第208話 刺された記憶
試験勉強してたら忘れてましたm(_ _)m
ガギン
ギャリィィン
大斧と短剣が何度も交差して火花を散らす。
ゴランガが一度攻撃する間に私の短剣は二度三度と斬撃を放っているけど、その全てをあの大斧で防がれてしまっている。
相変わらずあれだけの重量武器を木の枝でも振り回すように扱う膂力は驚異的だ。
「地天衝!」
「っと!」
地面から突き出してきたドラム缶ほどの太さがある岩の棘を理力魔法の足場を使って一つずつ避けていく。
私が少しでも距離を取ろうとするとゴランガは地魔法を使って牽制してくる。
さっき戦ったときでもこんな風に魔法を使ったりしてこなかったのに突然使い始めてきた。
どうやらさっき飲んだ薬のせいで土魔法から地魔法に進化した上に、魔力も上がって武器と魔法を絡めた戦い方をしてくる。
慣れていないはずなのにすぐに対応してくるあたりはさすがSランク冒険者なんだろうね。
そして少し無理な状態で回避した私は着地の姿勢が崩れてしまった。
「もらった! 炎焦殺!」
「凍殺弾!」
ゴランガの放った炎魔法を私も氷魔法で相殺する。
アイカの使うよな炎魔法ならともかくこのくらいの威力なら中威力魔法でも十分かき消すことが出来る。
確かにゴランガはかなり強くなったけど、魔力だけなら私には全然及んでいないということの表れだね。
「亢閃剣!」
ゴランガの慣れていない中威力魔法を使ったことによる隙をついて金色の魔力を纏った短剣を振り抜いた。
殆ど抵抗無く振り抜かれたそれは簡単にゴランガの右腕を斬り飛ばした。
斬り飛ばした腕は地面に落ちるとまるで別の生き物のようにビチビチと跳ねていたけど、ドロリと溶けて地面に吸い込まれていった。それと同時に黒い靄で出来た大斧も霞んで消えて、ゴランガは失った右腕の付け根を左手で押さえている。
「勝負有りかな?」
「……情けなんざいらねぇ。さっさとトドメを差しやがれ」
戸惑う必要はない。
さっき一度殺したと思うほどの攻撃をした相手だし、やらなきゃ私の方が殺されるのだから。
「今度こそ終わりよ」
私はゴランガに近寄り短剣をその頭に突き刺そうと振り上げた。
「…お前がなっ!」
「は? あぐぁっ?!」
突然お腹に走る熱い衝撃。
短剣を振り上げていたことでゴランガから放たれた何かによって十メテルほど後ろに吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ…あぁ…っ…」
油断してたつもりはなかったのに、何をされたか全く分からなかった。
お腹を押さえていた手を見るとベッタリと血がついていて、それはゴランガの攻撃が私の防御を貫いた証拠だった。
「はっ、ははっ! やっとお前に一発入れてやったぜ!」
私が自分の血を見ていた間にゴランガは立ち上がっていて、斬り落としたはずの右腕は再生していた。
しかもただ再生しただけではなくその腕は肘から先が異常なほど長くなっており、先端はゴランガが使っていたようなハルバードのような形をしていた。
つまりあれの尖った先で私は刺されたってことのようだ。
「ふははははっ! まだまだまだまだまだまだぁっ!」
私が立ち上がらないのを良いことにゴランガが右腕を更に変形させて大斧にするとそのまま斬り掛かってきた。
しかもさっきより速い!
ガィィィン
咄嗟に左の短剣で受け止めようとしたものの、下から掬い上げるように振り上げたゴランガの攻撃に対処しきれずに弾き飛ばされてしまった。
当然それで止まってくれるような優しさはゴランガにあるはずもなく、弾き飛ばされた私をすぐに追ってきたゴランガはその巨大な足で踏みつけてきた。
「おらぁっ!」
「あがぁっ!?」
「ふはははっはははっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!」
立て続けに踏みつけてくるゴランガの攻撃から抜け出せずに私の体はどんどん地面に埋まっていく。
けど、その汚い足で踏まれてると思うとものすごく頭に来る!
「けっ…剣、魔法…光剣繊」
私の放った紫色の閃光はゴランガの右肩を貫いた。
それに一瞬戸惑って攻撃に隙が出来たところで、ようやく私はゴランガの足の下から脱出することが出来た。
しかしゴランガも大きく振りかぶった大斧を私目掛けて振り下ろしてきた。
それを身体を捩って躱すと叩きつけられた大斧の衝撃で地面が爆ぜ、小さなクレーターが出来上がった。
私の身体もその爆風で飛ばされたので、何とかゴランガから距離を取ることが出来た。
「いいねぇ。無様なセシルを見てると最っ高の気分になれるぜ」
「…わ、たしは最悪、だよ…」
刺されたところを右手で押さえているけどすごく痛い。
こんな痛み、この世界に来てから初めて受ける。
いや前世ですら味わったことなんか無……くない。
「お前は油断して、怪我をしたせいで、今から俺様に殺されるんだ。ざまぁねぇなぁ?」
ゴランガが何か言ってるけど、耳に入っても頭には入ってこない。
この痛みのこと、私は覚えてる。
前世で最後に殺された時、同じようにこんな屑に刺されて死んだんだ!
「じわじわ嬲り殺してぇところだが、何が起こるかわかんねぇしさっさと済ませてやらぁ」
ゴランガが私のすぐそばまで来て大斧を振り上げた。
「死ねぇっ!」
「…戦帝化」
ガキン
「何っ?!」
ゴランガの振り下ろした大斧は顔を庇った私の左腕に当たって跳ね返った。
その衝突は金属同士がぶつかった音にしか聞こえず、なのに私の腕には傷一つ入っていないがゴランガの大斧は刃が砕けてしまっていた。
「ちぃっ…まだそんな隠し技を持ってやがったか」
「ゆる、さない…。…和美ちゃんを、よくも…」
「あぁっ?! 何だと?」
私を殺した。
和美を危険な目に合わせた。
こんな理不尽にいつまで振り回されなきゃいけないのよ。
私達はただちょっと幸せになりたかっただけなのに。
こいつらからしたら力の無い人達なんか全部自分の都合のいいように出来るおもちゃみたいなものなんだ。
そんなの許せない。
「ぜっ……たいにぃっ! 許さないんだからっ!」
ドシャ
短剣が握られた右腕が振り上げられたと同時に落ちたゴランガの左腕。さっきと同じでまるで腕だけで意志があるようにビチビチと跳ねている。
「…はんっ。そんなもん、痛くも痒くもねぇ。どうせすぐにさいせ…」
「金閃迅」
右腕を振り上げた格好のまま、金色の魔力を全身に纏うと極狭い範囲に理力魔法の障壁をゴランガを中心に十枚ほど作り出すと、そのまま片手にしか短剣を持っていないにも拘わらず超高速の斬撃を繰り返した。
ドチャッ
次の瞬間には首から下を細切れにされたゴランガの首がミンチになった自分の身体の上に落ちた。
「なっ?! 何をしやがった?!」
「…五月蝿い。もう、喋るな」
「…何をしたか知らねえが、今の俺様ならこっからでも十分再生出来るん…」
「喋るなあぁぁぁっ!」
ダンッ
右足で強く地面に踏み込むと私の足は簡単に地面を踏み抜き、足から流し込まれた魔力によってゴランガの首が落ちている場所を直径一メテルくらいを上空に跳ね上げた。
さっきゴランガが使っていた地天衝の応用でしかないけど、こんな使い方をする人は滅多にいない。
さぁ。もう終わりにしよう。
「地獄で業火に焼かれてきなさい!新奇魔法 煉獄浄焦炎!」
エルダーリッチだったデリューザクスに放ったものとは訳が違う。戦帝化を使った上で新月の夜空に向かって放つ全力の炎。
範囲を絞り込み、ゴランガを乗せた地面の一部へと向かっていく真っ白い光。
半径千メテルを焦土に出来るほどの火炎が収束されることによって生まれた超高温のレーザーは真っ直ぐにゴランガへと向かっていく。
残念ながら下を見下ろすことが出来ないゴランガでは自分に迫っている業火を見ることは適わないだろうが、それが幸か不幸かは分からない。
「なっ……何がっ……ギャアアアァァァァァァァッ…」
地面ごと打ち上げられた彼の悲鳴がここまで聞こえてきたのは意外だった。
真っ白い光の帯が夜空へと消えていき、一緒に打ち上げられた地面が真っ黒いガラスの塊となって落ちてくるのが見えたのはそれから一分以上してからだった。
「…あ……あ……」
そのガラスの塊と一体になってしまっているゴランガはあれだけの炎で焼かれたというのにまだ生きていた。
正確には死ぬ直前で肉体が再生し続けてしまったために、肉体が灰になるほどの業火を正しく死ぬほど浴びてしまった。
そのせいで精神の方はほとんど死んでるも同然のようだけど。
そうなると殺すことも出来ないってことになるのは困る。
「…魔人化…魔物化……アンデッド、とは違うよねぇ…。いや、試してみようか。新奇魔法 聖浄化」
落ちてくるゴランガに向けてリッチにも使った浄化魔法を使う。
これで駄目なら地魔法で岩の中に閉じ込めて地中深くに押し込むくらいしか方法を思いつかない。
「あぁ………あ……ぁ…」
しかし私の不安を余所に浄化魔法はゴランガから謎の液体の効果だけを洗い流してくれたようで聖なる光の中に黒い靄が流れていき、それはやがてうっすらと霞んで消えていった。
ガシャァァァァァン
ガラスの塊となった地面が落ちて酷い音を立てて砕け散った。
その中にはもうゴランガだったものは残っていない。
探知も使ってみるけど、さっきゴランガから感じていた悍ましい気配はもう近くになくなっており、私はそれを確認出来たことでようやく戦帝化を解いたのだった。
「はぁ……ほんとに、最後まで面倒臭い男だった…」
ゴランガを葬ったことでようやく怒りが収まったけど、ふと気付いて周囲を見渡すと離れたところで倒れているサブマスターの男を見つけた。
私とゴランガの戦闘に巻き込まれたのだとすれば致命傷を負っていても不思議ではなかったけど、どうやら気絶しているだけのようで身体にも目立った外傷は見当たらなかった。
念の為小治癒をかけておくだけに留めると、他にも巻き込まれた人がいないか確認することにした。
「お疲れ様、セシル」
近くにいた住民達のうち、盗賊達に怪我を負わされた人を全て治療して亡くなった人は全て広場へと並べた。
かなり無惨な亡骸を晒していた人やとても酷い断末魔の表情を浮かべた遺体もあったけど、住民達の遺体だけは聖魔法で復元しておいた。おかげで皆安らかな死に顔になってはいる。
形だけ整えただけでしかないのだけど。
そんな作業にすっかり疲れきった私の元に、温かい飲み物を持ってリーアが来てくれた。
「酷い目にあった人もいるけど死んだ人達は安らかに眠ってくれるわ、きっと」
「…こんなのただの偽善でしかないよ」
「いいじゃない、偽善で」
リーアから受け取った温かいお茶を飲むことなくただ手を温めていたけど、偽善でいいというその言葉にはっとして顔を上げた。
「いいのよ偽善で。セシルは自分に出来る精一杯のことをしてくれた。それが私達には何よりも嬉しいのよ」
「…ほんと…?」
「えぇ、二回も助けてもらった私が言うんだから間違いないわよ。勿論これでみんなが幸せになれるわけじゃない。だからってそれを貴女が全て背負う必要なんかないの」
「でも…私が最初から盗賊を全員殺していれば…」
前にもリードに注意されていたのに、私はまた間違えてしまった。
こいつらを生かしてしまったことで、別の誰かが殺されてしまった。非道い目に、辛い目にあった人達がたくさんいる。
もっと、ちゃんとやっていれば。
そんな「もしかしたら」の話が私の頭から離れてくれない。
「何度間違えたっていいじゃない? 私なんか間違いだらけの人生なのよ?」
そう言って自嘲するリーアは苦笑いしているけど、なんだかそれがとても眩しく見えて仕方がない。
私もいつかそんな風に思える日が来るのかな。
「今はきつくても、きっと大丈夫。ね?」
思えばリーアだって大変な目に遭ってるはずなのに、こうして私を励ましてくれる。
強くて優しい、姉みたいな人だね。
園にいた姉さん達も、こんな風に励ましてくれたことがあったっけ。
「ほら、セシル」
そしてリーアは町の外を指差した。
彼女の指差す先には、山間から顔を出してきた太陽が明るく町を照らし始めていた。
まるで綺麗にカットされたダイヤモンドみたいに、綺麗で温かくて、優しくて。
そんな太陽みたいに優しいリーアは私を頬を一撫でした後、そのまま抱き寄せてきた。
「頑張ったね、セシル。貴女は町を救った英雄よ? 英雄に涙は似合わないわ」
いつの間にか私の頬を流れ続けていた涙を隠すように、その柔らかな胸に埋もれさせてくれた。
今日もありがとうございました。




