第254話 ミオラ合流
屋敷の改造を終えて、一人満足しながらステラの夕飯が出来るのを待っているとアイカが苦い顔をしながらリビングに入ってきた。
何か問題でもあったのかな。
「あんなセシル。あっちこっちにリビングアーマーが彷徨っとんのやけど、ウチに敬礼してくるんや。あれなんなん?」
「この屋敷の防衛戦力、というか兵士? 鎧の兵士って貴族っぽいでしょ?」
「…はあぁぁぁぁっ…」
アイカは盛大に溜め息を吐くと私の前にどかっと座った。
ここのソファーってちょっと固めだからあんまり貴族らしさがないかもしれないなぁ。
座った後も頭を押さえているアイカを見て全然違うことを考えていた私に細められたアイカの眼が射抜いていく。
「アレが駄目や、なんて言うつもりはあらへん。けど、普通の人間入れなアカンやろ。そないな話昨日してへんかったか?」
「……あ…」
宝石と魔石とステラのことですっかり頭から抜け落ちてた!
ミオラ迎えに行かなきゃいけないんだった。
「『あ』ってなんやねん。すっかり忘れとったんやろ。ウチは別に構へんけど、相手さんは待っとんとちゃう?」
「う……仰る通りです…」
うーん…。今からミオラのところに行っても大丈夫かな。
うん。とりあえず行くだけ行ってみて、夕飯とか食べ終わってたら明日の朝来てもらおう。
まだなら今から来てもらえればいいんだし。
ステラに念の為もう一人前の夕食を作ってもらうことをお願いした私は屋敷の門で合流したユーニャと一緒にミオラが泊まっている宿へと急ぐのだった。
ミオラの泊まっている宿に着いた私達は受付にいた女将さんにランディルナ家の紋章を見せて彼女を呼び出してもらった。
さすがに貴族の紋章だけで部屋まで行くことは出来ない。
そういう無茶苦茶なことをする貴族もいるらしいけどね。ゼッケルン元公爵家はそういうことがままあったらしい。
「セシッ…ル様。わざわざお越しいただきましてありがとうございます」
クドーに作ってもらった貴族用の服は礼服でもあるけれど普段使いしても問題ないしすごくカッコいいから実はずっと着ているんだよね。
そんなわけで貴族服を着ている私に対してタメ口を使うわけにもいかなかったミオラは頑張って途中で言い直した。
微妙に言葉が震え気味なのは元同級生が貴族になってしまったことに対する葛藤だよね、きっと。
「申し訳ありませんミオラ殿。新興貴族であるランディルナ家の屋敷は今もって整備中なのですが当主セシーリア様はすぐにでも貴女に来ていただきたいと申しております」
ついさっき宿に入る前にユーニャに言われたのだけど、貴族院ではない一般の場でみだりに貴族家の当主が直接平民に話すのは外聞が良くないから話したら駄目だと。
屋敷に着いたらいくらでも砕けて話すのは構わないからここはユーニャに任せてほしいとのことだった。
そんなわけで私は表情を変えずにミオラに真っ直ぐ視線を送るのみだ。
「畏まりました。セシーリア様からのご要望とあればこのミオラ、直ちに同行させていただきます」
ミオラはその場で跪いて頭を垂れるとすぐに立ち上がり宿の女将さんにチェックアウトする旨を伝えていた。
そして部屋へと戻ると鞄を一つだけ持って戻ってきた。
あれは貴族院時代から使っていた彼女の魔法の鞄だ。
容量はそこまで大きくないけど、寮にあった従者用の部屋に入る程度の荷物なら全て収納出来るはずだ。
「準備出来たようですね。では参りましょう。セシーリア様、お待たせしました」
ユーニャが私に対して鷹揚に礼をすると私も軽く頷いて踵を返した。
後ろでユーニャが宿のホールにいた連中にお辞儀をして、女将さんには「お騒がせしました」と小金を握らせていた。
さすが商人として教育を受けていただけあってこういう時の立ち回りはさすがだ。
その後屋敷へと戻ると待ちくたびれたアイカは一人で夕食を済ませてとっとと部屋に戻っていたために紹介しそびれてしまった。
クドー?
彼は離れを工房に改造するのに忙しくて朝食以外で屋敷に戻ってくることはほとんどないよ。
改造が終わればそれなりに落ち着くと……あんまり思えないかも…。
「ミオラ、ごめんね呼ぶのが遅くなっちゃって」
「セシ…ーリア様、勿体ないお言葉です」
「ふふ、ミオラさん。屋敷の中ではセシルのことは今まで通りに呼んで構わないわよ」
ミオラに貴族名で呼ばれて少しだけ眉が動いたのをユーニャが目敏く見ていてクスクスと笑いながら補足してくれた。
「え…けど…」
「お願いミオラ。屋敷の中まで堅苦しいのは勘弁してよ…」
肩を落としてげんなりしているとミオラはぷっと吹き出し、以前と同じく妖艶な雰囲気で微笑んでくれた。
「えぇ、わかったわ。本当に雇ってくれてありがとうセシル」
「気にしないで。しっかりこき使うから覚悟してね」
「ふふ、お手柔らかに」
ユーニャを含めて三人で笑い合っているとステラが私のすぐ後ろに現れた。
シルキーであるステラは私の魔力を得て実体化出来るようになったけれど、屋敷の敷地内であれば今のように瞬間移動も出来るし壁を通り抜けることも出来る。
「おかえりなさいませ、セシーリア様。そちらが新たに雇い入れなさった方でしょうか?」
「うん、こちらミオラ。私の貴族院時代の同期なの」
「左様でしたか。はじめまして、ランディルナ至宝伯家で使用人をしておりますステラと申します。屋敷内の雑務を担っておりますので、よろしくお願い致します」
ステラが丁寧にお辞儀をしたのでミオラの方へと振り返ってみると、彼女は固まっていた。
なんだかすごくびっくりしたような顔のまま、口を大きく開け放っている。
年頃の女性がそんな顔するものじゃない。礼儀作法の先生が見たらお説教されちゃうよ?
「ミオラ?」
いつまでもこのままでは話が進まないのでミオラの肩に手を置いて少し揺すってあげるとようやく我に返ってくれたけど、勢い良く私に顔を向けてきた。
「セッ、セシル! なんてレイスが使用人なのよ?!」
「ステラはレイスじゃなくて家精霊だよ。屋敷内のことは全部任せてあるの」
「家精霊って……すごく長い間建ってる屋敷にだけ宿るっていうあの…?」
「『あの』がどれを指してるかわからないけど、ステラは悪い子じゃないから嫌わないであげてほしい」
私がお願いするとミオラは何か考えるように顎に手を当てたり、天井を見上げてみたり、ブツブツと何か呟いていたけど、最終的には大きく肩を落として息を吐き出した。
「貴族家の当主様からそんなこと言われたら断れるわけないでしょ…。もう……わかったわ。私はミオラ。セシルから説明があった通り貴族院時代の同期で友だちよ。仲良くしましょ」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
ミオラの差し出した手をステラは両手でしっかり握ると嬉しそうに微笑んだ。
ステラが手を握った時に「温かい」とミオラが呟いていたのは聞かなかったことにしよう。
「さて、それじゃそろそろ夕飯にしてくれる? もうお腹ペコペコなんだよ」
「ふふ、承知致しました。すぐにご用意します」
ステラに促されるままにテーブルへ向かい私達は三人で少し遅い夕食をとることにした。
その日の夜。
ユーニャはとっくに部屋に戻ったし、ミオラは与えられた部屋での荷解きも終わりベッドで休んでいる。
アイカも自室で何かしているみたいだけど出てくる様子はない。クドーは言わずもがな、である。
「というわけで早速やってきました隠し部屋!」
まず最初にやることは部屋の掃除である。
これは簡単に洗浄で済ますことなく、聖浄化を使って埃などを除去していく。
洗浄は簡単で便利だけど、魔法版自動洗濯乾燥機なので水分が出るし、温風を使って乾かしている。
風化しかかっているケースや棚にそれはまずい。
この屋敷に来てすぐ聖浄化は使っているけど、更に念入りにさせてもらうことにした。
続いて取り掛かったのはドアに連絡用の魔石を設置すること。
これを着けておかないとステラが部屋の中に入ってくるかもしれないからね。
音と光で呼び出していることを知らせる物で、声が聞こえたりはしない。インターホンみたいにすることも出来るけど、励んでる真っ最中に呼び掛けられたら普通の声で対応出来るはずがないもんね。
…出来ないよ!
仕方ないんだよ。英人種とスキルのせいで刺激に対する感度が跳ね上がってるんだからっ。
「お次はっ、と…」
どんっ
屋敷内にいくつもある客間の一つから拝借してきたベッドを隠し部屋の奥に設置する。
入り口でも良かったけどドアが近くにあるとやっぱりいろいろ集中出来ないでしょ。
勿論そのすぐ近くにさっきの魔石を設置することも忘れない。
棚は全て木製のものだったのでかなり傷んでいたため手持ちの木材と植物操作で別の棚を製作して移し替えておく。
ひとまずこんなものだろう。
あとはここにムースを連れてくれば完成だ。
まだ棚が少し質素で見窄らしい感じがするけどそれはこれからの課題かな。
出来上がった隠し部屋の中をゆっくり見て回ると、また新しい発見がある。
例えばダイヤモンドをちゃんと識別出来ているところとか。
この世界ではイエローダイヤモンドをトパーズに分類してしまっていることもあったり、ブラウンダイヤモンドは水晶と同じ扱いにされていたりする。
ちゃんと付与魔法で魔力を込めようとした時に入っていくMPの量が違うことを確認してあるようだ。
尤も、ダイヤモンドとして分類されず別の宝石扱いになっているのでそこは少し残念だね。
これはしっかり分類し直さないといけない。
小さなメモと一緒に陳列されているので見易いのは良いのだけど、やはり間違った名前のまま二百年も放置されてしまった宝石達をこのままにはしておけなかった。
あぁでもないこうでもないと分類を続け、私の知らない宝石はひとまとめに同じ棚へと陳列していく。
それだけでも十種類くらいはありそうなので産地を確認してしっかり覚えておくことにした。
中でも透明度が高く淡い桜色をしたロマニルライトと呼ばれる宝石が私の目を引きつけて離してくれない。
ずっと見続けているとまるで満開の桜の木の下に立っているかのような錯覚すら覚えてくる。
それと同時に湧き上がってくるムラムラとした欲情。
「はぁ…素敵…。まるで入学式の日に桜並木で恋人を待つピュアな少女みたい。その心みたいな透明感のある輝きと照れて染まった頬のような色。入り込む光が貴女への刺激となってまた新しい魅力を引き立てているよ。少女はいつか大人になるけれど、貴女はいつまでもその乙女の姿のまま私を魅了し続けるんだね…」
はぁはぁと弾む息を抑えることなくロマニルライトを大切に抱きながら設置したばかりのベッドへ向かうと枕元に置いて愛しく眺めながら激しく乱れてしまった。
翌朝、なんとか自室に戻ってちゃんとベッドで寝ていた私を起こしにきたステラから。
「セシーリア様。私はセシーリア様がどのような趣向があっても受け入れます。今後はあの部屋に入ったセシーリア様を観測することは決してしないと誓います」
そう宣言されてロマニルライトどころかルビーよりも真っ赤になった頬を抑えながら部屋で悶え転がった。
今日もありがとうございました。
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