第224話 いつもの依頼
王都から出てしばらく歩いた後、人気の無くなった辺りで近くの林から飛行魔法で飛び上がりオーユデック伯爵領へと向かう。
ここからなら目的の鉱山まで鐘半分くらいの時間で着くはずだ。
オーユデック伯爵領はいくつもの鉱山や高い山がある領地で穀物を育てるような農業をするにはあまり適していないものの、産出される鉱石類のお陰でかなり潤っている。一部山の斜面を利用した果実の栽培も行われているし、王都に流れてくる果実はかなりの量がオーユデック伯爵領から入ってきている物だ。
ちなみに穀物類はクアバーデス侯爵領やバッガン男爵領で作られているものが大半のはず。
高い山を飛行魔法で超えているので地上の魔物は完全に無視出来るけど、たまに空を飛ぶ大型の魔物に出会うことはある。
目的の鉱山まであと山二つといったところで山頂付近にワイバーンが群れているのが見えた。数は二十匹に満たないくらいだろうか。
まさかとは思うけど、実はあれが討伐予定のワイバーンってことはないよね?
山頂から離れた空中で一度停止するとクレアさんから教えてもらった場所を記した地図を開いてみる。
ワイバーンを討伐する予定の山はゴルドオード侯爵領から程近い場所にある。対して今向かっているのはオーユデック伯爵領の南側にある鉱山なので、王都からほぼ直進していることを考えればここがその山であることは考えられない。
とりあえず討伐予定になってないなら無視しても構わない。
進行上にいるので邪魔でしかないけど、少しくらい迂回しても到着時間が数分遅れるくらいのものだからね。
なので私はワイバーンの群れを無視してその場所から南進した上で西を目指すことにした。
飛行魔法による速度はかなり速いので仮にワイバーンに見つかったとしても追いつかれる心配はしてないし、その気になれば空中戦のまま二十匹のワイバーンを数分のうちに殲滅出来る。
でも無闇に殺戮しても仕方ない。
お金に困ってるなら手を出すかもしれないけど、今は特に必要としていない。
そしてワイバーンの群れを迂回して飛行すること二十分くらいで目的の鉱山へと辿り着いた。
見れば鉱山の入り口には警備を担当している冒険者らしき人が四人いて中に入ろうとする人を取り締まっているようだ。
さすがにあの前に下りるのはまずいので私は鉱山から少し離れた場所から歩いて向かうことにした。
町の中にある鉱山じゃなくて助かったね。それだともっと時間が掛かりそうだし。
「こんにちは。依頼を受けて来ました」
「…お嬢さん、ギルドカードを出してくれ」
私は警備担当の男性冒険者に言われるままにギルドカードを提示した。
それを受け取ろうとした相手はカードの色を見て驚いたような、それでいて困ったような渋い顔をした。
「なる、ほど…。確かにお嬢さん、セシルなら中に入れるのは問題無い。無いんだが…」
どうにも歯切れが悪いので私は素直に訪ねてみることにした。
「Bランクだから問題は無いが、お前さん一人だろう? 本当に大丈夫なのか? この依頼を受ける奴はほとんどいないからもし死んじまっても遺体の回収は期待出来ないぞ」
「大丈夫だよ。それよりメタルスネイルはどのあたりに出たかわかる?」
「あぁ、奴はこの坑道から入って一番奥の鉱脈に巣くってるって聞いたな」
「わかった。じゃあ時間も勿体ないからもう行くね」
変わらず引き止めようとする冒険者達を無視して坑道へと足を踏み入れる。
入り口からすぐに光灯を使って周囲の状況を確認しつつ奥へと進んでいく。
坑道の壁はしっかりと補強されてるし、地魔法も使われてかなり頑丈に出来ている。
また髪の毛を数本抜いて確認してみたけど、ちゃんと空気が流れているようでユラユラと髪の毛は揺れ続けていた。
奥の方に行けばわからないのでそのあたりでまた変なガスが出てないかは確認した方が良さそうかな。
探知と四則魔法を使いながら迷うことなく坑道を進んでいく。
かなり深く掘っている上、あちこちに分岐があるので普通はかなり詳しくマッピングしながら進むかここで働いていた鉱夫でも連れてきて道案内させるべきだろう。
そのくらいここの鉱山は入り組んでいる。
ゴランガのいた洞窟なんてここに比べたら獣の巣みたいなものだね。
けど探知があるのでそこまで迷うことはない。
魔物の位置は既に把握しているし、四則魔法の鉱物操作で分岐地点にわかりやすい目印も残している。
時折髪の毛や銀の板で空気を確認しつつそのまま進んでいくと奥からズズズッと何かを引き摺るような音が聞こえてきた。
「…いた」
鉱脈を掘っている途中だったのだろう、剥き出しになっている金鉱石がちらちらと見える。
そしてその前に居座り岩壁に体中をくっつけたまま少しずつ動いている巨大な蝸牛を発見した。
その体は思ったより大きく、私の背と同じくらいの高さがある。横幅も体に見合うものがあり普段私が寮で使っているシングルベッドと同じくらいだろう。
そしてその背に背負う大きな殻。
今食べているのが金鉱石のせいか一般的なメタルスネイルである鉛色の殻ではなく金色をしている。
メタルスネイルは食べた金属を体の中に溜め込む習性があるため、最低でも殻だけは持って帰らないと依頼達成と見なされないから注意してとエミルさんにも言われたっけ。
さて、あとは倒すだけのメタルスネイルだけどどう攻略するか。
って普通の冒険者は考えるんだろうね。
私は何も考えるつもりはない。
そうしてメタルスネイルへと足を踏み出すとこちらに気付いたのか食事を止めて体をこちらに向けた。
すぐに臨戦態勢に入ったメタルスネイルはその体からまるで卵を産むようにポンポンと何かの塊を飛ばしてきた。
さすがに何もせず受けるつもりはないので余裕を持ってそれらを避けると、卵のような塊が地面に落ちてそこがジュワっと音を立てて溶け始めた。
どうやらかなり強力な溶解液みたいだ。
あの溶解液は体中に纏っているため、普通の武器で攻撃しても武器自体が溶かされてしまう。
けど。
「魔闘術! 亢閃剣!」
メタルスネイルに向かって走りながら魔闘術を使い、短剣に魔力を通して刃を伸ばすと本来上に斬り上げるものを突きに転じる。
すると伸びた光の刃は更にその長さを増してメタルスネイルの体へと突き刺さった。
魔力で出来た刃を殻以外の部分で受けてしまったためかすぐに動かなくなり、自身の出した溶解液で体も溶けてしまう。
「うぇ…さすがにちょっと気持ち悪いかも…」
そして残ったのは溶解液の影響を受けないメタルスネイルの殻のみ。しかも金鉱石を食べていたため金色に近い色でなかなか綺麗だ。
とりあえず殻は洗浄で綺麗にしてから腰ベルトへ収納。
これでここでの依頼は完遂となる。
「さぁて…お楽しみはここからだよ!」
誰もいない鉱山の奥で一人ウキウキしながら周囲を見渡す。
ここはオーユデック伯爵領で管理されている金鉱山なので間違っても金は採集しない。
そんなことしたら捕まっちゃうからね。
金が採れるところはミスリルや極々少量のオリハルコンも産出されることがあるらしいので、金属は今回無視する。
けど、宝石は別。
ここまで来る間に探知を使ってメタルスネイルの居場所以外にもどんな宝石があるかを調べてある。
まだ片付けないといけない依頼が二つあるのであまりのんびりしていられない。
もっとも、ここにある宝石のうち私の食指が動いたのは一つだけ。
こんなところでお目にかかるとは思ってなかったよ。
四則魔法と地魔法を使い、地中から目的のものを引き寄せるとそれは地面からボコッと飛び出してきて私の手の中に納まった。
「ゲイザライト。どんな形でも必ず放射状に白い光線が中心に集まる不思議な石。はぁ…なんでそんなに綺麗な光を集めるの? まるで貴女が周囲からの視線を集めてるみたい」
出てきた宝石はいくつもあったけど、それらを全て四則魔法で合体させたので私の手の中に納まってはいるけど、そのサイズは実にソフトボール大。これだけの物をカンファさんのお店で買おうと思ったら白金貨二十枚は覚悟しないといけない。
もっとここで満足するまで眺めていたいところだけど今日はあまり時間がないので自粛する。
とっとと全て済ませて秘密の部屋…隠れ家に行って励んだ方が私も満足出来るしね!
残り二つの依頼を片付けて五の鐘が鳴り響く王都に戻った私はそのまますぐに冒険者ギルドへと向かう。
早めに納品と報告を済ませてしまわないと隠れ家に行く時間が無くなったしまう。
カララン
冒険者ギルドのドアを開けて中に入るとまだ混み合う時間ではなかったため、ホール内にいる冒険者達はまばらで人を避けて進むこともなくあっさりとクレアさんのいるBランク専用カウンターまで辿り着く。
「ただいまクレアさん」
「おかえりなさいセシルさん。相変わらず常識外れのスピードですね」
「そりゃ急いで帰ってきたからね」
「そういう意味ではないのですが…まぁいいです。用意をしておきますのでガンダ…ジュリアのところで納品をお願いします」
クレアさんに促されるまま、ジュリア姉さんのいる買い取りカウンターへ向かうとこちらは少し混み合っているようだった。
まだ冒険者達が戻ってくる時間には少し早いのでちょっと珍しい光景だ。
「本当なんだって!」
「貴方ねぇ、いくらなんでも無理があるでしょ?」
「間違いねぇ! 絶対あれはドラゴンだった!」
ドラゴン?
聞こえてきた単語に反応して首を傾げているとジュリア姉さんは私に気付いて目の前の冒険者を放ったらかしにして私に手を振ってきた。
それに手を振り返しながら私は今カウンターで話をしている冒険者の横に並ぶ。
「なんかドラゴンって聞こえたけど?」
「あぁん…セシルちゃんに聞こえちゃったのね。この子がベオファウム南の森の奥でドラゴンを見たって言うのよ」
「あの森で? 私もちょっと前にあの辺り通ったけどそんなの全然見かけなかったよ?」
正確には通ったのではなく、飛行魔法で飛び越えたのだけど。
「いや…まぁ遠くからだったし夜だったけど…あんなデカい図体してる真っ黒い影なんて見間違えるわけねぇよ!」
「そうは言うけど…貴方、本物のドラゴン見たことなんてあるの?」
「…無ぇけど…」
さっきまでの勢いはどこへやら。自信無さそうに俯く彼の目の前で盛大な溜息をつく姉さん。
そんなあからさまな態度取らなくてもいいと思うんだけど。
「野営の最中だったんでしょ? きっと寝ぼけてたのよ。ホラ、これが貴方の報酬よ。これ持って一杯飲んでる内に忘れちゃうわよ」
早く行けと言わんばかりに姉さんは報酬の入った革袋を渡すとその彼は渋々受け取ってそのままカウンターを離れて行った。
その後ろ姿を黙って見送り、私も列の最後尾に戻ると自分の順番が来るまでそのドラゴンのことを考えていた。
オナイギュラ伯爵領へ行った時に森の中の魔力反応を調べたけど、そんなものは見かけなかった。
さっきの冒険者の見間違いなのか、それとも私が通った時より後からやってきたのかはわからない。
ただちょっとだけ嫌な予感がして、それがいつまでも頭の片隅から離れてくれなかった。
姉さんへの納品もクレアさんへの報告も上の空で行って、更に隠れ家に行くような気分でもなくなってしまった私はそのまま大人しく貴族院の寮へと戻ることにした。
今日もありがとうございました。




