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閑話 ミオラとカイザックの思惑

しばらく閑話が続きます。

〈ミオラ〉


 何やってんのよ私は…。

 部屋に戻ってから当日着ていくための服を選んでいたが、そういえば日にちと場所の確認をしていないことに気付き招待状を開いてみた。

 そこには恐らくリードルディ卿のものと思われる字でこう書いてあった。


「先日は貴殿らの活躍により此度の事件の幕を下ろすことが出来た。そこで今回の件が終わりを迎えたことを祝うため近しい者を集めた宴を開くので是非参加していただきたい。次の週末の鐘六つに北通りにある『夜想曲』という店を押さえてある。寮監への届けもこちらで出してある。また貴族院の生徒の集まりであることを知らしめるため、制服での参加とする。リードルディ・クアバーデス」


 いろんな手回しはしてあるみたいで頭が下がるわ。

 でもセシルやカイザックはこういうこと苦手なはずだから得意なのはババンゴーア様の従者のサイード殿でしょうね。

 それにしても…制服での参加って…。

 私は自室のベッドに広げられた服を見回した。

 冒険者時代に買った少し高めのドレスやダンスの講義で必要だった服や装飾品がところ狭しと並んでいる。


「…片付けよ…」


 無駄に気合いを入れすぎていた私はこれで肩の力も抜けて少しだけ楽な気分になれた。

 そしてパーティー当日。

 部屋を出る際にリュージュ様から「何時帰る?」「他の男の近くに行くな」とか、新婚の夫婦で奥さんが友だちと夜出掛ける時の旦那みたいなことを言う。

 帰りは七の鐘くらいだし、私はリュージュ様の側室でも妾でもないので他の男の近くには遠慮無く近付くつもりなのよね。

 落ち着きのないリュージュ様へ「ご安心を」とだけ告げると彼は本当に安心したように大きく息を吐き出していた。

 ご安心を。「私は貴方のものではないので素敵な男性と恋に落ちても卒業までは従者としての役割はきちんと果たします」という言葉は当然飲み込んだけど。

 寮から歩いて店に行くと入り口でセシルとカイザックが待っていた。

 カイザックはセシルと楽しそうに話し掛けているけど、当のセシルは凄く面倒くさそうな顔をしているのでまだまだチャンスはあるわよね?


「あっ、ミオラー! こっちこっち!」


 そのセシルは私を見つけると手を振って声を掛けてきた。

 こういうところを見るからまだまだ子どもだと思ってしまうのよ。

 けれど手を振られた私も同じように手を振って少し駆け気味にお店の前に辿り着いた。


「ごめんなさい、遅れちゃったかしら?」

「そんなことないよ。ホラ、今日はリード…ルディ様がホストですので」


 周囲の目を気にしてか、突然言葉使いが余所行きのものになる。私も気をつけた方が良さそうね。


「一介の従者である私などをお誘いいただきまして光栄にございます。リードルディ様へ一言ご挨拶申し上げたく存じます」

「承知致しました。リードルディ様は中で皆様をお待ちですのでご案内します」


 一昨年くらいまではセシルも普通に礼儀作法の講義も出ていたので、こういう言葉で話す練習は何度もした仲だ。そのせいか顔見知りであることの気恥ずかしさよりも懐かしさの方が上回った。

 そういえばセシル(この子)は最初から礼儀作法もかなり身についていたわね。先生からも陛下に今すぐ謁見しても問題ないと言わしめるくらいに。

 入学時点で十歳だったことを考えると王族の隠し子だと言われても納得しちゃうわね。

 本人は貧しい村の生まれだって言ってるけど、それもどこまで本当かわかったものじゃないわ。

 店の中に入り、控室へ向かうと部屋の中央にリードルディ様がいて私はその前に跪こうと腰を屈めた。


「待ってくれミオラ殿。今日は貴殿への礼も兼ねている。恩人に対し膝を折らせるわけにはいかない。どうかそのままでいてくれ」

「は…いえ、しかし…」

「ミオラ殿。主人もこう申しております。本日は公式な場ではございませんのでどうか我儘を聞き届けてくださいませんか」


 セシルを見ると明らかに笑いそうになるのを我慢してる。

 絶対知っててやってるわね?

 よくこれで従者が出来るものね…他人事ながら感心するような呆れるような…。

 なりたくてもなれない連中がものすごくたくさんいるというのにいろんな意味で理不尽な存在だと改めて思うわ。


「承知致しました。本日はお招きくださいまして誠にありがとう存じます」

「先日の礼もあるが、貴殿のことはセシルからも聞いている。従者クラスでは比肩する者がいないほど槍の達人だとか。是非とも今までの冒険譚なども聞かせてほしい」

「はっ、私の話でよければいくらでも」


 その程度の軽い挨拶で済ませた後はセシルに連れられてパーティ会場へとやってきた。

 どうやら会食式のようでテーブルは円卓だ。

 今日この場での立場の上下はつけないと暗に言われていると見ていいのかしら?

 そして案内されるままの席に座ると一つ離れた場所にミルリファーナ様が既に着席なさっていた。


「こんばんはミオラ殿。本日は私達の食事会にようこそいらっしゃいました」

「はっ。ご招待きただきましたこと光栄に存じます」

「あまり固くならないでくださいね? 今日は公式な場ではございませんの。この円卓の通り、立場も身分も気にせず…というのは難しいかもしれませんけど、楽しんでいってください」


 ミルリファーナ様は柔らかく微笑むと会場内で準備をしている店員に声をかけて私の飲み物を用意してもらうよう手配してくれていた。

 しかしさっきのリードルディ様もそうだけど、ミルリファーナ様もとても大人びていて貴族然としてらっしゃる。あれが上位貴族の子女たる気概なのかしらね…リュージュ様とは大違いだわ。

 そして続々とメンバーも集まり、全員が席に着いたところでリードルディ様が乾杯の音頭を取り始めた。

 でも私にとってはそれどころじゃない。

 だって…隣に…。




〈カイザック〉

 リードルディ様の挨拶が終わり集まったメンバーで祝杯を挙げた。

 私の隣には決闘が終わった後、逃亡しようとしたキラビーノム様を捕らえたミオラが座っていて今回のホストであるリードルディ様とその時のことを詳しく話している。


「ほら、カイザック。ミオラ殿のグラスが空いておりますわ。注いで差し上げて」

「はい、お嬢様」


 私はというとミルリファーナお嬢様からミオラの接待役を仰せつかった。

 こういうのは私よりも文官としての技能が高いサイード殿の方が向いてるとは思うのだが…。しかしババンゴーア様とセットとなると訓練の話ばかりになって接待という枠組みからは大きく外れてしまうだろう。

 リードルディ様の逆隣には当然セシルが座っていて、さっきからミオラが話す内容を補足したりやたら持ち上げたりしている。

 うまい話し方だと思うが、あれはセシルの天然が成せる技だろうな。これならミオラも気持ちよく話せるしリードルディ様もミオラのことを気に入った様子。

 これも適材適所ということか。


「カイザックは私に注いでばっかりだけど貴方もちゃんと飲んでるのかしら?」


 パーティが始まってからしばらく時間が経ったところでミオラとリードルディ様の話はひと段落したらしく、私に話しかけてきた。

 呼び方がいつも通りになっているのはそれだけ良い気分で酔っているからだろう。

 横でグラスが空になる度にワインを注いでいた私が言うのもなんだがミオラはかなり飲んでいる。既に目の焦点が合わなくなってきているのは先ほどから感じていた。

 女性でここまで飲む人はあまり見たことがない…いや、逆隣にいるお嬢様も同じくらいの量を飲んでいるか。


「ちゃんと飲んでいるとも。今日は祝杯だからな。リードルディ様は?」

「ちょっと酒量が過ぎてしまったようでセシルが看病中よ」


 さすがセシルは主人に対して優しいな。それ以上に厳しいことも知ってるが。


「それにしてもあっち、見てよ」


 ミオラに指さされた方を見るとテュイーレ侯爵家のネイニルヤ様が隣に座るウェミー殿と仲良く食事を楽しまれてらっしゃる。

 お互いに食べさせ合うような姿などまるで姉妹のようだ。

 しかし特に不自然な点は見当たらず、ミオラへと向き直り首を傾げると彼女から盛大に溜め息をつかれてしまった。


「貴方ねぇ…あれを見て何も思わないの?」

「主従の仲が良くて何よりだろう?」

「…ただの主従があそこまでやると思って?」


 お互いに疑問語を疑問語で返すやりとりに私も少しばかり苛立ちを覚える。

 一体彼女は何が言いたいのだ。


「うふふ、ミオラさん。カイザックにそんなこと期待しちゃ駄目ですよ。こーんな鈍チンにははっきり言わないと伝わるものも伝わりませんよ」


 私達が言い合いをしているところへお嬢様から更に追い打ちが入った。

 楽しそうに手酌でワインを注ぎながらグラスを両手で持ってコクコクと喉に流しこんでおられる。


「なる…ほど…。…ねぇカイザック、私も同じことしていいかしら?」

「…は? 何を言ってるんだ? それよりお嬢様、少し飲み過ぎですよ。はい、お水です」


 ミオラの言うことをとりあえず軽く流してお嬢様へ水の入ったグラスを差し出す。

 しかしお嬢様はそれを受け取らず円卓の反対側にいるババンゴーア様を見てクスクス笑いながらも尚グラスを傾けている。

 …既に一人でどれだけ飲んでいるのか…。

 ちなみにババンゴーア様は椅子から立ち上がり、上半身裸になって何やら鍛錬をしてらっしゃる。その隣でサイード殿は涼しい顔をしているので最早見慣れた光景ということなのだろうか。出来ればお嬢様やネイニルヤ様の目には入れたくないのだが…。


「ちょっとぉカイザック、私のこと無視しないでよぉ」


 周りばかり気にしていたらミオラが私の頭を掴んで自分の赤く染まった顔を近付けてきた。


「ミオラ、飲み過ぎだ。顔が真っ赤だぞ」

「…飲み過ぎなだけだと、思う?」


 鼻がつきそうな距離でそう囁かれるとさすがに私もドキリとさせられる。

 とは言え、隣にお嬢様がいるので無様な姿は晒せない。

 うむ、私の理性は良い仕事をしている。


「ふぁい…んー…」

「なっ?! 何をしてるんだ?!」


 ミオラは自分の口で咥えたソーセージを私に食べさせようとそのまま突き出してきた。

 その咥えたソーセージがまるでアレのよう…って何を考えてるんだ私は!

 隣にお嬢様がいらっしゃるんだぞ?!

 そう思い首を捻ろうとするが、ミオラに強く掴まれていて動かせたのは視線だけだった。

 すると私の目に入ってきたのは今まで席を外していたセシルがお嬢様の隣に立って談笑している姿だった。

 そして私の視線に気付くと何やら蔑んだような目を向けてきて、それに気付いたお嬢様までもが同じ目で私を見ていた。


「ごっ誤解です! これはミオラが…」

「…バカイザック、女のせいにするなんてサイテー」

「私の従者ともあろう者が情けない…」

「なっ?!」


 誤解を解こうと他にもいくつか言葉を紡いでみるものの、二人にはまるっきり逆効果となってしまい私への視線がより鋭く冷たくなっていくばかりだ。


「セシルみたいなお子ちゃまより、私と楽しみましょうよぉ…ね?」


 しかし私を助けたのは私を追い詰めていたはずのミオラのセリフだった。

 『お子ちゃま』という言葉に反応したセシルは笑顔のままなのに異様な迫力を放ったかと思うと一言呟いた。


治療光(キュア)


 ミオラに向けられた魔法はその体を優しく光が包み対象の体から毒等を除去してくれる光魔法だった。


「ふぇ……ひゃああぁぁああぁぁぁっ?!!?!」


 私の頭を掴んでいたミオラは突然目の焦点が合ったかと思うと素っ頓狂な悲鳴を上げて私からすごい勢いで離れていった。


「ミオラ、飲みすぎは体に『毒』だよ?」


 …なるほど。酒も『毒』の一種ということか。

 それで一気に酔いを醒めさせられて素面になったミオラは自分のしていることに驚いてあんなにも勢いよく離れていったわけか。

 ちょっとだけ惜しいような…。次の機会があれば真面目に受けるのも良いかもしれない。

 少しばかり騒々しいところがあるがミオラは美人だし、何よりも誠実だし騎士としての強さも申し分ない。一緒にお嬢様をお守りする者となってくれるなら妻に迎えたいと思うほどだ。


「それで、誰が『お子ちゃま』だって?」

「な、何のことかなぁ…? 私酔ってたからよくわかんないなぁ…?」


 誠実…かはともかく、きっと楽しい家庭を築くことは出来るかもしれない。

 そして最後にはセシルから全員に治癒光(キュア)をかけられて酔いを醒まされた後、ネイニルヤ様達を除いて全員で貴族院の寮へと戻るのだった。


 気付けばもう卒業まで少し。

 こうして集まる機会など次はいつになるのだろうな。

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 閑話~。 閑話に、重要な伏線を仕込むご予定は? …………まさかリュージュ某の女好きが、なにか大問題を起こす伏線が……?(ぉぃ)
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