第223話 久し振りの冒険者ギルド
アイカの店を出て冒険者ギルドへやってきた。
ここに来るのも二カ月振りくらいだろうか。ユーニャの一件は私の中でなかなか消化し切れずにずっとモヤモヤしていたからなかなか顔を出す気になれなかった。
休日に町中で顔見知りの冒険者に会えば挨拶くらいはしてたけどその度に。
「そろそろ顔くらい出せよ。クレアが寂しがってたぞ」
とか。
「クレアが『セシルさんは今日も来ない』ってブツブツ言ってて怖いから行ってあげなよ?」
とか。
「ガンダ…あ、いやジュリアが会いたいって言ってたぜ。もう代わりに抱きしめられるのは勘弁してくれ…」
他にもいろいろ聞いた気がするけど、クレアさんかジュリア姉さん絡みで私に来てほしいみたいだった。
私以外にもBランクは数人いるし、Aランクだっているのだから依頼が滞るってことはないだろうから別にいいでしょ。
でも私に会いたいって言ってもらえるのは純粋に嬉しかったなぁ。
カララン
しばらく聞いてなかったせいか、この冒険者ギルドのドアベルを聞くのも久し振りだ。
軽くて安っぽい音なのは変わらない。
私がホールに足を踏み入れると中にいた冒険者達が一斉にこちらを見た。
一組は私の知ってるパーティーだったけど、もう二組は見たことのない人達だった。
声を掛けられるようなことはないだろうし、私は彼等をちらりと一瞥しただけですぐに視線を逸らして奥のカウンターへと向かうことにした。
「こんにちはクレアさん」
私が声を掛けるとクレアさんは視線をチラリとくれただけで手元の書類へとすぐに戻してしまった。
寂しがってるんじゃなかったの?
クレアさんのデレ期到来かと思ったのに、全然ツンのままじゃんか!
私の考えてることが伝わったのかクレアさんは再び顔を上げて私の顔をマジマジと見つめてきたが、その後わざとらしくポンと両手を叩いた。
「あぁ、セシルさんじゃないですか。最近全く顔を見せていなかったので忘れるところでした」
「…いや、顔を出さなかったのは私のせいじゃないんだけど…」
「貴女がギルドに対して何を思ったか存じ上げませんが、それとこれとは関係ありませんから」
関係ないことないよねっ?!
ギルドの対応に思うところがあったから足が遠退いたんだからモロに原因だと思うけど。
「はぁ…。まぁそれもクレアさんが寂しくて毒を撒いてるんだと思ってありがたく受け取っておくよ」
「別に寂しくなんかないです。セシルさんが来ないからって私には何の関係もありませんから」
「はいはい、悪かったって。それよりたまには普通の依頼をしようと思うんだけど適当に見繕ってくれないかな」
「…まだ私の話は終わってないのですが…?」
早く話を進めようとする私に対し、クレアさんは恨みがましくジト目を向ける。
こうしていても冒険者が依頼を受けないと彼女の査定にも響くと思うんだけど。
何やら小言を言っているクレアさんだけど、彼女の後ろから隣のカウンターに詰めているエミルさんが顔を出していた。
こっそりエミルさんに対して何とかしてくれるようにジェスチャーを送ってみるけど、彼女はとても楽しそうに笑ってるだけで何かをしてくれるような素振りを見せてくれない。
「聞いているのですか、セシルさん」
「あー、うん。聞いてる聞いてる」
「…はぁ。あのですね、私は貴女に高ランク冒険者としての心構えを…」
あー、これ長くなりそうだなぁ。
どうしよう、依頼するの止めて帰ろうかな…。
「クレア、そのくらいにした方が良いわ。セシルちゃん帰りたそうにしてるわよ?」
「…エミル…。貴女また聞き耳を…」
「そんなネチネチと話してたら嫌でも耳に入るわ。普段なんか必要なことしか話さないのにセシルちゃん相手だとよく話すのね?」
「ちょっ、エミル! 余計なこと言わないで下さい!」
エミルさんが右手を口に当ててクスクス笑いながらクレアさんの後ろからからかっていると、焦ったのか珍しくクレアさんが大きな声で言い返した。
クレアさんの焦った顔なんて久々に見た気がする。
「エミルさん、Aランクの依頼でも良いから何かない? 討伐でも採集でもどっちでもいいから」
「あっ、それならちょうどいい感じに塩漬けになってきたのがあるのよ」
「ちょっとエミル! セシルさんに依頼を紹介するのは私の仕事です!」
「だってクレアってばお説教するだけでセシルちゃんに依頼出してあげてないじゃない」
「これからするところだったんです」
なんか口喧嘩が始まりそうな雰囲気だね。
しかもここは高ランク専用のカウンターなので混み合うことはほとんどない為、彼女達がいくら言い合いをしても他に困る人達は全然いない。
つまり誰も止める人がいないということで…。
「ちょっと、アンタ達いい加減になさいな。ホール中に聞こえてるわよ」
と思ったらこの人がいた。
ジュリア姉さんはトレードマークであるピチピチのボンテージで自身の膨れ上がった筋肉を包み込んでその魅力的な体をくねらせながらこちらへと歩いてきていた。
今日は一風変わって黄色なんだね。しかも珍しく布面積が広い。
「ガンダ…」
「あぁんっ?!」
「…ジュリア…」
「ジュリアちゃん、ごめんなさいね?」
「アタシじゃなくて、謝る相手は目の前にいるでしょ」
姉さんが二人に言うと素直にクレアさんとエミルさんは並んで頭を下げてきた。
「すみませんでした」
「ごめんなさい、セシルちゃん」
とは言え、冒険者ギルドのホールで高ランク専用カウンターの二人から揃って謝罪される私の姿が他の冒険者からどういう風に見られるかって考えてほしいんだけど。
あ、ほらあっちのDランクカウンターにいる私と面識の無いパーティーの人達がこっち見てるし。
「そんなの今更でしょ」
「まぁそうかもしれ…ってなんで姉さんは私が考えてることわかったの?」
「アナタ顔に出過ぎよ。それで?」
「…別に怒ってるわけじゃないよ。普通に仕事してくれたらいいだけだから」
「だそうよ?」
私の態度を見て安心したのか二人は今度こそ揃って依頼票を用意すべくカウンター内でゴソゴソと作業し始めた。
「けど、セシルちゃんもセシルちゃんよ? しばらく来なかったからクレアったらすっかり臍曲げちゃって」
「私はっ!」
姉さんが私が来なかった期間のクレアさんの様子を話すと彼女は依頼票を探す合間にこちらへと反論してきた。
「いいからっ、アンタはさっさと仕事しなさいな。だから大目に見てあげて」
「ふふ、姉さんは優しいね。でも私はクレアさんにもエミルさんにも怒ってなんかないよ。だから安心して」
「そ。さっすがセシルちゃんね」
私が笑えばジュリア姉さんも釣られたのか一緒になって微笑み、私の頭にその大きな手を乗せて撫でてきた。
「むぅ…子ども扱い…」
「どんなに強くってもアタシからしたらセシルちゃんはまだまだ可愛い女の子よ」
ちょっと納得行かない。
けど流石に心だけは乙女のジュリア姉さん。私の髪が乱れるような撫で方はしなかった。
そしてクレアさんとエミルさんの二人から出された依頼票を受け取ったのはそれから十分くらいしてからだった。
「それにしても…随分溜め込んでるんだね」
「てへ」
「可愛く言っても駄目だよ」
私に渡された依頼票は全部で七枚。
まずオーユデック伯爵領にある鉱山での討伐依頼。かなり奥にある鉱脈の近くにメタルスネイルという魔物が現れたそうだ。
珍しい魔物だけど図書館通いをしていた時に見つけて、特徴的だったからよく覚えている。
触るだけで溶けてしまう溶解液を体中に纏っていて、物理的な攻撃はほぼ無効。また非常に高い魔法防御を誇る殻に篭もることで魔法すらほとんど効かないので討伐するのが非常に厄介なんだそうで。
一番困るのがメタルの名が付くように、近くにいる金属を食べる習性があるので鉱山に現れると最悪な被害が出るとのこと。
続いてもう一つオーユデック伯爵領での討伐依頼。メタルスネイルが現れた鉱山とは違う山にワイバーンが巣を作ったので討伐と撤去を。
あとはその北にあるゴルドオード侯爵領でのマンティコア退治。あそこの領主様なら単独で討伐出来る気がするんだけどね。
それと王都とその真北にあるイーキッシュ公爵領の境界にある森にゴブリンの巨大な集落が発見されたので、それの殲滅と破壊。
残りはクアバーデス侯爵領側の森での採集依頼。
「うぅん…さすがに今日全部は無理だなぁ…」
「セシルちゃん、普通はそれ本来一つの依頼をやるだけでも半月くらい掛かるものよ?」
私の呟きに姉さんから的確な突っ込みが入る。
「普通」が喉から手が出るほど欲しかったのはアイカ達に出会う前のこと。
ユニークスキル暴力を身に付けてしまったユーニャもいるし、ダンジョンマスターのユアちゃんとも懇意にしてる現状ではそれにそこまでの価値はない。
私は私の望むままに生きることにします。
「普通の人がギルドマスターから直接依頼されたりなんかしないでしょ?」
「…それもそうね。でも無理は禁物よ? 自分の命が一番大事なのは変わらないわよ」
「うん。それは肝に銘じておくよ」
私はクレアさん達から渡された依頼票の内、二件のオーユデック伯爵領での討伐依頼とゴルドオード侯爵領でのマンティコア退治だけを抜いて他は彼女達へと返却した。
「今日はこれだけにするね」
「はい、セシルちゃんお願いね」
「貴女なら大丈夫でしょうが、迷子にならないようにして下さい」
迷子になったら空から…あぁでも鉱山の中じゃ出来ないか。まぁなんとでもなる。
クレアさんから鉱山の場所やワイバーンの巣の位置、マンティコアの目撃情報を教えてもらった後、すぐに冒険者ギルドから出て町の外へ向かうべく門へと足を進めた。
門に着くと以前ユーニャの件でお世話になった門番さんがいる時間だった。
今日も相変わらず忙しそうに仕事をしているので声を掛けたりはしないけど軽く会釈するとあちらも私に気付いたようで、右手を軽く上げた。そのままお互いに何も話さないまま彼もまた仕事に戻っていったので私も王都から出て目的地であるオーユデック伯爵領目指して歩き始めた。
今日もありがとうございました。




