第268話 友だちとお風呂
「それはそれとして、ですわ」
ウェミー殿を家に走らせた後、ニーヤは自身のラベンダー色の長髪をかきあげて風に靡かせた。
ミルルも髪が長いからさっきから風に揺られて彼女の銀色の髪が風に乗っている。
二人ともたまに鬱陶しそうにしているのでガゼボ内に強い風が吹き込まないように天魔法で風量を調整してあげた。
「セシル、この屋敷内を警備しているあの兵士達はなんですの? この短期間にあれだけの兵を雇ったのであれば信用出来る者達でして?」
「それは私も気になりましたわ。セシルが何も言わないところを見れば間違い無い人達なのでしょうけど…」
二人とも二体一組になってさっきから庭園内を決まった速度と間隔で歩き続けているゴーレム達を見て怪しんでいる様子。勿論それは中身が人間だと決めつけているために起こるものだけど。
「気になる?」
私は近くを歩いてきたゴーレム達に向けて指を立てて近くまで呼び寄せた。
彼等は当然何も言わずにそこに直立したまま微動だにしない。
「兜を取って」
そこへ兜だけを外すように命令すると彼等はすぐに反応して鎧の上に乗っているだけのフルフェイスの兜を取り外した。
「キャァァァァッ!」
「セ、セシル……。…あら? これ、ゴーレム?」
「正解。リビングアーマーみたいなものだけどね。仲間の持ってたいらない武具を使って作ったの。これなら信用も何もないでしょ?」
戻っていいよとゴーレム達に指示すると彼等は兜を鎧の上に乗せて何も無かったかのように警備へと戻っていった。
その様子をミルルもニーヤも呆然として見送るだけだ。
「ニーヤ、ミルル。他にも何か気になることがあったら言っていいよ。答えられる範囲でなら答えるから」
悪戯っぽく笑うと二人はキョロキョロとあちこちを見回し出した。
何かあるんじゃないかと必死に探しているみたいだ。
(意地が悪いのだ)
(だって面白いじゃんか)
(ならばセシルの地下室を見せてやれば良いのだ。あそこが一番理不尽の塊みたいな部屋なのだ)
(見せられるわけないでしょ。蹴っ飛ばすわよ?)
なんとなくメルの舌を出して笑うような顔文字を思い浮かべて怒気が湧いてくる。
地下室はこの屋敷で最高機密と言っていい部類の部屋だ。勿論巨大水晶がある部屋も同様に。ステラがいなかったらとてもじゃないけどこの屋敷を維持出来る気がしない。
「なんだか屋敷の使用人が少ない気がしますわ。これでどうやって庭や屋敷の維持、家事をしているのかしら…」
「それは屋敷中に散りばめた魔石のおかげだよ。詳しくは秘密だけどね」
「屋敷中?」
「うん。あとでお風呂見る時にも説明するから」
微妙に納得のいってなさそうな二人を宥めていると他にもいくつかの質問が飛んできた。
例えばセドリックのこと。この屋敷にあったという呪いのこと。私のこれからのこと等々。
答えられるものには答え、秘密にしないといけないことには「内緒」とだけ言っていく内に日も傾き始め、その頃になってようやくカイザックとウェミー殿が使いから戻ってきた。
少し前にステラを厨房に戻しており、夕食の支度をさせていた私は頃合いを見計らって屋敷内へと二人を招くことにした。
ステラの作った夕飯に舌鼓を打ち、セドリックの選んだワインで気持ちも良くなっていた二人は態度も大らかに、そして口もどんどん軽くなっていった。
今日は別の仕事を頼んでいたミオラが屋敷に帰ってきたのはそんな時だった。
「あら、ミオラ殿? 本当にセシルに仕えたんですのね」
「ミルリファーナ様。ご無沙汰しております。セシ…ーリア様に拾っていたたき本当に幸運でございました」
畏まった挨拶をしたのはあまり知らないニーヤがいたからだろう。エイガンとの決闘の後に一緒に食事をしたのだけど、会ったのはその一回だけだからね。
「ミルル? この方は?」
「ニーヤ、以前皆さんで一緒に食事をしたことがあったでしょう? その時に呼んだジンライル伯爵次男に仕えていたミオラ殿ですわ。今はセシルに仕える従者ですのよ」
「あら、これは失礼しました。改めてテュイーレ侯爵家のネイニルヤですわ。セシルのお友だちとして、今後もよろしくお願いしますの」
ニーヤも改めて名乗るとミオラも騎士としての礼をして名乗り返した。
私は彼女達の後ろに立つ従者達を連れて別室で夕飯にするよう伝えるとミオラはカイザック、ウェミー殿を連れて部屋から出ていった。
この部屋に残っているのは私達三人とセドリックだけになるが、私達は既に食事を終えているのでそろそろお風呂に入ろうかなと考え始めていた。
「セドリック。貴方も食事になさい。私達はこれから湯浴みをするわ」
「承知致しました。浴場の前にリーアを立たせておきましょう」
「不要よ。適当な兵士を立たせておくわ」
「わかりました。ではロジンとオズマと共に食事にさせていただきます」
セドリックが今言った二人だけは年頃の男の子らしいところが少しだけあるので気を利かせたのだろう。
インギスはいい歳だけど相変わらず私を拝んでくるのでそういう心配だけはしていない。
「ステラ」
誰もいない正面に向かって名前を呼ぶと彼女はすぐに食堂のドアを開けて入ってきた。
あまりの早さにミルルとニーヤが首を傾げているけど気にしない。そしてステラにミルルとニーヤの寝間着と着替えを用意しておいてもらう。ニーヤの体型は私とあまり変わらないし、ミルルは私よりも胸が大きいけどモルモよりは小さいのでそれを用意してもらう。
使用人の服だけど肌着や寝間着は私の物と大差ないので問題無い。ステラならちゃんと新品を用意するはずだ。
「じゃあ二人とも行きましょう」
二人を連れて浴場のドアを開けるとまずは脱衣所だ。
アイカやステラとも一緒に入ることがあるので数人分の棚が作ってある。
私はいつも通りの場所で服を脱ぎ始め、部屋の隅に置かれているバスタオル代わりの布を身体に巻いた。
「…セシル、浴衣は無いんですの?」
「我が家は基本的に全裸で入るよ」
「…まだ未婚ですのに…」
「女同士の裸の付き合いも大事だよ。ほら脱いだ脱いだ」
「ちょっ、セシル?! 下着を引っ張らないで下さい?!」
「というか前も見たでしょ。ほーらーーーっ」
「あーーーれーーーー」
恥ずかしがるニーヤからコルセットのような下着をほぼ無理矢理脱がせると前を隠してうずくまる彼女にバスタオル代わりの布を渡してあげた。
そして私と同じように身体に巻き付けると顔を真っ赤にしながらようやくこちらを向いてくれた。
それにしても「あーーーれーーーー」はないでしょ。それじゃ時代劇の人間駒回しでしょ。
ちなみにミルルはとっくに脱いで同じ様に布を巻いている。
巻いているのだけど…圧迫された二つの巨大な果実が苦しそうに解放を望んでいるように見えた。
大丈夫。オーケー落ち着け。今の私はCカップだ。最早あれに釘付けになることなど有りはしないのだよ。
「セ、セシル? あまりそう…ジロジロと見ないでほしいですわ…」
本能には逆らえませんでした。
無意識でガン見してました。
恥じらいながら身体をくねらせるミルルからは凶悪なほどの色香が漂ってくる。
まずいまずい。色に惑わされるより早くお風呂に行かなきゃ。
「じゃ準備出来たところでどうぞ」
浴場の入り口である黒いドアを開ける。
中は天井は真っ黒に、床は大理石を敷き詰め滑りにくい加工を施した岩風呂だ。
壁際には三人が並んで洗えるように湯雨の効果を持たせた魔石を埋め込んである。
「ここでまず身体を洗いましょう。その入れ物に左から身体用の石鹸、髪を洗うシャンプー、髪質を整えるコンディショナーが入ってるから自由に使って。泡を流す時は正面の魔石に魔力を流すと上からお湯の雨が降ってくるから」
それだけ指示すると私はまずはやってみせるために身体に巻いた布を取って目の前に置くと自分の身体を洗い始めた。
石鹸を手に取り腕から胴、背中、胸、足へと丹念に洗っていく。ちなみにこの石鹸はアイカ特製の物で汚れを落とすだけではなく、肌荒れにも効果があるし殺菌、保湿もしてくれる。今使っている物は薔薇の香りがするのでとても優雅な気持ちになれる。
けれど私が身体を洗う様子を二人ともマジマジと見てくるのでちょっとだけ恥ずかしいけど、やり方教えないといけないのでここは我慢する。
そして全身を洗い終えた後はシャワーを頭から被って泡を洗い流していく。
「こんな感じ」
「わ、わかりました。挑戦してみますわ」
「わ、私も」
二人とも普段は自分で身体を洗うことがあまりないようだけどこれも良い機会だ。自分で出来ることは自分でやるようにした方がいいに決まってる。
二人が悪戦苦闘している間に私は髪を洗っておく。彼女達に比べて髪の短い私はかなり早く洗い終えたので、さっき身体に巻いていた布を髪が落ちてこないように頭に巻いた。
「二人ともど……うしたの?」
「うぅ…今どこまで洗ったかわからなくなりましたわ…」
「私もです…髪が長すぎてどれだけ洗ったらいいか…」
やれやれ…。
やっぱり二人とも生粋のお嬢様らしい。
身体だけは洗い終えていた二人に長い髪の洗い方を教えている内に冷えてしまってもいけないのでそっと熱操作で二人も包む。わかりにくいくらいにしておけば風邪を引くまでにはならないだろう。
…というか、二人とも髪が…あまり綺麗じゃない…。
シャンプーを四回くらいしてようやく泡が立ち始めた。そこからコンディショナーもするのだけど、髪がまだギシギシする。
三回も繰り返す頃になってようやく輝くような髪になってくれたので二人の目の前にある布を頭に巻いてあげた。
「たまには練習して、今度は一人で出来るようになってね」
「わかりましたわ。そうしないとセシルの屋敷のお風呂に入れなくなりますものね」
「えぇ、頑張りましょうニーヤ」
頷き合う二人に心の中で溜め息をついた。
ニーヤは自分が既に私達に裸を晒していることに恥ずかしさをあまり感じていないようだった。
そして熱操作を解除して、ようやく二人と一緒に湯船に入ることが出来た。
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