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第262話 影ギルド訪問

 労働条件の説明も雇用契約も終わったのでそれぞれの職場についての説明をする。

 と言ってもシンプル極まりないものだけど。


「インギスとモルモは文官用の事務室があるからそこへ行って待機してて。ステラ、案内よろしく」

「承知致しました」


 二人への案内はステラに丸投げして私はそれ以外を率いて裏庭へとやってきた。

 ふと端を見るとアイカが薬草の世話をしていた。

 世話というよりちゃんと発芽しているかどうかの確認でしかないけれど。

 リーア達三人にアイカを呼んで紹介したけど気のない返事をしてすぐ畑に戻ったのはちょっと意外だった。なんかいろいろ絡んでくるかなと思ったんだけどね。


「さて、それじゃアイカの紹介も終わったので貴方達の仕事の説明をしておこうかな」

「はいっ、お願いします」


 頷いただけの少年達と違い、リーアは真っ直ぐ私を見ながら力強く返事をした。

 こういうところは見習うようにね、少年達。


「基本的にはここの敷地内の警備をしてもらうことになるよ」

「ですが、先ほどから鎧を着た兵士がかなりいると思いますが…」

「あれは私の作ったゴーレムで維持はステラがしてくれてる」


 この場にいないステラに対して首を傾げるミオラを除く三人。


「こっちが指定した通りの動作しかしないから、警備をしていて変更が生じた場合は都度ゴーレムに指示を出してほしいの。その権限は今のところミオラとリーアにつけておくから」


 権限自体はいつでも付けられるけど経験の足りないロジンとオズマにはまだ早い。


「承知しました。しかしそうなると我々の仕事はほとんどないのでは…」

「まぁそうなんだけどね。だから門で来客に対応してもらうのがほとんどじゃないかな」


(しかしいかに言ってもやりすぎなのだ!)

(一応普通の貴族らしい体裁は整えたいんだからいいじゃんか)

(それでも彼等の仕事が無くなるのだ)

(っていうか話し掛けてこないでってば)


 メルに言われてみれば思うところはある。確かにそうだ。

 敷地内の警備はゴーレムで事足りるので本当に門での対応が仕事の全てになる。


「門の警備は交代でやってくれたらいいよ。それ以外の時間は裏庭で訓練してくれててもいいし休んでてもいい。ひょっとしたら文官の誰かとか私達の誰かに用事を言われることがあるかもしれないから手伝ってくれると助かるかな」


 ミオラも含めて四人とも微妙な顔をしてるけどそれで納得してもらうしかない。

 どうせ私は少ししたら旅に出るし、そうなれば他に仕事も出てくるだろう。


「じゃあ警備や私兵団の責任者はミオラに任命するね。副長はリーア。二人はオズマとロジンのどちらかを補佐につけてね」


 後は任せるよ、と告げて立ち去ろうとしたけどふと思い立ったことがあって立ち止まった。


「大丈夫だと思うけど、怠けて弱くなるようなことがあればさすがに退職してもらうから訓練は欠かさないようにね」


 四人が揃って返事をしたことを確認すると私はステラに任せた文官用の事務室に向かうことにした。




ガチャ


「セシーリア様。お疲れ様でございます」

「ステラ、お待たせ」

「お疲れ様です、セシーリア様!」


 事務室に入ると同時にステラがお辞儀してきたが、それに少し遅れてインギスがこちらに向き直り頭を下げた。更にその様子を見たモルモが慌てて頭を下げてきたけど、私はそれを手で制して近づいていく。


「インギスは一通りの事務作業を任せていいんだよね?」

「はいっ、勿論です!」

「基本的に私は法衣貴族だからそんなに仕事はないかもしれないけどお金の管理は任せるよ」

「承知しました。セシーリア様の決済をいただくところまで進めておきます」

「あぁ、それも任せるよ」

「は…? いえさすがにそれは…」


 インギスに最終的な決済まで任せるのは本来やりすぎであることは間違いない。

 けれど私がしばらく戻れなくなることを考えれば彼に一任してしまった方がいい。

 こんなこと前世の会社でやったら大変なことになっちゃうけど、彼が横領などに手を染めることは考えにくい。


「インギスの仕事は信じてるからね」

「セシーリア様……。承知致しました! このインギス、必ずやセシーリア様のご期待の応えましょう!」

「うん。じゃあモルモはしばらくインギスに仕事を教わってくれる? インギスもモルモの成長次第でどんどん仕事を割り振ってね」


 二人とも元気良く「はいっ」と返事をしたので私はとりあえず任せたい仕事をインギスに言い渡して事務室から退室した。

 これで私の時間がそれなりに取れるようになるはず。




 いつもの貴族服からただの上質な服に着替えた私はリーアを従えて夜の町に出てきていた。

 私に護衛なんて必要ないんだけど一人での外出をステラが許してくれなかった。

 この服はアイカが作ってくれたので私にピッタリと合っているのだけど、なんか最近アイカは私にやたらとミニスカートばっかり履かせようとするのはなんでだろう?

 まぁ…前世と違って足は太くないし長い。スラッとした綺麗な足は憧れたものだから出していて恥ずかしいものじゃないけど、こんなに足を出している女性なんてあんまり見かけない。

 アイカは足も胸元もお腹も出した服を最近よく着ていて、あれに比べたらまだ私のは大人しい方かもしれないけどさ。

 で、やってきたのは南大通りから西側に入った辺り。

 冒険者ギルドから奥に入った場所であまり治安の良いところではないけれど、飲食店が建ち並んだ区画の更に奥へ行くと徐々にそういう区画になってくる。


「セ……お嬢様、この辺りは…」

「ごめんねリーア。貴女にはちょっと気分の良くない場所かもしれないんだけど」

「いっ、いえ! 私は平気ですがセシ…お嬢様の方が…」


 リーアから言われるよりも先に首を振って否定しておく。

 全く平気というわけではないけれど、こういう場所というのは絶対的に必要なものだということはわかっていた。

 所謂色町である。

 灯りを出す魔道具が色とりどりの光で町を染め上げており、その様子はまさにネオン街そのもの。あちこちに扇状的な格好をした女性が立っていて道ゆく男性達の真剣な眼と伸びまくった鼻の下が面白い。

 一部には男性向けではなく女性向けのお店もあるようで綺麗な顔立ちの若いお兄さんや上半身裸で磨き抜かれた筋肉を見せつける男性も立っている。

 私自身は定期的に自己発散してるから必要ないけど、ミオラやリーアが来たいというなら止めるつもりはない。勿論他の使用人達もだ。


「おぉっ綺麗なお姉ちゃん。店探しかい? それとも相手探しかい?」


 こんな風に声を掛けてくる輩がいるということは一夜の一時を求めてる者同士の出会いを促進してるのかもしれないね。

 でもそうするとお店が儲からないと思うんだけどな。


「下がれ。お嬢様に話しかけるな」


 私に近寄ってきたその男にリーアが後ろから手を突き出して下がらせようとする。

 実際その男もリーアに牽制されるとすぐに引き下がり煌びやかな町に消えていった。


「ありがとうリーア」

「いえ。それより目的地はまだでしょうか」

「もうすぐだよ。ほらあっちの建物」


 私が指差した方をリーアが視線だけ向けて確認していた。

 そこは色町の奥に建っており、冒険者ギルドと同じくらいの大きな建物だった。

 そのまま普通に歩いてその建物に近付くと入り口には二人の男性が立っていて私達に誰何してきた。


「セシーリア・ランディルナ様だ」


 リーアが私に変わって応えてくれたので何も口を開かないまま建物の中へと通される。

 どうやら私が来ることはお見通しだったようで入り口の男性達は丁寧に頭を下げていた。

 中に入ってすぐ案内として女性が一人ついてくれて一番奥にある他よりも豪華な扉の部屋に通された。

 部屋の中には応接セットが置かれていて、そこには既に二人の男性が席についていた。勿論一人は見知った顔である。


「こんばんは、ミック」

「ようセシル。わざわざ来てもらって悪いな」

「きさっ」


 腰に下げたレイピアを抜こうとするリーアに片手を上げて制すると私はミックの隣に座る男性へと視線を向けた。


「紹介する。この人がここ『影ギルド』の総長をやってるザガンさんだ」

「初めまして、ランディルナ閣下。お噂はいろいろ伺っております」

「セシーリア・ランディルナだ。よろしく」


 彼の差し出してきた手を取ることなく部屋の奥へと歩いていくと最も上座に当たる所謂お誕生日席へと無造作に座った。

 今までならミックの前に座っていただろうけど今の立場でそれをするのはまずい。相手が同じ伯爵より上の立場や他国の貴族なら話は別だけど彼らはこのアルマリノ王国の平民だ。


「さて、私がここに来た理由はわかる?」


 私が部屋に入ってきた時のにこやかな表情から一変して真顔で話し始めたことを察したミックは佇まいを正すと椅子から下りて跪いた。


「はっ。我等の力をお使いいただけるものと」

「そうね。それで、私はミックのことは信じていいと思っているのだけど…ザガンはどうなの?」

「儂は…元はと言うとあの村の出身だ」

「ザガンさんはコールの親父さんの従兄弟だ」


 へぇ、コールの。

 コールは国民学校を退学してから行方知れずになったって聞いてるけど、この人なら居場所知ってるのかな?


「コールの居場所は?」

「…儂らにもわからん…」


 情報収集を生業にしてる彼等にしては雑な回答に片眉を上げた私をミックが仲裁してくるけど、それは別に本題じゃないから「そう」とだけ答えてザガンへと再び視線を向けた。

 私からはそれ以上何も言うことはない。

 いくら一番偉い人と言っても組織を自分の好きにしていいとは思えないし、それでも道理を通さず無理を押し通すのであれば私も信頼を持って応えたいと思ってる。


「あの村やベオファウムまでの道中にあった村だけじゃない。この国には情報が入ってきていないが、帝国でも似たような騒ぎがあって一つの領土が壊滅している」

「馬鹿な…。帝国はアルマリノ王国よりも遥かに強大な軍事力を持つ国だぞ」


 後ろで呟くリーアの言葉は尤もで私も驚きを隠せない。

 証拠に私の顔が少し歪んでしまったためミックの表情に怯えの色が濃くなった。


「影ギルドにはその壊滅させられた帝国の領土から流れてきた半端者もいる。儂らが集めた情報でランディルナ伯に益のあることがあれば全て渡す。だから皆の仇をうっ…ひぃっ?!!!?」


 そこまで言ったところでザガンはすっかり青褪めて言葉を失ってしまった。

 私の殺意スキルが自動的に入ってしまったのを切っ掛けにタレントによって弱体化されていた能力が戦闘状態と勘違いして起動したせいだ。


(馬鹿者! 早く力を抑えるのだ! 普通の者なら死んでしまうのだ!)


 メルに言われて体の力を抜くとザガンだけでなくミックもリーアもその場に崩れ落ちた。

 恐らくこの建物の中だけでなく、この近辺の人全てが私の力の影響を受けてしまったことだろう。


「私達の村以外にもそんなことをしてるってこと? どこのどいつで何をしたいか知らないけど…絶対許さないよ、そんなこと」


 私が管理者になってキラキラな宝石に囲まれた生活をするためには、やっぱりその大馬鹿者を何とかしないといけないだろうね。

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あーあ。 セシルが本気を出したらどうなるか、ついでにギルドとの力関係をハッキリと確立させちゃった。 ……ぼそっ(おまけにその日の色町は、もう商売なんてやってられない惨事に。 南無)
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