第205話 襲撃は町にも
黒装束のリーダーらしき人を返り討ちにしたら殺せって言われた。
そんなことのために私は貴方達を撃退したわけじゃないんだけどね?
「殺せって言われて、『じゃあね』とか言ってやっちゃうような人に見える?」
「…見えんな」
「じゃあ言わないでよ…。というか私は貴方達が誰に言われてここに来たのかさえ聞ければどうでもいいんだけど。どうも私は尋問が下手みたいで」
「教えろと言われて喋るような暗殺者がいると思うか?」
「…いない、だろうねぇ…はぁ」
というか暗殺者だったんだね、やっぱり。
気になったのでこの人のステータスをちょっと覗き見してみよう。
???
年齢:44歳
種族:人間/男
LV:86
HP:32,569
MP:17,085
スキル
言語理解 6
算術 4
気配察知 8
魔力感知 5
魔力循環 4
魔力操作 6
魔力自動回復 4
火魔法 4
湿魔法 6
風魔法 4
石魔法 6
闇魔法 2
身体強化 3
投擲 5
片手剣 6
二剣術 5
短剣 8
小剣 2
暗器 9
格闘 4
魔闘術 2
異常耐性 6
野草知識 5
鉱物知識 1
道具知識 3
礼儀作法 3
ユニークスキル
武具操作 1
知覚限界 4
隠蔽 4
錬金術 1
タレント
狩人
剣士
戦士
暗殺者
魔法使い
七転び八起き
慈悲ナキ者
あ、この人Sランク冒険者に匹敵してる。
ゴランガと比べてもあまり遜色ないくらいだし。
なんでこんな人が暗殺者なんてやってるんだろう? 普通に冒険者をしていれば十分名声を手に入れるくらいは出来ただろうに。
私の表情を見たのか、男が身体の力を抜いたのがわかった。
何かをしてくるつもりなら既にしているだろうし、今さら抵抗の意思がないこともわかるので、私も自分の短剣を腰ベルトの鞘へと戻した。
「俺が誰に言われてお前を殺しに来たのかは言えんが昔話くらいならしてやろう。どうだ?」
「…出来ればその『誰か』を教えてほしいんだけど」
「それは言えんな。だがその言葉は了承と取ろう」
男は私の返事を待つより早く自分の生い立ちを話し始めた。
というか本当に聞くつもりなかったんだけど?!
話がひと段落したことで、男は一息ついた。
彼が話してる間に身体の自由を奪うために拘束させてもらい、今の休憩時間を使って宿の中で転がしたままにしている他の暗殺者達も全員引き摺ってきた。
身体の感覚を完全に奪っているから何をされてるかもわからないだろうが、自分がどこかへ連れていかれることだけはわかるようで動かない身体を何とか動かそうとピクピクしてみたり喋れない舌で何かを言おうとして言葉にならない唸り声を上げるだけだった。
自分でやっておいて何だけど…これはかなり凶悪な拘束方法だわ。そのまま拷問としても使えそう。
事実、動けなくなった他の暗殺者達をまとめて巨大な黒い塊を引き摺ってきた私を見てリーダーの男は顔から血の気が引いていた。
後で貴方にもやるからね?
ちなみにリーダーの男から聞いた話はこうだ。
王国の中でも貧しい貴族の生まれであった彼。
そんな貧乏貴族の十一人兄弟の七男という当主を継ぐことも出来ず、また家の中の仕事すら余っている状態では家から出るしかなかった。
姉や妹のように女であればまだ政略結婚としての使い道はあったので、彼の姉や妹は有力な商人の妾や高位貴族の愛人になったらしい。そういう意味では彼のような穀潰しの七男など家にとっては何の使い道も無い存在だった。
それでも何とか勉強して国民学校に入ることの出来た彼はそこである貴族の傘下に加わることになった。
けど、どの貴族なのかは頑なに教えてくれないので全く不明だ。ついでに自分の名前も家名も全然教えてくれない。こんなことならアイカ特製の自白剤でも持ってくるんだった。
と、ここまでが休憩前の話。
そしてここからがその続きなのだけど…。
国民学校を卒業するとすぐにその貴族の息子に呼ばれ、彼の元で仕事をするようになった。
最初はただの情報収集するための駒として。
しかし彼は国民学校でもトップクラスの戦闘能力を持っていたこともあり、諜報活動でも必要とあれば一般人でも手を掛ける冷酷な性格を気に入られ暗殺者としての道を歩むことになった、らしい。
どこまでが本当の話かはわからないけど。
でもここまでの話でわかったことがある。
貴族の中でも情報収集を必要とするような人はかなり限られてくる。
四公八侯の当主は当然として、その後継ぎは間違いなくそういう人員を確保している。リードも勿論それに含まれているし、ミルルやババンゴーア様、ネイニルヤ様もだ。
あとは有力な伯爵家や領地を持っている子爵家もだけど、ここまでの暗殺部隊を持っていそうなところはかなり限られてくる。
「…参考になったか?」
「えぇ。でもそれを私に教えてどうしたいの?」
「さぁな。後は自分で考えればいい。もういいだろ、早く殺せ」
「…殺さないって言ったでしょ?」
「そうか…それならせいぜい楽しみな。『じゃあな』……っ!」
ドサッ
男は座り込んだまま身体に力を入れたかと思ったら突然その場に倒れ込んだ。
「うん? どうし…あっ!」
私が近寄った時には既に遅く、彼は口と鼻、そして目からも血を流しており既に息をしていなかった。
よくある口の中に毒を仕込んでいたみたいだった。
「くっ…正異常」
聖魔法で治療を試みてみるもやはり既に手遅れだったようで、彼の体から毒が消えることはなかった。
治癒光よりも強い状態異常回復魔法なのに解毒出来なかったってことは本当に即効性の高い毒だったようだ。
「まったくもう…こんなんじゃすごく後味悪いんだけど…」
これだとまるっきり私が殺したみたいに見える。
彼の死に際の言葉。
「せいぜい楽しみな」っていうのはこうして私が殺したみたいに見せることで私の罪悪感でも煽ろうとしているのかな?
いやそれはないか。
平和だった前世の日本ならいざ知らず、命の価値がとても軽いこの世界でそんなことを考えるとは思えない。
つまり、まだなにかあるんだ。
私の中でそう結論が出たその時、町の門がある方向から地響きとともにドォォンという大きな音が聞こえたきた。
まるでこれから始まる何かの開始を告げる銅鑼のような音だった。
門の前に辿り着くとあちこちの建物が崩れており、その下敷きになった者とそれを助け出そうとする者、地面に蹲っている者、血を流して事切れている者など、明らかに何かの襲撃を受けたと思わしき戦場のような有様だった。
こんな真夜中に魔物が大規模な襲撃を?
違う。魔物ならもっと手当たり次第だし、見かけていないのはおかしい。
だったら人しかないけど、なんでこんな領都から遠く離れた町をこんな時間に襲撃する意味がわからない。
とにかくまだ息がある人を目に付く限り治療していこう。
近くにいた人でまだ生きてる人には片っ端から大治癒をかけて回った。
さすがに新奇魔法まで使うようなことはなく、骨折した人はいたけど添え木をするくらいにした。
額に滲む汗を拭い、大きく息をついたのは二十人くらい治療した時だっただろうか。
ちょうどその時には大きく崩れたプイトーンの冒険者ギルドの前に辿り着いていた。
探知を使うと中にはまだいくつかの反応が見て取れたので、入り口を埋めてしまっている瓦礫を取り除きながら進んでいくことにした。
しかし柱がほとんど折れるか破損してしまっていたためにいくつか瓦礫を撤去したことで屋根が崩れ落ちそうになっていた。
「もうっ! 空間維持!」
冒険者ギルド全体を包むように空間魔法を使うとグラグラと揺れていた屋根や柱などがぴたりとその動きを止めた。
この魔法なら私、術者が干渉するもの以外はその形状を維持することが出来る。
相変わらず空間魔法は莫大なMPを消耗し続けるのでまともに使えないものばかりだ。
この魔法が掛かれた本を託してくれたアドロノトス先生には感謝するけど、この本のオリジナルを持っていたヴォルガロンデは一体どれだけのMPを持っていたんだろうか。
おっと、今はそんなことを考えてる暇はない。
私は反応のあった場所を一つずつ巡りながら逃げ遅れた人達を全てギルドから救い出し、全員を地面に横たえた。
途中何人かの遺体もあったので、歯噛みしながらそれらも全て運び終えた。
「リーア、大丈夫?」
「…セシル…。また貴女に助けられちゃったのね…」
「…ちょっと怪我してるみたい。今治療するね」
見るとリーアの鎖骨あたりが紫色に変色していたのでどうやら骨折しているようだ。
さすがにちょっと知ってる人だし、これを見て見ぬ振りは出来ない。
「新奇魔法 聖光癒」
リーアの身体が金色の光に包まれた後、彼女が負傷した場所にその光が収束していきあっという間に治療が終わった。
これなら複雑骨折でも治るし、腕や足が千切れた場合でもその腕や足があればくっつけることも出来る。新奇魔法である以上、聖魔法の大治癒よりも遥かにMP消費が多いので頻繁には使えない。見ず知らずの人相手なら使うのを躊躇ってしまうのも仕方ないと思ってもらいたい。
「ありがとう、セシル。もう大丈夫よ」
「ううん。無事でよかったよ。それより、一体何があったの?」
リーアの治療が終わった後も他の怪我人の治療を片手間に続けつつ話を聞くことにした。
「私達もよくわからないわ。夜寝ていたら突然大きな音がしたから目を覚まして…部屋の中で外の様子を窺ってたらいきなり建物が崩れて…」
「音…。私もちょうど起きてたからその音は聞いたよ。確かこの辺りだったはずだけど、詳しい場所はわかる?」
「多分、ギルドの裏からだったと思うわ」
「ギルドの裏? なんで? だってあそこには……まさか…」
私は他の人の治療を素早く済ませると探知を使い周囲の気配を探った。
そしてその反応は思ったよりも遠くで見つけることになった。ここからだと三千メテルくらい先、住宅街のある地域だ。
嫌な予感しかしない。
「リーア、私ちょっと行ってくる」
「セシル! …いえ、貴女は私が止めたくらいじゃ行っちゃうのよね?」
「大丈夫。私強いから。でもリーアの身に何かあったら困るから、何か武器を預けておくね」
腰ベルトから一本のレイピアを取り出すと彼女に渡した。鑑定してみると彼女の小剣スキルは6となかなかに高い。
クドーから預けられていたアダマンタイトで出来た試作品ではあるけど、彼女なら十分に使いこなせるだろう。
それからまだ何かを言おうとしていたリーアを振り切り町の中を駆け抜けた。
背中にかけられた悲鳴に近い叫びの中身はわからなかったけど、あんなのをいつまでも町の中で好きにさせたら駄目だ。
「待ってなよ、Sランク冒険者、ゴランガ!」
今日もありがとうございました。




