第271話 王妃様のお茶会2
「私が欲しいのは……」
何度か繰り返す王妃様の言葉。
さっきから何か言いかけては口を噤んでいる。
隣からカリオノーラ様が口を出そうとするも王妃様に遮られて引っ込んでいる。
(いっそ全部って言ってくれたら楽なのにね)
(そう言おうとしているのだ。しかし彼女の尊厳がそれを許さないのだ)
(どういうこと?)
(相変わらずセシルは鈍いのだ。相手は王妃なのだ。小さな子どもでもあるまいし欲しいものは全部だなどと言えるわけないのだ。そんなのはセシルくらいのものなのだ)
(失礼なっ! 私だって全部欲しいなんて言わないよ! 世界中の宝石じゃなくて世界中の特に希少な宝石は全部欲しいけど)
(やっぱりセシルなのだ)
(蹴っ飛ばすわよ)
物凄く失礼なメルと会話しながら王妃様の言葉を待っているけど、なかなか二の句が継げず。私はもう一杯紅茶をおかわりした。
そしてそれすらも飲み干してしまう頃、今度は私から声を掛けた。
「あまり長く王妃様のお時間をいただくわけにもいきませんので本日のところはこれで失礼させていただきます」
というのは建て前でいい加減待つのも飽きた。
私だって暇なわけじゃない。
王妃様に暇乞いを申し出て立ち上がると一歩引いたところで礼をして踵を返す。
「ま、お待ちになって!」
「はい」
私がドアに向かおうとしたタイミングで王妃様が焦ったように強い言葉で止めてきたので、もう一度彼女へ振り向いた。
「私が欲しいのは……貴女、です」
「…………は……え?」
たっぷり十秒以上は固まっていたと思う。
なんで突然こんな告白にも似たことを言われないといけないの?
というかこの国の人は同性愛が普通なの?
「…あっ?! い、いえ! 違います! そうではなく…貴女の持っているものが…私が望んだ全ての物を持っている貴女が……」
「お母様…?」
(うぅん? なんかさっきメルが言ってたことに近いけど微妙にニュアンスが違わない?)
(似たようなものなのだ。彼女はセシルの持ってるもの全てが羨ましいのだ)
そうなのかなぁ?
なんか違う気がする。
私は改めて椅子に座ると王妃様にニッコリと微笑んだ。
とても無礼なことだけど、まるで友だちに接するが如く親密な微笑みだったと自負している。
メルから邪悪な笑い方とか言われたけど気にしない。あいつは次に出てきたらクアバーデス侯爵領まで蹴っ飛ばしてやる。
しかし王妃様には効果抜群だったようで、彼女が手を上げると室内にいたメイド達は全て退室していった。部屋の中に残っているのは王妃様とカリオノーラ様、そして私の三人だけとなる。
「これでゆっくりお話出来ますわ」
「…いえ、もう一手間ですね。遮音結界」
いつものように内緒話用の結界を張ると周囲の音が全て聞こえなくなった。
これでこちらの声も周りには聞こえない。
念の為邪魔法で全員の口元を覆うようにすれば仮に読唇術を使われても会話の中身はわからない。
なんでここまでするか?
ドアの前でこちらの会話に聞き耳を立てているメイドがいるし、隣の部屋にも天井にも気配を消した者が潜んでいるからだ。
音や気配が無くても私の時空理術ならそのくらい看破出来る。
「話に聞く通り、いろんなことが出来るのね。ランディルナ伯は」
自分達の周りを覆った不可視の結界を見回し王妃様が呟いた。確かに気付けばいろんなことが出来るようになったものだよ。
「これで誰も私達の話を聞くことは出来ません。なので安心して話して下さい」
「えぇ…。立場上あまり家臣や他の貴族達が身に着けているようなものを欲しいとは言えないのはわかっているかしら?」
キリッと真面目な顔になって聞いてくる王妃様へ首肯することで答える。
そんなことしてたら一気に信用無くしてしまうものね。
そこらの貴族はそれもわからずに平民から搾取したりしてるのもいるらしいけど、国のトップがそれはまずい。クーデター待った無し。
「けれど貴女の身に着けている装飾品を見た時からすっかり虜になってしまったの。だから貴女のものをいくつかいただけないかしら? 勿論対価は払います。断られたとしてもそれを盾にランディルナ伯の爵位を取り上げるようなこともしないと約束します」
「わっ、私もお母様と同じ、です。ランディルナ伯の宝石は今まで見たどの宝石よりも輝いていてすごく綺麗だと思ってます」
心無しかカリオノーラ様の言葉遣いが崩れてきている。
確かレンブラント王子よりも年上のはずよね?
なのに今もってここにいるということは……察し。
さて、それはともかくとして宝石か。
今私が身に着けているものは全て魔石にして何かしらの付与を行っているのでおいそれと渡すことは出来ない。例えば右手薬指に着けているアメジストの指輪も『魔力収束』が付与されていて、駆け出しの魔法使いでも熟練と同じくらいの早さで魔力が収束していくので打ち出す速度がかなり上がる。当然私が身に着けても魔法の発動速度は誤差程度しか上がらないのだけど、魔闘術で剣に魔力を行き渡らせる際には目に見えて早くなる。
このくらいのレベルになるとそういう小さな数値も拘って上げていけとアイカに言われたからなんだけど。
「どう、かしら?」
私が思案していると覗き込むように王妃様が聞いてくる。
別に突っぱねてもいいのだけど、こんなに私の宝石を気に入ってくれているのなら少しくらい渡してあげたい。
「そうですね。私が身に着けているものは差し上げられませんが、誰も持っていないようなものでしたら殿下方に献上することは出来ます。それでもよろしいでしょうか?」
「誰も、持っていない?」
「そ、それは世界中で?」
「世界中となると多分、としか言えませんが…持っていないと思われます」
すると彼女らはお互いに頷き合うと私に向き合って「それをいただきたいわ」と即答してきた。
それにしてもすごく似た者親子だね。仲良くて羨ましい。
…もう、私の母さんはいないから、尚更、ね。
私は一度立ち上がると窓辺へと少しだけ歩いてから剣帯に通してある魔法の鞄からまずはガーネットを取り出した。
普段いろんなことに使っているアルマンディンガーネットではなくロードライトガーネットを使う。アルマンディンの方がよく見るガーネットでこの色合いは大好きなんだけど、ロードライトの方は少しだけピンク掛かっているので、こんな風に宝石好きな可愛らしい王妃様にお送りするのにピッタリだと思ったから。
まずはこの小さな結晶…それでも二カラットくらいある…に鉱物操作で加工を施す。既に不純物や中のクラックは除去してあるので表面だけ。薄めに広げて表面にアルマリノ王家の紋章を刻む。
それを更に取り出した水晶で覆い、細長く伸ばしてから端部を結合させれば…水晶の中に紋章が刻まれたガーネットが入った指輪の完成だ。金属を用いない指輪なんて多分この世界には無いよね?
「王妃様、指輪を差し上げたいのですが…どの指がよろしいでしょう?」
「指輪、ですか…。でしたらこちらに」
そうして差し出された右手の中指へとその水晶の指輪を通して、更に鉱物操作で彼女の指のサイズに合うよう加工すれば…完成だ。
私が手を離すと彼女の指には水晶で出来た世界に一つしかない指輪がはめられていた。
「まぁっ…?! …これは……なんて美し…」
王妃様が驚いて自分の指を凝視していたのでカリオノーラ様も彼女と首を並べて指輪を見つめていた。
「素敵です…。あ、お母様! この指輪、中の赤い宝石に何か描いてありますわ?!」
「本当…これは……。え、あ、ま、待ちなさい?! い、いえ…そうではなく、は? ど、どういうことです? これは…アルマリノ王家の紋章ではありませんか?!」
「えぇ。王妃様が身に着けるに相応しいデザインにしたつもりです」
最早二人とも口を開けたまま呆然としている。
その隙に今度はカリオノーラ様の分を製作するため魔法の鞄からダイヤモンドを取り出す。彼女もまた母親に似て宝石が大好きみたいだし、天真爛漫なその性格を表すならばカラーはイエローしかない。
子どもっぽいところはあるけれど、私よりは年上だしデザインは王妃様とお揃いでアルマリノ王家の紋章を入れてあげよう。
ダイヤモンドは本当ならカットして光の屈折を見て愛でる宝石だけれど、こうして使うのも悪くないね。
王妃様の指輪と同じように紋章を刻み水晶で覆って指輪の形へと成形する。
「カリオノーラ様」
そしカリオノーラ様の手を取るとそこには黄色い宝石が埋め込まれた水晶の指輪が身に着けられていた。
二人はしばらく自分の手に嵌められた指輪をうっとりとした顔で眺め続け、私はその顔を見ながら紅茶を飲むことにした。
「コホン…。失礼しましたランディルナ伯…いえ、セシーリア」
凡そ二十分くらいだろうか。私が紅茶を飲み干してもまだ指輪を眺めていた彼女達がようやく我に返って姿勢を正したのは。
「このような見事な指輪、私は生まれて初めて見ました。しかもそれが私の手に…」
王妃様は水晶の指輪を翳すとまたも見入ったように表情が緩み始めた。
「王妃様。指輪のことを褒めてくださるのは大変光栄ですが、お話を…」
さすがにこれ以上時間を取るのは良くない。
疚しいところがあるわけじゃないけど、声が聞こえず何を話しているかも見えない状況がずっと続くと妙なことを考え始める輩がいないとも限らない。
「…本当に嬉しいわ。こんな指輪を持っている人は確かに世界中探してもいないかもしれません」
「ご満足いただけたようで何よりです。陛下より『至宝伯』の爵位を賜った者として、名に恥じぬ品を献上出来ほっとしております」
「名に恥じぬどころか、これ以上ない爵位だと思うわ! 貴女こそ正に我が国の『至宝』よっ!」
「ありがとう存じます」
「そう、それよ!」
カリオノーラ様は突然声を荒げると私をビシッと音がするくらいの勢いで指さしてきた。
「私達との間に、そのような言葉は必要ありません。ねぇお母様?」
「そうね…。こんな素敵な贈り物をしてくれたランディルナ伯…いえ、セシーリアですもの。もっともっと仲良くなりたいわ」
「だから私のことは名前で呼び捨てていいわ」
…いやいや。何を言ってるのこの王女様は?!
そんなのがどこかからでもバレたらより一層面倒なことになるに決まってる。
「恐れながら、こうして個人的にお会い出来ているだけで光栄にございます。話し方もこのまま、まして呼び捨てになど出来るわけがありません」
「いいのよ、セシーリア。それと私のこともシャルラーンと呼ぶことを許します」
親子揃ってなんてことを言ってくるかね…。
しかしあまりに断りすぎるのも逆に失礼だし、何かいい方法ないかな。
「それに、貴女はきっとまた新しい宝石や装飾品を手に入れるのでしょう? それを見るだけでも良いのよ。勿論譲ってもらえるのなら、きちんと対価は支払うつもりよ?」
「…対価は不要ですので先ほどの話を無かったことにしていただくことは…」
「それは駄目よ」
結局王妃様もカリオノーラ様も折れず、私が折れてしまいましたとさ。
しかも今日渡した指輪のお礼として白金貨五十枚を渡された。原価がほぼかかっていないのでこれでは儲かり過ぎなのだけど、報酬もこれ以下には出来ないと言われて素直に受ける羽目に。
今度は私の屋敷に二人で遊びにくると言っていたのでそれも今から気が重い。
まぁでも、王家とのしっかりとしたパイプが出来たからそれはそれで良しとすべきなのかな?
荘厳な雰囲気の王宮内を重い気持ちを引き摺りながら歩き、ようやく王妃様とのお茶会を終えるのだった。
今日もありがとうございました。
評価、感想、レビューなどいただけましたら作者のやる気が出ます!




