第214話 頼りになる仲間
試験が近いので書きため分をどんどん消費する一方…。
あと二週間勉強に専念します(`・ω・´)
ある程度片付けが済んで、私のやることも終わった頃には既に夜も更けて八の鐘が鳴る頃になっていた。
念の為リードにも事情を認めた手紙を書いたし、リード伝手に領主様にも伝わるようにしておいた。
領主様にはプイトーン男爵の件も報告しておいたので、先日殺意スキルで失神させたことも何とかしてくれると思う。
とりあえずこれで私が迎えに行けなくてもリードも何とかして王都には来れるはず。
ギルドの方は明日まで放置していいので、それ以外はユーニャについていても大丈夫だ。
そのユーニャだけど、ベッドに横にさせても一向に何か声を発することはない。開きっ放しだった目は閉じているけれど私の呼びかけに応じることもなく、ただ眠っているだけのように見える。
「ユーニャ…」
こうして名前を呼ぶのも何度目かわからない。
それでも呼ばずにはいられない。
部屋に備え付けの台所で麦粥を作っておいたけど、ユーニャの意識がはっきりしないのでなかなか食べてもらえない。
口の中に流し込んでも少しばかり飲み込んだだけで口の端から零してしまう。
さっき湯船に浸かってる時は少しだけ反応があったのに食事になるとまるで駄目。
それでも用意した麦粥を多少食べてもらえたところでユーニャの顔を濡れた布で拭いてあげ、そのままベッドに横たえる。
私も制服を脱いで下着だけになるとユーニャに添い寝している。どのくらいそうしていたかわからないけど、ユーニャから穏やかな寝息が聞こえてきたところで宿の窓からそっと外へと抜け出した。
行く先は一つしかない。
「ほんっっっっまにセシルは、トラブルばっか持ってくるんやな」
「…ごめん」
「アイカ、そのくらいにしろ。今回ばかりはセシルのせいではないだろう」
「せやけど…」
「…ごめん…でも他に頼れるところが無くて…」
私が謝ればアイカは盛大に溜め息をついて腕組みをして椅子の背もたれに体を預けた。
何を考えてるかわからないけど、口ではあぁ言ってもなんだかんだといつも力になってくれている。
「しかし…このあたりにもまだ盗賊がいるか…」
「うん。王都の近くでも出てくるなんて今までなかったのに」
「そうでもない。俺がここに来た頃はかなりいた。軒並み潰して回ったはずだが、また出てきたのだろうな。害虫のような奴等だ。近いうちに俺も繰り出す」
一つ一つの文は短いけど珍しくクドーがよく喋る。
盗賊が嫌いなのかな?
尋ねたところで答えてくれないだろうから聞かないけど、心なしかクドーの背後にどす黒いオーラが見えた気がする。
「さて、ほんならウチがまた手ぇ貸したるかぁ…」
「ありがとうアイカ」
「けど、セシルも十分覚悟せなアカンで?」
「覚悟?」
「そらそうや。心が壊れた人間救おうとしとるんやから、生半可な覚悟なら無理やろ。それでもやるんやろ?」
「勿論! ユーニャのことは絶対に助けたいの! お願いアイカ、力を貸して」
スカートの裾を握り込んだ手に力が入る。
今日一日で何度この動作をしたかわからないけど、おかげですっかり皺だらけになったスカート。それだけでなく、手のひらから滲み出す血で汚れてしまっている。
そういえばユーニャの治療はしっかりしたけど、自分の手のひらなんて何もしてなかったっけ。
そんな風に手を見ていると突然ばしゃっと何かの液体を掛けられた。
びっくりして手を引っ込めたけど、すぐに手の痛みが薄くなってきて自分の爪が食い込んだ痕も消えていた。
前を向けばアイカが柔らかく笑っていて、掛けられたのはポーションだったことがわかった。そしてポーションを入れていた瓶をテーブルに置くとその手を私の頭の上に乗せてきた。
「ウチらがセシルに手ぇ貸すんは当たり前のことや。ほな、善は急げやな。早速行こか」
「…ありがとう、アイカ」
アイカの店を出て巡る大空の宿の貴族室へと窓から戻る。
私達くらい身軽なら物音すら立てないしちゃんとお金も払ってるから問題ないけど、これ普通にはやっちゃダメだよね?
かと言って朝までなんて到底待ってられない。
今はユーニャのことが全てに優先される。
部屋に入るとアイカは早速ユーニャの様子を診てくれた。
窓から入る月明かりくらいしかないのでわかりにくいけど、アイカの瞳は既に躑躅色になっていた。
ネイニルヤ様の依頼を済ませた時に後から聞いた話だけど、夜人族の力を使おうとするとどうしてもこの色になるのだとか。普段は茶色い瞳と真っ黒な髪なので顔立ちはともかくとても日本人らしい外見なのに、こうして瞳の色が変わるだけで全然印象が違ってくる。
そのアイカは夜人族の力を使って全身をくまなく診てくれていたが、顔をじっくりと見た後でそのまま私の方へ振り向いた。
あの躑躅色の瞳を向けられただけで私の頭も少しだけクラっとするが、異常無効スキルのおかげですぐにすっきりしてきた。
「身体の方はセシルの回復魔法が効いてんのやろな。問題あらへん。…けど、こりゃよっぽど酷い目に遭ったみたいやな。正直、同じ女として同情しかできひんわ」
「…あの盗賊共、もっと苦しめてやればよかった…」
「ま、そんなんしたところでこの子が元に戻るわけやあらへんしな」
「え…? 治らないのっ?!」
アイカに掴みかかろうとするくらいの勢いで詰め寄ったけど、彼女はそれをひらりと躱して私の頭にぽんっと手を置いた。
「落ち着きぃな。治らんとは言っとらんやろ…。けど、さっきも聞いたけどセシルも覚悟は出来てるんやろうな?」
ユーニャを助けるためなら何だってする。
私の決意はアイカに助けを求めた時点でもうガッチガチに固まっているのだから。
多くの言葉を語るよりも、強くはっきりと頷くとアイカはまたも大きな溜め息をついた。
「…まぁえぇわ。別に死ぬようなことにはならんから安心しぃ。ほな、その決意が揺らがん内に始めよやないか。一応言っとくんやけど、今からセシルにこの子の心の中に入ってもらう。そこで何をしたらこの子の目が覚めるかはわからへんけど、どうしたらえぇんかはセシル自身で考えるんやで」
「心の中?」
「せや。けど半分は記憶みたいなもんや。とにかく気をしっかり持つことや。セシル自身がこの子を拒絶したら勝手に弾き出されてそれで終いや。もう治らん」
「…大丈夫。私がユーニャを拒絶するなんて有り得ないよ」
「…さよか…」
アイカはユーニャの手と私の手を取るとしっかりと握らせ、私にユーニャの横で寝転ぶよう指示してきたので靴を脱いでベッドに上がると指をしっかりと絡ませた上でユーニャにぴったりくっつくように寄り添った。
「…あー…もう何も言わへんで? 別にウチはそういうのに偏見あらへんから」
「うん? どういうこ…」
アイカに言われて気付いた。
これってまるっきり恋人同士の「イチャイチャねんね」じゃないでしょおか…?
自分の顔がすごく熱くなるのを感じたけど、ユーニャを放って離れるなんて出来ない。
「ア、アイカ! 私はま、真面目に!」
「はいはい、わかったて。揶揄って悪かったて。ほな、ウチも真面目にやるで」
アイカは私とユーニャの繋いでいる手に自分の手を添わせると何かもやもやした感触が伝わってきた。
魔力に近いけどそうじゃない。不思議に思ってアイカを見ると躑躅色をした瞳が月明かりしか入らないこの部屋の中で爛々と光っていた。
「『淫魔の微睡み』」
異常無効スキルで弾いてしまわないように必死で二人のことを受け入れようとしたことで、私は見事にアイカの術にかかって意識が闇に落ちていくことになった。
目が覚めると博物館のような建物の中に横たわっていた。
自分を見下ろしてみるとユーニャの横で寝そべった時のままの恰好で腰ベルトも着けていないし武器になるようなものも何もない。
まぁ必要になることはないだろうけど。
とにかくここにいても何も変わらない。
私は周りを見渡して建物の中の様子を探ってみると、少し離れたところに額に入った絵のようなものを見つけた。
近寄ってその絵を見てみると、母親らしき人が生まれたばかりの赤ちゃんを抱き、父親と思わしき男性がその肩に手を回している構図の一組の家族の絵だった。
あれ? でもこの男性って…ユーニャのお父さん?
村にいた時に何度か会ったことがあるけど、この絵の人は髭も生やしていないしかなり身綺麗な恰好をしている。どこかの商会の会長と言われても頷けるような姿だ。
そして母親の方。ちゃんと見ればユーニャにかなり似ている。多分彼女がこのまま成長すればこんな風になるのだろうけど、ユーニャよりも大人しそうな雰囲気ではある。
でも確かユーニャのお父さんに逆プロポーズしたって話だったし、思いこんだら一直線、猪突猛進な性格だったとお婆さんから聞いたから見た目通りの女性ではなかったんだろうね。
ただ村に来るより前にその母親は亡くなったとだけ聞いている。原因は教えてもらえなかったけど、それがあってユーニャのお父さんは町の家を引き払ってあんな田舎の村にやってきたんだそうだ。
で、その女性に抱かれている赤ちゃんが。
「ユーニャ…」
目を閉じてスヤスヤと眠っているとてもかわいい生まれたばかりのユーニャ。
まさかこんなものを見れるとは思ってもなかったな。
そしてその絵から目を逸らすと、また少し離れた場所に絵が飾ってあるのが見えた。
次の絵はユーニャが立ち上がってフラフラと歩いているような姿を両親が揃って両腕を突き出して抱きとめようとしている絵。
この時は幸せな家族の姿だったんだろうね。
次の絵は…真っ黒い箱の前で泣き崩れる父親とユーニャ、そして彼女を後ろから抱きしめているお婆さんの絵。
そうか、これはユーニャのお母さんが亡くなった時の…。
そうして私は次々と絵を見ていく。
村に初めてやってきてボロボロの家を一生懸命掃除している絵。
私と初めて会って一緒に森へ行った時の絵。
私と一緒に遊んでる絵やリードも交えて訓練してる絵が続き、私が乗った馬車が村から離れていくのを泣きながら見送る絵まで来た。
なるほど、確かにアイカの言ってた通りにこれはユーニャの記憶。
一部ユーニャ自身が覚えてないようなことまで絵になってるのは不思議だけど、覚えてないだけで記憶にはあるということなのかな? あまり深く考える必要はなさそうだけど。
私が村から出た後、一人で訓練している絵。
キャリーと遊んでいる絵。
父親から勉強を教わっている絵。
そして一人の男の子と一緒に並んで机に向かい勉強している絵。
うん? この男の子は…コール?この絵の奥にも何人もの子どもが勉強しているようだけど、ひょっとして国民学校の試験かな?
続いて国民学校の制服に身を包み勉強している絵。
同じ制服の子達とお喋りしている絵。
そして冒険者ギルドで私と抱き合う絵まで見たところで、その先にもう絵が掛けられていないことに気付いた。
「あれ? なんで?」
誰もいない博物館…いや、絵が掛けられているので美術館の中でひとり呟いた声。
しかしその独り言に返事をされた。
「それは、ここからは私がちゃんと案内するからだよ、セシル」
後ろを振り返るとそこにはいつもの制服を着たユーニャが立っていた。
しかしいつものように穏やかに笑いかけてくれる彼女ではなく、喜びも悲しみも怒りもない無表情で冷たい目をしたユーニャだった。
今日もありがとうございました。




