第20話 茜髪の男の子
セシルのお相手登場?!
7/29 題名追加
私が見たことのない男の子に目を丸くしていると彼は遠慮なく私に近付いてきた。
パッと見た感じでは私と同い年くらいだろうか。
綺麗な茜色の髪を後ろに靡かせながら颯爽と近寄ってくる。深い褐色の瞳を湛えた力強い意志を感じる視線。なかなか綺麗な顔立ちをしているし、将来はかなりのイケメンになるんじゃなかろうか。
「おい」
と、そこで声が掛かった。
男の子は私のレイピアの範囲内まで来てから腕を組んで立っている。今まで村の中では見たことのない上に仕立ての良い服を着ているけどコールの家のお客さんかな?どこかいいところのお坊ちゃんみたいだし。
「お前、そんなことしていて楽しいのか?」
「楽しい楽しくないじゃないよ。必要だからやってるだけ」
何、この子?すんごい上から目線で偉そうなんだけど。
「必要?何がだ?そんなことをして強くなれるとは思えないぞ?」
「私にとっては必要なことなんだよ。強くなる方法は教科書通りのやり方ばっかりじゃないんだからね」
あまりの上から目線で私の対応も自然と突き放すようなものになる。
でもそれも仕方のないことよね。前世からこういう男の子は苦手だったしさ。いくら将来のイケメン候補でも中身がアレな人は遠慮したい。
「ふーん。しかしそんなことしてるようなら僕とは勝負にすらならないか。いい暇潰しになると思ったんだがな」
いやいや、暇潰しとかにされたくないから。
挑発のつもりだったのかもしれないけど、お姉さんは子どもの言うことにいちいち目くじら立てませんよ?
とは言えだ。私の訓練の邪魔もされたくない。この子には悪いけど、同い年くらいで私の相手になるような強さを持ってるとは考えにくいし、軽く捻ってあげたらどこかに行ってくれるかな?
そう考えた私は少し挑発してみることにした。
「私も相手の強さすらわからない君が勝負になるとは思えないよ」
「なんだと!」
うわぁ…いくらなんでもこんなあからさまな挑発に乗るとは思わなかったよ。流石男の子だなぁ。
「お前、女だと思って僕が手を上げないなんて思ってるんじゃないだろうな?」
「一端の男のつもり?それなら口より先に剣で語ることね」
「よく言った!」
彼はウエストポーチに手を入れると中から金属製の剣を取り出した。
って、どこに入ってたのよ?!その鞄は猫型ロボットのポケットなの?!
「安心しろ、訓練用の刃を潰した剣だ。当たっても痛いくらいで済むぞ」
私が驚いた顔で見ていたのを剣を持ち出したからだと勘違いした彼は指で剣の刃を撫でてこちらに向けた。切れてはいないが、確かにあんなので叩かれたらかなり痛いし痣もできるだろう。謝るなら今のウチだと言わんばかりだ。
私としてはそんなことどうでもいい。目の前の鞄が欲しいだけで。
「折角だ、何か賭けようじゃないか。僕が勝ったらお前、召使いになれ」
賭けとかする気ないからっ!しかも勝手に話を進めないでよ。なんなのほんとにもう。
でもある意味これは幸運かも?あの鞄を貰えるかもしれないしね。
「じゃあ私が勝ったらその鞄ちょうだい」
「この魔法の鞄か?いいだろう。どうせ僕が勝つのだから関係ない。鞄は僕が勝ってお前が召使いになった後でたっぷり目の前で自慢してやろう」
いい性格してらっしゃる。
自分が負けるとか全然思ってない自意識過剰の超自信家。
軽く捻ってここに近付けないようにしようと思ってたけど、その伸びきった鼻をへし折ってあげるべきかな。
「じゃあ、いつでもどうぞ」
私がレイピアを構えると彼もまたその剣を構えた。
偉そうなことを言ってただけのことはある、ちゃんとした構えになっている。ただ、隙がないかと言われれば隙だらけだけど。
私も慣れていないレイピアでの勝負とは言え、これで負ける方が難しい。
「たぁっ!」
互いが構え合っていたのは数秒足らず。彼は掛け声と共に斬り掛かってきた。
左上段からの袈裟斬り。ゴブリンの攻撃よりは速いものの私の目にははっきりと動きが見える。
斬り下ろされてくる剣の腹をレイピアの先端で突いて軌道を私の右側に逸らす。私の左肩あたりに打ち込むつもりだった彼の剣はそのまま空振りして私の右側へ身体ごと転がることになる。
「ぐっ。な、なんだ?何をした?」
「さぁ?それよりもう終わり?」
「ば、馬鹿を言うな。今のはちょっと力みすぎただけだ」
魔物との戦いだったらそんな言い訳効かないけどね?
私から距離を取って再び彼は構えた。呼吸を整え、強く短く息を吐くと再び私に斬り掛かってくる。
先程の大振りな攻撃ではなく小さく纏まった攻撃を連続で放ってくるが、私はその一つ一つを丁寧に捌いて彼が次の攻撃を出しやすい方向へと導いていく。彼が撃ち込む度に軽い金属音が響いては消え、まるで心地良い音楽のような旋律となる。
息を止めて20回ほどの連撃の後、またもや離れて小さく構えを取った。だいぶ息が上がっているようで肩で大きく息をしている。
「どうしたの?折角綺麗な演奏だったのに」
「う、うるさい!お前こそどうなんだ。さっきから一度も攻撃してこないじゃないか」
「ひょっとしたら一回くらい私に当てられるかなって思って受けてみてたんだよ」
「ふんっ、余裕だな。だが僕だって嫌いだけど防御の練習はしてるんだ。今度は僕がお前の攻撃を受けてやる」
あぁ、そういうのフラグって言うんだよ?
でも折角だからその鼻っ柱をへし折る方法でやってみようか。
「じゃあ私は今から攻撃するよ。レイピアでの攻撃は突き。真っ直ぐ行って君に向かう。この位置から左右に動かずに君の鼻の前に突き付ける。いい?」
「はっ、攪乱のつもりか?いいだろう、その剣を僕が弾き飛ばしてやるさ」
男の子がしっかり構えたのを確認すると私は魔人化を使う。
身体強化よりも強力な効果があり、肉体全てを強化するスキル。これを使っていれば生身の防御力も上がるし、HPも自動で回復する。正に魔人となるためのスキルだ。
試した結果、私の強力すぎる特異魔法すら私自身を戦闘不能にすることはできなかった。相応の怪我はしたけどね。それもあっという間に回復してしまう、正しく脳筋のためのスキルだね。
…でも私は戦闘特化なだけで脳筋じゃないよ?
さて、私から彼までの距離は10メテルくらい。走っても20歩、4秒くらいかかるのが一般的な6歳児だと思う。
でも、魔人化した今の私が本気で駆けるとどうなるか?
整える必要もない呼吸を一瞬止めて踏み込むと「どんっ」という音がして私のレイピアは彼の眉間の真ん中に指一つくらいの隙間を開けて止まった。
直後に私が自分の体で押した空気が風となって彼に当たる。前髪を風にかき上げられ、それがおさまると彼は腰が抜けたように座り込んだ。
「弾くどころか見えてすらなかったみたいだね」
突きを出した姿勢のままだった私は構えを解くとレイピアを背中にしまった。
その後座り込んだまま放心している彼に向けて手を差し出した。流石にこのまま放置するのはあまりに可哀相だからね。
「ほら、立てる?」
「あ、あぁ。だい、じょうぶだ」
私の手を掴んでゆっくり立ち上がったはいいが彼は未だに放心したままだ。多少あざとく小首を傾げて見ているといきなりはっと我に返り私の肩を掴んできた。
「な、なんだったんだ今のは!全く見えなかったぞ?こんなの先生ですらやっているのを見たことがない!何だ?何をしたんだ」
「ちょ、いた、くはないけど、待って、ちょ」
なんなのもう!将来のイケメン候補とか思ったけどやっぱり中身はダメダメなDV男かっ?
私が肩を掴まれて嫌がっているのをお構いなしに彼は続ける。
「さぁ、何をしたか言え!僕は今お前に何をされたんだ!」
「もぅっ!やめてってばっ!」
肩を掴んでいた彼の手を両手でそれぞれ掴むと横に回転するように投げ飛ばした。
魔人化を解いた以上肉体の強さは普通になっているのが彼の力では私の素の防御力すら打ち破れない。なので痛くはなかったけど、突然でびっくりしたというのが本音。
つい勢いでやってしまった…反省はするけどこの子が悪い。
その後投げられ地面に叩きつけられた衝撃で気絶していた彼を起こして気分を落ち着かせると、私達は向かい合って座ることにした。
「すまない、あまりにすごい技だったのでつい…」
「まぁ、私もびっくりしてつい投げちゃったし。おあいこってことで」
「おあいこ?」
「お互い様ってことだよ。どっちも悪かったってこと」
「なるほど!お前強い上に頭もいいんだな」
…この子、ひょっとしたら勉強嫌いなのかな?
でもさっきまでとは全然違って今はキラキラという音がしそうな笑顔で私と向かい合っている。最初にこれを見ていれば私の印象も少しは違ったのかもしれない。
「それで、結局どういう技だったんだ?」
違ったのかもしれないけどしつこいのは変わらないらしい。前世から数えてもここまで私に興味を持ってくる男の子は初めてだね。
「あれは技なんかじゃないよ。全力で踏み込んで真っ直ぐ突いただけ」
「アレが…ただの突きだって言うのか?」
「そうとしか言えないよ」
「先程はゆっくりとした突きの練習をしていたのにか?」
「あれは私なりの型の練習だからね。ちゃんとやれば君の剣を全部捌くくらいできるのはわかったでしょ」
私の言葉に彼はしばらく考え込むように「うー」だか「むー」だか言いながら頭をいろんな方向に傾けている。
「とりあえず、お前が強いのはわかった!僕の負けだ」
「それとお前お前って呼んでるけど、私はセシルって名前があるの。ちょっかい出してくるならそのくらいそっちが先に言いなさいよね」
「別にちょっかいでは…いや、そうだな。悪かった。僕はリー…ドだ」
「リード?」
「あ、あぁ。リードだ。もっと腕を上げておま…セシルに必ず勝ってみせるからな」
むー?なんかちょっと誤魔化した感じがしなくもないけど。まぁいっか。鼻っ柱はへし折ったし、素直に謝ったし名前で呼んだしね。
微妙に何かのフラグを立ててしまった感じがしなくもないけど何なんだろう?気にしても仕方ないし、一旦棚上げしておくことにしよう。
この後長い付き合いになっていくリードとの邂逅はこんな形だった。言ってしまえば第一印象は悪い方だと思う。それでも素直なところもあって憎めない、そんな男の子だった。
生意気な男の子って微笑ましいですよね。




