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第280話 利益

 執務室からは屋敷の庭が一望出来、すっかり春になって色とりどりの花が咲き誇っている。

 そのどれもステラが丁寧にお世話してくれているからであり、水やりなどは警備ゴーレムも一部負担している。でも折角だから専門の庭師を雇ってもいいかもしれない。

 あ、そういえばロジンとオズマには剣と槍を用意してあげたけどミオラにももっとちゃんとした槍やレイピアを用意してあげた方がいいかも。リーアには儀礼剣とずっと前に貸し出したまま結局譲渡したクドー製のアダマンタイトのレイピアがあるけどミオラのものは自前だった。

 元からミスリル製の良い槍を持っていたし愛着もあるようだから何も言わなかったけど、至宝伯家に仕えているから相応の物を持ってもらいたいよね。

 うん? そう考えるとミオラ、リーア、ロジン、オズマの四人には揃いの鎧か服を用意させた方がいいかな?

 ちなみにユーニャとモルモは強制的に着飾らせてもらったよ。

 至宝伯に仕えている文官という扱いなので全身に宝石を身に着けてもらい、そのほとんどが防衛用の魔石になっており戦闘力の無いモルモでさえそこらの悪漢にはどうすることも出来ないようにしてある。

 一頻り恐縮した後、青褪めた様子で服と装飾品を身に着けた彼女達はなかなか面白かった。

 インギスも似たようなものだったけど、私から下賜されたという事実だけで逝ってしまいそうなほど恍惚としていた様子はちょっと気持ち悪かったっけ。

 いやぁ…随分奮発しちゃったよ。

 ゴルドオード侯爵領で買い付けてもらった良質のルビーとサファイアをたっぷり使ったし、外国産の宝石も相当量買ってきてもらった。

 おかげで私のコレクションもより一層充実しましたさ!

 もう買い付けてきてもらった日の夜なんかあまりの興奮具合に魔力や闘気が溢れそうになっちゃったからね。

 さすがに翌日ステラに妙な顔をされてしまったけどさ。心配してるような、呆れているような、驚いてるような、崇められているような、ね。

 …まさかと思うけど、覗き見なんてしてないよね?


 で、何故私がさっきから庭ばかり見て室内に目を向けないのか。

 最近の出来事を思い起こすだけで『現実(いま)』を見ようとしないのか。

 その原因が執務机の上にあるからだ。


「セシル、そろそろこっちを見るのだ」


 具現化しているメルから声が掛かる。

 嫌だ。見たくない。


「話を聞くのだ!」


 無視するように庭を見続ける私の後頭部にメルが体当たりをしてきた。

 あんなポヨポヨボディで何をされたところで痛くも痒くもないけど、ちょっと苛つく。

 その間もメルは懲りずに体当たりを繰り返してくる。

 今この部屋には私とメルしかいないから好きにさせているけどうざったい。


「うっさいなぁ。現実逃避くらいさせてよね!」


 しかしそう言って振り返ってしまった私の目に飛び込んできたのは執務机に置かれた布袋だった。


「うっ…頭が…」

「そんな小芝居いらないのだ。いいから現実を見るのだ。何がそんな不満なのだ」

「…私みたいな小市民にこんな大金突然渡されたってどうしろってのよ! 不満よりも不安のがデカいわ!」

「金なんていくらあっても困らないのだ。前世でどれだけ辛い思いをしたか、それはセシルの方がよく知ってるはずなのだ」

「むぅ…」


 お金は確かにそうだけど…それでも限度ってものがある。

 今執務机に置かれている袋はユーニャとカンファさんの店から送られてきた一週間分の私の取り分である。無論、モルモやインギスによって税金分は引かれているからこれをどう扱うかは私に一任されることになる。

 置かれている袋は三つ。そうたった三つしかない。

 見なくても予想が出来るけど、まず中くらいの袋を開くとそこにはじゃらじゃらと大量に入った硬貨が詰まっている。これはユーニャのお店『カーバンクル』のものだ。

 しっかり計算された上で端数まで間違いなく入っていることはモルモが確認している。ざっと白金貨二十枚程度だ。

 うん。まだ序の口だから適当に流しておこう。

 そして大きい袋を開くとこちらも大量の硬貨が入っているものの、使いやすいようにと気を利かせたカンファさんが小金、金貨、白金貨を程よく混ぜてきているためこれだけの量になっているに過ぎない。

 ということで一番の問題児、最も小さい袋を開く。


「…おぉう…。今回も四枚…」

「一番綺麗なお金なのだ」

「そうね。綺麗ね。見飽きたけど」


 カンファさんの立ち上げた『ヴィーヴル商会』から送られてくるこの小さな袋には聖金貨が必ず入っており、今まで受け取った報酬でこの小袋が無かったことはない。

 聖金貨は白金貨百枚と同じ価値があるのだけど、白金貨が日本円にして約百万円くらいの価値があるため今回受け取った報酬はざっと四億円ということになる。


「魔法契約しちゃったけど、これもう少し減額してもらおうかな。粗利で三割は貰いすぎだったかもしれない」


 粗利とは売り上げから原価を引いた金額であり、簡単に言うと本来の利益とはここから更に経費を引いたものが営業利益となり、本業と関係ないところで発生したものを含めて経常利益になる。

 けど経常利益を出すには一年間を通した経済活動の後に算出されるので本来ならば決算までわからない。どのみち私が王都にいなかったら渡すことも出来ないんだし、最終的にはそこに落ち着くことになるだろう。


「しかし何でここまでセシルにお金が回ってくるのだ? わっちもセシルの前世で勉強したからわかるが粗利でもこんな金額になることがおかしいのだ」

「あぁ…だって、仕入れ先の一つが私からだもん。私じゃなくてもアイカだったりディックだったりさ」

「ふむ? どういうことなのだ?」


 黄色いボールの周りにクエスチョンマークを浮かべるメルに私は執務机の中に置いてある魔法の鞄を作る前の道具を並べてあげた。


「ここにあるのが魔法の鞄を作る材料ね」

「うむ。どこにでもある鞄とそれはアメジストなのだ?」

「うん。フォルサイトを使ってもいいんだけどこれはカーバンクルに卸す商品だから、あんまり良い魔石を使う必要がないから。この鞄とアメジストを購入した金額が小金五枚ね。で、これを…」


 アメジストを握り込み、付与魔法を使って魔石にしていく。そして限界まで魔力を注ぎ込んだ後は時空理術で亜空間を作れるよう『断絶魔法』を付与する。

 この魔石を鞄の中に入れて転がり出ないように縫い付けてやれば。


「はい。これで魔法の鞄の完成!」

「ふむ。いつ見ても早いのだ。カップラーメンを作って食べるくらいの時間しか掛かってないのだ」

「これの売値が白金貨二十枚だよ」

「…希少な魔法だから仕方ないのだ。しかし永久に使えるものではないのだ?」

「うん。だいたい五年から十年くらいじゃないかな。普通の宝石を魔石に出来るような付与魔法を使える人なら内包魔力を補充出来るけど、見つけるのが大変だから結局はカーバンクルかヴィーヴル商会に行かないといけないね」

「補充はいくらなのだ?」

「容量にもよるけど一番小さいので金貨一枚で、今までで一番大きいやつは聖金貨三枚だね」


 ついでにメルには他の商品も説明してあげた。

 カーバンクルにしろヴィーヴル商会にしろ主力商品となるのは魔道具であり、これは私が在学中に開発したものがかなりを占めている。

 例えば魔法瓶。平民向けには無骨なデザインで頑丈さだけが取り柄の物なので小金一枚から金貨一枚。貴族向けには煌びやかなデザインや女の子向けの可愛らしい物から、男の子が喜びそうな騎士やドラゴンが描かれた物まであり、金貨五枚程度になる。

 冷蔵庫や扇風機擬きの冷風機は金貨一枚から白金貨二枚。

 王都内程度で使える携帯電話は貴族の夫人や令嬢に大人気で白金貨十枚もするのに毎日売れている。使用頻度によっては魔石の消耗が激しいので数ヶ月もすれば魔石の交換が必要になるだろう。魔石の値段が白金貨五枚なので継続的な利益が望める。

 交換自体はディックに任せており、私は魔石を用意するだけで済む。


「しかしそんなもの、真似されてしまえば儲けられないのだ」

「出来るものならね。特に携帯電話は四種類も魔石を使うし、普通の商人が手に入れようと思ったら赤字にしかならないよ」


 後は薬品類としてカーバンクルには回復薬のような冒険者必須のアイテムを。ヴィーヴル商会には高性能な解毒薬や解呪薬、精力剤や避妊薬、増毛剤まで置いてある。避妊薬は事前用と事後用があるってアイカが言ってたっけ。

 モンド商会から仕入れた商品も人気があるものの、それらの売上自体はそこまで大きくはない。一定以上の需要はあるので今後も継続していくけれど。


「とまぁだいたいこんなところかな?」

「結局のところ粗利だけでなく、仕入れ先でもあるからそれだけ利益があるということなのだ?」

「そういうこと。実際の販売額は私からの仕入れ金額の十倍くらい。それでもこれだけ利益が出るってことは今までずっと需要があったってことだよね」

「こっちがずっと供給していればいずれはバランスが取れてそこまで利益が出なくなるのだ?」

「そのためのアフターケアでしょ? 魔石の魔力が切れるのは十年後だとしたらその頃には愛着も湧いてるだろうし、新しいのが欲しくなるならそれはそれで毎度ありってことで」

「…ただ宝石好きな残念な女じゃなかったのだ…」

「誰が残念な女よ!」


 目の前で浮遊しているメルを掴んで横に引っ張った。

 顔文字が横に伸びて面白い顔になっているが良い気味だ。

 とは言え、いつまでもメルで遊んでいても仕方ない。

 徐に手を放して三つの袋を持つと私の執務室から出てインギス達が詰めている文官用執務室へと向かった。

 尚、その際に後ろから「ふぎゃん!」とか潰れたような音が聞こえた気がしたけど空耳だろう。

 そして文官用執務室に入るとモルモへと硬貨の入った袋を渡した。


「今後カーバンクルのものだけ渡すようにして。残りは金庫に保管」

「承知致しました。そういえばお金のことでセシーリア様にご相談したいことがございます」


 私はカーバンクルからの利益が入った袋の中身を腰ベルトに収納すると、モルモの相談に乗るべくソファーへと腰かけた。

 一言でまとめてしまえば資産を貯めすぎるのは健全な経済活動からかけ離れてしまうので、きちんとお金を使ってほしいということだった。

 前世でちゃんと勉強してわかっていたことなのにそれを実行出来ていなかったことを反省する。けれどこれでもかなり贅沢に買い物をしているはずなのだ。

 ヴィーヴル商会のカボスさんに頼んであちこちで宝石や魔石を仕入れてもらっているし、ディックの勉強に使うための本もかなり買い与えている。やっぱりこの世界の本は高価だからね。

 他にもモンド商会のブリーチさんに乗り心地の良い高級馬車も買ってあげたし、Aランク冒険者の所属しているパーティを護衛として専属契約させてもらった。六人パーティで町に寄った時しかお金の使い道なんてないかもしれないけどね。彼等はランディルナ家との契約なので基本的にブリーチさんを害することはないはずだ。何かあればSランク冒険者としての私が黙ってないからね。

 さて…それだけお金使ってるのにまだ使えって言われてもなぁ…。どうしたらいいんだろう。

今日もありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] >お金使ってるのにまだ使えって言われてもなぁ…。どうしたらいいんだろう。  まあ、金の使い道に困ったら、お約束的に使う場所があるよねぇ。  セシルの前世からも言って、福祉事業への投資。…
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