第193話 デリューザクス
どれくらい意識を失っていたかはわからない。
ふと気付けば私は片膝をついて座り込んでいた。
まだ目の前には消滅する前のエルダーリッチの体が朽ちることなく存在していたことから、恐らく一分にも満たない時間だったと思う。
改めて自分のステータスを確認してみると、このオナイギュラ伯爵領へ来る前よりもレベルが百五十ほど下がっていたので戦帝化を使っていたのはほんの四、五分くらいだと思う。
それよりも驚くべきは自分のMPだった。
今も凄まじい勢いで回復しているものの、気絶していた時間から考えると魔渇卒倒を起こしていたようだ。つまりほぼMPを使い切ったということ。
これは…どういうことだろう?
よくわからないまま、私は理力魔法の箱ごと吸い込んだ亜空間を開いた。
すると中から魔力の残滓だけが溢れてきて、周囲へと広がっていった。
亜空間内で爆発させたため被害はほとんど無いけど入り口を作ったここは空間を隔てていたにも拘わらず大地に亀裂が走り、私とエルダーリッチの周りだけが大きく窪んでいた。
アンデッドが出現していたこの場所は草木がほぼ枯れ果てており、ただの荒野になっていたがより一層不毛の大地と化してしまった。
「…ツウジなカッタ、か…」
辺りを見回していた私へエルダーリッチが声を掛けてきた。
恐らくもう消滅寸前だろうし、もう打てる手は何も残していないはず。
特に警戒するまでもなく、私はエルダーリッチへと近付いていくと彼の体は既に消滅が始まっており足から徐々に朽ちて消えてきている。
「残念だったね。私の方がずっと強かったみたい」
「…オそレイル。セイゼんモフクメてゴヒャくネんイジョウ、ミガイてキタまホウダッタ…」
「そっか。最後のはびっくりしたけどね。…結局貴方は何がしたかったの?」
彼の消滅まではもう間もなくだけど、私は折角話せる魔物だったので聞けるだけのことは聞いてみたくなった。
「ワタしハ…スコしデモチかヅキタかッタ。ソレダケダ…」
「近付く?」
「おサナキボウケンシャヨ、なハ?」
「私はセシルだよ」
「…セシルニワタしノまセキをウケトッテホしイ。アノモノにスコしデモチかヅケソウナモノトトモに…」
エルダーリッチは自分の残った魔力を最後に振り絞って私の手に魔石を乗せてくれた。
ビー玉くらいの大きさのスモーキークォーツのような魔石の中に人の頭蓋骨を模したような紋章が浮かんでいた。
これがエルダーリッチの魔石…ちょっと怖いけど、とても高貴な輝きをしている。
「コレデおモイノコスコトハなイ…。ネガワくバ…ワタしコソガ、ヴォルガロンデに…」
「え…? ちょ、ちょっと待って! 今ヴォルガロンデって!」
しかし私の呼び声はエルダーリッチに届くことは無く、その肉体は完全に消滅してしまい彼が倒れていた場所には一枚のカードといくつかの魔道具が落ちていた。
「…デリューザクス…? どこかで聞いたことがあるような…?」
エルダーリッチが落としたのは聞き覚えのある名前が入った冒険者カードだった。
他人の冒険者カードを拾った場合、すぐに最寄りの冒険者ギルドに届ける決まりがあるし、どのみちカイト達も無事かどうか確認したいから一度ワンバには戻った方が良さそうだね。
私はカードと魔石、魔道具をそれぞれ腰ベルトに収納すると町の方角を確認してから空に浮かび上がった。
時間はまだ深夜。一の鐘が鳴るのはまだ先なので、このくらいの時間なら飛行魔法を使ったとしても誰かに目撃されることはほとんどない。
仮に見られたとしても、寝呆けていたと片付けられてしまうような出来事だ。
そのくらい飛行魔法は一般的ではないし使う人は遥か昔に途絶えてしまっている、らしい。
上空から改めてワンバの方角を確認すると、徒歩の十倍程度の速度で飛行していくことにした。
ワンバに到着して門へと入っていくとさっきもいた門番が私に声をかけてきた。
「早かったな。リッチはどうだった?」
「それも含めて今からギルドに報告に行ってくるよ」
「そうか。…まぁまた次頑張ればいいさ」
「うん? よくわかんないけどそれじゃ」
なんでまた次?
ひょっとしてあの門番、私一人だけ戻ってきたって思ってるのかな。
カイト達が戻るのはもう少し後だろうから仕方ないけどそれもすぐわかるよね。
門番と別れた私は一人歩き始め、ワンバの冒険者ギルドを目指した。
ここのギルドは門を出てから真っ直ぐ歩いた先にあると予め聞いていたので大通りを歩きながら周りの建物を見回しては確認していく。
さすが貿易都市と言うだけあって王都にも負けないくらいいろんなお店がある。今は夜中なのでどこも閉まっているけれど折角ここまで来たのだしちょっとくらいは覗いていきたい欲が出てくる。
このまま夜通し進めば朝には次の目的地に着くことも出来るだろうけど、さすがに徹夜で洞窟の調査に赴きたくはないので結局ひと眠りすることになる。それならこの町で一泊してから翌朝向かってもそこまで大きな違いは出ないかもしれない。
うん。そうしようかな。
しばらく歩いていると大きな看板に「冒険者ギルド」と目立つように書かれた建物を見つけた。
中からはまだ灯りが漏れているので、誰かしらいることは間違いないだろう。
キィィ
あまり音のしないドアをくぐると中には思ったよりも多くの冒険者達がエールの入ったジョッキを傾けていた。中には既にテーブルに突っ伏して眠ってしまっている人もいるけれど、ほとんどはまだ元気に大声で話しながら酒盛りをしているようだった。
そんな中を私はチラチラと横眼で見ながら真っ直ぐに受付カウンターまで進むと、椅子に座って事務作業をしていた男性に声を掛けた。
「こんばんは。依頼達成の報告をしたいのですが」
「うん? お嬢さん見ない顔だね?」
「はい。六の鐘の頃にアルマリノ王都からこちらに到着したところですので」
私は自分の冒険者カードと王都のギルドマスターから渡されていた依頼書を提出した。
すると受付の男性はあからさまに表情が変わってその依頼書と私の冒険者カードを何度も目を往復させながら確認した。徐々に目が血走ってきたのでちょっと不気味だけど、いくらなんでも口には出さない。
「こ、いつは…」
「それと、これが討伐証明です」
カウンターにエルダーリッチが落とした魔道具と魔石、それと見覚えのある名前が入った一枚の冒険者カードを置くと受付の男性は今度こそ飛び上がって驚いた。
「な、なななっ?! ちょ、ちょっとお嬢さん、こっちへ!」
「え? わ、うわぁぁ?!」
男性は私の手を取るとそのままギルドの奥へと私を引っ張っていった。
抵抗することも出来たけど、ギルドの関係者に下手なことはしない方がいいだろう。
男性に案内された部屋はホールからは見えない位置にある事務室で、彼は私をソファーに座らせると自分はもう一度部屋を出ていき飲み物を持って再び現れた。
「すまんな、突然。茶でも出したかったんだが、職員はもう全員帰っちまってな。食堂から無理言ってもらってきた」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
用意された飲み物に口をつけると爽やかな果実の風味と共に僅かに喉を焼くような感覚。どうやら少しだけお酒が入っているらしい。
飲めないこともないし飲んだことがないわけでもないけど、この世界のお酒はアイカの作った蒸留酒を薄めたものくらいしか美味しいと思えるものがないので普段は全然口にしていない。
それに、ユニークスキルの異常無効があるせいでほぼ酔うことが出来ない体になっているので付き合い以外でお酒を口にする必要もない。
男性も同じようにコップに入ったお酒を軽く煽ると両手を膝についたまま私に向かって頭を下げてきた。
「改めて挨拶させてくれ。俺がこのワンバの冒険者ギルドを仕切っているボーゲンという者だ」
「ギルドマスター自ら案内してもらえるとは光栄です。私は日ごろ王都周辺で冒険者として活動しているBランク冒険者のセシルと言います」
「あぁ。お嬢さんのことは有名だから当然俺でも知ってるさ」
「有名?」
私は自己紹介が終わった後に言われた言葉に首を傾げた。
王都のギルドマスターからの依頼は公式にはなってないって言われてるはずなのに?
「まぁ詳しくは言えないんだが、ギルドには俺達だけが見ることの出来る情報もあるってことだ」
「…それって、私が王都のギルドマスターから受けてる依頼も全部筒抜けってことですか?」
「あぁいや。そこまでじゃない。だが、お嬢さ…セシルがギルドマスター指名依頼を頻繁に受けてはその全てを達成していることはわかる」
え、それだとほとんど筒抜けと変わらないんじゃないの?
思っていたことが顔に出ていたのかボーゲンさんは慌てて両手を振った。
「どんなことをしているかまではわからんさ。とにかく冒険者ギルドに対しての貢献が素晴らしいことはわかるからな、そんな人物をあんな喧しい場所で対応するわけにはいかんさ。それに、内容も内容だしな」
「まぁ…とりあえずそういうことにしておきます。もう少ししたら私以外のメンバーも帰還するでしょうし、それまでに私の報告は済ませます」
そういうと私は臨時パーティを組んで出発し、リッチが出現したところから単独でエルダーリッチを討伐したことまでを話した。
「そして、最後にエルダーリッチは私に魔石を託して消滅しました。その後に残されたのがこれらの魔道具と冒険者カードです」
私が説明を終えるとボーゲンさんは魔石と魔道具、冒険者カードを一つ一つ手に取って鑑定し始めた。
魔石と魔道具は私も鑑定しているので、間違いなくエルダーリッチの物だと証明出来る。
私ではわからなかったのが冒険者カードだ。表に「デリューザクス」という名前が書かれていることと、それが虹色に光る金色のカードであることだけはわかった。
つまり、SランクかSSランク冒険者の物ということだ。
ボーゲンさんは立ち上がって執務机に置いてあった箱にデリューザクスの冒険者カードを通すと大きく溜め息をついて私のところへ戻ってきた。
「これは間違いなくデリューザクスの冒険者カードだ」
「そうですか…。そのデリューザクスって方はどんな人だったんですか?」
「デリューザクスか…もう伝説になってしまっているがな…。かつてはヴォルガロンデと双璧を成した冒険者ギルド最強の一人と言えるだろう」
「…ヴォルガロンデは…冒険者だったんですか?!」
思わぬところから思わぬ情報が入ってきたことで、私はソファーから立ち上がりボーゲンさんの両肩に掴みかかったのだった。
今日もありがとうございました。




