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第225話 詰めの準備

 冒険者ギルドでドラゴンの話を聞いてから更に数か月の時が流れた。

 その間にも冒険者ギルドの依頼をしたり、リードとババンゴーア様の訓練に付き合ったり、ユーニャを連れてユアちゃんのダンジョンへ入ったり、時折隠れ家でいろいろ発散していた。

 ただ結局実用的なスキルは身に着けることが出来ず、レベルだけがどんどん上がっていってる状況がずっと続いている。

 もちろんレベルが上がって困ることはない。戦帝化を使える時間が伸びるし基礎戦闘能力も上がるわけだしね。

 そして冬の厳しさが最もピークを迎えようとしてる時期に、その報せは私の耳に入ってきた。


「ゼッケルン公爵家に王国騎士団の調査が入った」


 昼休みにリードと日当たりの良いベンチでご飯を食べている時にリードの手足になってくれている男爵家の長男からそう報告を受けた。

 それを聞いたリードは「そうか」とだけ返事をして報告してきた男の子を下がらせた。

 それから持っていたサンドイッチを食べきり、紅茶を飲むと「ふぅ」と一息ついた。


「思ったよりも遅かったな」

「左様ですね」


 他の生徒からも見られる可能性がある場所のため従者らしい言葉にして食事を続ける。

 リードもさっきの言葉だけで食事を再開している。

 その後十分くらいで二人とも食事を終えると紅茶を手に小声で話を続けていた。


「さて、ここからだな」

「どうするの?」

「まずはキラビーノム卿に情報を流す。国外追放の決め手になったのは僕の手の者による、と」

「…それって私まですぐ辿り着いちゃうんじゃ…」

「既にゼッケルン公爵家の戦力で主なものはエイガンだけだ。あそこが抱えていた暗部はお前が壊滅させている」

「私? ゴランガのこと?」

「違う。プイトーンで黒ずくめの集団に襲われたと言っていただろう? あれがゼッケルン公爵家の者だと確認が取れている」


 あぁ、そういえば妙に強いSランク相当の忍者みたいなのに襲撃されたっけ。

 あれってゼッケルン公爵家の部隊だったんだね。


「貴族院内でエイガンに襲われることはないと思うが、しばらくは休日も僕の護衛に努めてくれ」

「わかった。リードも私から離れないようにしてね」

「あぁ。そうすれば痺れを切らしたキラビーノム卿がセシルの身柄を引き渡せと言われるはずだ」

「…そんなうまくいくの?」

「親の威光を振りかざすだけの馬鹿者だからな。それにエイガンからの進言も入るだろう」

「進言って?」

「決闘してでも引き渡せ、と。決闘は代理人、つまり従者同士で行い、決闘の流れでそのままセシルを始末しようとするはず」


 なんか私って責任重大なんじゃ。

 考え込んだことで言葉が止まった私に対してリードはチラリと私の顔色を窺ってきた。

 何とも言えず苦笑いを浮かべると、彼はただ微笑んだ。


「案ずるな。セシルはただエイガンを倒すことに集中すればいい。そして決闘中に殺せ」

「…今更だけど女の子相手に『殺せ』って指示してくるのはどうかと思うんだけど」

「それこそ今更だ。セシルありきの作戦ではあるが、そこに至るまでは僕やミルルの方でやる。だから頼むぞ」


 しっかり見据えられたので、力強く頷くとリードは一層黒い笑みを強くした。




 とは言え。

 リードの作戦通りに全部うまく行くのかな?

 あっちだって直情的な人ばかりじゃないんだろうし。エイガンだってあの立場に至るまでにはいくつもの謀略を巡らしたと思うんだよね。

 そうなるといくらキラビーノム様が頭に血が上ったとしてもエイガンがちゃんと諫めると思う。

 あぁでもエイガンも私と決闘出来るとなればあえて止めないのかもしれないのか。

 少なくとも今の私はリードの駒としての役割を果たせばいいよね。

 そう考えながらお昼休みまでの時間をリードのいるAクラスの近くで過ごしていた。

 さすがに何もしないのは暇なので最近少し研究が進んだ魔道具の魔法陣作成に勤しんでいた。

 携帯電話を作るための魔法はなかなか苦戦したけど、ミルルが研究していたアーティファクトに組み込まれていた「増幅」という機能が大半の問題を解決してくれた。

 それを元に「魔法増幅(オーグメント)」という新奇魔法を作成しそれを遠話(トーク)位置登録(ポイント)位置探査(サーチ)の魔法陣に組み込んだ。

 すると今まではせいぜい隣の領地までしか使えなかったが、王都から帝国の首都である帝都まで通話が可能になった。

 但し異常なほどに魔力を消費するのでそれこそ付与魔法が使える人でないと毎日使い続けることは出来ないし、一日で百万くらいのMPを補充しないといけないので私とアイカ専用くらいになるけど。

 アイカも去年くらいにクドーのために付与魔法を覚えたので魔石を作ることが出来るようになったからね。

 そんなわけで私は効率的な魔法陣の作成と魔石の配置、本体の形について試行錯誤している段階というわけだ。

 ちなみに今のところサイズは大昔の携帯電話くらいになる予定で、ティッシュ箱程度と思ってもらえるとわかりやすいかもしれないとアイカにも説明しておいた。


「んー、やっぱり魔法増幅(オーグメント)をそれぞれの魔法に組み込んだ方が安定するんだよねぇ…」


 手に持った紙の束に次々と書かれていく魔法陣。

 私自身必要だから魔道具研究室に入っていろいろ勉強したけど、決してこういうことが得意な方ではない。

 前世でも理数系ではなかったし、プログラムとかもやったことはないので合理的且つ効率的に組み込むのは得意じゃない。

 どちらかというと私の魔道具は自分が使うことを前提にしているところが大きいので膨大な魔力を持った魔石を使い力技で押し通すようなもの。

 勿論一般的な使われるような魔道具も作れるけど、新しい物を作るなら自分さえ使えれば良いと思っている。

 とりあえずアイカと連絡が取れれば今のところは困ることはないのでこのまま進めることにしよう。

 しばらく紙の束を消費していると周囲が少しずつ賑やかになってきたことに気付いた。

 どうやらいつの間にかお昼休みになっていたらしい。


「あ…リード迎えに行かないと」


 私は紙の束を腰ベルトに収納するとベンチから立ち上がってリードの待つAクラスへと向かった。




 Aクラスに近寄っていくと、講義室の外が何やら騒がしい。

 今は必修の講義だったはずなのでAクラス全員があそこにいる。

 あそこはエリート達の揃ったクラスなので無駄に騒いだりはしないはず。何かしら原因があるとは思うけど…。

 騒ぎの中心に向かっていくとどんどん人口密度が高まっていき、次第になかなか前に進めなくなっていった。

 さすがに貴族様を押しのけて前に進むわけにはいかないのでなんとかその場から様子を窺おうとするも男子生徒が多く、彼らは私よりも背が高いので全然前が見えない。


「セシル殿」

「あ…ミルリファーナ様。ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌よう。セシル殿も騒ぎを聞きつけてやってらしたのかしら?」

「いえ、私はたった今やってきたばかりにございます。ミルリファーナ様はこの人だかりの原因をご存じでらっしゃるので?」


 私がミルルに尋ねると彼女は少し焦った表情をした後、一つ頷いて私の手を取って人だかりをかき分けて進み出した。


「ちょっと失礼致します」


 そうして一番前まで来ると騒ぎの中心にいる人物がようやく目に入った。


「何度言われようとも我が家の従者を差し出すことなど出来ない」

「リードルディ卿、そなたの従者は王国に弓引く逆賊だ! それを庇い立てするとはクアバーデス侯爵家は王家に対し反逆の意図があるのか!」

「そんなことあるはずもない」

「従者一人で疑いが晴れるならば安いものだろう!」

「王家から疑いの目を向けられるならば私が出向き陛下に申し上げるまでだ」


 リードと言い合っているのはポッチャリした男の子だ。

 まだかなり幼さが残るけど、傲慢を顔に貼り付けたようないけ好かない顔をしている。プイトーン男爵そっくりだけど、血縁者かな?


「先程からあのようにリードルディ卿とキラビーノム卿が口論なさっているのですわ。貴族家同士の話なので先生も割って入ることが出来ないでおりますの」


 ミルルの余所行きの言葉遣いを聞きながら私も目の前にいる二人の口論を聞いている。

 というかあのポッチャリはキラビーノム様だったんだね。

 そういえば以前訓練所でエイガンと一緒に来たところを見たことがあったっけ。


「しかしこのまま続けていてもお互い話が平行線ですので…決闘などということにでもなれば…」


 ミルルが少し大きめの声でその言葉を出すと、それを聞いた周囲の貴族子弟達は驚きどよめきを隠せずに隣の者と「決闘?!」などと話している。

 さすがミルル。こういう風に自分の手の者じゃない人を使うのが上手い。

 そしてその声を受けてキラビーノム様はジャケットのポケットから真っ白い手袋を取り出しリードへと放った。

 その手袋は真っ直ぐリードの胸に当たると床に落ちた。


「…よろしいので? ゼッケルン公爵家の者が我がクアバーデス侯爵家に決闘を? 今ならまだハンカチと間違えたということにして差し上げよう」

「馬鹿にするな! 我が家名に掛けてそんなことするはずがない! さぁ臆病者と誹りを受けたくなければ拾え!」


 リードはわかりやすく溜め息をつくと手袋を拾うために腰を屈めた。

 ちょうどキラビーノム様に見えない角度だったけど私の位置からは丸見えだった。あれは「計画通り」と思って嬉しさが隠し切れないから出てしまったものだと思う。

 しかし顔を上げればすぐに表情を戻し拾い上げた手袋を握り締めた。


「キラビーノム・ゼッケルンからの決闘申し込み、確かに承った。さぁ今すぐにでも訓練所に行こうではないか」

「ふん…。誰が私が相手になると言った」


 キラビーノム様はリードの申し出を叩き落とすかのように一蹴すると、自分よりも頭一つは背の高いリードを見下すように嘲笑していた。

 その姿ははっきり言ってすごく格好悪い。

 彼の言い分に周りにいた貴族クラスの人達もざわざわと騒ぎ始めた。

 中には「卑怯な」「どうせまたエイガン殿にやらせるんだろう」とか聞こえてくるところを見ると、こういうことは初めてではないのだろう。


「戦うのは私の従者であるエイガンだ」

「そうですか。ではこちらも相手は従者のセシルが受けさせていただこう。よろしいか?」

「ふん、あんな小娘に何が出来るか知らんがちょうどいい。この決闘、勝負はお互いの従者の命を掛けて行おうではないか」


 …マジですか。

 けど望むところだ。私も負けるわけにはいかないし負けるつもりはない。

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] >決闘してでと引き渡せ、と これは一体……。 決闘してでと どんな意味だろうか(マジ悩み)
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