表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
284/582

第267話 お誘い

 曲に合わせてステップを踏み、優雅に体を揺らしながら彼の身体に寄り添うたように踊る。

 こんなところで激しいダンスをするわけがないのであくまでスローに、お互いの距離が近くなるように、顔がよく見えるように、そして合間に話が出来る程度に、である。


「ふふっ」

「…何か、粗相をしてしまいましたか?」


 踊りながら突然笑い出したレンブラント王子にちょっとだけムッとして訝しげな目を送りながら問い掛けた。

 なんでレンブラント王子が私をダンスに誘ってきたのか、真意が全くわからない。


「いや。まさかあのセシルが貴族になるとはな、と。リードルディ卿はさぞ苦しんだであろうな」

「殿下…。そういうの性格悪いって言うのですよ?」

「ふふっ。あぁ、知っているとも。私はひねくれ者だからな。だからこそセシルとは今後も仲良くしていきたいと思っているのさ」

「それだと私もひねくれ者ってことになりません?」

「違ったか?」


 違わないけど。

 返事の代わりに顔を背けるとレンブラント王子はまたもや楽しそうに笑った。


「別に私と婚約しろだとか言うつもりはない。ただ困った時は助けてほしいということだ」

「…王族として貴族に命令すればよろしいのでは?」

「そう出来る状況下ならばな。もし出来ない時でもセシルが何とか出来る状況なら助けてくれると嬉しい」

「…はぁ? よくわかりませんけどわかりました。でも私は冒険者だからタダじゃありませんよ? Sランク冒険者への指名依頼は高くつきますからね?」

「ははっ、それは先輩権限で値引きしてくれると嬉しいな」


 なんか貴族院にいた時より雰囲気が柔らかいな。

 こっちが素のレンブラント王子なのかもしれないね。

 そして彼に寄り添って話しているとダンスの曲が終わる。

 私達も離れて礼をすると一歩下がってから立ち去ろうと踵を返した。


「セシル」


 しかしレンブラント王子に呼び止められたのでもう一度向き直る。

 さっきと同じように微笑んでいるものの、何故か彼の表情は強張って見えた。


「さっきの話、覚えておいてくれ」

「…承知致しました。ランディルナ家の名…いえ、冒険者セシルとして必ず」


 その言葉に満足したのかレンブラント王子は小さく頷いて去っていった。

 結局何だったんだろ?

 私と仲良くしたいとか言ってたけどよくわからなかった。彼の従者であるオッズニス殿はすごく嫌がるかもしれないけど、そんなこと言われなくても貴族院時代から目をかけてもらっていたし、呼ばれればちゃんと出向くし仕事だってするつもりなのにね。

 わからないものを考えても仕方無い。

 とりあえず頭の片隅に棚上げしておくと、さっきと同じ壁際に戻ろうとする。が、また声を掛けられた…けど、ベルギリウス公だった。更にその後もテュイーレ侯、ゴルドオード侯と何故か大貴族と呼ばれる人とばかり踊ってすっかり気疲れしきった頃、ようやく夜会は終わった。




 数日後。

 私は庭園のガゼボで寛いでいた。

 すぐ側にセドリックが控えており、お茶が冷える頃にちょうど良く入れ替えてくれる。

 ステラは今厨房でお菓子を作っているはずだ。

 普段はあまり私が口にしないので、作ってもほとんどが使用人達の口に入るのだけど、今日は来客があるので豪勢に見えるような見栄えの良い物を注文してある。

 ステラはこの世界にとって()()()料理をしているので美味しいのは間違いない。美味しいのは正義だよね。

 この王都でさえとにかく砂糖を使えば高価で美味しいお菓子とされているけど、甘さなんてほどほどで十分だよ。もっと他の素材の風味を感じられるお菓子であるべきだと思う。けど自分で作るのは限界があるから、ステラにいろいろ話している内に彼女が学んだっていうのが真実だったりする。


(セシルもそうしていると貴族家の当主ではなく令嬢に見えるのだ)

(似合わない?)

(そうではないのだ。しかしどういう風の吹き回しなのだ?)

(今日は本物のお嬢様方が来るからね。私もそれっぽくしていようかと思って)

(そういうことを言うから台無しになるのだ)


 はいはい。自覚してますよっと。

 メルから送られてくる小言を聞き流していると門からリーアが歩いてくるのが見えた。

 今日の当番は本当ならロジンなんだけど、相手が相手だからリーアと代わってもらった。ミオラでも良かったんだけど、彼女には別の用事をお願いしている。


「セシーリア様、お客様がご到着になられました」

「わかった。セドリック」

「は。では」


 本来ホストなのだから私が出迎えるべきなんだけど、今日の相手は貴族家当主ではないのでそこまでしないようにと言われてしまっているのでセドリックに迎えを頼む。

 そこまで形式に拘る必要なんて無いと思うんだけどな。


「セシル、今日は招待ありがとう!」

「ミルル、いらっしゃい。…あれネイニルヤさ…嬢も一緒でしたか?」

「えぇ、ほぼ一緒に到着しましたの」

「ようこそ。さぁどうぞ」


 私は二人に席を薦めるとセドリックにアイコンタクトで紅茶を淹れるよう指示した。


「カイザックも、ウェミー殿もご無沙汰ね。元気そうで何よりだよ」


 二人の後ろには当然従者である二人の姿があった。

 知らない仲ではないのでそれなりにくだけた話し方をしてみたのだけど、二人は苦い顔をしている。

 疑問に思い首を傾げているとネイニルヤ嬢から答えを教えてもらえた。


「セシーリア様。本来当主は従者にいちいち声などかけませんわ。それに顔見知りであろうと当主らしい話し方をなさいませんと」


 うぇ。

 自分の家なのに…?

 他にも私に言いたいことがあったのかネイニルヤ嬢の小言はセドリックが紅茶を淹れてカップを置くまで続いた。

 セドリックわざとゆっくり淹れたんじゃないでしょうね?


「ネイニルヤ嬢、そのくらいで許してはもらえませんか…」

「それですわ」

「は?」


 私が降参とばかりに両手を上にしたところへ彼女はビシッと指を突きつけてきた。

 こういう高飛車なところは昔から変わってないね。

 それこそ私が当主になろうとなんだろうと。


「いつまで私はセシーリア様に『ネイニルヤ嬢』と呼ばれますの? ミルリファーナ嬢は愛称で呼んでらっしゃるのに」

「あら? まさかこちらに飛び火してくるとは思いませんでしたわ。セシル、ネイニルヤ嬢は私に嫉妬しているのですわ」

「嫉妬?」

「ちち、違いますわ! そんなことあるわけ、ない、ですの…」


 段々声のトーンが落ちてきているネイニルヤ嬢。

 それは白状しているのと同じだと思うよ?


(可愛らしいのだ。セシルとは大違いなのだ)

(うっさい。蹴っ飛ばすよ)


 メルの突き刺さるような言葉を文字通り蹴っ飛ばしてネイニルヤ嬢へ向き直ると彼女の手をそっと握った。


「わかりました。でしたら今から私達はお友だちで…だよ。私のことも『セシル』って呼んでね」

「おお、お友だち…」


 …恋人がいるくせになんで友だちくらいでそんなに動揺するんだろう? まさか私以上に友だちがいないのかな?

 俯くネイニルヤ嬢から視線を外してミルルの方を見ると一つ頷いた。彼女もそれだけで察してくれてこちらに頷き返した。


「素敵ですわね。私も是非その中に加えていただきたいわ」

「ミ、ミルリファーナ嬢まで…?」

「ほら、それです。私のことは『ミルル』と呼んでくださいな。ネイニルヤ嬢のことはなんとお呼びしたら良いでしょう?」


 おぉさすが生粋のお嬢様だ。

 返し方が上手いね。


「私のことは…その、『ニーヤ』と…」

「わかった。よろしくねニーヤ」

「私も、改めてよろしくお願いしますわ、ニーヤ」


 私達が揃ってネイニ…ニーヤと愛称呼びすると彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまったが、絞り出すように声を出してくれた。


「よろしくお願いしますわ。セシル…ミ、ミルル…」


 ツンデレがついにデレました。

 なるほど。前世の男性方がツンデレを称えるのはこの瞬間のためか。確かにこれは破壊力が凄まじい。

 ふと見れば後ろに立っているウェミー殿は目尻にうっすら涙を浮かべていた。

 そこまでかいっ!

 どれだけ一流のボッチだったのよ…。




 少女漫画に出てきそうなシーンである。

 屋敷の庭。ガゼボでお茶。側に控える執事、従者。そしてメイドから運ばれる美味しいお菓子の数々。

 しかも「うふふ」「おほほ」と上品に笑う目の前に座る二人。

 友だち宣言した私達だけど、貴族らしい喋り方はどうしても二人ほどには使えないないのでいつも通りの言葉でいつも通りに話していた。


「それにしても、この屋敷はすごいですわね」

「元大公家は廃墟と聞いてましたのに…さすがセシルですわ」


 ですわですわと漫画に出てきそうなお嬢様らしい話し方だけど、この子達にとってはこれが普通の話し方である。


「リードのお目付役から解放されたし、貴族になったんだし、折角だから自重しないでやりたいようにやろうかなって」


 二人の見つめる先である庭の噴水へと私も目を向ける。

 今は昼間なのでわかりにくいけど夜ならライトアップされてもっと綺麗になる。

 …邪魔法であのあたりだけ暗くしちゃえばすぐわかるんだっけ。

 指をパチンと鳴らすと噴水の近くに薄い闇を発生させた。

 普通に夜と同じくらいのものなので全く中が見えないわけではない。

 そしてちょうどお菓子を持って現れたステラに命じて噴水をライトアップさせた。


「まぁっ!」

「…素敵…。まるで御伽噺にある精霊の国のようですわ…」


 精霊の国なんてものがあるの?

 御伽噺だし、眉唾物もいいところだろうけど。


「ボロボロだったんだけどね。こんなに綺麗な庭があるならもっと綺麗にしたいなって思って。…あぁでもお風呂はもっと綺麗だよ」

「お風呂? 浴場ですの?」

「うん。あっちもかなり拘って作ったからきっと二人も気に入ると思うよ。また機会があったら泊まりに来てその時にでも…」


 そこまで私が言いかけたところで二人は自分の後ろに立つ従者達に言い放った。


「カイザック。私今日はセシルの屋敷に泊まりますわ。お父様へ伝言しておいてくださる?」

「ウェミー。屋敷へ行き今晩はランディルナ至宝伯、ベルギリウス公爵令嬢と親交を深めるため世話になる旨伝えてきなさい」


 そしてその後に「伝えた後は戻ってきなさい」と言うところまでは同じだった。しかも二人とも「承知致しました」と反論せずに言うあたり慣れているんだろうね。

 私もステラに四人が泊まるための部屋を用意するように伝えると、ベルギリウス公爵とテュイーレ侯爵に今晩二人の娘を預かる手紙を認めるためにセドリックに用意を申しつけるのだった。

今日もありがとうございました。

評価、感想、レビューなどいただけましたら作者のやる気が出ます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「私のことは…その、『ニーヤ』と…」 ニーヤ? まるで猫の鳴き声みたいな愛称ですな。 ………………猫? え? 名は体を表すと言うし、まさか属性はねk(o゜∀゜)=○)´3`)∴
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ