第272話 そうだダンジョンへ行こう!
「ねぇ、最近私頑張ってると思わない?」
「…なんやねんいきなりやって来て開口一番…」
「セシルが暇そうにしているところなど、俺は出会ってから一度も見てないがな」
「せやな。大体いっつも何かに振り回されとるな」
「好きでやってるんじゃないもん」
クドーの離れで昼間から酒盛りをしている二人のところに押しかけたのは王妃様とのお茶会が終わった日の午後だ。
夜会だのお茶会だのばっかりで最近窮屈な思いばっかりしてる気がする。
そりゃミルルやニーヤとのお茶会は楽しかったけど、友だちとのものは別だし。
「ほんで?」
「え?」
「せやから、いい加減冒険者としてどっか行こうって話なんとちゃうんか?」
「…それはまだ出来そうにないけど…」
未だに足元が不確かな状況が続いている。
屋敷のことはステラやセドリックに取り纏めを頼めるし、警備だってミオラやリーアがいる。書類関係だってインギスに任せておけるから私は最後のサインをすればいいくらいのものだ。
だけど…。
「セドリックが言うには王都内に私のことを面白く思わないって表立って言ってる貴族も多いし、ミックから聞くと表立って言わなくても裏で動いてる人もいるみたいだから…。せめて雇った人達が安全に過ごせて気持ちよく働けるようにしてからじゃないと安心して旅になんて出られないよ」
「…あんなぁ…そないなこと言ってたらいつまで経っても旅になんか出られへんわ。それこそ王家やら侯爵やらの思惑通りになっとるやないか」
「そうだな。奴らはセシルをこの国、王都になんとかして縛り付けておきたいと思っているだろうしな」
「むぅ…」
私だって分かってる。
この状況がよくないことくらい。
しかも半分くらいは仕組まれたものだろうってことも。
「嫌なら全部ほっぽってとっとと旅に出てしまうっちゅうんも有りやで?」
「…いや、大人として駄目でしょ?」
さすがに無責任すぎる。
それにそろそろディックも屋敷にやってくるのだからそんなことは出来ない。
「ま、一番えぇのは誰もセシルに文句が言えん状態にすることやな」
「文句が言えない?」
「例えばどこにいてもすぐに戻ってこれるとか。いつでも連絡が取れるとかな。前世やったらケータイで連絡したら世界中どこにおっても二日もあれば行けたやろ?」
「…なるほど…」
そうか、ケータイなら既にあるし、連絡をステラに任せれば魔石に大量に補給してある魔力を使えばなんとでもなる。別に毎日魔力を補充しなくても使いたい時だけの補充でも良いのだから。私はいつでも受け取れるように毎日魔力を補充しなきゃいけないけど、それは今でもしてることだ。
加えて飛行魔法で全力を出せば隣の帝国くらいからなら多分一日で帰ってこられると思う。
うん…別に今からでも行けないことないんじゃないかな?
ただ…アルマリノ王国の隣国からならともかくそれより先にある国からだと無理があるかもしれない。
特にミミット子爵領から船で行くような小国群からだとさすがに一日で戻ってくるのは無理だと思う。
あの辺りから先はアルマリノ王国と接点がないせいでほとんど情報がないんだよね。
「ともかく、そのセシルの言う『足元』を固めていくのが一番ということか?」
「せやけど、そないなもん無視してもえぇんちゃう?」
「それが出来ればとっくにそうしてるだろう。出来んのがセシルだということだ」
アイカが盛大な溜息とともに「さよか」と呆れていたけど、こればっかりは日本人らしい責任感の現れだと思ってもらいたい。
「それで、いろいろ鬱屈していたから暴れたいとか、そういうことだろう?」
「…はい。だって、また面倒臭い仕事が入ってきちゃったんだもん…」
私は内ポケットに入れていた手紙を取り出して二人の前に置くとアイカが手に取って読み始めた。
「……なんやまたご招待かいな。セシルモテ期到来なんやないの?」
「そんなモテ期いらいないよっ!」
ケラケラと笑うアイカにジト目を送ると更に楽しそうに笑い始めたので無視してクドーに詰め寄る。
「そんなわけでちょっとダンジョン行こう! ユアちゃんのとこで少し身体動かしてきたいの!」
「まぁ、俺は構わんが…アイカはどうする?」
「えぇで。ウチもたまには身体動かさんと鈍ってもうてしゃあないからな」
了承した二人の手を取って走りながらステラに出掛ける旨を伝えると私達は早速ダンジョンへと向かった。
ギャアアァァァァァッ
盛大な悲鳴を上げて魔獣が光の粒になって消えていった。
既に何体倒したか分からないほど大量に片付けている。
武器も魔法も使わず、素手で。
私が今いるのは八十九層。強力な魔獣ばかりが出てくるフロアだ。
どの魔物も最低でも脅威度A。一部脅威度Sの魔物すらいるこのフロアで生身のまま素手で暴れ続けられるのはアルマリノ王国では今のところ私だけだと思う。
ちなみにクドーとアイカは九十五層くらいに行ってるはずだ。二人ともドラゴンの素材がいくつか必要だって言ってたからね。魔石はともかく素材なんてあんまりドロップしないんだけど、そこは粘ると言ってた。
「はぁ…。大分すっきりした」
武闘技も戦帝化も使わずに純粋な力だけでの戦闘は久しぶりだったけど、思ったよりも身体は戦い方を覚えているらしい。
あまりのレベル差で攻撃を受けることもないし、受けてもダメージ無いし、当てるとこ間違えると瞬殺しちゃうけど。
ようやく最近溜まりに溜まっていたストレスをぶちまけた私は気分がよくなったので百一層、ユアちゃんのいるダンジョンマスターの部屋へと転移することにした。
「やっほー。ユアちゃんいる?」
久し振りにやってきたダンジョンマスターの部屋。
いつも通りソファーとテーブルの応接セットが置かれているので、その一つに遠慮無く座って一息入れる。
しかしいつもなら私が来るとすぐにやってきて灯りを点けてくれるユアちゃんがなかなかやってこない。
疑問に思って暗い部屋の中を見回してみると……いた。
ほとんど見えないけど、部屋の隅っこで体育座りをしている青い皮膚の少女は紫色の髪を前に垂らしておりその表情は窺い知れない。羊のような角が頭から生えているけど、それも心なしか元気が無さそうに見える。
「あ、あの…ユアちゃん?」
この子がこの王都管理ダンジョンのダンジョンマスターであるユアゾキネヌ、通称ユアちゃんだ。
慢性劇症型ぼっちの罹患者。症状はとても寂しがり屋なこと…あ。
「あ、その…ごめんね。最近ずっと忙しくて来れなかった…」
「…べっべべ別に、い、良いもん…。セセセセセシルは、我とちち違って…外にもとっ友だち、いっぱいい、いるし…」
あ。駄目だ。これは相当参ってる。
話し方が少し前はかなりマシになってたのにまたかなり悪化してる。
対人スキルが最低以下な上に会話力も元からあんまりなかったもんね。
「いや…本当にごめんて…ね? 今日は久し振りだからユアちゃんとたくさんお話したいの。駄目かな?」
「……ほっ、ほほほん、とに?」
「私が今まで嘘ついたことあった?」
「ない! ないないないない! いいぃぃぃぃい一回もな、ない!」
「でしょう?」
すごい勢いで顔を上げたユアちゃんは髪を振り回しながら私にすり寄って、いや這い上がってきた。
なんか紫と青のでっかい芋虫みたい…。…う、想像したらなかなかエグイ姿だ…。
「ん? セセセシル? し、んか、した?」
「あぁ、うん。そのことも含めて最近のことちゃんと話すね」
私の身体に貼り付いているユアちゃんを抱えるとソファーに座らせてお茶の用意をすることにした。
何故かここに来ると部屋の主であるユアちゃんじゃなくて私がお茶の用意をすることになるんだよね。
まぁ別に気にしないけどさ。
そして普段なら彼女はお誕生日席にいるのだけど今日は私のすぐ隣に座らせることにした。なるべく近い方が親密な感じするもんね?
「な、なるほど…。すすすごいな、セシルは。わ、我はてててっきり、きっ嫌われたか…飽きてしまったかなとか…」
「ないない、絶対ない。私がユアちゃんを嫌うとか有り得ないから。いつも楽しくお話させてもらってるのに飽きるとかもないから」
「そ、そそ、そうか? たっ楽しい?」
「うん。だから安心して」
隣から彼女の頭を撫でながら微笑むとそれだけで安心したのか顔を綻ばせて笑ってくれた。
というか撫で心地いい頭だね。もうちょっと撫でていようかな?
私がずっとユアちゃんの頭を撫でていると彼女の顔がだんだん蕩けたようになってきたので、さすがにそろそろまずいかなと思って手を離した。
というところで突然身体から少し力が抜ける感触がして声が響いた。
「セシル。ダンジョンマスターをあまり懐柔しすぎるとダンジョンマスターにされてしまうのだ。友好的なのは良いがあまり踏み込むのは良くないのだ」
こちらも久し振りに外に出てきたメルだった。
相変わらず黄色いボールに顔が貼り付いた、まるっきりケータイの顔文字にしか見えないふざけた容姿である。そして如何にも蹴りたくなるようなちょうどいいサイズのボールでもある。
今はちょうど私の胸くらいの高さにいるね。
「ふっ!」
バコンッ
「ふぎょっ?!」
素早く足を上げてメルを蹴るとサッカーボールのように勢いよく飛んでいき部屋の壁のあちこちに当たってバウンドしていった。
私がそれなりの強さで蹴ったボールは数十回のバウンドをしたあとようやく止まり、真っ青な色になって目を回していた。
うん、最近いろいろ頭に来ること言われてたからようやく蹴れて満足。
「なっ何をするのだバカセシル! わっちを何だと思ってるのだ!」
「ボール」
「バカバカバカバカバカバカセシルウゥゥゥゥゥッ!!」
さっきは青かったのに今度は真っ赤になって怒り始めた。
目も普通の形ではなく炎の形になってるところなんて芸が細かい。
「ここ最近私のこと散々に言ってくれたからそのお礼だよっ」
「ぐぬぬぬぬ…」
「それで? なんで急に出てきたの」
「ぬ? あぁそうだったのだ。バカセシルとの馬鹿話に付き合ってても仕方ないのだ」
こいつ…今度また蹴ろう。
今度は外で。
いっそ隣の帝国まで蹴ってやろうか。
「お前、ダンジョンマスターなのだ?」
「う、うむ。わ、我はここのダンジョンマスター、ユアゾキネヌだ。…セ、セシル、こ、これはなな何なの?」
「えっと…さっき話した進化した後に手に入ったオリジンスキルの一つ『メルクリウス』だよ。私は普段『メル』って呼んでる」
「オ、オリジンスキル…」
ユアちゃんはかなり驚いているけど、それと同時に端末を操作して何かを調べているようだ。
しばらくして彼女が顔を上げた時、私も驚くような内容が伝えられた。
今日もありがとうございました。
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