第196話 同じ趣味どころか…
今週乗り切れば仕事が少し落ち着くので、そしたら後は10月の試験に取り掛かれるです(_ _)
頑張って更新ペースは維持するつもりです(`・ω・´)
「セ、セシルちゃん?」
「……はっ?! あ、す、すみません! つい…」
クンツァイトに見入っていた私の肩をケニアさんに掴まれてようやく私は我に帰った。
危ない。
本当に危なく意識を持って行かれそうだった。
最近宝石に関して全く自重しなくなっていたせいかケニアさんの前だというのに感情を抑えきれなくなりそうだった。
「はは…は…。アタイも綺麗な宝石は大好きだけどセシルちゃんが言ったみたいな言葉はスラスラ出てこないな…」
「え。…私また口に出してました…?」
さぁっと顔が青くなるのを感じながら油の切れたブリキの玩具みたいに軋んだ動きで彼女へ顔を向けると予想外にケニアさんはとても嬉しそうな顔をしていた。
「なんだいそんな泣きそうな顔して。嬉しいよ、アタイの採ってきた石をそんな風に言ってくれてさ」
「…そ、そう、ですか? 変な人だって思ってません?」
「変人だろうさ! これだけ宝石が好きなんだからさ! つまりアタイと同じってことだろ?」
ケニアさんは私の肩をバンバンと強く叩きながら少女のように楽しそうに笑っていた。
変人認定されちゃったけどね。
「正直さ、宝石が好きって言うと金の亡者みたいに思われてあんまりいい思いしてこなかったんだよ。セシルちゃんみたいに純粋に好きって言ってくれる子がいてくれて本当に嬉しいんだ」
「そう…うん、私も同じ趣味の人がいてすごく嬉しいです」
「そうだろ? よし、もうアタイとセシルちゃんは友だちだ!」
そう言うと彼女は棚からクンツァイトを手に取って私の手に乗せた。
「こいつはお近付きの印ってやつだ」
「え…いや、ちゃんとお金は払いますよ?」
「いいんだよ。店は趣味でやってるだけだからさ。それと友だちなんだからその堅苦しい喋り方は止めとくれよ?」
むぅ…。
多分何を言っても今の嬉しそうな彼女は是が非でも私にクンツァイトを持ち帰らせるだろう。
でも流石にこれだけ見事な物をただ貰うだけというのは気が引ける。
だから私も彼女に一つだけ贈り物をすることにした。
「じゃあ私からもこれを差し上げ…ううん、あげるね」
腰ベルトに手を突っ込んで一つの宝石を取り出すとケニアさんにされたのと同じように彼女の手に乗せた。
「…こ、こいつは…これ…」
「うん?」
「こっ、これはなんだあぁぁぁぁっ?!」
突然叫び声を上げた彼女は手のひらに乗る一粒の宝石を血走らせた目で凝視するのだった。
どんどん息が荒くなっていくケニアさんを落ち着かせて二人で一杯のお茶を飲み干した私達はほっと一息ついた。
「わ、悪いな…」
「いえ、お互い様ってことで一つ…」
お互いが一言ずつ話すと同じタイミングで二人とも「ぷっ」と吹き出した。
ここまで失態を晒すことになるなんて思いもしなかったけど、それがたまらなく嬉しくておかしい。
「いやいや、あんなに眼を血走らせなくても良いでしょ」
「あぁ? セシルちゃんだって涎垂らして発情期のガキみたいな顔してたじゃん」
笑いながらお互いの失態の様を口にしてお茶を一口。
フレッシュミントティーが喉だけではなく頭の中までリフレッシュしてくれたようでスーっと冷静になっていく自分がわかる。
「とりあえずさっきの話は置いといて。本当にこれ貰っていいの?」
私がテーブルの上に置いたクンツァイトを指差すとケニアさんは嬉しそうに笑った。
「あぁ、それは今まで見つかったどの宝石とも違うからって相手にされないんだ。だからセシルちゃんがそれに見入ってた姿は嬉しかった。そういやその石にはまだ名前がないはずなんだが、さっき何か言ってたよな?」
「え? あー…」
「セシルちゃんが付けた名前なんだろ? なんか綺麗な響きだったからもう一度教えとくれよ。宝石はやっぱり名前があった方がいいんだしさ」
綺麗な名前…。
宝石はそれ自体が綺麗だけど名前もそれに一役買っているってことなんだろうね。
彼女のそういう考え方はとても好きだし、私も見習いたいと思う。
「クンツァイト、だよ」
「クンツァイト。クンツァイトかぁ…いいね!」
ケニアさんはやっぱり嬉しそうに笑うと私の前に置かれたクンツァイトの原石を愛おしそうに眺めた。
クンツァイトは発見者の名前から取ったとされているけど、実際は某有名ブランドの顧問の名前からだったはず。ブランドとかはあまり興味無いのでそのあたりの逸話に関しては私もあまり詳しく知らない。
「大事にしてやってくれよ?」
「うん、それはもう間違い無く!」
「で、これなんだけど?」
そう言ってケニアさんは同じくテーブルの上に置かれた一粒の宝石を指差した。
それはさっき渡したブリリアントカットの施されたダイヤモンドのルース。
クドーが試作として作ったものの中でも最初の頃の物。
なのでカットの面が歪だったり、研磨が甘い部分があるもののダイヤモンドをブリリアントカットしたことによる光の芸術は健在だ。
この世界のカット技術は全然進んでいないのでケニアさんがこんなに綺麗な宝石を見たことはないはずだ。
「これ、なに?」
「えっと…ダイヤモンドって知ってる?」
「ダイヤモンド? それってあのギザギザでガタガタのやつだろう? 滅多に見つからないけどこんなに綺麗な物なんて見たことないぞ?」
「そうそのギザギザのガタガタだよ。あれを一流の職人さんがカットするとこんなに綺麗になるんだよ。もちろん他の宝石もね」
そう言うと私は左腕の袖を捲った。
そこには先日クドーに作ってもらったバングルが装着されている。言われた通り意識しないと装着していることすら忘れてしまうほどのもの凄いフィット感。そしてそこにはクドーが約一年ほど時間を掛けて身に着けてくれたカット技術が惜しげもなく注がれている宝石もついている。残念ながら傷などから守るために私の鉱物操作を使い水晶でコーティングしているけど。
「こ、れ…は…。セシルちゃん……これまさか…オリハルコン…?」
「うん。それはオマケとして」
「オマケって…」
「ホラ、ここにダイヤモンドがあるでしょ? 他の宝石も、あと魔石も入れてるの」
説明した瞬間ケニアさんは私の左腕に飛びついて再びあの血走った眼でバングルを見つめている。すぐさま息が荒くなっているところからこれも彼女の琴線に触れたのだろう。
当然私もケニアさんが落ち着くまで離れることが出来ずにそのまま彼女が解放してくれるまでお茶も飲まずに待つことになってしまった。
あれからまたしばらくして落ち着いた彼女は私の左腕を離してくれた。
私よりずっと年上のお姉さんだけど、こういう姿は可愛らしいよね。
「わ、悪いな、何回も…」
「はは…まぁ…大丈夫だよ」
しかしこれでよくわかった。
私が宝石を見ているとアイカ達やカンファさんがすごく呆れた顔するのはこういうことが原因なんだね。今後は自重……出来ないから我慢、は無理。
気にしたら負けだ!
今のままでいいよね!
「けど、そのバングルをもし買おうとしたらいくらかかるか考えるだけでも恐ろしいな。下手すりゃ東の小国のどれかくらい買えるだろうさ」
「ふふ、完全に趣味の一品だから」
「ははっ、なるほど! それじゃアタイのこの店と同じってわけだな!」
その後も私はケニアさんと宝石のことをいろいろ話した。
どの宝石が好きかなんて話はしない。だって全部好きだから。
けど色一つ取ってもどんどん話が膨らんでしまって話が尽きることがない。
宝石を採りに行って道に迷ったこととか、魔物に襲われて死にかけたこととか。
今となっては笑い話だと、ニコニコしながら話す彼女と一緒にいると私も自然と笑顔になってずっと話し込んでいた。
「そういえばお店の名前、『ワラリス』って?」
「あぁ、あれはアタイの故郷の名前なんだ。『ケニア宝石店』ってなんか捻りがなかったからさ」
「へぇ…そこってどこにあるの?」
「アタイの故郷はこの国じゃなくて帝国さ。冒険者やってる間にアルマリノ王国に長居するようになっちまったからこっちで店を構えたのさ」
という話も交えながら、いろいろと彼女からは興味深い話を聞くことが出来た。
話し込んでいると時間はどんどん過ぎていくもので、気付けば私の耳にお昼を知らせる四つの鐘の音が入ってきた。
「あぁ、もうお昼かぁ…。…お昼っ?!」
「な、なんだどうした?」
「ごっごめんケニアさん! 私今日中に行くところがあるんだった!」
慌てて椅子から立ち上がって彼女から貰ったり買ったりした宝石達を腰ベルトに収納する。
「お、おい随分慌ただしいな? どこに行くってんだ?」
「えっと、ギルドマスターからの依頼だから詳しくは言えないんだけど、ちょっと移動距離が長いんだよ」
「なんだいそれならそうと言ってくれればこんなに引き止めなかったのによ」
「ごめんね。私も楽しくってつい…」
「いや、アタイも楽しかった。今度また遊びに来てくれよ。アタイも王都に行くことがあったらセシルちゃんを訪ねてみる」
「うん、手紙で教えてくれればケニアさんが来る時は王都にいるようにするね」
「あぁ、わかった」
ケニアさんは私の支度が終わると同時に右手を差し出してきた。
私はその手をしっかり握ると軽く上下させた。
初めて会ったけど、すごく濃密で楽しい時間だった。
今度は一緒に採集とか行ってみたいなぁ。
「…よしっ! それじゃケニアさんまたね!」
「あぁ、セシルちゃんも元気でな! また会おうな!」
私は店から出ると彼女に手を振ってそのまま少し急ぎ足で歩き始めた。
ふと、気になって後ろを振り返るとケニアさんはまだ私を見送ってくれていたのでもう一度大きく手を振ると今度は振り返ることなく門へ向けて走り出した。
町の門まで辿り着くとそこには知った顔が二つ。
一人はカイト。そしてもう一人はリッチ討伐に同行していた生き残りである大剣使いのおじさんだった。
もう町を出るところだし、これ以上変に時間を掛けるつもりはなかったけどここで無視して出ていくのも何だか後ですごく気になりそうだった。
私は「ふぅ」と溜め息にもならないような息を一つ吐くと彼等が立っている場所へと向かった。
「こんにちは、二人ともこんなところで何してるの?」
「セシル…」
「ようお嬢さん」
カイトはまだ私を見る目に戸惑いの色が強い。昨晩の話なんだし無理もない。
大しておじさんは普通に明るい声で挨拶すると同時に軽く手を上げた。
この様子ならもう怪我の具合は問題無さそうだし、リッチの闇魔法を受けた影響も出てなさそうだ。
「ギルドに行ってもお嬢さんがいなかったから、ここにいりゃそのうち会えるだろうと思ってな。ホラ!」
おじさんはカイトの背中を強めに押した。
その力に抗うことなくカイトが私の前によろめきながら出てくるとさっきと同じあの目を向けてきた。
何というかすごく脅えた目をしている。
「あ、あの…あのさ、セシル…」
このまま告白されるなんてことないよね?
カイトってば結婚したばっかりで何してるんだ!
今日もありがとうございました!




