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第243話 仕方ないから準備します

 さすがにちょっと揶揄いすぎた。

 普通なら領主様にそんなことするのは無礼極まりないんだけど、ここはほとんど身内しかいないし、そんなことで騒ぎ立てようものなら私達が本気でこの国からいなくなっちゃうから出来ないよね。

 そもそもゼグディナスさんはともかくナージュさんまで気にしていないのだから本当に今更だ。


「まぁ別の国に行くのは候補の一つとして、本当にどうしよう」

「おいセシル!」


 一人腕を組んで考えていると領主様が大きな声で名前を呼んできたので顔を上げた。


「はぁ…ゴルドオード候とベルギリウス公を覚えているか?」

「はい、勿論です。ババンゴーア様のお父上とミルリファーナ様のお父上ですね。以前お礼で宝石をいただきました」

「そうだ。彼らと共に陛下に奏上してお前のことは法衣貴族にしてやる。そうすれば基本的に冒険者をしようが王都で怠けていても自由だ」

「そうでしたっけ? 法衣貴族と言っても国から与えられた仕事があったかと思うのですが」

「そんなものは建て前だ」


 うわぁ言い切っちゃったよ。


「そうして金を稼がねば食うことも出来ないから皆様々な仕事をしているし、自ら商売をしている者もいる。とは言え王都にそこまで仕事があるわけでもないので他の領地に仕えている者も大勢いる」

「私もそうですよセシル様」


 そう続けたのはクラトスさんだ。

 この人、というかナージュさんもだけどこの親子はすごく優秀で仕事が出来る人達だけど立派な貴族なんだよね。

 それこそ望めば王城でも仕事があると思うんだけど。


「私は先代の頃からクアバーデス侯爵に仕えておりますし、ナージュも現領主様に心酔しておりますので貴族としての生活よりもこちらで働いていることを誇りに思っております」


 クラトスさんは初老を少し過ぎたくらいの年齢だけど、昔取った杵柄なのか実は戦闘能力も非常に高い。

 さすがにゼグディナスさんと比べると体力面で劣ってしまうけど、そこらの兵士や冒険者くらいでは歯が立たない。

 ちなみにナージュさんは文官一筋だからちょっと魔法が使える程度らしい。


「貴族と言っても様々な仕事がある。男爵でも領地を持つ者もいれば公爵でも日がな暇を持て余しているような者もいる。侯爵以上であれば貴族会議に出ねばならんが、そういうこともなければ自由なものだ」


 ふむ…。

 なんだか凄く説得されてる気がしないでもないけど、それなら悪くないかもしれないね。

 要するに地位だけ貰えればそれでいいわけだし。


「それに貴族になれば家族を養うのも、自分で商会を立ち上げるのも楽になるぞ?」

「…それは魅力的な話ですね…。…はぁ、まぁわかりました。書状には登城は卒業式の五日後と書いてあるのでその時に行けばいいんですよね?」

「あぁ、当日は私がエスコートしよう。朝、王都のクアバーデス邸に来てくれ。その時同時に契約も完了としよう」

「わかりました」


 契約とはリードの従者としてのものだよね。

 これで長かった護衛任務も終わりになる。

 ようやく晴れてAランク冒険者になれるってわけだ。

 つまり世界中、ギルド加盟国でなら行けない地域がほとんど無くなることになる。

 いろんな場所の宝石を探すことが出来るよ!

 あとヴォルガロンデを探すこともね。忘れてないよ!


「あぁそれと」

「…まだ何かあるんですか?」

「そんなに嫌そうな顔をするな…。まだいくつか伝えておくことがある。ナージュ」

「はい」


 領主様が名前を呼んで手を上げるとナージュさんが一枚の紙を渡してきた。

 一つ一つ項目ごとに箇条書きになっていてとても見やすい。しかも口頭じゃなくてちゃんと紙にまとめるとか…こういうところ本当に仕事が出来る人だよ本当に。


「さて、基本的にはそこに書いた通りだ。ちゃんと説明するから聞いておくように」


 それからナージュさんの話し出したことはちゃんと聞いてはいたものの、面倒くさくて放り投げたい気持ちでいっぱいになってきた。

 簡単なもので言うと、まずリードは先に貴族院へ戻っていること。騒動も終わったし、ひとまず卒業式が終わり次第クアバーデス侯爵領の復興を手伝うことになるのだとか。

 続いてディックのこと。

 王都の宿に泊まらせてもいいけど、私が家を持って使用人を雇うまでは領主館で預かってもいいとのこと。しかもその間家庭教師もつけて勉強させてもらえる。

 この話はディックも隣にいたので話し合った結果甘えることにした。領主様としても父さんと母さんの息子の面倒を見るのは当然と思っているみたいだし、奥様もかなり乗り気なんだって。

 それから今回魔物達を殲滅したことに対する報酬。素材の売却金なんかはまだまだ計算している途中なのでかなり時間がかかるらしい。

 多分ナージュさんの部下である下級文官三人組の一人シャンパさんの担当なんだろうけど、彼は計算間違いが多いから仕方ない。

 けど報酬は辞退した。

 いくらベオファウムは被害が出なかったといえ、大森林からここまでの農村には壊滅的な被害が出ているところがほとんどだ。

 まだまだ復興にはお金がかかるのだから、私に渡すよりもそういうところにちゃんとお金を使ってもらいたい。


「まぁクアバーデス侯爵家から出さなくても陛下からは何かしらの報酬はあるだろうさ」


 というのが領主様の言。

 それならそっちだけでも十分。

 どうせ私にとっては両親達の仇を討っただけだし、貴重な魔物の素材はほとんどクドーが回収しているので二束三文でしかない。数は多すぎるほど多いから額は大きいだろうけど別に構わない。


「ここからが大事なことだからよく聞け」


 と前置きがあってからの話が私にとって最難関だった。

 まず一つ。謁見用に貴族らしい服装を用意すること。女性の貴族家当主はほとんどいないから男装に近いものでと言われた。

 どうしようかと思案していると隣にいたクドーが協力してくれることになったのでこれはなんとかなった。

 ちなみにデザイン担当はアイカで私は着るだけでいいと言われたよ。

 私の服なのにね、解せぬ。

 それから、名前について。

 当然貴族になるのだから家名というものが必要になるけど、どこかの貴族家を継ぐわけではないし元貴族で再興するわけでもないから新しく作ることになる。

 加えて、私の名前は平民に寄りすぎているため貴族らしくないのだとか。せめて発音上で五文字以上の名前であることが望ましいとのこと。

 しかもこれは予め宰相に知らせておかないといけないので登城の二日前には連絡しなければならない。

 当然のことながら、私だけでなく家族であるディックにも同じことが言えるので二人分の名前を決める必要があるわけだ。

 最後に従者について。

 貴族家当主に当たるのでいくら法衣貴族でも従者は必要になる。

 拠点となるべく家の用意はこれからとしても、自分の下で働いてくれる従者の選定を済ませておくようにと言われた。

 そう言われてすぐにアイカとクドーを見たら。


「ウチらか? 別にえぇけど公の場には出ぇへんし、セシルが住むことになる家にも一緒に住むことになるんやで?」

「そのくらい全然オッケーでしょ。どのくらいの屋敷を用意しなきゃいけないのかわからないけど…それは後で決めていいって言われてるんだし」

「俺も別に構わん。寧ろその方が都合が良いだろう」

「助かったぁ…」

「けど、セシル。一応卒業式の前に貴族院のクラスメートに声掛けてみたらえぇんちゃう? ひょっとしたらまだ士官先決まっとらん連中かておるんやないの?」

「そうだな。それに人数が必要になれば募集を掛けてもいいはずだ」


 などなど。貴重な意見をもらいました。

 一気にいろんな話が舞い込みすぎて頭が回らなくなってるからすっごく助かる。

 細かいことや貴族になった後の話はまた叙爵が済み次第、王都クアバーデス邸で領主様交えて話をしてくれるそうだ。

 ということで今ここで決めないといけないことが一つだけ。


「ディックの新しい名前を考えておかないとね」


 けれどディックも『父さんと母さんのつけてくれた名前変えたくない』と渋ってしまった。

 かと言って王国のルールなので守らないわけにはいかない。

 正論だけでなんとか説得しようとしてたところへアイカから身内だけの時は今まで通りにするという提案でようやく首を縦に振ってくれた。

 そして名前を決めるに当たってはまたひと悶着あったんだけど、なんとか新しい名前も決めることが出来た。

 一通りの説明を受けた後、領主館内でファムさん含むメイドさん達や文官三人組、騎士団の面々に軽く挨拶をしていった。

 ディックを迎えに来ないといけないからそう遠くない内にまた来るんだけど、いつもは私に会うと青い顔をする騎士団の面々までもが別れを惜しんでくれた。

 そうして多少後ろ髪引かれる思いだったけど、私達は日が落ちた後に夜明けを待たずにそのまま王都へと旅立った。




 普通の人がベオファウムから王都へ向かおうとした場合、馬車なら一日半程度。徒歩なら三日くらいかかる。

 それが普通というものです。

 私達はというと、普通という言葉を心の棚どころか人生のどこかに置き忘れてしまったのでちょうど翌朝辿り着きましたとも。

 軽くランニング程度のつもりで走っていたのが功を奏したみたいだよ。


「さて…。ほんなら叙爵するまでウチらは自由にさせてもらうで」

「うん。相談したいことがあったらお店に行くからあんまりフラフラしないでよね」

「大丈夫だ。ちゃんと首に縄をかけて繋いでおく」


 アイカが文句を言おうとクドーに指差したところをクドーは簡単に拘束してさっさと歩き出してしまった。

 背中越しに「ではな」とだけ言い残し、簀巻きにしたアイカを担ぐ姿は早朝の王都では見ることのない斬新な姿だと思うよ。

 さてと…とりあえず私も叙爵までの拠点が必要になるね。

 貴族院の寮に戻ることも出来るけど、連鎖襲撃(スタンピード)の件でクアバーデス侯爵領に向かうことになった際引き払ってしまったから戻るのも些か格好悪い。

 仕方ない。

 うん、ほんっとうに仕方ないけどここは私の秘密基地で待機しようじゃないか。

 巡る大空の宿に行ってもいいんだけど、あそこは宿の人がたまに部屋に入ろうとするからね。

 数日間戦いまくって、二日も寝た上に徹夜で走ってきたこの身。いろんなものが溜まってしまいましたとも!

 そうと決まれば早速食料とか買い込んで引きこもろっと。

 卒業式はどうせ明日の朝で、叙爵までの準備はそれが終わってからでもいいもんね。

今日もありがとうございました。

年末年始毎日投稿中です!

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