第199話 洞窟の中は悪党の巣?
光灯を五つ浮かべて洞窟を進む。
森の中にある岩山だからか湿度も高く、入り口近くは苔が生えていたし、こうして奥まで来ると藻がびっしりと覆い尽くしていて普通の人は油断すると足を滑らせてしまうだろう。
私は一度足下がぬるっとした時に理力魔法を使ってからはずっと歩きながら足をつく度に理力魔法の足場を作っているので滑ることはない。
私が洞窟に入ってから既に鐘半分くらいの時間は経っている。
今のところ分かれ道には全て目印を置いてきたけど、特に複雑な構造はしていない。それが逆に不自然なんだけどね。
「あれ…行き止まりかな?」
目の前にはただの岩の壁があり、ところどころ上から染み出してきた水が流れてきているだけだ。
仕方ない、一つ前の分かれ道まで戻って別のルートを探してみるしかないかな。
こういう時アイカがいれば神の眼のマッピング機能で楽々攻略出来るんだけどな。
探知が効かないってだけでここまで不便になるとは思わなかったなぁ。
引き返そうと後ろを振り返って元来た道に視線を向けた。
「さっきの分かれ道ってどのくらい前だったかなぁ…」
そして三歩くらい歩いたところでふいに後ろから追い風が吹いた。
ガンッ
首の後ろに衝撃が走った。
やっぱりこの洞窟には何かいた。
全然痛くも痒くもない攻撃を受けたけど、フラつく演技をした後にパタリと倒れてみせた。
「…やったか?」
「いや…気絶しただけみたいだ。ここに来るような冒険者ならこのくらいじゃ死なない」
「よし、じゃあ奥に運び込め」
私の身体を誰かが持ち上げ肩に担いだようだ。
声や足音からするとここにいる人数は四人。
うっすら目を開けて横を見てみるけど、近くには他の者がいないようで岩の壁が見えるだけだ。
このまま大人しくしていて彼等の拠点があるところまで案内してもらうのが一番楽かもしれないね。
問題は私を担いでる男の匂いがキツすぎて息をするのもしんどいことだけど…。いったいいつからお風呂に入ってないのか。私みたいに洗浄が使えるならともかく、せめて水浴びくらいしてほしいものだよね!
臭いを我慢しながら男に担がれること数十分。気が遠くなるほど長い時間だった…。
気絶してると思わせてるから脱臭すら使えないし、かと言って探知なんて使おうものなら彼の臭いを十数倍にも濃縮したようなものを味わうことになってしまうのでそれも使えない。気配を探ることが出来ない今の状況なら使っても仕方ないけども。
それにしても探知の中に知覚限界が融合されているせいでこんな弊害が出るなんて思わなかった。
とにかく、それだけ忍耐を重ねた私が連れてこられたのは洞窟の更に奥。
どうやらここが彼等の拠点らしい。
いくつも木箱が積まれていたり、椅子やテーブルなんかも散見されることから結構な人数がいると思われる。それと洞窟の中なのに薄っすらと明るいので灯りの魔道具も置いてるようだ。
ただ…ところどころにゴミも散乱しているし何かが腐敗したような臭いもする。正直ゴブリンと同じような臭いがするくらい汚い。ここにいるのは本当に同じ人間なのかな?
「侵入者を捕まえてきた」
「ご苦労さん。…なんだ、侵入者っていうからてっきりどっかから流れてきた冒険者かと思ったら女なのか?」
「俺達も最初見た時は目を疑ったぜ。冒険者なのは変わらんと思うぞ」
「ほぉ…まだちっとガキだが後何年かすりゃ成人するくらいだろうし、これでも十分楽しめる奴はいるだろ。いつものとこに入れておけよ」
拠点にいた見張りらしき人と話をした後、私を担いでる男は適当に返事をしながら再び歩き出した。
というかさ。
あと何年とかじゃないし! 来年成人だし! ついでに「これ」ってなによ?! そんなに私の体型が女らしくないってこと?
決めた。
今決めた。
ここにいる連中はいつもの盗賊を捕まえるための方法じゃ済まさない。
軽く地獄の見学ツアーでもご案内して差し上げよう…っ!
「ほらよっ、新入りだ。仲良くな」
そして私を担いでいた男はどこかのドアを開けたかと思うと私を地面に放り投げた。
ようやくあの臭いから解放されたかと思うと清々する。
再びドアが閉まる音がしたかと思うとガチンとかなり大きな音がして鍵が掛けられたようだ。ということはここは牢屋か何かかな?
男の足音が遠ざかっていくのを確認した後、ゆっくりと体を起こした。
さすがに牢屋の中まで灯りの魔道具は使っていないようで、通路側からの灯り取りの小窓から差し込む仄かな光だけを頼りに部屋の中を見回した。
そこにはボロボロの服を着た女性が七人いて全員がかなり疲れた表情をしていた。
いつからここにいるのか知らないけど、こんな薄暗いところであんな臭い男達と一緒にいたら気が滅入ってしまうのも仕方がない。
「貴女ももう終わりよ」
彼女達を観察していると、壁に寄りかかって車座になっていた女性に声を掛けられた。
顔を上げたその女性は薄汚れているけど、とても整った顔立ちをしていることが薄暗い中でも見て取れた。
そして他の女性達と違い、まだ目に光が灯っているところを見るとあんなことを言っていてもまだ絶望しきっていないのだと思う。
「終わりってどういうこと?」
「決まってるじゃない。ここはあいつらの塒よ。捕まったら最後、あいつらの慰み物になるだけの人生ね」
「…じゃあここにいる他の人も?」
「…えぇ。ここはまだ比較的新しい人ばかりよ。奥にはもっとずっと前から捕まってる人もいるしね。というか貴女、自分も捕まったっていうのに随分余裕なのね」
さっきから話している女性は私のことを現実が直視出来ていない哀れな女と見ているようで、「余裕」と言ってきたけど呆れというより小馬鹿にしたような音を含んでいた。
決してそこまで余裕というわけでもないのだけどね。
ここに連れて来られるまでに腰ベルトも取られちゃったし、探知は効かないしでかなり出たとこ勝負になりそうな雰囲気だから。
というかまず腰ベルトの奪還だね。
あの中にはまだ倉庫に移していない宝石がいくつも入っているのだから。
「まぁいいわ。貴女、名前は?」
「私はセシルだよ。お姉さんは?」
「私はリーアよ。多分、セシルはここに来たばかりだからすぐに連れていかれることになると思うけど…気をしっかり持つのよ?」
リーアの中では私がさっきの男達に蹂躙されることが決定しているようだ。
勿論そんなつもりはサラサラない。
出来れば早く呼びに来てほしいくらいだ。
腰ベルトは改良を重ねて一つ一つの鞄の留め具を全て私オリジナルの魔道具にしてある。あれは私の魔力を流さないと留め具が外れないというセキュリティー対策を施してある。
だから宝石が盗られることはないけど一刻も早く私の手元に戻ってほしい。そもそもあんな汚い連中に触れさせることすら悍ましい。
「リーアは優しいんだね」
「…そんなことないわ。もうここの部屋も話が出来る人がいないだけよ…」
そう言った彼女は部屋の中に視線を巡らせた。
横になったままピクリとも動かない人やどこに視線を向けているかわからない人、ただ無気力に俯いている人など。よほど辛い環境にあったんだと思う。
現に彼女達の身体からは前世で園にいた時、思春期の男の子の部屋にあったゴミ箱からした臭いと同じものが漂ってきている。
碌に身体を綺麗にさせることもせずにただ自分達の欲望を叩きつけ続けていたあの男達、さすがにこれは同じ女として許せない。
「聖浄化」
リッチ戦でも大活躍だった新奇魔法を使い、彼女達の身体の汚れを落としてあげることにした。
洗浄よりも強力なので、ベオファウムで領主館にいた時には浴場に使って古い水垢までピカピカに出来るほどの便利魔法。
「脱臭」
続けて臭いを消し去る魔法。
これであの男達からつけられた臭いもしなくなる。
後は怪我とまではいかないけど多少体に傷がついているので回復魔法を使ってあげたいけど、あれは使うと光が漏れるから今は無理だね。
「…セシル、今何を…?」
「ちょっとみんなの身体を綺麗にして臭いも消しただけだよ」
「そんな魔法聞いたことないわ」
「そうだろうね」
「……貴女、何者…?」
おや?
ここまでしたことでようやく私がただ捕まっただけの女とは思わなくなったみたいだ。
けど馬鹿正直に話してあげるほどお人好しでもないけどね。
「さてね。それよりリーアはこの中のことをどのくらい知ってるの?」
「…ほとんどわからないわ。私はパーティメンバーと一緒にこの洞窟の調査に来て、仲間と一緒に捕まったの。もう一人女の子がいたんだけど…彼女は別の部屋よ」
別の部屋。
つまり健康状態や精神状態があまりよくないということ。
「あの子は可愛かったから…私より、何度も…」
「リーア、もういいよ。ごめんね」
思い出したからか、リーアも膝を抱えたまま啜り泣きを始めてしまった。
もう一人の女の子の状態を間近で見ていたに違いない。
それがどんなものだったのかわからないけど、大切な仲間や友だちがそんな風に変わってしまったら確かに悲しいよね。
その後リーアが落ち着くのを待ってからいくつか質問してみたけど、やはりこの洞窟内部のことはよくわからなかった。
ただここのボスらしき人物はとても大柄な男で手下の男達もかなり恐れているということ。あまりに恐ろしくてほとんど顔を見ることが出来なかったそうだけど醸し出す雰囲気だけでも相当な実力者であろうということだけはわかった。
あとはそういうことをする時はそこそこの人数が集まるらしく、そこから推測するとここにいる男達の人数は百人程度ではないかということだった。
しかしそうするとやっぱりおかしいよね?
なんで私の探知で彼らの情報だけじゃなく、ここにいる彼女達の気配まで探ることが出来ないのか。
魔力を感知させにくくするような魔道具なら存在するけど、私の気配察知と魔力感知の両方を掻い潜るようなものはないはず。しかもあくまで阻害されているのは気配察知や魔力感知のみで探知に含まれている知覚限界によって引き上げられた私の感覚はそのままになっているのが不思議で仕方ない。
こうなるとやっぱり出たとこ勝負に頼るしかないのかなぁ…。
今日もありがとうございました!




