第198話 不審者?
カチ カチャ
ドアに鍵が差し込まれてロックが外れる音がする。
キィって小さくドアが開き数人の気配が部屋に向かってくる。
ベッドはシーツが膨らんでそこに誰かいることがわかる。
部屋の外からそれを確認した彼らは一気に部屋の中へと雪崩れ込んできた。
「ふぁ……はぁ、よく寝た」
未だ眠気眼のまま私はベッドの上で起き上がって床を見下ろした。
「うん…六人って…こんな女の子一人のために随分沢山で来たんだね」
床に転がったまま身動きの取れない男達はピクピクと蠢きながら何も喋れないまま白目を剥いていた。
昨夜張っておいた絶対領域は以前の物と違って結界内に悪意ある人や魔物が入ってきた場合は警告音が鳴ることはない。その代わり邪魔法の効果が強くなっていて眠り、麻痺、盲目などの状態異常を与えるようになっている。
しかも私の邪魔法はかなりレベルが高いのでそれこそユニークスキルの異常無効のレベルが7くらいはないと私の魔法に対抗することは出来ない。
意識のない彼らを横目にジャケットを羽織り、腰ベルトを身に着けると侵入者達を纏めて縄で縛る。
そして彼等の懐を探ってみるとギルドカードが出てきた。ランクはCとDなので実力は大したことないけど、こんな犯罪者みたいな真似してまで生活費を稼ぎたかったのかな?
「さて…」
私は部屋を出て一階の玄関ホールへ来るとカウンターにいた主人の元へと向かう。
彼は私が特に変わらず部屋から出てきたことに驚いたのか目を見開いていた。
「おはようございます。おかげでゆっくり眠れました」
「あ、あぁ…そ、れはよ、良かった」
「はい。あ、それと」
部屋の鍵をカウンターに置くと私はそのまま宿の出口へと足を向けた。
「…一つ忘れてました。泊まってた部屋に大きな鼠が出ましたから処理しましたけど片付けだけしておいてくださいね」
宿を出た私はそのまま町の出口へ歩いてきた。
泊まった宿で部屋に入ってきたあの男達を招き入れたのは宿の主人で間違いないと思う。
ご丁寧に鍵を開けて入ってきたからこそまず確定だろう。
別に危害がなかったからそのまま放置してきたけど、町の衛兵や冒険者ギルドに届け出たところでいつの間にか釈放されて終わりだろうから何もしなかった。
この町の町長からしておかしいのかもしれないけど…こんなのはちょっと異常だ。
王都の冒険者ギルドには正しく報告することとして、こんなの領主様とか貴族様は何をしてるんだろうね。
「でもま、それは私の仕事じゃないもんね」
そう呟くと私は門をくぐり、町から出ていくことにした。
町を出て更に北へ進んだところからまた森になり、その少し先に目的の洞窟がある岩山がそびえ立っている。
このあたりはあまり人もいないので門を出てすぐくらいから走り出そうとしたんだけど、私の後を尾行してくる人の気配だけはある。
ここで魔人化を使って走り出すと流石にちょっと目についてしまうので仕方なくそのまま森を目指して歩いていくことにした。
時間掛けたくないのに厄介なことっていうのは続けて起こるものだよね。
歩き出して三十分もすれば平原とは言え、土地の凹凸のせいで町から見えないような場所が出てくる。
完全に死角に入ったところで後ろからついてきていた人達が走ってきて私を取り囲んだ。
「…何か用?」
大勢の男達に囲まれたことに動揺することなく目の前の男に問い掛けた。
「アンタ、宿で襲ってきた連中を返り討ちにした女だな?」
「さぁ? 眠ってたからわからないよ」
「惚けんじゃねぇ!」
先頭にいる男がやたら威圧的な態度と大声で私に怒鳴りつけてきた。
別に惚けてるわけでもなく、本当に寝てる間に部屋に入って勝手に気絶したから私が知る由もないんだけどね。
「仮にそうだったとして何か問題があるの? 女性の部屋に無断で入るなんて礼儀知らずにも限度ってものがあるでしょ?」
「黙れ! 何をしたか知らねえが、これだけの人数がいればアンタだって無事じゃ済まねえだろ!」
「けひひひひっ。大人しくしてりゃ痛いことはしねぇでやるよ」
「これだけの上物なら高く売れるぜ」
「おいっ、余計なこと言うんじゃねぇっ」
私を取り囲む集団のあちこちから下品な言葉を吐きかけられて頭が痛くなってきた。
これ盗賊か何かかな?
でも町から私を追ってきたってことはただの盗賊とは思えない。
「アルマリノ王国の法律では人身売買は許可されてないよ。貴方達のやろうとしていることは違法行為。衛兵に突き出されたら極刑だって知ってるの?」
「へっ、あの町の衛兵は俺達の言いなりさ。バレたって構いやしねぇ」
「だいたいそこらの貧村だって食い扶持減らすために子どもを闇奴隷商に売ることだってある。つまりそれだけ売れるってことよ」
「アンタは見た目もいいし、高く売れるだろうなぁ」
駄目だ。
これ以上話してると耳が腐りそう。
だいたいさっきから私の体を舐めるように見回してるその視線を向けられるだけで気持ち悪い。
それで更に違法行為。
もう情状酌量の余地無しってことでいいよね。
Cランク以上の冒険者には違法行為を行う犯罪者への逮捕権がある。基本的に生死問わずだけど、なるべく殺さない方がギルドからの評価は高い。
今までも何回か盗賊団の捕縛っていう依頼を受けたことがあるけど、一網打尽にしても全て生かして捕らえてきた。
相手がかなり強い人じゃなければそこまで難しいことではない。ここで言う「かなりの強さ」っていうのはアイカやクドークラスのことだから、普通の人間がその域に達するのはまず無理だけどね。
私を取り囲む男達の人数は全部で二十人。それぞれが武器を持ってじりじりと私との距離を詰めてくる。
「慈悲は必要ないね」
「この人数相手に何が出来る。俺達全員相手にして勝てるつもりか」
今の独り言だったんだけどな。
まぁいいか。
そして私との距離が十メテルになったところで彼らも目線で合図し出したので私も口を開いた。
「電撃魔法 電気触」
空気中に放たれた青白い電撃が一瞬だけ見え、ビリリっと音が聞こえたと思いきや男達は一斉に地面に倒れ伏した。
あまり強い魔法じゃないけど、邪魔法で状態異常にするよりも広範囲に使えるのでこういう時非常に使い勝手が良い。
邪魔法だと強力だけど自分の周囲全部へは使えないからね。
「身体が痺れてしばらく動けないと思うけど、死ぬことはないから安心してね?」
私は先頭に立っていた男にその場から話し掛けると彼らに近付いていくことにした。
「あー…やっぱりあったねぇ…」
私の手には二十枚のギルドカードが握られていた。
彼らの身許を確認出来る物が無いか懐や荷物を探っていたら発見したものだ。
冒険者が盗賊の真似事をねぇ…宿屋で部屋に入ってきた人達のことを話してたからもしかしてとは思ったけど。
そう考えれば昨日冒険者ギルドに行った際、私への対応が妙によそよそしかったことも納得がいく。
つまりはギルドもこのことに関わっていた、ということなんだろうね。
しかし見れば低ランク冒険者ばかりというわけでもなく、下はEランクから最高でBランク冒険者までいる。
この町本当にどうなってるんだろ。
私は盛大な溜め息をついて地魔法でその場に深い穴を掘ると彼等を次々に放り込んでいく。
まるっきり床に散らばる紙屑をゴミ箱に入れるかのような作業感で。底に理力魔法で反発する足場を作っておいたので深さ十メテルはあるけど落ちたところで死ぬことはない。
そして腰ベルトから携帯食の入った皮袋を取り出すと同じように穴の中へと放った。
「身体の痺れはあと鐘一つもすれば解けるから、そしたら頑張って穴から這い上がってねー」
にこやかに挨拶するとその場から悠々と歩き出した。
ギルドカードは奪ってあるので彼等は逃げ出したとしても指名手配は免れない。
王都に戻ったらここを教えて全員捕まえてもらうからそれまでに逃げ出せたらの話だけどね。
後は生きるか死ぬかは彼等次第ってことで。
あぁ、王都に戻ったらさっきあげた食料また買っておかなきゃなぁ。さっきの袋には干し肉や堅パンがかなりの量入っており、それこそ私一人なら一カ月分くらいになる。
ちなみに、さっきの穴は上にいくほど穴が狭くなっていくように作ったのであれを登るのはかなり大変だと思う。
しばらく離れたところで、今度こそ尾行されている気配がないことを確認すると、足下に硬い足場を作り出し先に見えている岩山へ向かって跳び上がった。
地面に理力魔法で足場を作って着地するとそこは岩山の三合目くらいの高さだった。
もう少し着地点を正確にしたいけど、それなら最初から飛行すればいいだけのことか。
とりあえずこの岩山の下に件の洞窟があるはずなので、とっとと山を下りてまずは洞窟を探すことにしよう。
山を下りていくと洞窟はすぐに見つかった。
特に隠されているわけでもないので当然と言えば当然なんだけど、何となく違和感を感じる。
どこに、と言われると本当になんとなくとしか感じないのではっきりと言えないんだけど。
ただ入り口近くの雑草が少し踏み荒らされているだとか、森の方を見ると通りにくくなるような木の枝が折られていたりそれなりに何かが入っている気がする。
それが人なのか獣なのか魔物なのかはわからない。
だから念の為洞窟に入る前に探知スキルを使っておくことにしよう。
水溜まりに石を投げ入れた時の波紋のように意識を広げていくと洞窟だけでなく周りの森に潜む魔物の気配も感じ取れる。
この近くには脅威度Dくらいの魔物しかいないようなので私が率先して狩る必要は無さそうだけど、問題は洞窟の中だ。
どれだけ範囲を広げても何も感じない。
いくらなんでも小さな獣や周りの森みたいに脅威度の高くない魔物くらいいるだろうに、それすら感じ取れない。
さっきの違和感と合わせると怪しさ倍増だよ。
探知スキルを使って中の様子を探ることは諦めて、私は聖魔法光灯をいくつか作り出して自分の周りに浮かべると意を決して洞窟へと足を踏み入れた。
今日もありがとうございました。




