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第269話 友だちとお泊まり

 二人の手を引いて浴槽へと入ると剥き出しにしてある岩壁へと背中を預けそのまま胸まで浸かる。

 お尻から足にかけて水晶で作った玉砂利の感触が擽ったいけど適度な刺激になっていて心地よい。


「なんだか…不思議な感じですわ…。この浴槽の下には何が…」

「これ、水晶?!」


 やっぱり驚いてるよ。

 普通いくらお金があってもやらないからね。私の場合はずっと前からこつこつ集めていたおかげで水晶だけならそれこそ一軒家を建てられるくらいの量は保有している。


「それだけじゃないよ」


 私が背中を向けている浴槽の壁には二つだけ魔石を埋め込んである。どちらも灯りを操作するためのものだけど、初めて来た二人にはとても驚いてもらえること間違い無しだろうね。

 ミルルとニーヤの二人が水晶の玉砂利に驚いてるのを見ながらそっと後ろ手に魔石を操作した。


「キャッ?! な、なんですの? セシル、何をしましたの?」

「セ、セシル?」

「大丈夫、ただ灯りを消しただけだよ。もうちょっとしたら目が慣れてくるから…ほら、上を見てみて」


 真っ暗な浴場ではその動きすら見えていないだろうけど、水面から手を上げて上を指さした。


「上? …うわあぁぁぁぁ…」

「まぁ…なんて、美しい…」


 暗闇に目が慣れてきた二人が私に促されて上を見上げると、そこには満点の星空。

 ここはかなり拘って作ったところだから、やっぱりすごく驚いてくれている。

 この世界じゃ星空なんて珍しくもないけれど、こうしてお風呂に入りながら見る星空はまた格別の趣がある。

 地上にある宝石のキラキラが一番好きだけど、星空のキラキラだって私は大好きだ。

 すぐ近くにある輝きもずっとずっと遠くにある煌めきも星の力が生み出した愛すべき光だと、私は思っている。

 この世界に星座はなく夜空の星は人の魂で出来ているとか本気で思われている。それを否定するつもりもないし、星になって見守っていると思うのも良いものだと思う。


「イルーナやランドール、キャリーもハウルもきっとどこかから私を見てくれているのかなぁ」


 ちょっとだけしんみりした気持ちになってしまって少しだけ目が沁みた。

 頬を伝うものは何もなかったけれど、ただそうであってほしいと思うのも良いよね。


「セシル…?」

「どうかなさいまして?」

「あ…、うぅん。なんでもない。それよりもっとびっくりするの見せてあげるよ!」


 暗くてわからないだろうけど、僅かに潤みを持ってしまった目を見られたくなかったので浴槽のお湯で顔を洗うと、気持ちを切り替えるようにもう一つの魔石を操作した。


「ひゃっ?! な、なんですの?」

「うわぁぁ! すごいすごい! これどうやってるの?!」

「ふふふ…ただ灯りを付けるだけの魔道具を下に備え付けてあるんだよ。けどこの色とりどりの灯りを作るのはちょっとだけ苦労したけどね」


 前世にあった恋人同士で行く、致すためのホテルにあると言われていた装置である。

 行ったことはないから実物は見たことないけど、短大時代の知り合いやバイト先の同僚から話だけは聞いたことがあるから再現した。

 これでロマンチックな気分になって、盛り上がってベッドへ行こうって寸法なんですかね?よくわからないんだけどさ。行ったことないから。

 彼氏なんていたことないんだから機会があったわけないでしょ。

 しかし事実ミルルとニーヤはうっとりしている。

 それは浴槽の床面に敷いてある水晶玉砂利にも灯りが当たって煌めいている様子や、灯りが水面に浮かび上がる様、それらがゆらゆらと揺れながら自身も揺られ、湯に浸かって温まっているせいか妙な気分になっているのかもしれない。


「はぁ…やっぱりセシルは素敵ですわ…」

「そう、ですわね。私もウェミーがいなかったら…いえ、セシルが相手ならウェミーも…」


 …あれ?

 別に洗脳するような効果はこのお風呂につけてないよ?

 なんか場と雰囲気に中てられてちょっとおかしくなってきてる?

 …はっ。そういえばこの二人はそっちの気があるんだった?!?!!

 ニーヤはガチで。ミルルも私を見る時だけ妖しい時が多々あるんだった。

 あれ? これ、ひょっとすると私の貞操の危機?


「ね、ねぇセシル? その、ちょっとだけそっちに行っても?」

「ま、まぁミルルったらずるいですわ! それでしたら私も」

「え。や、まぁ寄ってくるのは別にいいんだけど、折角の広いお風呂だから足伸ばして入った方が気持ち良いんじゃないかなーって思ったり、って。ちょっと私の話聞いてる?!」

「聞いてますわ」

「ちょっとよく聞こえなかったので耳元で仰ってくださいます?」

「いやいや! ミルル聞いてたら少し待とうよ! ニーヤ、絶対聞こえてたよね?」


 二人は私の言い分に耳を貸すつもりがないのか、うっとりした顔のままお湯を波立たせながら私のすぐ近くまで寄ってきた。

 二人の顔がやたらと赤いのはライトとお湯のせいだけじゃない気がする!

 そして寄ってきた勢いのまま私の両腕を二人に取られてしまった。

 うわぁ…ミルルのはやっぱり大きい…。ニーヤも私と同じくらいのサイズだけどミルルと違ってふんわりとした感触がしてる。私はどちらかというと身体を鍛えてたこともあってちょっと張りがあって固めなのが玉に瑕だったりする。

 そして更に二人はもう片手を伸ばしてきて、固めと言った私の胸へと手の平を押し付けてきた。


「ちょ、ちょっと待ってって?! 私そっちの趣味ないんだってば! ひぁっ? ちょ、そんなに強くしたらっ、駄目だっ、てばって…あんっ」


 段々遠慮の無くなっていく二人から攻められて、戦闘状態じゃない私の身体は弱点だらけなので徐々に息が上がってくる。

 力強く的確な触り方をしてくるニーヤと優しく包み込むように触れてくるミルル。タイプの違う触られ方に私の方も我慢の限界が来るのは近い。


「あーーっ、もう! ステラ!」

「はっ」


 私が呼ぶとステラは一瞬で浴場に現れて手に持った魔石を突き出した。

 あれは私が彼女に渡しておいた護身用の魔石でかなり強力な睡眠闇(スリープ)の魔法を込めてある。レベルが五百を超えるかユニークスキルの異常無効や眠り攻撃対処の魔道具でも持っていない限り防ぐことは出来ない。

 なのでミルルとニーヤは私に寄りかかったまま意識を失ってしまった。


「はぁはぁ…助かったよ、ステラ」

「セシーリア様…よろしいのでしょうか?」

「え?」

「…いえ、セシーリア様は男性とそういうことが嫌なので一人でしているものだと思っていましたので…。女性相手なら問題無いのかと座視しておりました」

「…ステラの意地悪…。って男性が嫌いとか言ってないしっ。わたしはノーマルだからっ!」


 しかしステラは「はぁ」と気のない返事をすると浴槽の中で眠りこけている二人を抱きかかえるように脱衣所へ連れていき、そのまま私の寝室まで運んでくれるようだった。

 ってなんで私の寝室なのよ?!

 …それにしても…危なかった…。あと少しで…いや、何でもないです…。




「あ…あら?」

「あ、起きた」


 ベッドから声が上がったので私は読みかけの本を閉じてサイドテーブルに置いた。

 ステラがニーヤとミルルを回収して着替えさせた後、私のベッドに寝かせたのだけど、特にやることのない私は二人を見舞いながら読書に勤しんでいた。


「二人ともお酒飲んでお風呂ではしゃぐからすっかりのぼせちゃったみたいだよ。ほらお水飲んで」

「あ、ありがとうございます…」


 先に起きたニーヤへグラスに入った水を渡す。

 彼女はそれを一気に飲み干すとグラスを私に返してきた。


「なにやらとても心躍るようなことがあった気がするのですが…」

「夢でも見たんじゃない?」

「夢…かもしれませんわね」


 うん。こういう時は夢だったことにするに限る。

 あんなことウェミー殿に知られたら余計なトラブルを抱えることになりかねない。彼女の悲しむ顔は見たくないしさ。

 私も忘れます。

 そしてミルルも起きたので彼女にも水を渡して一心地ついたところで私もベッドに上がった。

 何故か私が真ん中で二人に挟まれるように寝ることになったけど。


「ふふ、私こうしてお友だちと一緒のベッドで寝るのは初めてですわ」

「私も。いつも広いベッドに一人きりですもの。こういうの憧れていましたわ」


 私は楽しそうな声で話す二人に適当な相槌を返してベッドの天蓋をぼぅっと見つめていた。

 確かにこんなに広いベッドで子どもの頃から一人で寝てたら憧れるのもわかる気がする。


「ちょっとセシル、聞いているんですの?」

「うん、聞いてるよー」

「あ、こういう返事をした時のセシルは大体聞いてない時ですのよ」

「え。ちょっとミルル、バラさないでよ」


 からかわれながらも三人でコロコロと笑い合う。

 さっきのお風呂での出来事は完全に夢の中の出来事として知らぬ存ぜぬで通したから大丈夫だろうけど、今こうしてベッドでお喋りしていることはずっと忘れないでいてほしいなぁ。

 いつまでも続くお喋りを聞き流していると徐々に瞼が重くなってきて、気付いた時には誰も話さなくなっていた。

 それを知っているのは念の為部屋を監視していたステラだけだった。

 おやすみなさい、と呟いたステラの声を遠くで聞いた気がした私の意識もそれからすぐに深く沈み込んでいった。




 翌朝。

 目が覚めると同時に感じる両隣からの温かい感触に心地良く覚醒していく。


「あぁ…そっか。昨日二人とも泊まっていったんだっけ」


 寝る前のことは覚えてないけど私の両腕はしっかりと二人に絡め取られていて無理に起きようとすれば二人を起こしてしまいそうだ。

 折角気持ちよさそうに眠っているので起こしてしまってはかわいそうだし、しばらくは両腕に二人の体温を感じたままでもいいかもしれない。

 そんな風に微睡んでいると目が覚めたというのに私の瞼も再び下がってくる。

 あぁ、こんな風に友だちと一緒に眠るのって、なんか、幸せ、だなぁ…。

 次に私が目を覚ました時には二人とも起きていて、両隣からじっくりと寝顔を観察されていたのだった。


「「おはようございます、セシル」」


 示し合わせたように声を揃えた二人に私も挨拶を返すとステラを呼んで身支度を始めた。

 ちなみにウェミー殿から嫉妬の混じったジト目を向けられたので黙って受け止めた。

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ガチレ○ホイホイ。 ただし本人は、ノーマルと偽った無生物(宝石)愛者。 今回の情事(未遂)をユーニャが知ったなら、恐らく頬プクなんてアッサリ飛び越えて、相当に殴られるんじゃなかろうか。
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