閑話 ステラのとある一日 後編
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あれからセシーリア様の服を用意してからディッカルト様を湯浴みに連れていきます。
彼はセシーリア様のように一人で何でも出来るわけではなく、かなりお手伝いが必要です。
普通十一歳であれば髪を洗うのも一人で出来るのですが、彼の場合はそれすらも手伝いが必要です。
なので私がいつも洗って差し上げます。
子どもらしい身体なのであちこちぷにぷにしています。
最近はセドリックさんに勉強を習い、ミオラさんやリーアさんに身体を鍛えられているのでもう少ししたら筋肉がついて男らしい身体になるかもしれませんね。今はとても可愛らしいです。下の方も。
その後ユーニャ様にお声を掛け、彼女が済み次第アイカ様へと連絡します。
以降は私もノータッチです。
アイカ様とクドー様の邪魔をしては悪いですから。
今夜もなかなか激しいみたいですよ?
もう少しムードを高めるとかないんですかね?
ですがアイカ様は夜人族ですし、あの浴場はセシーリア様特製の仕掛けがたくさんありますし、困ることはないのかもしれません。
…クドー様もほぼ毎晩だというのにすごいスタミナですね。明日も彼の食事には精の付くものを入れておくとしましょう。
私はこの旧ジュエルエース大公家、現ランディルナ至宝伯家の屋敷内であれば基本的にはどこにでも一瞬で移動可能ですし、いつでも離れたところから指定の場所を確認することが出来ます。
これは気配を感じるということではなく、実際にその場を見られますし聞くことも出来ます。ついでに匂いもわかります。
今は八の鐘が鳴る少し前。深夜です。
アイカ様とクドー様も既に浴場から部屋へとお戻りになられております。しっかり後始末するところは丁寧と言うべきなのでしょう。していなかったとしてもちゃんと私が掃除しますし痕跡など残しません。
彼等は今それぞれの部屋で作業中ですね。明日ユーニャ様にお渡しする薬と矢を作っているようです。
そしてそのユーニャ様ですが、ご自身のお店であるカーバンクルの帳簿はつけ終わっていましたし、既にベッドの中です。
時折くぐもった声とセシーリア様をお呼びする声とが出ていますが寝言ということにしておきましょう。ユーニャ様はセシーリア様と違って『洗浄』を使えませんが、特別に簡易装置で下着類だけは部屋で洗っておいでですが毎朝下着を変えるのは何故でしょうね?
ディッカルト様は相変わらず作業台に向かって何やら細かい作業をしています。
魔法を使わずにあれだけの細かい作業などセシーリア様でも不可能です。
あぁして魔道具作りに専念している時は何を言っても無駄ですし、周囲の声も届かないので彼は屋敷の敷地内で何が起きても気付かないでしょう。
さて。
セシーリア様はというと。
えぇ今夜も地下室にいらっしゃいましたね。
昨夜は早めに切り上げてましたから今夜は長引くかもしれませんね。
いつの間にか連れてきていた希少種のスライムを侍らせながらベッドの上で楽しんでいらっしゃるようです。
地下室ですから声も音も絶対漏れません。
そうでないと屋敷中に響いてしまいますからね。セシーリア様はそういう時の声が大きくていらっしゃるのですが、本人は気付いておられません。私も言うつもりはありませんし、いつまでも楽しませてもらい…いえ、見守らせて……見てませんよ?
私のような精霊には人間や亜人達のように生殖するための器官は存在しませんので同じことをしても感じることはありません。しかし真っ最中のセシーリア様から漏れ出る魔力を吸収すると顔が熱くなってしまうのを感じますし、微量に漏れる魔力の籠もった手で触れられることでも気分が高揚して、それこそ今のセシーリア様のようになってしまいます。
終わった後の魔力はまるで雨上がりの夏空か、麗らかな春の陽気みたいな気配すら感じます。
本当に御馳走様です。いつも美味しくいただいております。
それにしてもセシーリア様が毎回使っている宝石。あの方は本当に普通の人間とは番になることは出来ないかもしれませんね。うっとりした目で宝石を見つめて何やら呟いています。まるで恋人へ睦言を囁いているようで無機物相手だというのに嫉妬してしまいますね。
いえ、それは一介の使用人には分を越える不敬でした。私はセシーリア様のお側に仕えられるだけで幸福です。
セシーリア様が地下室に籠もってらっしゃる間にたっぷりと覗き見…ではなく、周辺警戒をして漏れ出た魔力をご馳走になりました。
正しく天上の雫が如く魂に直結するほどの美味でございました。
現在既に一の鐘が鳴ろうかという時間。
アイカ様はユーニャ様にお渡しするための薬を調合し終わっており、今は別の何かを作っています。
なんでしょうね? スライムのようにプニプニしていて、それでいてすべすべで、人の身体くらいの硬さがあるようです。
アイカ様は高レベルの錬金術師ですから私には考えもつかないような高尚な物をお作りなのかもしれません。
クドー様もユーニャ様にお渡しするための矢は既に作り終わっていていくつかの鉱石やインゴットと睨めっこしています。あの方も魔剣や聖剣の類を作り出してしまうような鍛冶師みたいですし、またどなたかの武器を作ろうとしているのかもしれませんね。
それ以外の皆さんは既にお休みになっていらっしゃいます。
セシーリア様も八の鐘と一の鐘の間くらいにはフラフラになりながら部屋に戻られました。
今夜はお楽しみでしたね。
皆さんの状態を確認し終わった私は朝まで思考を停止しておこうかと思い、目を閉じようとしました。しかし。
ピピッピピッ
頭の片隅で反応がありました。
この音は屋敷の近くに悪意有る者が近付いた警戒音です。
セシーリア様がお休みになられているというのに、この屋敷に近付こうとしている不届き者がいるということです。
しかし万が一にもお客様であった場合は貴族であるセシーリア様の恥になってしまいます。それは避けねばなりません。
「ゴーレム達は念のため塀の近くへ。小隊長は玄関、裏庭、正門へ。私はお客様をお出迎えに行きます」
何故かこういう輩は一度必ず正門前の様子を見に来ます。
確かにこの屋敷は正門前が一番防衛が緩いのです。
そろそろお客様が廃墟跡地を抜けてきます。私は門から出ないギリギリのところへ立ち、お出迎えの準備をします。
監視用の魔道具や魔石はあちこちに設置してあり、その全てをセシーリア様によって地下の巨大魔石に接続されています。そのため私は屋敷から出ることなく、周辺の状況を察知することが可能になりました。当然塀にも十メテル間隔で監視用魔石を設置してもらいましたので塀には私の目があるも同然ですが。
「いらっしゃいませ。ランディルナ家当主であるセシーリア様は本日お休みになられております。改めてのお越しをお願いしたいと存じます」
腰を曲げて丁寧に礼をしながらお願いしました。
人数は八人。その全てが真っ黒い服を着て闇に紛れています。裏庭へ向かっているのが二人なので合計十人ですか。
いずれの方も大した魔力はお持ちでないご様子。これはつまみ食いの価値すらありませんね。
そして私のお願いは無かったことにされ、無言の集団は私へ襲い掛かってきました。
「恐れ入りますが、お帰りいただけないのであればせめてお休みくださいませ」
キュインッ バチバチバチバチッ
私の制御下にある正門周辺の防衛用魔道具に指示を出すと即座にそれらが一斉に火を噴きました。
これは二百年前に設置してあったものをディッカルト様が改造したものです。
以前は炎を噴き出す簡単なものでしたが、現在は電撃を撃ち出すものになっており攻撃力自体高いもののよほど貧弱な相手でなければ命までは落とさないようになっています。
その代わり死ぬほど痛いのと、半日はほぼ動けなくなると聞きました。
以前セシーリア様は奥歯に毒を仕込んだ殺し屋に襲われたことがあるそうで、その時は全員生かしておいたのにすぐに自害されてしまったことがあるとか。その話を聞いたディッカルト様がこれを作ってくださいました。
さて、こんなものを屋敷内に入れるわけにはいかないので、ゴーレムに頼んで塀の外に積み上げてもらいましょう。それと裏庭に向かった残りの二人も撃退しないといけません。
私が踵を返そうとしたところ、すぐ後ろで何かを落とすような音がして咄嗟に振り返りながら距離を取りました。
「すまん、驚かせたな。裏庭に来たのはこいつらだけだ」
噴水の照明のせいで逆光になっていますが、声からするとクドー様のようです。
私が向かうよりも先に賊の始末をしてくださり、それを私の下へと持ってきてくれたのです。
腰に剣ではなく炭かき棒を挿しているところを見るとあれで攻撃したのでしょうか。
「申し訳ございません。わざわざクドー様のお手を煩わせてしまいました」
「気にするな。さっきアイカにも声を掛けておいたから後始末はあいつがやるだろう」
「アイカ様に…。承知致しました」
アイカ様はいろんな薬品を使う高レベルの錬金術師です。
以前も同じことがあった時にはアイカ様がいろいろと調べてくださいましたので、今回もそうしていただけるととても助かります。
クドー様は「ではな」と言って裏庭の方へと去っていきました。
そしてそれと入れ違いですぐにアイカ様が来てくださいました。
「お待ちや。ほなこれとそっちの外に捨ててあるんは貰てくで」
「はい。お手数お掛け致します」
「こっちも好きでやっとんのやから、気にしたらアカンで」
そしてアイカ様は屋敷の敷地内に賊を引っ張り込むのではなく、そのままここに捨て置かれた二人の賊を引き摺って門から外へ出ていった。
きっと近い内にいろいろ情報を仕入れてくださることでしょう。
そういうことには私は不向きですからね。アイカ様の存在は本当に助かります。
さて。こんなことがあったばかりですし、活動を休止しようかと思いましたがこのまま警戒を続けることとしましょう。
翌朝。
いつも通り、朝食の支度を終えると私はセシーリア様の私室へと入った。
「おはようございます、セシーリア様」
そしていつも通り、寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こす私の主人であるセシーリア様。
「おはよう、ステラ」
今日もとても素敵なお顔であらせられます。
こうしてまた今日も一日が始まるのだ。
今日も読んでくださってありがとうございました。
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