第270話 王妃様のお茶会1
ミルルとニーヤが泊まりに来た日から一週間。
ミックから情報を受け取ったり、インギスと書類作成の打ち合わせをしたり、ロジンやオズマに稽古をつけたりしていた。
本当はヴォルガロンデを探す旅に出たいのだけど、まだ身の回りが安定しないため現時点での目処は立っていない。
今日も今日とて予定は埋まっているのだ。
「『私的なお茶会なので当日は叙爵の儀式でのお召し物でお越し下さい』ねぇ…」
「セシーリア様、馬車が到着致しました」
「あ、うん。…ねぇセドリック。王妃様は何の用事なんだろうね?」
「シャルラーン様はあまり懇意の夫人方がいらっしゃらないので真意はわかりかねますな」
ということで先日の夜会で王妃様から貰った手紙に同封されていたお茶会の招待状。
手紙には女当主の貴族と仲良くなりたいから一緒にお茶でも飲みながらお話しましょ、というようなことが書いてあっただけだ。
服はドレスじゃなくて貴族服で来るように指定されているところからそのあたりが本当の用事な気がする。それにあの夜会で隣にいた王女様…カリオノーラ第三王女が王妃様を急かすようにしていたし、彼女が絡んでいるのかもしれない。
「ま、どのみち王妃様からの招待を断れるわけないんだし、行けばわかるよね」
「セシーリア様」
急かすセドリックに適当な返事をしながら立ち上がると彼が私にジャケットを羽織らせた。
ついでに今日は剣帯に装飾用の儀礼剣を佩いている。これもクドーに作ってもらった細剣でかなり装飾過多な物だけど中身はそれなりにミスリルと銀で作った魔力強化専用のレイピアである。
ちゃんと魔力を通せば鋼鉄くらい簡単に貫ける逸品なのにクドーから言わせると「つまらん剣」だそうで。
私には彼の価値観がよくわかりません。
ちなみに愛用の剣は亜空間庫に入れているので万が一の時でも簡単に取り出せる。使うことはないだろうけどさ。
屋敷内をだるそうに歩き、玄関前に横付けされている馬車に乗り込むと見送りにきたステラに丁寧にお辞儀されて出発した。
王宮に着くなり貴族服にある紋章を見た門番が騎士の礼をして出迎えてくれた。
そこから更に王妃様付きのメイドに案内されて後宮近くにあるサロンへ向かう。王宮はなかなかに広いので後宮まで歩いていくと十分くらいかかる。
その間にすれ違う貴族から妙な視線を送られたけど、心当たりが無く首を傾げている内に目的地であるサロンへと辿り着いた。
案内役のメイドからドアをノックして中に入ると既に王妃様と第三王女が席に着いていて優雅にお茶を楽しんでいた。
「セシーリア・ランディルナです。この度はご招待に預かりまして光栄にて存じます」
王妃様から少し離れたところで跪いて招待の礼を述べると彼女もカップを置いて立ち上がった。
「アルマリノ王国国王アルガニール・ヴォル・ディガノ・アルマリノの妻、シャルラーンよ。今日は来てくれて嬉しいわ」
「第三王女カリオノーラよ。さぁこちらにいらして?」
二人に促されて私もテーブルにつくとすぐにメイドが私の分のお茶を入れてくれた。
私が普段飲んでいる紅茶よりも良い茶葉を使っているようで優雅な香りが鼻を擽る。
そして口をつける前にもう一度招待されたことに対する礼を述べる。
「ふふ、あまり緊張なさらないで? 私達は救国の英雄と仲良くなりたいだけなのだから」
「そうよ。女当主の貴族なんて久し振りですもの。折角だからいろいろお話を聞かせてくださるかしら?」
「勿体ないお言葉です」
それから促されるままに貴族院での出来事や先日の連鎖暴走の話をしていく。
中でも郊外演習でオーガキングと戦った話や数万もの魔物の群れとの死闘を周囲の描写まで含めて語ってあげると二人とも手に汗握るように食いついてきた。
流石にエイガンとの決闘やゴランガとの戦いのことは伏せておいた。
話が一段落する頃には話を聞いていた彼女達の方が疲れてしまったようにぐったりしていた。
けれど話の途中で彼女達の視線を追っていた私はその目的が何なのかようやくわかったことに一安心した。
そう、ずっと私の身に着けているブローチやペンダント、指輪に目が行っていたのだ。
私の場合はほぼ全身にアクセサリーを身に着けているのでどこを見ていいかわからないくらいあちこちに視線が泳いでいてなかなか面白かった。
具体的には指輪についた宝石に意識が向くように身振りをすると手の動きに合わせて目がついていくのだ。
そしてそのタイミングで私が持ち込んだお土産が別のメイドの手によってテーブルに置かれた。
「これは…?」
「お茶会のご招待でしたので紅茶に合うお菓子を持参して参りました」
私が持ってきたのはスフレパンケーキ。
以前クアバーデス侯爵に売ったレシピとは別の物だ。
あれは砂糖をほとんど使わないものだったけど、これはしっかり使ってある。
この世界では砂糖をふんだんに使ったクッキーくらいがお菓子としての最上級になるくらいなので、ふんわりと柔らかくそれでいてバターの香りが立ち上る甘さ溢れるお菓子はほとんど目にしたことがない。
皿に盛り付けてもらったパンケーキに生クリームをたっぷり乗せて上からメープルシロップをかけてあげれば……私の宝石を見ていたのと同じような目でパンケーキを凝視する王族女性二人の出来上がりだ。
ちなみにパンケーキはユーニャとステラに焼いてもらい、生クリームとメープルシロップはアイカに用意してもらった。
「こ、これは…?」
「パンケーキと呼ばれるものです。シロップと白いクリームをたっぷりつけて召し上がって下さい」
見本となるように私はパンケーキをカットして生クリームとメープルシロップをたっぷりつけて口に運ぶ。
じゅわっと口の中に入れた瞬間に溶けて濃厚な甘味が口いっぱいに広がっていく。
うん、ちょっと甘すぎるけど美味しいね。
私自身はそこまで甘い物が得意じゃないからプレーンで食べたらちょうどいいくらいだ。けれど目の前の二人は違う。
私がしたのと同じようにパンケーキをカットして生クリームとメープルシロップをたっぷりつけて口に入れると口の中で溶けたパンケーキと同じくらい蕩けるような表情で言葉を失ってしまった。
「…こ、れは…天上の、お菓子、ですの…?」
ようやくと言っていいほどの時間が過ぎた後、王妃様が口を開き未だに蕩けた顔のまま独り言のように問い掛けてきた。
せめてこっち見ようよ。
「いいえ。これよりも簡単なものは以前クアバーデス侯にもレシピを販売しましたが、歴とした人の作るお菓子です。お口に合ったようで何よりでございます」
なんて言ってる間にカリオノーラ王女はスフレパンケーキを食べ終わってしまった。しかしまた食べ足りないのかほとんど手をつけていない私の皿をじっと見つめてきた。
微笑みながら自分の皿をそっと彼女の方へ押し出すと私と皿と王妃様を順に見ながら開けた口から涎が零れ落ちそうになっていた。
「カリオノーラ、はしたないですよ」
「で、ですが……」
「ですがも何もありません。ところでランディルナ伯、こちらのおかわりはございまして?」
王妃様はいつの間にか食べ終わっていてナプキンで口元を隠しているけど、多分娘と同じような状態になっているのだろう。
「残りは陛下と王子殿下方にお持ちした分にございます」
「まぁ……でしたら陛下の分だけ残しておきましょう」
いいんかい、それで。
私は聞かなかったことにしよう。うん。
王妃様はメイドに指示を出すとさっきの倍のパンケーキを持ってこさせた。
勿論カリオノーラ様の分もだ。
とりあえず食べ終わるまで王宮の中庭でも見ていよう。
私はちゃんと全員分持ってきた。第一と第二王女は既に他国へ嫁いでいるため王国にはいないから用意してないけど、十人前以上あったはずなのに既に国王陛下の分しかないとか……いや何も言うまい。
紅茶をおかわりして飲み干す頃、ようやく王妃様も王女様もパンケーキを食べ終わって皿が下げられた。
これで私も前を向いて話すことが出来るよ。
「…ん。話に聞くランディルナ伯の印象とは随分違いますのね」
王妃様は紅茶のカップを自身のソーサーに置くと宝石を目で追っていた時に比べて随分柔らかい表情を浮かべた。
「それは…どういった『話』でしょう?」
「勿論、貴女の武勇に関するものよ。十万もの魔物をほぼ単独で殺しきるSランク冒険者を上回るほどの武力。そして天上の女神が身に着けるが如く輝く宝石。それが成人したての可愛らしい女性となれば王宮の雀達が挙って話題に挙げるのも無理はないわ」
「カリオノーラ」
あまりに直接的な物言いに王妃様からぴしゃりと苦言が入ってカリオノーラ様は黙った。
「…それほど噂になっているのですか?」
「…えぇ。最早止めることは出来ないほどにね」
カリオノーラ様が全てぶちまけてしまったので王妃様は苦虫を噛んだように顔をしかめている。
一方のカリオノーラ様は言ってやったぞと言わんばかりに得意気なものだから、それがより一層王妃様の機嫌を損ねていく。
「それも仕方のないことよ。貴女の力を自分達に向けられては敵わない。それなら何とか取り込もうと皆必死になっているのだから」
確かに今の私の戦闘能力なら王国全ての戦力を向けられてもお釣りが来るだろうね。
宝石だってそう。一つだけでも手に入れれば社交界で私と繋がりを得られた証になる上に、この世界ではまだ出回っていない加工を施された一級品とくれば喉から手が出るほど欲しがるご婦人方も多い。
加えてさっきのお菓子でも、流行の最先端を走る貴族の見栄を満たすのに充分過ぎるものがあるはず。
それをたった一人の十五の小娘が持っているとなれば面白くないもの頷ける。
「それで、王妃様は私のどれが欲しいのでしょうか?」
なのであえてどストレートに聞いてみることにした。
勿論王国最強戦力と認定されているので広義の意味で私は王族のものなのだけどね。
しかしまさかこんなにもはっきり聞かれるとは思っていなかったのか、王妃様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっている。
隣にいるカリオノーラ様はさっきのお菓子を思い出したり、私の胸元で光るペンダントを見たりしているのでどちらかを選ぼうとしているみたいだ。
「私が…私が欲しいのは……」
今日もありがとうございました。
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