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第250話 ステラ

 廃墟となった屋敷の中で浮かび上がってきた女性を前に私達四人はそれほど驚くこともなく対峙していた。

 あ、ユーニャだけはちょっと顔が青褪めているね。

 身体は透けて半透明だからレイスとかそういうアンデッドかと思ったけどちょっと違うみたい。

 というかよく見たらすごく可愛い子だね。

 着ている服はアンティークな感じのメイド服をベースにドレスを仕立てたかのように。春の空みたいな青い生地と白いフリルが彼女をより清楚な雰囲気に仕立て上げている。

 深い紺色の髪もまたその佇まいに一役買っていると言えるだろう。

 どのくらいの年齢なのかはわからないけど、見た感じでは私とほぼ一緒くらいなので少女と言っても差し支えないと思う。


「許可せん言われてももう入ってもうたしな。それにこの屋敷はここにおるセシルの物になったんやからどうしようとこっちの勝手やろ」


 相手の正体がわからないのにアイカは強気に出るけど、それを聞いた少女の顔が悲しそうに歪んだ。


「私が何も出来なかったばかりにこの家は廃れてしまいました。ですから、主人が戻るまで今度こそ私が守ります」

「せやから、今この家の主人はセシルや言うとるやろ」

「聞く耳持ちません。早々に立ち去りなさい」


 アイカとの問答を切り上げると彼女は手を前に出した。

 しかし何も起こることはなく、うんともすんとも言わない。せめて『ぽんっ』くらいコミカルな音でも鳴ればアイカが嬉々としてツッコミを入れただろうに。


「…えっと…」

「…今のは威嚇です。次はこうはいきません」


 その割には汗をかかないと思うその体で冷や汗が流れてるようだけど。

 ユーニャはちゃんと怖がってくれてるけど、クドーは憐みの目で見ているしアイカに至っては笑い出すのを必死に堪えている始末だ。

 多少強力な気配を感じたんだけど、気のせいだったのかな?


「はぁ…」


 私はわざとらしく溜め息を吐くと手の平を上に向けた。


「新奇魔法 純真なる災い(ディザスター)


 手の平に上に現れたのは黒い塊。

 邪魔法をかなり大きく使用する、どちらかというと相手に対しデバフを与える魔法だ。

 問題は私自身、どれだけの威力があるのかわからず編み出したものの試し撃ち以外では使用していない。

 この魔法、デバフと言ったものの実際には相手のステータスには何の影響も与えない。肉体的な痛みなんかもない。精神とか魂をゴリゴリ削っていくための魔法なので試し撃ちしたゴブリンは魔法が当たった瞬間に全身を強張らせた後、悲鳴を上げて死んでしまった。あれは多分ショック死だったんじゃないかと。

 エイガンにでも使えば良かったかなぁ。


「さて…この魔法ならレイスやリッチのようなアンデッドだろうと、知能がある者に対して絶大な威力があるから貴方も無事では済まない。多分消滅するくらいで済めば安いものじゃないかな…無事に転生出来るくらいの魂が残るといいね」


 真顔のまま少女に黒い球を見せつける。


「威嚇っていうのはこういうことを言うのよ?」


 そっと手を押し出す素振りを見せると目の前の少女はいきなり慌て出した。

 しかも。


「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! やめてください! 私死ぬわけにはいかないんです!」


 五体投地である。

 頭の天辺を地面に擦り付けるその様は日本人としてよく知る土下座のようで、浮かび上がっていた状態からこの姿になるまでの速度は目を見張るものがあった。

 さすがにそんな姿を見せられたら私もこれ以上脅す気にはなれないので魔法をキャンセルして黒い球を消した。


「私こそ脅かしすぎてごめんね。でもお互いすれ違ったままなのは嫌だし、お話しよう?」


 彼女の前に跪いて手を差し伸べるとそっとその透けてる手を乗せてきた。

 勿論触れはしなかったけど、こちらに敵対の意思がないことと話し合いを受け入れてくれたであろうことはわかった。




 私達四人と屋敷の少女、ステラは朽ちかけてボロボロのテーブルについていた。

 それぞれの前には私がいれた紅茶が置いてあり、僅かに湯気をくゆらせている。

 ステラがいれてくれようとしたんだけど、彼女の透けた身体では物体に触れることが叶わず、私が入れることになった。

 そして気持ちを落ち着けたところでステラから事情を聞いて今に至る。


「ふーん…。つまり主人のジュエルエース大公がいたにも拘わらず呪いを掛けられて亡霊が集まる屋敷にされてしまった、と」

「大公は這々の体で逃げ出したからいつか呪いを解くために戻ってきてくれるんを待っとったけど、自分も呪いに侵されて悪霊になっとったっちゅうわけやな」

「はいぃぃ…」


 生の肉体が無いせいか、本当に小さくなってしまったステラ。

 なかなか面白い子だね。

 しかも多芸だ。


「それで呪いも解かれたからジュエルエース大公が戻ってくるまでは自分が屋敷を守ろうとしていたけど、魔力が足りなくて魔法も使えなかったってことなのね」

「ご、ご主人様は必ず戻るって仰っていました! ですから私はここでその帰りを待たなくてはなりませんっ!」


 うーん…。

 ステラの言いたいこと、やりたいことはわかった。

 呪いも解いたことだし、ここが悪霊を撒き散らす元になることはもうないから管理費も今までみたいにかかることはない。

 別にステラの好きにさせてもいいのだけど…。


「せやけど、その大公ってもう二百年も前のお人なんやろ。普通の人間じゃまず生きてへんで?」

「王宮で確認してきたけど、ジュエルエース大公は間違いなく普通の人間だったみたい。それと言いにくいんだけど、彼には世継ぎがいなかったから直接の子孫はいないよ」

「に、二百、年…。子孫は、いない…」


 ただでさえ青白いステラの顔色がその言葉を聞いた途端に更に悪くなっていく。

 そりゃ元々王弟だったみたいだから間接的には今の王族が子孫ってことになるだろうけど、ステラの望んでいるものはそういうことじゃないと思う。


「曖昧なことを言って誤魔化すつもりはないから正直に言うけど…この屋敷に呪いを掛けられたジュエルエース大公はその後一年くらいで一気に四十歳くらい老化して亡くなったの。死因は『老衰』。恐らく悪霊に生命力を奪われ過ぎたのが原因だろうって」

「ステラがそのジュエルエース大公と契約かなんかしとったんちゃう? それで悪霊になっても契約が切れんくて魔力と生命力をごっそり奪われたっちゅうわけやな」

「……惨いな…」

「そんな、酷い…」


 私とアイカの説明に思い当たることがあったのか、ステラは大きく目を開いて大粒の涙を零し始めた。

 ジュエルエース大公がどのくらいのMPを持っていたかわからないけど、並みの魔法使い程度ではなかったんだと思う。

 だからステラはこんなにも長く存在し続けられたのだから。

 大量に注がれたMPで彼女はその姿を維持し続けてきたんだろう。その姿が悪霊になったのだとしても。

 確かに彼女が間接的にジュエルエース大公を殺したことは事実だ。だけど。


「それだけステラはジュエルエース大公に大切にされていたんだね」

「え…」


 ステラを見据えてそう声を掛けると涙を溢れさせているままだけど、彼女ははっとして私と目を合わせた。


「ま、せやろなぁ。なかなか大したお人やと思うで。ジュエルエース大公にとってのアンタがどんな存在やったんかはわからへんけど、自分の魔力も生命力も全部使て存在し続けられるようにするとか…普通ありえへん」


 せめて彼の遺書でも残ってれば良いのだけど、そんなものあるはずもなく。

 想像でしかないけれど、それが彼女にとって耳障りの良い言葉の羅列でしかなかったとしても、愛された証であると信じたいしね。

 その後大粒の涙を零しながら声を上げて泣くステラを黙って見つめ続ける私達の前に置かれた紅茶はとっくに冷たくなってしまっていた。

 けれど、それとは裏腹にジュエルエース大公の残した優しさが心を温めてくれた。




 朝、集まって屋敷に来た私達。

 今ではお昼を完全に過ぎてしまっていた。

 同時に私達のお腹も空いてくるわけだけど、さすがにここでのんびり昼食を食べようという気にはなれない。

 仕方なく一度引き返してまた明日にでも来ようかと話していたところへようやく落ち着いたステラが顔を上げた。


「大変お見苦しいところをお見せ致しました」

「うぅん、気にしないで。折角だからステラさんは大公様との思い出をゆっくり思い出したらいいよ」


 ユーニャはステラに対して私達よりも妙に優しいね。

 …別にやきもちなんか妬いてないよ。

 ただちょっともやっとするだけだもん。

 気分を入れ替えようとテーブルに手を伸ばしたけれど、冷めきった紅茶は既にみんなのお腹に流し込んでカップとポットは片付けてある。

 苦い顔をしつつも空振りさせた手を見つめているとアイカが何やらニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 どうせ私の表情から考えてることを想像したに違いない。ちぇ。


「ありがとうございます。ですが、私は私のやるべきことをしようと思います」

「やるべきこと、とは? 呪いを掛けた連中を探し出して復讐でもするか?」


 それまでずっと黙っていたクドーが片眉を上げて反応する。

 彼も彼で復讐とかそういうことには敏感だよね。

 しかもそれを容認しようとする節がある。

 私もつい最近魔物の大群に復讐したばっかりだからそれが悪いこととは言わない。


「いいえ。どのみち彼らは生きていないでしょうし、私ではどうすることも出来ません。何よりご主人様もお喜びにならないでしょう」

「ほぉん…? それならやるべきことっちゅうんは何やの?」


 アイカに問われたステラの顔が私の方へと向けられた。

 とても強い意思の籠った眼で見つめられたので何事かと首を傾げた。


「セシル様。貴女を新たな主として仕えさせていただきたいと思っています」

「…ふぇ?」


 新たな、主?


「えっと、突然過ぎてよくわかんないんだけど…なんで?」

「前のご主人様よりも遥かに強大な魔力。屋敷の呪いを解くほど魔法に長けたその力と知恵。そのどちらもこの屋敷を維持するために必要なものですから。ですが…それよりも」


 ステラは私から視線を逸らすとアイカ、クドー、ユーニャへとそれぞれの顔をじっと見つめた。

 みんなも頭の上にクエスチョンマークを浮かび上がらせている。


「こんなにも温かい皆様に囲まれる貴女様の優しいお心が心地よく、大好きになってしまいました」

今日もありがとうございました。

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