第244話 卒業!
年末年始毎日投稿ラストです。
「鏡模倣」
秘密基地でたっぷりと励んで脳内をピンク色に染め上げた後、行動不能状態を脱した私は冷静になって部屋の中で一人…いや二人立っていた。
それにしても、久々にムースの宝石博物館を堪能したよ。
あんなにキラキラに囲まれてたらただでさえ溜まってたのに、悲しいのとかムカついたのとかいろんな衝動を抑えきれなくなっちゃうのは仕方ないよね、うん。
自分に言い訳をしながら目の前に立つもう一人の私をまじまじと観察していた。
この魔法はさっき作ったばっかりのもの。
鏡に映したように対象の姿そっくりの人形を目の前に出現させる魔法だ。
私の任意でいつでも消せるけど、多分一か月くらいならそのまま存在していられる。これに擬似生命創造のスキルを使えばゴーレムのように動かすことも出来る。
尤も、質感は石みたいだから触り心地は良くない。普通に肉感を出すにはかなりの魔力を込めた魔石で特殊な生まれ方をしないと無理なんじゃないかな。
おっと、話がそれた。
で、何故私が自分の姿をした人形を観察しているかというと。
「…やっぱり…。ファムさんとお風呂入った時も、さっき触った時も思ったけど…胸大きくなってる……」
これは間違いなく、大きくなってる。
ずっと自分で確認してきたのだから絶対だ。
今までは手のひらで覆っても指の関節は真っ直ぐだったのに、今でははっきり曲がっている。
勿論極端に大きくなったわけじゃないけど、ユーニャよりは小さいけれど! それでも前世の私が辿り着けなかった境地……夢のCカップを超えている!
「いぃぃぃぃっ、やったぁぁぁぁぁっ!」
全裸の自分の人形の前で同じく全裸で喜ぶ私。
だけどこれを喜ばずにいられるだろうか?
いられるわけがない!
今夜はお赤飯だよ!
米ないけど!
一通り自分の人形の前で喜んだ後、かなりの上機嫌で人形を消して着るのは最後となる貴族院の制服に袖を通した。
王都に戻る前にファムさんが用意してくれていたんだよね。
けど袖を通してから気付いた。
「あれ? なんか短い?」
腕を真っ直ぐ伸ばすと手首よりも手前でジャケットが切れてしまっていた。
気のせいでなければスカートの丈も膝上よりかなり短く、下手に動くとパンツが見えそうになってしまう。
「もしかして、背も伸びたのかな?」
改めて確認すると部屋の中の棚が以前よりも低く見える気がする。
…なるほど、これも英人種に進化した影響かな。
ちなみにもう一つ進化の影響があってだね。
えっと、励んでいる間に気付いたんだけど…獲得したスキルの戦闘時以外弱体化っていうデメリットは思ったより強力なのか弱いところが凄く弱くなってる…。
しかも並列思考のせいで理性と好奇心のような相反する感情があると攻めと受けを自分の身体で味わって、更にそれを客観的に見ることになってすっごく興奮するし大変なことになったんだよ。
はい、癖になりそうです。なりました。
じゃなくて弱体化は思った以上に身体能力が低下するから注意しなきゃいけないのと、並列思考は考える方向性を統一しないと大きな隙を生む可能性があるということ。
いくら進化したと言ってもちゃんと訓練しないと。
ここで励むことが一種の訓練になりそうだし、しっかり励み…もとい訓練しなきゃね!
満足するまで訓練しない内はギリギリの戦闘は避けて余裕を持って戦うことにしよう。
うん、訓練大事。他意はない。…ないのっ!
秘密基地を出た私は一人で貴族院へやってきた。
ちゃんとリードのいる位置は把握出来ているので、クアバーデス邸に行くこともなくこうして一直線にリードの元へやってきた。
「おはようございます、リードルディ様」
「セシル?!」
私の姿を見るや否やリードは私に抱きついてきた。
周りには生徒もたくさんいるので出来れば控えてほしいところだけど、心配をかけたという認識はあるので少しだけ好きにさせてあげよう。
そしてその「少し」が過ぎるまで周りにいる貴族の子弟や従者達からはやし立てられながら我慢しなければならなくなった。
やがて満足したリードは私から離れると。
「セシル…なんだか少し大人っぽくなったか?」
「えぇ…まぁ、はい。…それよりそろそろ会場へ向かいませんと」
リードの問いかけは半分スルーして私は彼に付き従って卒業式の会場へと移動した。
卒業式はまぁなんというか、どの世界も同じなんだなと思うくらい似たような内容だった。
今後は王国のために働くように、とか。
主君のために命をかけて戦え、とか。
後は陛下の代理として来ていたベルギリウス公爵の祝辞もあった。
ちなみに在校生の送辞とか卒業生の答辞はない。
多分王族への配慮なのかなと勝手に思うことにした。
卒業式が終わって中庭に出るといろんなところでグループが出来ていろいろ話し込んでいる姿が見える。
今後の進路についての話をしているのがほとんどで一部別れを惜しむ人達もいるけど、それを涙ながらに語っている者はいない。
かく言う私もリードとミルル、ババンゴーア様、そして従者達の六人で固まっているんだけどね。
「リードはこの後すぐに領地入りか?」
「あぁ、父様より復興の手伝いをするようにと言われているからな」
「この度は大変な騒動でしたものね。それで…セシル殿はこれからどうなさいますの?」
ミルルからの問いかけに私は隠すように言われてもいなかったのでそのままの内容を答えることにした。
「私は五日後の叙爵を終えた後、冒険者として活動していきます」
ほんの世間話程度のつもりで話したのだけど、カイザックやサイード殿も含めた五人とも硬直してしまった。
あれ? ずっと卒業したら冒険者になるって言ってたはずなんだけど。
「セ、セシル…今『叙爵』と、言ったか?」
「それは…今回の騒動の褒美ですの?」
「はい。そのようにりょう…クアバーデス候から伺ってはおります。落ち着くまでしばらくかかると思いますが、その後は予定通り冒険者として仲間達といろんなところへ行ってみようと思います」
ちゃんと説明したにも拘わらず、まだ五人とも硬直していた。
首を傾げる私にようやく我に帰ったミルルが満面の笑みを浮かべて私の手を取るまで他の四人は動くこともなかった。
「やはり! セシルはただの従者で終わるような人ではなかったのですね?! これからは貴族同士遠慮することもなくお話出来ますわ」
「…そう、ですね。今後ともよろしくお願い致します、ミルリファーナ様」
「ふふ…その呼び名もあと数日の間だけですわね。叙爵が終わりましたらセシルを我が家に招待致しますわね」
ミルルの満面の笑みを見ているとしばらくは宿暮らし、もしくは秘密基地暮らしになることは黙っていた方が良さそうだ。
バレたら絶対自分の家に住まわせようとするだろう。
そうなるとなし崩し的にベルギリウス公爵に取り込まれてしまうし、冒険者としての活動に支障を来す。
そしてそんな弾けるような笑顔のミルルとは対照的なのがリードで何やら深刻そうな顔をしたまま一言だけ呟いていた。
「もう、時間はないな…」
「…うん? リードルディ様どういう…」
その言葉の意味を捉えきれなくて声をかけようとしたところへ、後ろから肩を掴まれて言葉が詰まってしまった。
何事かと後ろを振り向いてみると肩を掴んでいたのはミオラだった。
「セシル…あ、いえセシル様。今の話は本当ですか?」
セシル、様?
何を言ってるのかわからないままミオラの目を見るとギラギラとまるっきり獲物を狙うハンターの眼差しそのものだった。
「え、えっと…ミオラ殿? 今の話、とは?」
「…はっ。セシル様がこの度貴族になられるという件でございます」
「…間違いありません。……ひょっとして、ミオラ殿はまだ…」
次の句を続けようとしたけど、ミオラの目にキラリと光るものが見えたため慌てて口を噤んだ。
それを見ただけでわかってしまった。
どうやら卒業までに新しい士官先を見つけることは叶わなかったようだ。
そういえばナージュさんからも従者の一人や二人は見つけておくようにって言われてたっけ。
アイカやクドーは私が旅に出る時についてきてもらうけど、その間拠点を守ってもらう人はどうしても必要になる。
ミオラだったら気心も知れているし、その人柄、能力ともに申し分ない。
「…コホン。まだ正式に爵位をいただいたわけではありませんので絶対ではありませんが、ミオラ殿さえ良ければ私の下で働いてくれませんか? 同じ従者クラスにいた者として、友としても貴女は信頼出来ると思っています」
勿論後日ちゃんと契約は交わすけど、よほど嫌な扱いをしなければミオラが別の士官先を求めることはないだろうしね。
それにあまりコロコロと士官先を変えているとどんどん雇ってもらえなくなっていく。
そうなれば行き着く先は冒険者になるしかない。そこでも問題を起こすような者達は盗賊や裏稼業に堕ちていくことになる。
「ありがとうございます! 不肖ミオラ、セシル様のために身を粉にして働きたく存じます!」
私の前に跪いたミオラは魔法の鞄から愛用の槍を取り出して自分の前に置いた。
この槍を貴女に捧げます、と宣誓するための行為だ。
これは従者クラス全員が入学して間もない頃に習う。
結局私は使うことがなかったけどね。
詳しい話は叙爵がちゃんと済んでからということになり、ミオラには後日連絡することにした。
それまでは王都で冒険者として活動しておくと、拠点にする宿も聞いて別れた。
それを合図にこの場に集まっていた私達六人も「それではまた」と言ってそれぞれ帰宅していく。
最後に残ったリードは何も言わずに貴族院の門へと向かって歩き出したので、私もその後について歩いていく。
やがて門の一歩手前で立ち止まると彼は私に振り向いた。
「この門を出たら、僕とセシルの主従関係も終わりだな」
「えぇ。長い間、お世話になりました。…正式には五日後の登城前に領主様から契約の完了を言い渡されることになります」
「そう、か…」
何か言いたいような顔をしているけど一向にその場から動かずに口を開けては閉じてを繰り返すリード。
けれど結局何も言わないままに門の外へと振り返ると、決意を込めてその第一歩を踏み出した。
これから貴族として、領主としての勉強が待っている彼にとったはこれからが本番みたいなものだから。その意味も込めて、力強く踏み出した。
そう思っていた私は後日、彼の決意を本気で受け止めることになる。
今日もありがとうございました。
年末年始毎日投稿は今日でお終いです。
本当は昨日までの予定でしたが、貴族院編がちょうどここまでだったのでキリの良いところまで投稿しました。




