む、いや落ちるようにして椅子に座り背もたれに体を預ける。
「あー…いきなりだったな…。マジで焦ったぜ」
「真面目にやってるつもりでもナージュさんからすればまだまだのようだしな」
「ふ、二人ともセシルちゃんがいるのに…」
インギスとギザニアは口を「あ」の形のまま私を凝視する。時既に遅し。でも
「私からナージュさんに何か言うことなんてありませんよ。皆さんナージュさんが苦手なんですね」
微笑みながらも人差し指を立てて唇に当てると彼等も安心したのかまた更に脱力した。
「苦手、とは違うのですが…」
「ナージュさんは自分にも他人にも厳しい人だからな」
「僕等だと三人でもナージュさん一人の仕事量に及ばないくらい凄いんですよ」
…ナージュさん…上司が働きすぎてると部下も同じように働かないといけないって思っちゃうんだからほどほどにしてね…。
それから少し三人と打ち解けるようにお茶を飲みながら雑談に花を咲かせていると段々と彼等の人となりも見えてきた。外見だけのイメージとは違って三人とも同じように気軽に話してくれるし何より面倒見もいい。私の質問にもちゃんと答えてくれるしね。
一番取っつきにくいかなと思っていたインギスさんも表情と話し方はともかく私をただの子どもとしてではなく、ちゃんと一人の人として扱ってくれているようだ。
「セシルはあのオスカーロさんをかるーくぶっとばしちまう奴だからな。それだけでもこの屋敷の中じゃ英雄みたいなもんさ」
「うんうん。僕も窓から見てたけどセシルちゃん凄かったもんね。こんなに小っちゃい女の子なのにかっこよかったよ」
「おいシャンパ。小さい女の子にかっこいいはないだろう」
あぁなるほど。来て早々にオスカーロをやっつけたのが私の評価に繋がってるのか。それならあのほとんど無意味な決闘もやった甲斐があったかもね。
その後お茶の道具は私が片付けを申し出て彼等には仕事に戻ってもらった。いくら話すのが面白い人達でも仕事の邪魔はしちゃいけない。それはナージュさんとも約束したことだしね。
私がお茶の片付けをして戻ると三人は机に向かって黙々と仕事をこなしている…ように見えた。ただよく見るとどうも少し悩んでいるように見える。
とりあえず一番近くにいるギザニアさんの書類を覗き込む。魔物に関する陳情書のようで、それが何枚も重ねられている。
「どうかしたんですか?」
「ん?あぁ、魔物が村の近くに出たっていう陳情なんだが数が多くてな。騎士団を派遣するにしても全部回るように指示してたら間に合いそうにないんだ」
「ふぅん…?魔物の種類や数は?」
「あー…これはウルフの群れだな。かなり数が多いらしいけど所詮はウルフだしな。こっちはオークが数匹。でもあいつら力が強いから数は少なくても結構厄介なんだ。あとは…」
「とりあえず領内の地図に魔物の種類と数、あと報告があった日付も書いたものを持って騎士団に相談しましょう。あとはゼグディナスさんが人員の割り振りまで考えてくれますよ」
「あぁ?けど俺は騎士団に指示するのが仕事だぜ?」
「騎士団に指示するのが仕事なのはわかりますけど、彼等はその道のプロです。なら騎士団に相談するのが一番良いんですよ。それにモタモタしてたら領民に被害が出てしまいます。ギザニアさんの仕事はとても責任のある仕事ですけど、領民の生活を守ることが一番の仕事ではないでしょうか」
「…そうだな。その通りだわ。ちょっとゼグスさんトコ行ってくるぜ」
言うが早いかギザニアさんは書類を掴むと執務室を飛び出して行った。あとは騎士団がうまく捌いてくれるはず。一緒に旅をしていてわかったけど彼等の戦闘能力は高いしそこらへんの魔物に後れを取ることなどないだろう。
続いてインギスさん。
「インギスさんは何か悩んでいるんですか?」
「…うむ。川の堤防や水の引き込み工事についてな。どれからやったものかと。どれも重要なのはわかるが予算も人手も限られているからな」
どこの世界も予算と人手は頭を抱える問題なんだね。特に大型重機なんてない世界だし人力に頼るところは大きいのかも?あ、でもその代わり魔法があるね。
「予想される予算、人手、期間を全部書き出してみましょう。それから工事が行われなかった場合の被害額、工事が行われた場合に積み上げられる税もまとめて一覧表にしてみたらよくわかるかもしれませんね。その上でまだ絞りきれないようならちゃんと上司に相談するのもインギスさんのお仕事ですよ。聞くのは恥ずかしいことじゃなくてより良い方法を選ぶため、ひいてはナージュさん、領主様のためになるんですから」
「…君の言う通りだな。わかった、まとめてみよう」
インギスさんは積み上がった書類から一つずつ抜き出して数字をまとめ始めた。後でまた様子を見てみよう。
「シャンパさん、ここ計算間違ってますよ?」
「え?ど、どこ?」
「ほらここ。『ヌウメ村』の税のところです。銀貨8枚相当が32袋なら銀貨256枚相当です。246枚になってます」
「…あ、ほんとだ…。うわぁ…これじゃ計算し直しかぁ」
「…他にもこことここ。あと前回納税分の相殺額が抜けてます」
「あぁぁぁ……昨日1日かけて計算したのに…」
この計算に1日掛かりって…。いくらなんでも時間掛かりすぎでしょう?
「でもセシルちゃん、見ただけでよくわかったね?」
「このくらいの計算なら見ただけで解けますしね」
ガタガタッ
うわっ?!びっくりした。
私の言葉にシャンパさんだけでなく後ろにいたインギスさんまでも立ち上がって目を見開いている。
その顔ちょっと怖いよ?
私はイケメン二人に挟まれて至福のような怖いような思いをすることになるのだった。
今日もありがとうございました。




