第263話 夜会の準備
影ギルドで協力を取り付けてきてから一週間が経ち、ようやくセドリックがランディルナ家にやってきた。
彼に対しても他の使用人達同様に雇用契約を結び、仕事の説明をしたのだけど…。
「私の仕事はセシーリア様の補佐と屋敷内の取り仕切りとさせていただきたいのです」
「えぇ…」
という困ったことになっていた。
私の補佐といっても屋敷にいないことが今後増えてくる可能性はとても高い。屋敷内を取り仕切るにもステラがいればメイドも必要ないくらいに家事は行き届いている。
私がいない時の代理としての対応くらいになるはずだ。
それを説明したのだけど彼も引き下がってくれない。あんまりやることはないと最初に説明しておけばよかったかな。
さて困ったなと思ったところにようやく思いついた。
「それじゃあセドリックさん。私の代理とステラやインギスじゃ対処出来ない対外的な業務。それともう一つ、家庭教師をしてくれない?」
「家庭教師、でございますか?」
「うん。私には十歳になる弟がいるんだけど、今はクアバーデス候のところで預かってもらってるの。あの子にもちゃんとした貴族としての教育を受けさせたいと思って」
「なるほど…。ランディルナ家の跡取りになる可能性もございますな」
ディックが跡取り?
いや、彼には自分の好きなように魔道具について勉強させたい。
でも貴族になってしまった以上、相応の教育は必要になる。
私みたいに前世があって現代日本の高水準の教育を受けてきたのならばいざ知らず。下手をすればいいようにされてしまう。
そうならないように守っていくつもりではあるけれど、ディック自身も最低限必要な知識や技術、教養を身に着けておくのは彼にとってなんらマイナスになることはない。
「跡取りとかはまだ考えるつもりはないよ。けど私にとっては唯一の家族だし、ちゃんとした教育も受けてないから、しっかりした人の下で勉強させたいんだよ」
「…セシーリア様の深い愛情、このセドリック感動しました。…承知致しました。私の持てる全てを持ちましてそのお役目務めさせていただきます」
「ありがとう、セドリックさん」
これでようやくディックもこの屋敷に連れてくることが出来るね。
ちなみにこの後、彼から最初のお小言として「使用人に対して敬語を使うことを禁止」されました。
使用人達に仕事を割り振ったおかげでかなり時間に余裕が出来た私は執務室でいくつかの金属と宝石を取り出していた。
人数も増えたし、私と直接やり取りする人間にはそれとわかるものを持たせておきたいと思い、現在デザイン考案中である。
「セドリック。アンジュイム伯爵家ではどういう物を使っていたの?」
「セシーリア様、もう少し威厳のある話し方をされた方がよろしいかと」
「…今は私とセドリックしかいないんだからいいでしょ。それで?」
彼は眉間を白い手袋をはめた指で押さえると渋い顔をして言葉を飲み込んだ。
屋敷の中でまで堅苦しいのはごめんだからね。
「アンジュイム伯爵家では紋章を付けた薬箱でしたな。私の祖父の代からそれを使うようになったと聞いております。家族や使用人達に万が一のことがあった際にその箱の中に常に薬を入れておりました」
「薬箱かぁ…それもありだよね」
アンジュイム伯爵家は王都から東側にある領土からの薬品や魔法薬を取り扱う商会と縁の深い家だったはずだ。
なるほど、自分と縁の深い物を選ぶのは大事かもしれない。
そうなると我が家は?
当然宝石類ということになるわけだけど…普通じゃ駄目だよね。
私は目の前に置かれた紙にペンを走らせると一気に魔道具用の回路を書き上げた。
内容自体はとてもシンプルな物で薄く伸ばした金に魔道具の回路を書き込みそれをチタンで挟み込むだけ。
但し真ん中に銀貨…前世の五百円玉程度の穴が開いていてそこにも薄い水晶で作ったプレートを付ける。
この水晶のプレートには金で作ったランディルナ家の紋章をルチルのように入れて象ってあるので水晶の中に金色の紋章が浮かんでいるように見える。
私のスキルがあってもかなり高い精度で鉱物操作をしなければならないほどに拘って作ってみた。
(随分緻密な作業なのだ。本当に宝石に関することだけは手抜きをしないのだ)
(話しかけないで!)
メルを黙らせて作業を続けていけば、ひとまずの物は完成したものの、やはり納得いかずにやり直す。
結局、何度か失敗して回路の書き直しや材料の加工し直しをしたところでようやく完成した。
「出来た!」
「お見事で御座います。これはまた随分美しいカードですな」
「うん。それだけじゃなくてね。この角のところに魔力を流すと…」
セドリックに見せながらカードに隅に一部露出させた金に触れて魔道具を使うように魔力を流してみる。
すると水晶の中に浮かんだ金色の紋章が光り出した。
「ほぉぉ…こ、これは見事な…」
「水晶自体を魔石にしておいて『位置登録』と『HP自動回復』を付与しておくから、万が一盗まれてもすぐわかるし、これを持ったまま遭難したり怪我をしても救助が来るまで持ちこたえることくらいは出来るはずだよ」
「…恐れ入りました…。Sランク冒険者とはこのようなことまで出来るのですね」
さすがにこれが出来るのは私だけだと思うけどね。
あとはこのカードの魔石を地下にある巨大水晶と連動させてしまえばステラでも管理することが出来る。
勿論屋敷の外にある場合は私しか見つけられないだろうけどそれはそれで構わない。
最大の問題はこれを大量に作らないといけない労力だろう…。
それからしばらくの間はこの『ランディルナ家使用人証』とも言うべきカードの作成をしていたためほぼ丸一日かかってしまったけど、アイカ達だけでなく新たに雇い入れた文官達も私兵団にも全員へ行き渡らせることが出来た。当然予備のカードも数枚作ってある。
ちなみに私のカードはないよ。
貴族として行動する時は必ず自家の紋章を身に着けないといけないという王国法があり、それは王家から下賜された短剣に刻み込まれている。
大事な物なので魔法の鞄ではなく私自身の時空理術でしまってある。
セドリックを下がらせて執務室にいるのはアイカとステラ、ユーニャとミオラだ。
夜会に出るためのドレスが出来たとアイカから言われたので五人で合わせているところだった。
夜会に出るのは私とミオラだけなんだけどね。
「うん。こんなもんやないか?」
アイカが用意してくれたのは白い生地で作ったAラインドレスに黒いレースを何枚も重ねたものだった。
胸元と背中が大きく開いて露出が高いけれど魅惑的な印象も与えつつ清楚さも持ち合わせた良い仕上がりだと思う。
前世も含めた私の感覚だとかなり大人っぽいドレスなのだけど、ステラとユーニャからは不評だった。
「少し華やかさに欠けます」
「普段のセシルはカッコ良くて可愛いのに、なんかイメージ違う…」
あんまり華やかにして目立つつもりもないんだけど。
ミオラへと視線を向けると彼女は眉を寄せて首を振るばかり。
こっちに助けを求めるなってことね。
「うぅん…。私はこのドレス素敵だなって思うんだけど…」
ドレスの袖は肘までなので腕につけたバングルは完全に露出してしまっている。
それだけが妙に目立っているのだけど、オリハルコンの輝きは下手な色のドレスと合わせるとくどくなってしまうので出来ればシックな色でまとめておきたい。
「とりあえずそのドレスに合いそうなアクセサリー着けてみたらえぇんちゃう?」
「そう、だね。じゃあステラとユーニャはちょっと後ろ向いてて」
アイカに勧められるまま外していたアクセサリーのうち指輪とアンクレットを身に着けると、金のインゴットを取り出して加工する。
指三本くらいの幅で薄い板状に延ばすと、表面の細工は広げた翼で真ん中には窪みを付けておく。そこにはハートシェイプカットを施した大きめのアクアマリンを取り付ける。それを輪になるように引き延ばして首に嵌めた。
更に金で細いチェーンを作るとペンダントトップにエメラルドカットしたセイシャライト…前世で言うところのタンザナイトをセットした。
続けて金を針金のように細く延ばしていくとそれを編み込んで小さめのティアラを作る。こちらは小さなトパーズをいくつも取り付けることで金の輝きとトパーズの煌めきで華やかさを持たせてみる。
ティアラをアタマに乗せているとアイカが横からニヤニヤと覗き込んできた。
「な、なに?」
「相変わらず宝石弄ってる時はホンマ幸せそうな顔やなぁ思てな。ほんならついでや」
アイカは取り出したバレッタで私の髪を纏めるとそのまま上に持ち上げてうなじが出るほどアップスタイルにしてくれた。
窓に映る自分の姿はどこから見ても貴族の令嬢にしか見えない。
ていうか、これ私?
「当日はちゃぁんと化粧も髪のセットもしたるさかい、今日のところはこれで勘弁な。お二人さん、もうこっち見てもえぇで」
アイカに促されたステラとユーニャは髪型と身に着けたアクセサリーのせいかさっきとは打って変わって溜め息を零すほどに納得してくれた。
「はぁ…このセシル部屋に持って帰りたい…」
「素敵です、セシーリア様。先程の無礼な発言をお許し下さい」
別に何とも思ってないから許しますとも。
でもユーニャの呟きはさすがにスルーします。
持ち帰らないで。
私もちょっとムラってきたから今夜は励みたいの。ユーニャに持ち帰られたら励めないじゃ……いや、自分でしなくてよくなるのかな?
って駄目でしょ!
落ち着け私!
「あ、はは…。まぁとにかくドレスはこれで決まりってことで」
「えぇ、問題無いと思います。…では、次はミオラの分ですね」
「…は? え? 私っ?!」
今まで自分は無関係だと思っていたミオラはステラに話を向けられて面白いくらいに動揺していた。
「いやっ、私はいいって! それなりに落ち着いた服なら持ってるわ!」
「駄目です。ミオラが見窄らしい格好をしていたらランディルナ家の格が落ちます。ただでさえ新興貴族で目の敵にされやすいのですから、敵に隙は見せられません」
敵って誰よ。
でもステラの言うことは正論だ。
そして嫌がるミオラが言い訳を並べる間にもステラはクローゼットから私の貴族服に似た女性用の騎士服を取り出して並べていく。
「ミオラの髪はピンク色でとても華やかに見えますから、ドレスを着てセシーリア様の隣に立つのは避けた方が良いでしょう」
「…なんだか私には不相応なくらい綺麗な服ね?」
「以前大公様に仕えていた騎士の方が着ていた服を真似て作ってみました」
おぉ、流石ステラ。
家事に関してはチートレベルの腕前だね。
いやもうチートでいいか。なんで数日で十着くらいの騎士服が出来てるのさ。
その後ドレスを着た私を隣に立たせて目立たないが見窄らしく見えないようミオラの服を選んでいった。
当然至宝伯の従者なので宝石のついたアクセサリーをいくつも身に着けてもらったのは言うまでもない。
今日もありがとうございました。
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