第252話 隠し部屋
ユーニャ達が帰ってきてスライムを放ち、排水設備も完成したところでちょうど六の鐘が鳴った。
まだ秋口なので外は明るさが残っているものの、屋敷の中は影が差している。
しかしそれもステラがパチンと指を鳴らしただけで屋敷中のランプに光が灯った。
「ステラさんってすごいね」
「これくらいなんでもありません。本当にすごいのはこれだけのことを容易にさせてくださいましたセシル様です」
「うんうん、セシルは本当にすごいの」
ステラとユーニャが揃って私を褒めてくるけど私としてはただ魔力を注ぎ込んだだけだからすごいことをした実感なんて皆無なんだよ?
それからステラがアイカとクドーを呼んでリビングに集まったところで夕食に。
私の魔法の鞄に入っていた大量の食材を使ってステラに作ってもらったけど、滅茶苦茶美味しかった。プロの料理人って言っても過言じゃないよ。
それを伝えるても彼女は平静として態度で「恐縮です」と答えただけだったけどね。
ちなみにステラはご飯を食べないんだって。
私の注ぎ込んだ魔力さえあればエネルギーには困らないらしい。かなり贅沢に魔力を使い続けても十年くらいは補充無しでいいんだとか。
ムースよりも燃費が良さそうだね。
「なるほど。セシルさ…いえ、セシーリア様は新興貴族でいらしたのですね」
「うん。突然英雄だーって言われてさ。私は村のみんなの敵討ちでしかなかったんだけどね」
「私はセシルのしてくれたこと嬉しかったわ。ハウルやキャリーのことは残念だったけど…」
ユーニャには村のことを説明しておいた。
ハウルとキャリーのことを聞いて涙を流していたし、私の両親についても悲しんでくれた。
ちなみにユーニャのおばあさんは国民学校入学の少し前に亡くなっており、父親はベオファウムの別の店で雇われているのだとか。少しでもユーニャに生活費を送るために村ではなく領都で仕事をするようになったんだろうね。
でもそれを聞いてちょっとだけ安心した。ユーニャにまで私のような思いをさせる必要はないからね。
「あ、そういえば…コールってどうしたんだっけ? 今の今まで忘れてたけど」
「…コールは国民学校に入学してから少しして勉強についていけなくなっちゃって辞めたのよ。村に帰ったって話も聞いてないから王都にいるとは思うのだけど…」
首を振るユーニャの仕草と表情で彼女がコールの居場所を知らないであろうことはわかった。
彼がどんなことを考えてそういう選択をしたのかわからないけど、本人が納得してるならいい。生きてさえいてくれればいいのだしね。
またどこかで会えたらいいねとユーニャと頷き合い話を元に戻した。
「とにかくそれで叙爵されて、この屋敷を貰ったんだよ」
「そうでしたか。ところでセシーリア様の爵位はどちらになるのでしょう?」
「新しく作られた至宝伯っていう伯爵と同じ地位になるよ」
レンブラント王子から渡された貴族についての説明が書かれた紙を見ながらステラに至宝伯について説明していく。
とにかく宝石に関することは陛下と同じくらいの強権を発することが出来る。
面倒なのは王国最強戦力としての立場だけど、よほどのことがなければ私に声がかかることはないみたい。
いちいち私が国境の防衛なんかしてたら騎士や兵士たちの仕事が無くなっちゃうもんね。
「伯爵と同じ…高位貴族ということになりますね」
「うぅん…高位かどうかはわからないけど『王国最強戦力』っていうくらいだからそれなりの発言力は認めてくれそうかな」
「それに宝石の事に関しては国王陛下と同等の権力を持ってらっしゃるのであればこの屋敷に残されている宝石類も接収されることは無さそうですし、安心しました」
確かにレンブラント王子から『至宝伯』の名の下に視察した鉱山からはある程度の鉱石や宝石の持ち出しを許されたけれど、話を聞いてる感じだと王族の権力ってそこまで強いとは思えないんだよね。
公爵と侯爵による合議制みたいな感じであくまで王政の体を取るために王族が施行してるような。
なんだろ。貴族会議が国会で、王族会議は承認するだけの内閣みたいなもの?
いっそ共和国制にしたらいいのにと思ってしまうのは私が前世持ちの転生者だからかな。
まぁいい。
その後もステラと私の現況について説明を続けていると、クドー、アイカ、ユーニャの順に一人また一人とリビングから出て自室へと戻っていった。
みんなもそれぞれにやることがあるから仕方ない。
私もまだ叙爵したばかりなのでやることは山積みのままだ。
「ステラ、そろそろ私も休もうと思ってるんだけど」
「失礼しました。確かにもう遅い時間でした。ではお休みの前にもう一か所だけセシーリア様をご案内させていただきたい場所があるのですがお付き合いいただけませんか」
心なしか瞼が重くなってきたところでステラに切り出したものの、彼女の用事はまだ終わらないらしい。新しい主人が出来て嬉しいのはわかるけど少し自重して…いや、私自身が自重しないのに人にばっかりそれを押し付けるのは駄目だよね。
「うん、いいよ。でもそれが終わったら寝させてもらうよ」
ステラは優しく微笑むと「はい」と返事をして私と一緒にリビングを出た。
夜も更けているのに屋敷の中は灯りの魔道具がそこかしこに設置してあり、ステラの合図一つで操作出来るためとても明るい。
あまり明るいと近所迷惑かなと思ったけどこのあたりは廃墟ばかりだし、屋敷の敷地は相応に高い塀で囲まれているため外に漏れることはない。
おかげでユーニャは夜でも歩きやすくて助かっている。
アイカとクドーは種族的に夜目が効くし、私に関しては時空理術の影響で暗くても地形の把握が出来るから今のところはユーニャに限定した便利さになっちゃうのは仕方ない。
リビングから出て玄関ホール正面の階段の脇に行くとステラは一つの魔石を操作した。
すると今まで壁にしか見えていなかったものが小さ目のドアへと姿を変えた。
「これは?」
「ジュエルエース大公の隠し部屋です。かつての使用人も含め、このことを知っているのは私と大公様本人だけでした」
「そんなもの私に教えてよかったの?」
「はい、セシーリア様にこそ知っておいてほしいと思いましたので」
ニコニコと微笑むステラの前を横切りドアを開けると下へと続く階段が現れた。
巨大水晶がある部屋とは違う地下室があることは把握していたけど、こんなところから行けるとまではわからなかった。
私の時空理術もまだまだ未熟だし、今後もうちょっと鍛えていかないと。
階段を下りていくと部屋の前にもう一つドアがあり、こちらは隠されていないものの非常に重厚感のあるドアだった。
これ並みの人間には開けられないんじゃないかな。
手を掛けてみると予想通り、相当な重量がある。しっかり力を入れることで私の非戦闘時状態が解除されて普通に引くことが出来たけど、これを普通に開けられるのは制限解除したユーニャじゃないと無理だと思う。ところがユーニャだと隠しドアの魔石を起動出来ないので実質私しか入れないと思っていいかもしれない。
ゴゴゴと岩を引き摺るような音がしてドアを開けると真っ暗な部屋の中にはテーブルと椅子が一セット置かれていることだけがわかったが、部屋の大きさはかなりのもので屋敷の中では一番広い。
パチン
ステラが指を鳴らすとこの部屋にも灯りが点いた。
そして目に入ってきたのは。
「まさか…これがジュエルエース大公のコレクション?」
「はい。使用人にもご兄弟にも秘密にし続けた物だけですが」
「いやいや、それでも十分すぎるでしょ」
部屋に置かれた棚には何種類もの宝石が所狭しと並んでいるものの、見やすいようにしっかりと陳列されていた。
見たことのあるものから全然知らないようなものまで大量の宝石が目の前に。
残念なのはちゃんとカットされていないため宝石本来のキラキラした輝きまでは見られないことか。
しかし見ているだけでジュエルエース大公の拘りがわかる。
同じサファイア一つ取ってもゴルドオード侯爵領産のものと他国から輸入したものとでは色が違うためそれらは別にしてあるのだが、このように産地毎にきちんと整理されているのだ。
小さな結晶は専用のケースに入れられていたようだけど、二百年という年月の間にケース自体は風化しかかっていた。
「じっくり見たいところだけど、これだけ立派なコレクションだからしっかり保護もしたい。ステラ、毎晩寝る前にここで作業をする。それからここに入ってる間は他に誰も入れないように」
「はい、畏まりました。お呼びする際はいかが致しましょう?」
「この部屋の前に合図を送るための魔石を新たに設置するからそれを使って」
「承知致しました」
「じゃあ今日はこれで休むから、またドアだけ隠しておいてくれる?」
ステラにそれだけお願いすると私達は一緒に部屋を出てドアを閉めた。
自室に戻る私の背中を見送ったステラに「おやすみ」と声を掛けると、寄り道せずに執務室隣にある私の寝室へと入った。
「ふ…ふふふ…。あの部屋があれば秘密基地はもういらないかも…。明日作業する時に早速ベッドを置かなきゃ。あとちゃんと掃除もして綺麗になったらムースを連れてきて…いやその前に宝石についての冊子を纏めるべきよね。ひょっとしたら執務室にあるかも? 明日早速探してみなきゃ。やばい、やることが多すぎて全然手が回らない…。うふ…うふうふふふうふ…」
困ったことにニヤけていく顔を止めることが出来ない。
我慢してないと大きな声で笑い出してしまいそうなほどに昂ってしまっている。
折角リードから解放されたんだし、この昂った気持ちを抑えるために手持ちの宝石でちょっとだけ励んじゃおうかな!
隣がユーニャの部屋だから声が聞こえないように遮音結界を使った上で部屋に鍵を掛ける。
さすがにこんな夜中に勝手に部屋に入ってきそうなのはユーニャくらいだから心配はしてないけど…一人でしているところを見られたらユーニャと二度と顔を合わせられなくなりそうだしね。
恥ずかしくて。
いろいろ自分に言い訳をしながらもベッドに横になると最初は柔らかさに驚いたものの、すぐに当初の目的通りに手が動き始めて日付が変わる頃まで頑張ってしまった。
翌日ちょっとだけ寝不足気味になった私を見てアイカがニヤニヤしたのは言うまでもない。
今日もありがとうございました。
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