第227話 決闘!エイガン
訓練所の真ん中でお互いに殺気を飛ばし合う私とエイガン。
スキルを使っているわけじゃないからただ鋭い視線を交わしあっているだけのようなものだ。
「これよりリードルディ・クアバーデスとキラビーノム・ゼッケルンの決闘を執り行う。尚、双方とも代理人による決闘となるが異存はないな?」
審判役の先生が進行を務めてくれる。
確か貴族や騎士の立ち居振る舞いや様式などを教える伝統学という講義の先生だったはず。
彼は決闘開始と同時に結界の外へ避難するので、それまでは動かないのが暗黙の了解となっている。
他にも今回はあと四人の先生が審判役として参加しており、彼等は訓練所の四隅に控えている。
「異存ありません」
「問題ない」
私達がお互いに納得済みだと頷くと、審判役も四隅にいる審判に対して視線を送った。
「今回の決闘では戦闘不能や降参による勝敗はなく、生き残った方が勝者となる。戦闘方法は一対一で行い武器、魔法の使用制限は無しとする。ポーションなどの道具の利用は許可しないが回復魔法や自己強化魔法、弱体化魔法の使用は許可する。但し戦闘不能や降参があった場合、相手の了承の上で敗北を認めることはある。これは王国法にも記載されている正当な取り決めである。一度敗北を認めた後に殺害した場合は法により罰せられるので覚えておくように。同じように一度降参を申し出た後、相手に攻撃することも違法になる」
「わかりました」
「降参などさせる間もなくその首斬り落としてくれる」
さっきからヤル気満々のエイガンだけど、こうして前に立っているとそこまでの強さを感じない。
何かしら隠蔽しているかもしれないし油断は出来ないけれど。
「では、構え!」
審判の声に反応して私とエイガンはお互いに武器を構えた。
私はいつも通り短剣二刀流。
エイガンは普通の片手剣よりも刀身が長く幅広のバスタードソードを両手持ちで構えた。
ざわついていた訓練所がそれだけでピタリと静かになり自分の鼓動が聞こえてくる。
耳鳴りが起きそうなほどの静寂の後、審判の声が響いた。
「はじめ!」
ガィィィィン
予想はしていた。
エイガンが審判の避難が終わる前に攻撃してくるであろうことは。
審判役の先生も走りながら自分の背中越しにその様子を見て驚いている。
決闘のルールには示されていないけど、暗黙の了解であれば騎士としての素質に関わるものだ。
それを踏みにじったのだから、観覧席からはブーイングが飛び交っている。
「騎士としての誇りはないのか!」
「卑怯者!」
「エイガンさまぁぁぁぁぁっ!」
なんか一部エイガンのファンがいるみたいだけど、それも今日限りになるだろうね。
私の短剣がエイガンのバスタードソードを受け止め、そのまま鍔迫り合いをしている間に審判は結界の外に出ていった。
それを確認したところでエイガンの剣を大きく弾いて旋風柱で僅かに怯ませた隙に後ろに下がった。
「ふん、小賢しい。あっさり終わらせてやろうとする私の慈悲に背くか」
「何が慈悲よ馬鹿馬鹿しい。あんな攻撃を私に当てられると思ってるの?」
煽るつもりはなかったけど、どうにもエイガンの言葉は聞いてるだけでイライラする。
なんというかすごく嘘臭いというか演技っぽい。
「小娘がっ! いい気になるなっ!」
しかも沸点が低いときた。
私を睨む目に力が入ったと思ったらバスタードソードに魔力が通ったのがわかった。そしてすぐ後に青白い靄のようなものが剣に纏わりついてきた。
あれは魔闘術を使って更に氷魔法を剣に纏わせている。
リードにも教えた私が魔法剣と呼んでいる技の氷魔法版だね。リードは火魔法が得意なので燃え盛る剣だけど、エイガンは氷魔法が得意なようだ。
「選ばれた才能ある者だけが使えるこの剣技。受けてみるがいい!」
二歩、三歩とエイガンが走り出すと私との間合いはすぐに詰まった。
最初の大振りな一撃ではなく、王国騎士団で採用されている剣の型に沿った攻撃をしてくる。
キィン ギン ギャリィィィィン
その全てを私も同じように魔闘術で魔力を通した短剣で受け止めて、いなしていく。
エイガンの攻撃は確かにかなり重いので貴族院の生徒では多分誰も受け止められる人はいないと思う。
「どうした! 防いでばかりで手も足も出ないか!」
「うるっさい! 水玉」
パシャン
短剣で攻撃を受けながら極弱い魔法を使ってエイガンを牽制していく。
今使った水玉も本来飲み水を出す程度の威力も何もないもの。氷魔法を極めている私が使っても水の量を増やすことが出来る程度で攻撃性能は全くない。本来なら湿魔法を覚えたての人が練習のために繰り返し使うものだ。
「うざったい!」
エイガンの顔に叩きつけられた水の塊は彼の纏う氷魔法の魔力によってすぐに凍り付いてパラパラと剥がれて落ちていく。
なかなか強力な冷気で受け止める度にひんやりとした空気を私も感じる。
熱操作で自分の周りを快適な温度に保っているのにこうして冷気を感じるのであれば普通の人が受ければ寒さでどんどん動けなくなっていくだろう。
しかし私にとっては冷蔵庫を開けた時に感じる程度の冷気でしかない。
その剣を何度か受けると私からの反撃で初期魔法を放たれて攻撃のリズムを僅かに崩されていくエイガン。
ガキィン
私の牽制がよほど面倒に感じたのかエイガンはバスタードソードを大上段に構えて振り下ろしてきたので、それを両方の短剣を交差して受けるとその衝撃を受けてまたしてもエイガンから距離を取った。
「貴様! やる気がないのか! ならばさっさとその首を差し出せ!」
「なんで貴方にそんなこと言われなきゃいけないのよ。私は私のやり方で戦ってるんだから文句を言われる筋合いは無いわ」
「貴様に騎士としての誇りはないのか!」
「…はぁ…」
私がわざとらしく大きな溜息を吐き出すとエイガンの額に青筋が浮かんだのが見えた気がした。
わざと怒らせて早々に本気を出させようとしているんだけど、なかなかうまくいかないが必要以上に怒らせることによって無駄な力みは生ませることが出来ているようだ。
しかしこの質問って以前にもオッズニス殿にされた気がする。
私は騎士じゃなくて冒険者なんだから騎士としての矜持とかルールとかどうでもいい。
まぁでもそんなことを言えるくらいにはまだまだエイガンにも余裕があるってことだろうね。
「…ならば即刻終わらせてやる! うおぉぉぉぉぉっ!」
エイガンが気合を入れると彼の全身と剣が纏う魔力が大幅に増えていく。
あの様子から察するに彼の魔闘術のスキルレベルは6か7くらいだろう。氷魔法も似たようなものかな。
「はあぁっ!」
ダンッと強く地面を蹴って迫ってくる。
さすがに普通にあの剣をそのまま受けると私も凍り付いてしまう可能性がある。
対処するなら魔闘術と炎魔法を剣に纏わせてしまえばいいのだけど、それだとエイガンの鼻っ柱をへし折ることは出来ない。
なので私は全て避けることにする。
ブンブンと目の前を高速で通り過ぎていくエイガンの剣を余裕を持って避けていく。
いくら振っても私に当たらないのでエイガンの表情にもようやく焦りのようなものが浮かんできた。
「くっ! 当たれ! 当たれば倒せるんだ!」
「っと。よっ。ホラホラ、そんなへっぽこ剣術じゃ私には当たらないよ」
「黙れええぇぇぇぇぇっ! 氷雪監獄!」
剣を振りながら突然魔法を放ってきたので、それは避けずにそのまま受ける。
氷魔法でも中級から上級の間くらいの魔法だけど、これ自体に殺傷力はほとんどない。
氷で出来た檻に相手を閉じ込めて凍結、動きを完全に封じる魔法だ。
エイガンの魔法を受けた私は身体の周りに拳一つ分くらいの隙間を残して檻に閉じ込められた。
そして足元から徐々に凍り付いていきやがて全身が氷に覆われた。
「これで終わりだ! アイスロックエンド!」
エイガンの振り上げたバスタードソードがより強く魔力に覆われたかと思うと強力な冷気が吹き上げてそのまま私に叩きつけてきた。
バキャアァァァァン
その技の衝撃で私を拘束していた氷の檻は全て粉々に砕け散った。
思ったよりも破壊力のある攻撃だったせいで私の身体は大きく弾かれて訓練所に広く張られた結界のすぐ近くまで飛ばされた。
「はぁはぁはぁ…どうだ、私の最大の攻撃だ! これまで多くの強者や魔物を屠ってきたこの技を受けて立ち上がってきた者はいない!」
「「キャアアアァァァァァァァァ! エイガンさまあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
まるで勝ち名乗りを上げるかのように剣を掲げて自身の技を自慢するエイガンに彼のファンは熱狂的な声援を送っている。
それ以外の人達は強力な攻撃を目の当たりにして言葉が出ないようだ。
確かにこれならユアちゃんのダンジョン九十階層に出てくるドラゴンでも倒せるだろう。
それこそクドーの気合を入れた一撃に迫るほどの攻撃力があるので、それをまともに受けた私もそれなりにダメージはある。
けど。
「…な、なに…?」
「…どうしたの? 最大の攻撃を受けて立ってきた私がそんなに珍しい?」
「馬鹿な…立てるわけが…」
思ったよりは痛かったけど、それでもエクシードレオンに殴られた時ほどじゃないし白鎧王の剣を受け止めた時ほどの衝撃も無かった。
せいぜい私のHPを数千くらい持っていったくらいのもので一割にも届かない。
「さすがにちょっと寒くなったからちょっと温めるよ。新奇魔法 煉獄浄焦炎」
ゴォゥ
魔力を集中させることなく放った魔法は結界のすぐ内側を走り抜け高さ五メテルほどの青い炎の壁を作り上げる。
それも数秒の後に消え去り地面にはキラキラとしたガラス状のものが残っただけだ。
但し結界で覆われたこの空間の中の気温は今の炎で一気に跳ね上がった。現にエイガンの顔からは滝のような汗が流れており、この場に立っているだけでもどんどん体力を消耗していくだろう。
それこそ九十階層と同じくらいの気温のはず。
「ば、馬鹿な…お、俺の氷魔法より強力な炎魔法、だと…?」
「言葉遣いに地が出てるよ。それに、こんなほとんど魔力を込めてもいない魔法にいちいち驚かないでくれる?」
さっきのがエイガンの最大の攻撃なのだとすれば、私は必要以上に警戒しすぎていたことになる。
あれだけ自信たっぷりで王国最強とか貴族院最強だとか言っておいて…。
レンブラント王子やオッズニス殿の話では王国内で私を抑えられるかもしれない人物の内の一人と言われてたんだっけ。
確かに普通で考えれば高い戦闘能力を持ってると思う。恐らく魔人薬を飲む前のゴランガと互角くらいなのでSランク冒険者相当というのは間違いない。相当レベルも高いし、戦闘向けのスキルをたくさん持っていてかなり鍛えていたとも思う。
でも。
「私の前じゃ、そのくらいの実力は誤差範囲だったね」
私もユーニャの訓練に付き合ってダンジョンに入っていたりしたので五年次になってすぐの頃よりもレベルは上がっている。
エイガンのレベルは多分百に届くかどうかだと思うけど、今の私のレベルは五千を超えている。
スキルというものがあるこの世界で純粋なレベルだけで強さを語ることは出来ないけど、それでもレベル差五十倍というのは絶対的な差になる。
だからもういい。
今度は私から言わせてもらう。
「さっさと終わらせてもらうよ」
今日もありがとうございました。




