第211話 ユーニャ捜索
「行方不明になった班の中には貴女の友人であるユーニャさんが含まれていると報告を受けています」
ギルドマスターが何を言ったか理解出来なかった。
「ユーニャが行方不明? いや…だってあの子はちょっと前に野外訓練終わって王都に帰ってるはずで…今も国民学校の宿舎に…」
「残念ながら、集合場所に辿り着かなかったその班を探しましたが国民学校の教師達では見つけることが出来ず、兵士や冒険者に捜索の依頼が来ました。ユーニャさんを含む五名は未だに見つかっておらず、宿舎にも戻っていません」
「…嘘…でしょ…?」
しかし私の問い掛けにギルドマスターは顔を背けるだけだった。
ユーニャが、攫われた?
いつの間にか立ち上がっていた私の身体からどんどん熱が奪われてガクガクと震えてくる。
寒い。
怖い。
というかなんでユーニャが?
だって国民学校の野外訓練はそんなに危ないことはないって。
魔物だってあんまりいない場所のはず。
「恐らくは人身売買を生業にしている盗賊団達に捕まったのだと思いますが…詳細はまるでわかっていません。ひょっとしたらセシルが潰したゴランガの盗賊団と何かしら関わりがあったかもしれません」
ゴランガ……。
死んだのに、死んでからも私に嫌な思いをさせるのか。
私自身を刺しただけじゃなく、私の大切な親友にまで…。
けれど怒りをぶつける相手は既に私が殺してしまった後だ。
今はとにかくユーニャを何とか見つけ出さないと。
「セシル! 待て!」
立ち上がったままでいた私はそのまま執務室を出ようとしたがギルドマスターは素早く私の手を掴んで引き止めた。
面倒臭い!
なんで私の邪魔をするの?!
無意識のうちに殺意スキルを使ってギルドマスターを威嚇するが、彼は顔をしかめるだけで私の手を放そうとしなかった。
「ま、待ちなさい…。捜索は、貴女も行けばいい、が…二度手間にならぬよう、地図を…」
そう思ったけど、かなりギリギリだったようだ。
殺意スキルを解除すると、ギルドマスターは息を荒くしながらも執務机から一枚の地図を持ってきた。
「こちらはさっきまで私が寄せられた報告を纏めていたものです。野外訓練が行われた山の周辺はほとんど捜索が済んでいます。しかしどこにも盗賊団が潜んでいるような場所はありませんでした。どこか遠い場所まで既に移動したのか、よほど上手く隠れているのかはわかりませんが…」
「結局二度手間なのは同じでしょう!」
ギルドマスターの言葉に腹を立てた私は今度こそ彼が引き止める言葉を無視して、執務室から、そして冒険者ギルドから飛び出した。
夜明け前の町とは言え、この世界の人達はみんな早起きなのでちらほらと歩いている人を見かける。
その人達を障害物のように避けながら町の外を目指す。
急いでいるけれど冒険者ギルドからいきなり空に飛び上がったら警報が鳴ってしまうので、貴族の従者をしている以上はそんな不始末を仕出かすわけにはいかない。
「うん? さっきの女の子じゃないか。どうかした…」
「すいません急いでるんで!」
先程の門番に声を掛けられたけど、一言言って通り過ぎると国民学校の野外訓練が行われた山へと全力で走っていくのだった。
確か王都に来て初めての依頼で訪れた中にブラッディエイプが異常発生した岩山があった。
今いる野外訓練が行われた山はその岩山へと続いていくものだけど、このあたりはまだまだ緑が多い。
ちなみにこの山はずっと先の神聖国まで繋がっていて、一番高い山は標高六千メテルもあり万年雪に覆われている。
噂では野生のドラゴンがいるとか。
基本的にはそのあたりの魔物が標高の低い山に流れてくることはほとんどないのだけど、極稀にそういう報告もあるので冒険者ギルドに依頼が上がってくることもある。
しかしギルドマスターの話からすると今回の件に魔物が絡んでいる可能性は低そうな感じだった。
強い魔物なら探知で簡単に見つけられるけど、弱い人間だと動物に紛れてしまうこともあるので発見が難しい。
「勢いでここまで来たけど…どうしよう…」
何か考えがあってここに来たわけじゃない。
理由は居ても立っても居られず、としか言えない。
自分の親友なんだから後先考えずに行動するのなんか当たり前だと思う。
「ん? 親友…? あっ! ユーニャに渡した魔石!」
そう言えば以前ユーニャにフローライトの魔石を渡していたことを思い出した。
あの時はヴィンセント商会に見習いとして通うことに不安を感じていたユーニャのために聖魔法の安穏心と幸運を付与して、ユーニャが落ち着いて修行に励めるようにと思い作ったはず。
でも当然それだけでなくあれには位置登録も付与したはず。
問題はフローライト自体があまり内包魔力を入れることが出来ない性質だったので効果が一年くらいで切れてしまうのだ。
確かユアちゃんのダンジョンをクリアしてすぐくらいだったから、今がちょうど一年くらい。
…大丈夫だと、思いたい。
「新奇魔法 位置探査」
私を中心にして広がっていく感覚。
探知とは違って位置登録を使った場所だけを探す魔法だけど、これならかなり離れた場所にいても見つけることが出来る。
現に私が感じているもので、遠いものは故郷の村にいるキャリーとハウルの持つ魔石の反応と、その近くにあるディックの反応だ。
王都内でいくつか登録した場所があるのでそちらも反応は出てくる。貴族院と冒険者ギルド、それとアイカの店だ。
入学当初は貴族院の中にもいくつか登録しておいたけど、もう道に迷うこともなくなったので解除しておいた。
けど。
「…それしか、ない……。なんで…ユーニャはどこなの…」
駄目だった。
飛行魔法で半日近くかかるような村の反応さえわかるのにユーニャに渡した魔石の反応はなかった。
あまりに遠いところは探せないことはわかっている。
例えばワンバのケニアさんの店やマズの港湾組合も登録してあるけど位置を確認出来ない。
つまりユーニャはそれだけ遠くにいるか、もしくは魔石の内包魔力が尽きているかのどちらかになる。
「ううん…ユーニャの班が行方不明になったのは今から四日前。普通の馬が四日で辿り着けるような場所ならわかるはずだよね? てことは魔石の魔力が切れているってことで間違いないんだから……あーーーーーもうっ!なんでユーニャがいないのよっ!」
一人、山の入り口でブツブツと独り言を言ってはキレてる姿はひょっとしたらかなり怪しいのかもしれない。
いや危ない人か。
よし、自分の考え事にツッコミを入れられるってことは私はまだ冷静だ。オーケー兄弟、やってやろうじゃん。
「…自分の頭の中がカオスになってきた……。…でも…魔石で探せないなら地道に探していけばいいだけよね」
広範囲の探知で探すのは無理。
ユーニャくらいの反応じゃ脅威度Dの魔物と区別が付かない。
私は探知の範囲を千メテルに絞ると山の中に入っていった。
ゆっくり歩いてはいられないので植物操作で藪を避けつつ、崖も沢も飛び越えてくまなく探していく。
するとさっきギルドマスターから貰った地図にあった野外訓練の集合場所に出た。
「確かここからユーニャ達の班は東のほうへ向かったんだよね」
地図に記されたルートを辿って進んでいくと、数人の反応があったので急いで向かってみるとちょうど別の冒険者達が捜索しているところだった。
「アンタは…金閃姫か?」
「…Bランク冒険者のセシルよ。貴方達も捜索に?」
リーダーらしき男性が私の姿を見つけると声を掛けてきた。
出来ればその二つ名で呼んでほしくないのだけど、もうかなり定着していて新しい二つ名が付かない限りは消えないだろうね。
はぁ。
現れた冒険者達のうち男性は筋肉質でよく日に焼けた人と小柄だけど背中に使い込まれた弓を持つ人の二人。女性は背が高く緑色の長い髪の人と杖を持った黒髪の魔法使いらしき人の二人。このパーティを何度か冒険者ギルドで姿を見たことはあったけど、言葉を交わしたのはこれが初めてだった。
「えぇ、私達は『稜線の狩人』って名前でパーティを組んでるわ。前の討伐依頼で武器を破損してしまったのよ。それで修理に出してるからその間にね。けど、全然手掛かりになりそうなものはないわ」
「魔物に襲われたら血痕の一つでもありそうなものだけど、あまり藪も荒れた様子がないしな。これはやっぱり盗賊かなんかに連れ去られたと見て間違いないだろう」
「少しだけ地面が荒らされた跡はあったからね。それで金…セシルはどうだった?」
「稜線の狩人」と名乗った彼等の話に私は首を横に振る。
手掛かりどころか、本当にユーニャ達がここを通ったかどうかすらわからない。
「そう…。せめて生徒達が何か目印になるものでも残しておいてくれてればね…」
「目印…」
でも私がユーニャに渡したのは魔石だけ。
しかも内包魔力が切れて位置登録で居場所を探すことも出来ない。
ユーニャ自身が目印になるような特異な存在でもないし、私の探知では生き物は魔力や戦闘能力など総合的な力を探るスキルなのでかなり難しい。
現に今も探知を広げたところでかなりの生き物を探り当てることは出来ているので、この中からユーニャだとわかるものでもあれば……あ。
「あるじゃん…」
「どうした?」
「何か見つかったのか?!」
私の独り言を聞いた四人が一斉にこちらに顔を向けてきた。
そんなに必死に探してくれてるなんてちょっと嬉しいけど、パーティ名からすれば山での活動が多いのだろうし、もうちょっと手掛かりとか見つけててもいいと思うのだけどね。
…とりあえずそれはいい。
たくさんの人が山狩りをしても見つけられないんだからこの人達だけに期待するのは間違いだと思う。
「今度こそ見つける…」
探すのはユーニャでも魔石でもない。
ただのフローライト。
魔石ではなくなったとしてもきっとユーニャなら持っててくれる。奪われた、または落としたのだとしてもきっと近くに手掛かりがあると信じて。
探知の範囲を全開まで広げていくと左のこめかみあたりに激痛が走る。かなり無理をしているから脳がその処理に追いつかないのかもしれない。
そして周辺にいくつかのフローライトが見つかったが、どうやらたまたま近くに鉱脈があるらしい。地下にかなり纏まった量がある。
けど、今はそれどころじゃない。
この世界ではケニアさんみたいな宝石、鉱石好きじゃないとフローライトを好んで採取する人はいないから鉱脈があっても見向きもされないのが助かった。
ポツンと、離れたところに一つだけある。
しかもその周辺には小さな力を持った生き物と、それより少しだけ強い力を持った生き物が約二十くらい確認出来る。
これがユーニャである保証はないけど行く価値はある。
でも私の勘ではここにユーニャがいると確信してる。
「待っててユーニャ! 今行く!」
一人叫ぶと私は稜線の狩人を置いて走り出した。
今日もありがとうございました。




