第261話 雇い入れ
「んんっ! んー、あー……これで良いのだ?」
「さしすせそって言ってみて」
「わっちを馬鹿にしてるな? さしすせそ」
自分のことを『わっち』って言うのは直らないか。
まぁでも高音と舌っ足らずな話し方でイライラさせられるよりはマシだね。
オリジンスキル『メルクリウス』のメルに話し方を改善するようにお願いして何とかここまでにはなった。
今はすっかり夜だ。
あれから離れでアイカ達と一緒に特訓して、途中でステラが夕飯に呼びに来て、更に部屋に戻ってしばらくしてようやくだよ。
「なんか今日の予定狂いまくっちゃったな」
「予定?」
独り言のつもりで呟いたけど斜め上に浮かんでいたメルが反応した。
話し掛けたつもりはないんだけど…今後は口に出さずに思うだけにしなきゃいけないね。
「我が家で雇う人の面談やってて、終わったら採用する人達にいろいろ説明する予定だったんだよ」
「ふむ? それはすまんかったのだ」
「別にいいよ。けど意外だね」
「何がなのだ?」
「てっきり『そんなことより転生ポイントを貯めろ』って言うかと思ってたから」
そう。生まれてからずっと私の頭の中で『転生ポイントを貯めろ』って言ってたのはメルだったんだ。
こうしてスキルとして分離した今は聞こえなくなったのは当たり前だけど、もっと言ってくるものだと思ってた。
「問題ないのだ。セシルの転生ポイントは今二千万。普通は十回以上転生してもそこまで貯まらないのだ」
「そういえば管理者になるのに必要な転生ポイントってどのくらいなの?」
「前の世界ならば一億だったのだ。けどこの世界だとそれだけでは足りないかもしれんのだ」
一億…。
それから私はメルに何をすれば転生ポイントが効率良く貯められるのか聞いてみた。
はっきりとはわからないと言っていたけど、メルが観測していた限りのことならという条件で教えてもらえることになった。但し今後の活動方針にも関わるのでまたアイカとクドーがいる時に説明してくれるそうだ。
それについては否はないので了承してこの話を打ち切った。
そして妙に疲れてしまったせいか、うとうとしてきたので洗浄で身体の汚れだけ落とすと早々にベッドに入ることにした。
翌朝、ステラに起こされた私は朝食を済ませた後にミオラに呼ばれて屋敷の玄関に来ていた。
昨日の今日でもう雇い入れた者達がやってくるという。
「なんか早くない?」
「そんなものでしょ。屋敷に住み込みだし、給料だっていい。少しでも早く働きたいって思うのは普通よ」
ふぅんと軽い返事をした私にステラが追加で説明してくれる。
「ですのでセドリックだけは家族に伝える等準備のために数日後になると聞いております」
「それでも早いと思うけどね」
とは言え、玄関前に来てはみたもののまだ誰も来ていない。朝食後すぐの時間なのでまだ二の鐘が鳴って少しした経っていないのだから当たり前だね。
ただでさえここは王都でも外れの方にあるのだし、町中の宿にいたら到着が昼前くらいになっても仕方ない。
しかしそう思っていた私の予想に反して早速一人目がやってきた。
「おはようございます、セシーリア様。貴女様と会えた喜びを本日の業務日誌の記しておきます」
「インギス、おはよう。っていうかそういうのいいからっ」
一番にやってきたのはやっぱりインギスだった。
彼の場合だとこの近くで野宿していてもおかしくない気がするけど、確かこれでも子爵家の次男だったはずだから身嗜みはしっかりしている。
眠そうな顔など全くせずに今もキラキラした目を私に向け続けている。
そしてすぐ後にリーアが続き、モルモ、オズマ、ロジンとあまり間を開けることなくやってきた。
「来てないのはミックだけか」
「セシーリア様をお待たせするなど…やはり今からでも考え直しませんか? 影ギルドなどやはり信用出来ません」
「ミオラは気にしすぎだよ」
時空理術でミックを探してみたら、王都南側の色町にいることがわかってこれは来る気ないなと思ったからだ。
更に屋敷に向かってきている人影が一つ。
これ便利だけど、相手の姿が丸見えになるわけじゃないから今一つなんだよねぇ…。スキルレベル上げたらもっと使い勝手良くなるのかな?
(なるのだ)
突然頭に響いた声に驚いて声を上げそうになったものの、なんとか飲み込んで返事をするように私も呼び掛けた。
(メル。私が名前を付けて呼び掛けるまで返事しないでって言ったでしょ)
(う…すまんかったのだ)
(助言は助かるし、スキルのことも教えて欲しいけどそれはまた後にしてね)
(わかったのだ)
素直で聞き分けは良いのだけどずっと閉じ込められていたようなものだからこういう時に返事をしたくなっちゃうんだろう。
わかる気がするのでそこまで強く言うつもりはないけど、びっくりするからやめてほしいと思うのも仕方ないよね。
そしてミックを待つという形でみんなに待機してもらってるうちにようやくさっき捉えた人が屋敷の前までやってきた。それに気付いたステラが門まで移動してその人物に誰何する。
「どちら様でしょう」
やってきたのは町のどこにでもいそうな青年だった。
なんというか景色に溶け込むというか大量にいるモブに埋もれる、そんな印象の人物。
どうやらミックの使いで間違いなさそうだ。
「えぇっと自分はこの手紙を当主様に渡すように言われただけでして…」
「それは何方からでしょうか」
「読んでもらえばわかるからって言われたから…」
「ステラ、いいよ」
私も門まで移動してステラを下げさせると直接その青年から手紙を受け取った。
「ご苦労」
手紙と引き換えに青年の手に銅貨を渡すとすぐにその場で開いてみた。
内容は読まなくてもなんとなくわかる。
気付いた時には青年の姿は既に無く、集まった面々の視線が私に集まっているのがわかる。
とりあえずいろいろ指示はしておかなきゃね。
受け取った手紙を畳んでポケットに放り込むと雇い入れた彼等の前に進みくるりと見回すと口を開いた。
「さて。朝早くから来てくれて嬉しいよ。改めて、私がセシーリア・ランディルナ至宝伯です。呼び方は好きにしていいからね」
昨日と打って変わってフランクな口調をしたことに驚いたのはモルモ、ロジン、オズマの三人。
「セシーリア様」
「もう…いいじゃんか、呼び方くらい。あぁでも一応お客さんが来てる時はちゃんとしてね」
ステラから咎めるような声が聞こえてきたけどそれを制して三人に告げる。
三人はポカンとしたまま動かないので首を傾げるとモルモが最初に復活した。
「でっ、ですが…その、貴族様に対してそのように気軽になど…」
「勿論私以外にしちゃ駄目だよ? でも屋敷の中で、お客さんもいないのに堅苦しいのは嫌だからね」
モルモは「はぁ」と気のない返事をしたけど、ロジンとオズマは苦笑いだ。
「ま、まぁ俺達は助かるけどよ…」
「そう、だな。敬語なんて俺達みたいな冒険者じゃほとんど使えねぇし」
普通はそうだろうね、と言ったものの結局三人とも呼び名は「セシーリア様」にすることにしたらしい。
本人達がそれでいいなら私も気にしないでおこう。
「あぁそれとこの場にいないけどあと二人、この屋敷に私の仲間がいるから彼等にも気軽に接してくれていいから。公には私の従者だけど私と対等な立場だと思ってね」
それだけの簡単な説明をした上でインギス、リーア、モルモ、オズマ、ロジンの五人に部屋を決めさせて荷物を置いてくるように指示をして、リビングに集まるように伝えると私は一度執務室へと戻ることにした。
執務室の椅子に座ってステラから出された紅茶を一口飲むと、ふぅと一息ついたタイミングで彼女から苦言が漏れた。
「セシーリア様、使用人や従者に対してはもっと毅然としていただかなくては…」
「ステラ。私は『成り上がり』なんだから、そういうのは無理だよ。貴族になって地位も上がったし、Sランク冒険者でもあるけど私自身は以前と変わらないんだから」
「はぁ…。私が何を言っても無駄のようですね…。セドリックが来たらきっちり教育していただきましょう」
えぇ…セドリックさんの教育とか…。
というかそういうのやっぱりあるのかな?
「それはそうとステラ。家事をする使用人を雇い入れなかったけどまだ大丈夫?」
「はい。このくらいの人数でしたら造作もありません」
「わかった。じゃあ警備ゴーレムの指示を受け入れる対象にリーアを追加しておいて」
「畏まりました」
それから白紙の紙をミオラの分含めて六人分取り出すと契約内容を書いた紙から複写する。これ自体は以前に私がクアバーデス侯と交わした契約内容を真似たものなので募集すると決めた時から用意していた。
この世界の雇用はちゃんと書面にしないこともあるけど我が家はそんなブラックな環境許しませんよ。
その紙束を持ち、リビングへ向かうともう全員揃っていて着席して待っていた。
「お待たせぇ。あ、座ったままでいいよ」
私が部屋に入ってきたことでみんな立ち上がろうとしたのでそれを制して全員の前に用意した契約書を置いた。
「さて、一応働いてもらう前に労働条件の確認をしてもらうよ。そこに書いてある内容で問題無ければ一番下に自分の名前を書いてね」
前世なら当たり前のことだけど給料の額と支払日、休日や労働時間等々。他にも福利厚生なんかも書いておいた。
「セシーリア様! 私は貴女様のために働くために来たのであって金銭など必要ありません!」
そして予想通りインギスが何やらブラック社員みたいなことを言ってきた。
「いやそういうの駄目だから。私のために働いてくれるのだから対価は必ず払う。どうしてもいらないと言うなら孤児院に寄付でも何でもすればいいよ」
それから出るわ出るわ。質問の嵐だった。
やっぱり労働条件を提示するようなことが今まで無かったせいかみんな疑心暗鬼だった。
ミオラですらそうなんだから貴族だろうと平民だろうとそこは変わらない。
それらに全て答え、納得させた上でようやくサインさせる頃にはすっかり昼になっていて、私が原本を回収してコピーをみんなに返却した頃に体格の良い男子二人のお腹から切なそうな音が響いてきた。
「それじゃお昼にしようか。ステラ、食事の用意を」
「あ…私手伝います」
モルモが立ち上がって手伝いを申し出たけれど、私はそれを手で制した。そしてステラからもお辞儀と同時に辞退の声が上がった。
その後、あっという間に用意された食事とその味について新しく採用された五人から賞賛の嵐が起こったのは言うまでもない。
今日もありがとうございました。
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