閑話 ステラのとある一日 前編
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おはようございます。
私はステラと申します。
今は亡きジュエルエース大公が住まわれていた屋敷にいる家精霊で、生まれてから二百五十年ほど経っています。
しかし二百年前に大公様に恨みを持つ者によって掛けられた呪いによって心を蝕まれ、邪悪な亡霊としてこの屋敷に巣くっていたようです。
それを現在の主、セシーリア・ランディルナ様によって救われ、その恩義とあの方の優しいお心に惹かれお仕えさせていただくことになったのです。
さて、私の朝は早いです。
と言っても普段から眠ることはないのですけど、屋敷にいる皆さんが休まれている間は私も活動を止めているという意味では眠っているようなものでしょうか。
話が逸れました。
毎朝二の鐘が鳴る前に玄関ホールに現れます。そして地下にある巨大魔石に接続して屋敷中の清掃を済ませてしまいます。
この屋敷には至る所に魔石が配置されていて掃除などは魔石に込められた魔法で簡単に済ませることが出来ます。それらは地下の巨大魔石と繋がっており、また私自身も巨大魔石と繋がっているため離れていても操作可能なのです。
とても便利でしょう?
私は出来る家精霊なのです。
ただ問題があって、実は私の能力はこの屋敷に限定されており敷地内から出ることが出来ません。
セシーリア様のお役に立ちたいのですが、買い物などは無理なので他の方にお任せしなくてはならないことが心苦しいですね。
けれどそんな私をセシーリア様は笑って許してくださいます。とても素敵な笑顔なのですよ。
ふふ、またあの笑顔を見せていただくためにしっかりお勤めしませんと。
それから夜間警備についていたゴーレム達を交代させます。
昨夜は静かでしたので交代だけで済ませて、次は朝食の支度です。
屋敷に常駐している使用人達の分も合わせて用意します。
ここではセシーリア様のご意向で使用人も同じ食事を用意するように言われています。本来なら当主一家以外は質素な食事にするものですが、あの方の優しさには本当に頭が下がります。
それでも当主と同じ食卓に着くのは避けたいと思う方々もいますので、そういった方々向けに使用人用の食堂にも配膳しておきます。
とは言え、未だこの屋敷にいるのは十人程度。食事の用意もすぐに終わってしまいます。
しかしそのくらいの時間になるとユーニャ様が起きてこられます。
「おはようステラ」
ユーニャ様はセシーリア様の大切なご友人であり、家族のように接してらっしゃいます。しかしユーニャ様がセシーリア様を見る目は友人以上のものを感じます。セシーリア様もそれをわかっておられるようでユーニャ様の熱い視線を受けて赤くなっていることがあります。
どうやら私の主人は一般的な男性との結婚は望んでいないのかもしれません。ほぼ毎夜ご自身で慰めてらっしゃ…おっと、このことは秘密でした。
食卓に着かれたユーニャ様へ配膳を済ませると私はセシーリア様の私室へと向かいます。
パチンと指を鳴らして締め切られたカーテンを開けると部屋の中に優しい朝日が差し込んできます。まるでセシーリア様の眼差しのようです。
朝日に照らされたセシーリア様の寝顔はとても愛らしく、使用人だというのに思わず頬ずりしたくなりそうです。口付けもしたくなります。
…こんなことでは私もセシーリア様のことをとやかく言えませんね。
「セシーリア様、おはようございます」
声を掛けるだけでセシーリア様は目を覚まして下さいます。かつての主である大公様はなかなか起きてくれなくて困ったことが何度もありますので本当に助かります。
「おはようステラ」
寝ぼけ眼を擦りながらベッドから降りて寝間着を一つずつ脱いで落としていきます。
それを拾いながら腰に着けた魔法の鞄に入れていきます。
下着姿になったセシーリア様は朝日を浴びてとても美しいです。まるで女神のような神々しさを感じます。女神になんて会ったことはありませんが。
そして私が着替えを手伝うこともなく『装着』と唱え、いつも屋敷で着ている服に着替えてしまいます。更に髪型までもセットされていますのでお世話のし甲斐がありません。
史上最強の魔法使いとも思える方ですのでこのくらいは文字通り朝飯前なのでしょう。
そしてセシーリア様に伴われて食堂へ向かい配膳します。
遅くに食堂に来られるクドー様、アイカ様、ディッカルト様の食事が済む頃には使用人達も食事を済ませています。
それらを厨房にある装置に入れて魔力を流します。
するとゆっくりと装置が動き出し、中では勢いよく水が食器に吹きかけられています。
セシーリア様はこれを『食洗機』と仰っていました。少しでも私の家事の負担を減らしてくださるために開発されたもので、他にも洗濯の手間を減らすために『洗濯乾燥機』もいただきましたので、これがあると洗濯だけでなく干す手間まで省かれてしまいます。
これを使うと洗濯物が皺だらけになってしまうのでそれとは別に『アイロン』というものもいただきました。さすがにこれには時間を取られますが、他の作業がほとんど片付けだけで済んでしまうために家事全体で言えば大した手間にもなりません。
屋敷全体の掃除は当然浴場や厨房も含まれているため、屋内は特にすることがないのですが庭の手入れと掃除を行います。その後昼食の用意と片付けをする頃、ようやくセシーリア様のお傍に控えることが出来るようになります。
その頃にはディッカルト様の勉強を見ていたセドリックさんも戻ってきており、二人で近くに控えています。
五の鐘が鳴る少し前は大体執務室で難しい顔をなさっています。
インギスさんやモルモさんからいくつか書類が回ってきて、その内容にいつも頭を抱えてらっしゃるようです。
セドリックさんも元当主なのですからもっとセシーリア様をお手伝いすれば良いのですが、この方はこの方でセシーリア様のためになるからと敢えて手を出さないのだそうです。
そう言われてしまっては私も口を出せなくなってしまいます。
なので私達はセシーリア様から助言や意見を求められるまでは待機です。
「ねぇステラ。やっぱり何人か屋敷内の雑用をしてくれる使用人を雇おうと思うんだけどいいかな?」
「セシーリア様がお決めになられたことに私が口を挟むことはございません」
「…いやいや。ステラが一人でいろいろ出来るのは知ってるんだけど、なるべく統括的な立場にいてほしいからさ。セドリックもいいよね?」
「はい。モルモからも進言があったかと存じますが、貴族が金を貯めるだけなど愚かな行為でしかありません。雇用や消費にもっと使うべきかと」
「だよね。そんなわけだからさ、屋敷内のことをしてくれるメイドを数人と庭や菜園の手入れをしてくれる庭師を雇うことにするよ。今日も見てたけど、屋敷内のことを全部してもらった上に庭の掃除や手入れまでステラに任せるのはやっぱり頼りすぎだからさ」
なんということでしょう。
私があれこれとしているところをセシーリア様が拝見されていた、と?
メイドたるもの、どんなに忙しくとも慌ただしくしてはなりません。
それなのにセシーリア様の目には私が忙しそうに見えてしまったようです。
私もまだまだ精進が足りませんね…。
「セシーリア様。それでは厨房を任せるために料理人も雇い入れたらいかがでしょう?」
「料理人かぁ…。んー…でも私ステラのご飯好きなんだよなぁ…」
セシーリア様。私はそのお言葉だけで百年はお仕え出来ます。
「ありがとうございます。ご馳走様です」
「え? ご馳走様?」
「…いえ、何でもございません」
いけません。うっかり本音が漏れてしまいました。
「でしたら、セシーリア様とディッカルト様、それにユーニャ様、アイカ様、クドー様のお食事は今後も私がご用意致しますので、使用人のための料理人を雇うのはいかがでしょう?」
「なるほど。どうかなセドリック。貴方達の食事がステラの美味しいご飯じゃなくなっちゃうかもしれないけど」
「本来当主様と使用人の食事が同じことがおかしいのです。それは普通のことでございますれば、特に問題などありますまい」
セドリックさんに言われてセシーリア様は執務机の椅子に座ったまま真面目な顔で何度か首を縦に振ってらっしゃいます。
とても凛々しくていらっしゃるのにその動きが小動物のようでとても可愛らしいです。
それから紙にペンを走らせたセシーリア様から一枚の書類を受け取って文官用執務室へと向かいました。そこでインギスさんに書類を渡すと彼は「すぐに対処する」と言って早速別の紙を取り出して何やら書き始めました。
「さすがセシーリア様! ただ金を貯めるしか能の無い凡庸以下の法衣貴族達とは違う! 真に民を思い、王国を思い、より健全で円滑な経済活動を進めるために雇用の促進にまで心血を注いでくださる! まさにアルマリノ王国にご降臨なされた女神そのもの! あぁ…セシーリア様。私インギスは命尽きるまで貴女様にお仕え致します…」
何やら突然一人芝居を始めてしまいました。
この方とは何度も話しましたが、非常に優秀ではあるのですがセシーリア様を女性としてではなく心から崇めてらっしゃいます。とても良い方です。
本人自体は少し気持ち悪いところがありますが、言ってる内容には心の底から同意します。顔だけは良いのですが本当に気持ち悪いです。
「セシーリア様のお心を煩わせないためにも早急に対応する案件かと思いますのでよろしくお願いします」
「勿論だともステラ嬢。ここには最近仕事の増えてきた私のために我々文官も人数を増やすよう記載されている。公に募集もするが私も昔の伝手を辿ってみるつもりだ」
先ほどは庭師やメイドの話しかしていませんでしたが、実は文官も集めるよう指示していたようです。
私は彼の言葉に頷くとそのまま部屋を出て厨房へと向かいました。そろそろ夕食の支度をせねばなりません。
今夜はセシーリア様のお好きな鳥肉を使ったチキンステーキをお出ししましょう。
何でも生まれ故郷にいた頃、近くの森にいたガーキンを狩っては自分で捌いて食べていたとか。その頃から鳥肉が大好きなのだそうです。
モンド商会のブリーチさんが良い鳥を仕入れてくださいましたので今夜はこれで決まりです。
今日も読んでくださってありがとうございました。
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