第209話 プイトーンの町脱出
このあたりからしばらくちょっと胸糞悪い表現や出来事が起こるようになります。
ご注意下さい。
ゴランガとの戦闘が終わって二日。
私はまだプイトーンの町にいた。
正確には一度ベオファウムに行って、気絶させたブルーノさんを無理矢理飛行魔法で連れてきたから、戻ってきたとも言う。
あの後結局冒険者ギルドの機能が完全に麻痺してしまい、どうにもならなかったために急遽ブルーノさんに相談するためベオファウムへと向かった。
しかしそこから冒険者を派遣するという話になり、時間が掛かりすぎるのもどうかと思った私は買取担当をしているヴァリーさんに「ちょっと借りていきます」と行ってブルーノさんを連れ出したというわけだ。
着いた当初はグチグチと文句を言っていたけど、さすがに現役ギルドマスターだけあってテキパキと指示を出して、町の復興に尽力している。
この分なら王都から後任者が来る頃には粗方片付いているだろう。
「セシルの嬢ちゃん、これは貸しだからな」
「そういうのは私の借りをちゃんと返してから言ってよ」
「…ぐ…ぬぅ…」
低ランク冒険者を森に救出しに行ったり、森に急遽現れた脅威度Aと思しき魔物を誰にも気付かれず討伐して素材を全て冒険者ギルドに流したり、領主様との間で話を繋いだり、他にもいろいろ。
貸し借りなんて話を私にしたら自分が不利になることくらいわかるでしょうに。
勿論ブルーノさんだけを働かせるわけにもいかないので私も時間の許す限り手伝うことにしている。
それも今日までとなるけれど。
実はさっきブルーノさんと私の二人で町長のところへ行ってきた。
この町の町長はプイトーン男爵といい、そういえばナージュさんから貰った資料に大きな派閥に参加している要注意貴族だと書いてあった。
町長の屋敷に着くと私とブルーノさんは用意された部屋で待てと言われたのでそこでソファーに座っていたのだけど、とにかく遅い。しかもお茶も出さないってどうなのよ?
三の鐘に呼ばれたというのに男爵に会うまでに四の鐘を聞いてしまうほどに。
ブルーノさんはあまりに待たされたため完全に寝てしまったし、私は腰ベルトに入れておいた魔法書を読んでいたので待つこと自体は問題無かったんだけど、ようやく現れた男爵が開口一番。
「なんだ、まだいたのか」
現れたのは無駄にお金のかかった派手な服を着て、身体中のあちこちに金で出来た装飾品を身につけた豚…もとい、背の低いデブ…ではなく横に広い男性。
顔は脂が染み出しているのかテカテカと嫌な光を放ち、加齢臭を誤魔化すためか過度に香水をつけてて鼻が曲がりそうになる。
ブルーノさんは寝ていたからいいけど、不遜なセリフも私に聞かれたところで何とも思わないその態度は気に入らないし、とにかく早いところ話を終わらせて帰りたい。
でも結局は貴族なので平民である私やブルーノさんでは何も言うことが出来なかった。
で、男爵の話は三つ。
一つ。襲撃してきたSランク冒険者を撃退したが町を壊したため修繕費がかかる。本来褒美を出すところだが、その修繕費と差し引きでゼロとする。
二つ。冒険者ギルドはここまで話が大きくなるまで何もしなかったので、今回ブルーノさんが出張してきたことと第二陣で到着する冒険者の報酬は冒険者ギルド側で出すこと。
三つ。今後もおかしな連中が来るかもしれないので私セシルが個人的な護衛として着くこと。
「…あの…」
話を聞いて自分なりに要点を纏めた結果、これは流石に有り得ないと思ったよ。
相手は貴族なので下手に出ながら意見を述べようと口を開く。
「なんだ?」
「報酬に関しては別に貰えなくても構いません。そのお金で住民の皆さんの保護をお願い致します」
「ふん、冒険者風情に言われるまでもない。それとも何か? この私がただ金を払いたくないとでも思ってるのか?」
…やばい。すごく面倒臭い。
ブルーノさんを横目で見ると予想通りだったのか、退屈そうな顔で明後日の方向を向いている。
貴方ギルドマスターですよね?
「いえいえまさか。男爵様の采配によりまたこの町が元の栄えた日々に戻られるのを楽しみにしています。それと冒険者ギルドに関してですが…」
「それは男爵様の仰る通りですな。復興に協力するとともに、冒険者に関する費用は全て冒険者ギルドで賄わせていただく」
「当然だ。さてそれと護衛の件だがな、早速今からやってもらうからな。当然、護衛の費用も冒険者ギルド側に出してもらうがな」
何を言ってるんだこの豚は?
さすがにブルーノさんも呆れたようで右手で頭に触れて小さく唸っていた。
護衛依頼は確かに一人でも受けられるし、相手が指名するなら問題ない。
しかし報酬は出さない、冒険者ギルドで負担しろとはどうかしてる。
まぁどのみち普通に断るんだけどね。
「プイトーン男爵様、私は現在クアバーデス侯爵に仕える身。主の許可なく男爵様の護衛を務めることは出来かねます」
「ならば早く許可を取ってこい。どうせ侯爵に取り入って冒険者のランクも上げたんだろう? 身体は貧相だが、見目は悪くないから護衛と奉仕の両方をやってもらおうか。大事にしてやってもいいぞ? 私はクアバーデス侯爵と違って優しいからな!」
これもうキレていいかな。
隣を見るとブルーノさんはもう完全に他人の振りだ。我関せずと言わんばかりに私とは反対側を向いている。そっちは壁しかないよオッサン。
「残念ながらクアバーデス侯爵とは魔法で契約を結んでおりますので許可すら取れません。契約を破棄した場合、最悪私の命が失われてしまいますので」
「そんなものは知らん! とにかく生きて許可を取って私の護衛をしろと言っている! 平民のくせに私に逆らうつもりか?」
「お望みとあれば。それに私を自由に出来るのは私に勝てる男性のみです。もし男爵様が私を閨に連れ込みたいのであれば、是非ともお手合わせいただきたいと存じます」
本当に面倒臭いね。
一年くらいのらりくらりとして卒業し次第家族を連れて他国に行くのも有りな気がしてきたよ。
そんな私の苛立ちは心の中だけでなく、顔にも態度にも、そして全身に表れていた。
「セッ、セシル! 抑えろ!」
気付けば私は魔闘術で全身を強化しつつ、殺意スキルを軽く使っていた。
目の前の男爵様はいつの間にか白目を剥いて気絶していたことにも気付かないくらいイライラしていたらしい。
スキルを解除して体の力を抜くと、ブルーノさんも強張った身体が萎えていった。
むわっと妙な匂いが漂ってきたと思ったら、どうやらプイトーン男爵は私に向けられた殺意スキルの影響で失禁した上で気絶したようだ。
ちなみにこの部屋の中には男爵様の使用人である執事風の男性とお茶汲みのためのメイドさんがいたけど、二人も当然気絶している。男爵様と違って失禁はしてない模様。
「えへ、つい」
「『つい』じゃねぇよ。あーぁ…俺知らねえぞ」
「とりあえず早めにこの町から出て、領主様に報告しておくよ。領主様なら男爵様から抗議を受けてもなんとかしてくれると思うから」
「だな。そんじゃ帰りますか」
ブルーノさんが先に立ち上がると、私もソファーに置いたままにしていた魔法書を腰ベルトに仕舞って立ち上がった。
部屋を出ると廊下でも護衛のための兵士が壁にもたれかかって気絶していたので、殺意スキルはかなり広範囲に影響が出たみたいだ。
もっと面倒臭いことになる前に早いとこ町から出なきゃね。
そこからの行動は早く、私は宿を引き払ってから崩れてボロボロになっている冒険者ギルドへ顔を出すとブルーノさんが早速ギルドの職員たちへ指示を出しているところへやってきたのだった。
それで貸しだの借りだのという話へ戻ってくる。
「それじゃ私はもう行くね。このまま王都の冒険者ギルドへ行って全部報告してくるから」
「あぁ、そっちは頼んだ。いくらなんでもこれは人手が全然足りてねぇからな。それとここの後任も早く寄越すように言っておいてくれ」
「ん、わかった」
それだけ話すとほとんど残骸しかないような冒険者ギルドを後にして、町の門へと急ぎ足で向かう。
のんびりしてて町長であるプイトーン男爵から私兵とか差し向けられたら堪らない。
門番もいない今の門はチェックすら入らず素通り状態。
隠蔽スキルなども使うことなくそのまま走り抜けようとしたところへ後ろから声がかかった。
「セシル!」
声の主は必死に走ってきたのか、すっかり綺麗になった短い髪を振り乱しており息も完全に上がっていた。
「リーア、どうしたの?」
「はぁはぁはぁ…ど、どう、した、じゃなくて…はぁはぁ…な、んでいきなり、いなくなろうと、す、するのよ」
話すくらいの時間はあるから是非息を整えて落ち着いてほしい。
「あー…ほら、私この町の人間じゃないし、さっき町長のところでちょっとね」
私が理由を言うとリーアはその切れ長の目をそらして俯いた。
この町を拠点にしていたなら、ここの町長がどういう人なのかよくわかっているのだろう。
「ま、また会える、のよね?」
「え? うん、勿論だよ。来年の秋までは王都の貴族院にいるから、落ち着いたら訪ねてきてよ」
「貴族院って…セシルは貴族だったの?」
「ううん、違うよ。私今はクアバーデス次期侯爵の従者をしてるだけだよ」
私は今も制服を着てるのだけど、普段から王都にいないとこれが貴族用のものではないことがわからないみたいだ。いかに貴族用の学校と言ってもインターネットとかがある世界ではないので当然と言えば当然か。
「よかったわ…。セシル自身が貴族様だったりしたら、私どれだけ無礼な発言をしてたかと思って焦っちゃったわ」
「ふふ、私が貴族なわけないじゃない? それでリーアはこれからどうするの?」
「私…私はしばらく町の復興を手伝おうと思うわ。それが済んだら一度セシルに会いに行って…それからまた考えることにするつもりよ」
「そっか。じゃあブルーノさんに協力してあげてね。あの人顔は怖いけど仕事は出来る人だから」
私達は青空の下で笑い合った。
もう二度と彼女があんな悲惨な目に合わないことを願うばかりだね。
「あ、それとこれ返すわ」
リーアが取り出したのは私がゴランガと戦う前に渡したアダマンタイト製のレイピアだった。そういえば彼女に貸してそのまま忘れてっけ。
けれど私がこの武器を使うことはない。なのでこれは彼女へそのまま預けておくのが良いだろう。
「まだ持ってて。次に王都で私に会う時に返してくれればいいよ」
「え…けど、こんな高い物…」
「いいよ。どうせ私は使わない物だから。それに命を預けられる武器の一つくらい必要でしょ?」
「セシル…ありがとう。必ず、返しに行くから」
リーアは少しだけ目に涙を浮かべて、差し出したレイピアをもう一度自分に引き寄せて胸に抱いた。
随分気にってくれたみたいだし、王都に返しに来てもそのままあげてしまった方がアレを作ったクドーも喜びそうな気がする。
さて、話は尽きないけどそろそろ出ないとプイトーン男爵の私兵が来ても面倒だ。
「じゃ、私はそろそろ行くね」
「えぇ。セシル、必ず、また」
「うん、楽しみにしてるね! ばいばいリーア!」
顔の横で軽く手を振ると、私は今度こそ町を後にするために走り出した。
魔人化と理力魔法も使ったかなり本気のダッシュだったのであっという間に町の姿は見えなくなり、探知で周囲を探った後で空へ飛び上がり、私は一路王都へと向かうのだった。
いろんなトラブルや新しい出会いに時間を取られて、取り返しのつかない事態になっていたことをこの時の私はまだ知らなかった。
今日もありがとうございました。




