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第216話 おかえり

「私だって…セシルが大好き。女の子だけど、友だちの『好き』じゃない。何回も、言ってるでしょ?」


 大粒の涙を零して両手で顔を覆うユーニャ。

 私はその言葉をいつもなぁなぁに流してきた。

 けれど、今はちゃんとそれに答えないといけないと思う。


「ありがとう…私がユーニャを『好き』って思う気持ちがユーニャの言うそれと同じではないかもしれないけど、すごく嬉しいよ」

「…嘘でも同じだって、言ってくれないのね」

「ユーニャに嘘なんてつきたくないから」


 その言葉に一度上げた顔を再び伏せるユーニャ。

 でもまだ話には続きがあるよ。


「ただ、今まではそうだけどこれからも同じかどうかはわからないよ」

「どう、いうこと?」

「ひょっとしたらユーニャと同じ『好き』になるかもしれない。私達はこれからもずっと一緒にいるんだから、そうなるかもしれないでしょ?」


 まぁまさか私が同性から告白されることになるなんて思ってもみなかったけど。

 さすがにこんなことはユーニャに言えないけど、たかが同性から告白されたくらいで、ましてや相手がユーニャなのだから拒絶するなんて有り得ない。

 ちゃんと真摯に受け止める。受け入れるとは言ってないよ?


「…でも私の身体はとても汚くなっちゃって…」

「関係ないよ。ここはユーニャの心の中だったけど、私はちゃんと全力で戦った。そんな私に一撃入れてきたんだから、ユーニャにはその資格があるよ」

「けど……うぅん。ありがとう、セシル」


 お互い平手で張り合ってボロボロの顔だったけど、ユーニャはそこでようやく笑ってくれた。


ガキャァァァァァン


 ユーニャの笑顔に反応するようにガラスが割れたような音がしたと思ったらこの空間が大きく震え出した。

 気付けば後ろでずっと行われていた凶宴も消えていて私達へ最初にいた美術館のようなところへと戻ってきていた。

 そして目の前にはさっきまで真っ黒なキャンバスだった絵画に別の絵が現れていた。


「これは…私とユーニャ?」

「…うん。これはいつかこうなったらいいなっていう私の希望の絵。でも絶対叶えてみせるっていう誓いよ」


 そこには私とユーニャが楽しそうに笑いながらいろんな商品が陳列されているお店の中で書類を手にして話し込んでいる絵が飾られていた。


「大丈夫だよ、きっと。私はちゃんと約束を覚えているから」

「うん。私はこんなことになっちゃったけど、それでもセシルと一緒にお店をやりたいって夢は諦められないよ」


 こんなこと。

 それでもユーニャがちゃんと乗り越えてくれるなら、いつか心の傷が埋められたら、悪い夢だったと思ってくれるといい。

 難しいかもしれないけど、そんな希望を抱かずにはいられない。

 しばらくの間、二人でその絵を眺めていると美術館の天井から光の粒が降り注いできた。


「そろそろ時間みたい」

「そうみたいね。セシルなら私の心の中をいつでも見せて構わないんだけどね」

「お互い心の中がわからないからちゃんと話して、喧嘩とかしながらでも一緒にいればいいんだよ。多分だけどね」

「えぇ…多分なの?」


 苦笑いを浮かべるユーニャの顔を最後に降り注ぐ光の粒は密度を増し、次第にお互いの輪郭さえわからなくなってくる。

 どうやら本当にここまでみたいだ。


「じゃあセシル。また『あっち』で」

「うん。またね、ユーニャ」


 いつものように手を上げて挨拶すると、私の意識はそこで途切れた。

 最後にユーニャの笑顔が見えた気がしたのは気のせいじゃないと思う。




「…ん……」

「お? 目ぇ覚めたん?」


 私が目を覚ますとベッドの横で本を読んでいたアイカが声を掛けてきた。

 窓から外を見ると既に夜も明けて三の鐘が鳴る頃だろう。人々の喧騒が耳に入ってきた。

 ユーニャに絡みつくように添い寝していた私は彼女を起こさないようにそっと起き上がりその額に手を添えた。


「うまくいったようやな」

「だと、いいんだけど」

「見たらわかるやろ? さっきまでは完全に壊れかけやったのに、今は安らかに寝てるだけやん」


 アイカの言う通り、ユーニャの寝顔はここに連れてきた時と違って本当にただ眠っているだけのように見える。


「まだ心が元に戻るために休まなアカンけど、明日には目ぇ覚ますんやないか?」

「そうなの?」

「多分な」


 ケラケラと明るい笑顔を見せるアイカを見ればそれが間違いないのはわかる。あとは信じて待つだけだ。

 ユーニャが起きるまでずっとそばにいようかと思ったけど、アイカからお茶に付き合うよう言われ渋々ベッドから下りるとテーブルにティーセットを用意した。


「なんや久々やな、セシルのお茶飲むんも」

「そうだっけ?」

「せや。最近いろいろ忙しくしとったやろ。…あと一年で卒業やな」


 アイカは自分のティーカップから一口紅茶を啜ると何となく思いつめたような表情を浮かべた。

 アイカが怒ってる時以外でこんな真面目な顔してるのは滅多に見たことがない気がする。


「どうしたの? なんか悩みでもあるの?」

「…いや、なんでもあらへんよ。卒業したら冒険者としてどっか行くんやろ?」

「うーん…。勿論そのつもりなんだけど、具体的にどこって決めてるわけじゃないというか、どこに行ったらいいかわからないというか…」

「なんやねんそれ」


 なんやねんと言われても、私だってわからないものはどうにもならない。

 ヴォルガロンデを探すためのヒントがどこかにないことには私だって向かうことが出来ない。今のところ有力なものとしてはデリューザクスについて調べることくらいなので、彼の冒険者としての足取りを探るのは有りかなと思っている。多分アドロノトス先生にはこれ以上何を聞いても教えてもらえないだろうしね。


「まぁ…何はともあれ寂しくなるなぁ」

「…え? なんで?」

「なんでて…セシルが王都を出てったらなかなか会う機会も減ってまうやろ?」

「うん? 前に仲間だって言ってたし、てっきりついてきてくれるものだと思ったんだけど…私の勘違い?」

「は?」

「え?」


 どうやらお互いに認識の齟齬があったみたいだ。

 私はアイカとクドーはついてきてくれるだろうと。アイカは私だけが王都を出ると。クドーは…知らない。


「ちょい待ち。てことはなんや? ウチらもセシルの旅に同行せぇっちゅうことかいな?」

「うん、そのつもりだったんだけど…アイカ達が王都を離れられないっていうなら我慢するよ」

「…ていっ」

「あたっ?!」


 突然アイカから石礫をぶつけられた。

 テーブルの向こう側私の石射(ストーンシュート)と同じくらいの威力のものを一発。

 本当は全然痛くないんだけど、突然やられるとどうしても声に出る。


「なんなのもう…」

「それはこっちのセリフや。ウチらがいつセシルについてくなんて言うたんや?」

「え…いや、だから駄目なら諦めるってば」

「駄目やなんて言うとらんやろ」

「えぇぇぇ…なんなのもう…わけわかんないんだけど…」


 一体アイカは何が気に入らないのか。

 その割には特段怒ってるような様子もないし、さっきからちょっと顔が赤いので実は照れてるだけのような気もしなくはない。

 そんなこと口に出そうものなら十倍になって返ってくるから何も言わないけどさ。


「よくわかんないけど、この話はまた今度にしよう。今はユーニャの方が優先だし、そっちはまだ先のことなんだから」

「…まぁえぇわ。クドーにもウチから言うとくさかい、どこ行くんかはちゃんと決めておくんやで」

「えぇぇぇぇ…猶更よくわからな…」

「あぁん?」


 ギロリとアイカに睨まれたので私は口を噤んだ。

 照れ隠しなのはもうわかりきってるけど、もうちょっと私にも話がわかるようにしてほしい。


「うぅん…」


 私とアイカがお茶を飲んでいると後ろのベッドからユーニャの声が聞こえた。


「ユーニャ?」

「…あ…私…」

「思っとったより早う気が付いたようやな」


 私達は椅子から立ち上がりユーニャの寝ているベッドのすぐ傍まで移動した。

 ユーニャ自身はまだ起き上がれずに首だけを私達に向けていて、その表情にはさっきまでの絶望に染まった暗いものが無くなっていた。


「セシル…私…」

「いいの。今は何も言わなくていい。良かった、本当に良かったよ」


 私がユーニャの手を握り祈るようにベッドの脇で跪いているとアイカが後ろからユーニャを躑躅色の瞳で診断していた。

 彼女の眼にはどう見えているかわからないけど、もう何事もなくなっているのも祈るだけだ。


「うん…大丈夫そうやな。…大丈夫なんやけど…これは…どうしたもんやろうな…」

「アイカ? 何? ユーニャに何かあるの?!」

「あぁ…いや、身体も心ももう大丈夫やで。ただ……」

「ただ、何?」

「…セシル、この子のステータス見てみ」


 言い淀むアイカに促され私はユーニャに対して人物鑑定をしてみた。

 …あれ?


ユーニャ

年齢:14歳

種族:人間/女

LV:76

HP:12,482

MP:64,731


スキル

言語理解 6

魔力感知 3

魔力自動回復 7

瞑想 5

熱魔法 8

水魔法 1

風魔法 1

光魔法 5

身体強化 2

投擲 4

格闘 7

魔闘術 3

異常耐性 5

算術 6

交渉 5

道具鑑定 5

野草知識 6

鉱物知識 7

道具知識 7

解体 3

統括 1

礼儀作法 5

宮廷作法 2

裁縫 6

料理 8

弁明 1


ユニークスキル

魔力運用 2

魔力圧縮 2

暴力 6

知覚限界 1


タレント

大商人

女中

途閉ザス者

憤怒

滅ボス者


「…ナニ、コレ…?」

「…やろ? …多分セシル、心の中でこの子と戦ったんとちゃう?」

「うん、ちょっと喧嘩になって…」

「…つまりセシルにダメージをちょこっと与えたことで経験値が入ってもうたんやろうな。ついでにセシルの魔力が干渉して魔力系のステータスにも影響が出とる」

「えっと…つまり?」

「メッチャ強うなってもうた」


 アイカの結論に私達は言葉を無くして苦笑いを浮かべた。

 このステータスだとそこらへんのAランク冒険者以上の強さを誇ることになる。レベルの割にスキルレベルが低めだし、ユーニャには戦闘の経験が少ないので実際に勝負したらBランク程度の実力が妥当なところかな?

 つまりはリードと同じくらいということに…。

 しかも見たことのないユニークスキルまである。


 暴力:意図せずに力を振るう。自身の力の十倍が最低で効果はスキルレベルに応じて高くなる。スキルレベルが上がるごとにコントロールしやすくなる。


 …えっと? つまりユーニャの腕力は今までの六十倍になってるとか、そういうこと?

 それって日常生活にも支障が出るんじゃないの?


「ま、まぁ別に強くなって困ることがあるわけでもあらへんし」

「そうだけど…まさかの副作用だね」


 ユーニャにはそのうちちゃんと話して冒険者登録させた上でどこかで魔物相手に訓練した方がいいかもしれないね。

 でも忙しいからなかなか時間も取れないかなぁ。

 未だにベッドで横になりながら不安そうな目で見つめてくるユーニャに微笑み返すと、言ってなかった言葉を伝えることにした。


「ただいま。それとおかえり、ユーニャ」

「セシル…ただいま」

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーというわけではないけれど、こういう整え方好きです! [一言] こういう流れからの落とし所は色々難しい中で、着地させているの凄いと思いました、引き続き楽しみにしていきます!
[気になる点] 今後一緒に行動するって言うと、少なくとも英雄人……だったかな? へ、進化しそうな雰囲気。 [一言] じー……(ジト目) どうしても >滅ボス者 が気になる。 滅“ボス”者。 ゲーム…
[気になる点] 展開が少し強引かなと感じた。こんなに簡単にいくのかな?と思いました。 [一言] まぁそんな些細な事は2人が元気になれば吹き飛びましたけどね!本当の本当に良かったです。
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