第210話 国民学校野外訓練の異変
飛行魔法で空を飛び続けること鐘三つ分。
久し振りの王都に辿り着いたのは深夜になっていた。さすがにこの時間だと王都に入ることは出来ないとわかってはいたけれど、少しでも早くと思い故郷の村やベオファウムで一泊することなく真っ直ぐに飛んできた。
元々の予定で言えば四日間のつもりだったけど、いろんなことがあったせいで七日間も留守にしてしまった。ほとんどがプイトーンの町のせいだけどね。
おかげでユーニャが野外訓練から帰ってくる日に間に合わなかった。
けどユーニャには予め遅くなることもあると告げていたので、「少女の夢」でスイーツでも奢れば機嫌を直してくれると思う。
ただリードを迎えに行く日があと五日なのでユーニャと遊ぶ時間が減ってしまったのは残念だ。
貴族院が始まるのは十日後だし、リードを迎えに行ってから少しくらいは時間が取れるといいんだけれど。
「さて…。着いたはいいけど、王都に入れないのはどうにもならないね」
冒険者として活動しているので野営自体は問題ない。
食料もまだ腰ベルトにかなり入っているし、寝具の代わりになるような布も勿論持っている。
仕方無いので門の近くで野営させてもらって、朝になったら町に入ることにしよう。
方針が決まったことで私は門が見える位置で野営をすることにした。
今から森に入って薪になる枝などを探すのは面倒臭いので腰ベルトに入れてある木を使うことにする。
これはプイトーンの町で建物を解体するときに回収した建材の一部だ。どこかで捨てなきゃと思っていたけど、こんなところで役に立つとは思わなかったね。
薪に火をつけ、取り出した肉の塊を薄く切ってから鉄の串の刺して焼いていく。焼いてる間に野菜をいくつか取り出して氷魔法で水を出してざっと洗うと、いつも野営の時に使っているまな板を出して細く刻む。
鉄鍋を出して炒めても良かったけど、今日の気分はサラダなのでそのまま皿に盛り付けて上から自作したソースをかけた。
もっとちゃんと時間停止が出来る魔法の鞄が作れればマヨネーズだっていつも持ち歩けるけど、新鮮で安全な卵はなかなか手に入らないので普段は食べる直前にだけ作ることにしている。
今使ったソースはちゃんと火も通してあるので魔法の鞄に入れておけば使い切るまでならなんとか大丈夫。
こんな抗生物質もない異世界で食中毒になったらシャレにならないもんね。
そうこうしてる間に肉も焼けたので、サラダと一緒に盛り付けて上から炙ったチーズをかければ完成だ。
アイカから貰った柔らかいパンも取り出し、ドリンクとして果物を絞ったジュースを用意すれば、野営なのに宿に泊まったのとあまり変わらないくらいの料理が私の目の前に。
「いっただきまーす。あむ……うん、普通」
残念ながら美味しいと言えるほどのものではない。
何故かかなり料理しているのに私の料理スキルは一向に上がらないせいだ。きっとそうに違いない。
…でもアイカは私より料理スキル高いのに、私より美味しくないんだよね…。
考えるの止めよう。眠れなくなりそうだ。
焚き火を眺めながらしばらく食事をしていると、あまり広げていなかった私の探知に反応があった。
人数は二人。どうやら門の方からやってくるみたいなので見回りの衛兵だろう。
特別強い気配も魔力もないので放置しておくことにして私は食事を続けることにした。
「こんばんは。王都の巡回兵です」
ほとんど食べ終わっておりジュースの残りをチビチビと飲んでいた私の元にその兵士達はやってきた。
一人は鎧の肩当てに何かの印が書いてあったので階級が少し上のようで年齢もランドールと同じくらいだけど、もう一人は若くまだこの仕事に就いたばかりなのか何となく挙動も危なっかしく見えた。
声を掛けられたことで振り向いた私はジュースの入ったカップを手にしたまま会釈して立ち上がった。
「こんばんは。お勤めご苦労様です」
「女…?こんな若い女性が一人で野営など…」
「これでも私冒険者ですから。はい、ギルドカード」
腰ベルトからギルドカードを取り出して若い方の兵士に渡すと彼は驚いたような声で私の名前とランクを口にしていた。
しかし上司と思われるベテランの兵士はそれを聞いて軽く頷くだけだ。
「しかしBランクとは言え、若い女性が一人で野営というのは褒められたものではないな」
「ちょっと遠いところから帰ったきたところでして…。近くの町で泊まるよりもここで夜を明かしてから町に入った方が良いと思ったんですよ」
「遠いところって…こんな夜中になる前に近くの町を出る方がどうかしてるだろ」
若い方の兵士はやたら私に絡んでくるけど、そんなに私怪しいかな?
「…まぁわかりました。しかし貴族の方の従者様をこんなところで野営させるわけにもいきませんな」
ベテラン兵士のおじさんは私の制服を見て国民学校ではなく貴族院の従者と判断してくれたようだ。
デザインはほぼ一緒なのに見分けるなんて制服マニアかもしれない。誠実そうなおじさんに見えたけどちょっと危ない人?
「その制服で見分けたわけではありませんぞ。今国民学校の生徒は王都外へ出ることを禁止されております故、それで判断したわけです」
「あぁ…なるほど。って、国民学校の生徒は今外出出来ないんですか?」
「先の野外訓練で騒動がありましてな。我々がこんな夜中に巡回しているのもそのため…」
「騒動って…何かあったんですか?!」
野外訓練。
その単語に反応して私は兵士に掴み掛かりそうなほど近付いて問い詰めた。
その様子から若い兵士は一歩後ずさったが、おじさんの方は落ち着いた様子で私を宥めようと手を横に振った。
「今兵士や冒険者達が解決のために動いていますからご安心を。気になるのでしたら明日冒険者ギルドで確認されては?」
「…そう、ですね…。…何とか早く中に入れてもらうことは出来ませんか?」
「…規則ですので。従者様ならご存知でしょうが、この門は七の鐘の後は誰も通さぬことになっています。例え貴族様や王族の方であっても、です」
わかってる。
聞いてみただけだ。
仮に飛行魔法を使ったとしても王都の城壁の上には魔道具で二重の結界が張られているので侵入すると弱い魔物は弾かれ、強い魔物の場合は兵士の詰め所に警報が鳴るようになっている。
これは人でも同じことが起こる。
貴族院の講義で教えてもらったことだからよく覚えている。
「我々はこれで失礼しますが、もし一人で不安なようでしたら門の詰め所まで来ていただければあちらで休むことも許可しましょう」
「バッソさん!それ規則違反じゃ」
「ならんよ。儂とお前が黙っておればな」
目の前の優しいおじさんの一言も、今の私にとっては聞き流してしまうほどのどうでもいいことだった。
ユーニャのことが気になっている私は二人の話もほとんど聞かずにただ手に持ったカップを見つめている。
そんな私に彼等は「では」とだけ言うと、振り返ってそのまま去っていった。
しかし彼等が去ったことすら気付かないまま私は焚き火の前に座り、ひたすら朝が来るのを待つことにした。
こんなに夜明けが待ち遠しいと思ったのは初めてかもしれない。
翌朝。
まだ日も登らないような時間ではあるけれど、門の開く時間になった。
「…ユーニャ…」
私は一睡も出来ずにその場で立ち上がった。
普段の野営なら絶対領域を使った上でちゃんと眠るのだけど、ユーニャのことが気になってしまい横になることすらせずに朝を迎えた。
焚き火の後始末を地魔法で片付けてすぐに門へと向かう。
夜の間に何回自分を鑑定して時刻を調べたことかわからない。
私が門に着くとちょうどさっき巡回に出ていた兵士が門番をやっていたので、彼等は私のギルドカードを受け取るとすぐにチェックしてくれて町に入ることが出来た、
「若いからって無理しちゃいけませんぞ」
ベテラン兵士なりの気遣いだったのだろうけど、私は兎に角一秒でも早く冒険者ギルドに行きたかった。
「クレアさん!」
冒険者ギルドに着くなり私はBランク専用カウンターへと向かった。
しかしさすがにまだ夜も明けてないのでどのカウンターにも誰もいない。そもそもホールにもまだ昨夜酔いつぶれたと思われる冒険者達がテーブルに突っ伏して寝たままだ。
そろそろ新しい依頼が貼り出される時間なのでチラホラと早起きして良い依頼を取ろうとする冒険者達がやってきてはいるものの、混み合うまではまだ少し時間がある。
かと言ってここでずっと待ってなんていられないし、誰もいないけどギルドマスターのところへ行ってみるしかないよね?
自分に言い聞かせるように奥へと進んでいくと、ちょうど出勤してきたところなのかジュリア姉さんと会うことが出来た。
「おはよう姉さん」
「あらぁ? セシルちゃんじゃない。おはよう、今日は随分早いのね?」
相変わらずセクシーな筋肉を見せつけながら姉さんは色気たっぷりの赤のボンテージを纏ってクネクネとポーズを取る。
これが良い男を捕まえるコツなんだと前に聞いたことがある。
って今はそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
「姉さん、ギルドマスターはもういるかな?」
「レイアーノ? 彼ならいるわよ。というか家に帰ることなんてほとんどないからいつでも行っていいのよ」
相変わらず姉さんはギルドマスターにだけは冷たい。
でも聞いたところで教えてもらえないのは前に確認したし、ギルドマスターがいるなら早くそっちに行こう。
「ありがと。行ってみるね」
「えぇ、またいい素材待ってるわよぉ」
まだ夜明け前だと言うのに眠気を感じさせないところはサービス業をしている人間の鑑だね。
私は姉さんに礼を言うと更に奥へと進んで階段を上がった。
二階に上がってからまた奥に進むとギルドマスターの執務室があり、ノックと同時にドアを開けるとギルドマスターは書類仕事をしている手を止めてそのムスッとした顔を上げた。
「セシル…君はもう少し礼儀正しいと思っていたんですけどね? それに一応私も形だけとは言え貴族の端くれですよ?」
「そんなことどうでもいいから! 国民学校の野外訓練で何かあったって!」
「どうでもいい…。セシル、君とは一度じっくり話をしないといけないと、私は思うのですが」
「話なら今度いくらでもするから教えて!」
ギルドマスターは額に手を当てて首を振ると私をソファーに座るよう促してきた。
今すぐ話を聞きたい私はそれすら拒もうとしたけど、有無を言わさぬ彼の態度に渋々従って腰を下ろした。
「ちゃんと話はします。ですが、セシルはまず報告するのが先でしょう?」
「だって…今にもユーニャが…」
「…はぁ…。兎に角、一応ベオファウムとワンバの冒険者ギルドから話は聞いていますがセシルからの報告も必要なのはわからない貴女じゃないでしょう?」
悔しいけど、ギルドマスターの方が正論だ。
でも正論をぶつけられるとそれはそれで腹が立つ。
腹が立つけど、ここで揉めても悪戯に時間が無駄になるだけだった。
深呼吸して気持ちを落ち着かせると何とか要点だけを絞ってギルドマスターへと今回の依頼の報告をした。
リッチ討伐は実はエルダーリッチだったこと。それが大昔のSランク冒険者であったこと。
洞窟の調査は盗賊団のアジトで指名手配されていたSランク冒険者が率いており、それを撃破したこと。加えて恐らく町長もグルだったと思われるけど証拠は無いこと。
あとはゴランガが使った謎の黒い液体を飲むことで体が魔物のように変化して再生能力を持ち能力も一段階上になること。光魔法を使ってようやく消滅させることが出来たけど、並みの冒険者では歯が立たないであろうことも伝えた。
「ふむ…謎の黒い液体…」
「知ってるの?」
「えぇ。ただ私が知っている物とセシルの見た物が同じかはわかりませんが、少し前から王国内で散見される魔人薬と呼ばれている物ではないかと思います」
「魔人薬?」
「はい。それを飲むと魔人のように強くなることが出来ると言われていますね。ただ飲んだものの体が黒いスライムのように溶けて消えたとしか聞いていませんでしたので」
黒いスライムみたいに?
確かに私が斬り落としたゴランガの腕はしばらく他の生き物みたいに跳ねてたけど、最終的にはドロドロに溶けて地面に消えていったっけ。
だとすれば共通点はある、ね。
「ひとまず、その件は今後も調査が必要です。進展したらセシルにも手伝ってもらうことがあるでしょう。ご苦労様でした」
「うん。じゃあ報告は終わりだよ。でっ?!」
私から話すことはもうないので、バンっとテーブルを叩いて立ち上がるとギルドマスターへと詰め寄った。
「ちゃんと話します。国民学校五年生の野外訓練の件でしたね」
ギルドマスターが話し始めたことで私もコクリと頷き、再びソファーに腰を下ろして話を聞く姿勢になった。
しかし、その後またすぐ立ち上がることになる。
「野外訓練中に一つの班に所属している五名が行方不明になっています。どうやら指定のルートを外れたようですが…何者かに拉致されたと思われる痕跡が見つかりました。…言いにくいのですが、その班には貴女の友人のユーニャさんが含まれていると報告を受けました」
今日もありがとうございました。




