第192話 浄火
エルダーリッチの黒い靄から逃れた私は一旦距離を取った。
もうあの黒い靄による吸精攻撃は効かないけど、高位のアンデッドはただでさえ厄介なので無闇に近寄るのは愚策だ。
「おノレ…。たダのニんゲンガわタシニハムカウなド、ユルセン!」
エルダーリッチは私がさっきの吸精攻撃から逃れたことを怒っているようだが、意味がわからない。
なんか前世の両親と同じような思考回路をしているようでかなり腹が立つ。
そんな風に私が自分の過去を思い出してイライラし始めた頃、エルダーリッチはその強力な魔力を垂れ流すかのように周囲にばら撒いた。そしてそれに同調するようにリッチ達が何やら魔力を集中させ始めると、再び霧が立ちこめてきた。
「…氷魔法の霧じゃない…? これは…」
やがて霧の中にもエルダーリッチの魔力が浸透していくと、微かに視界の届かない先からカラン、コロンという音が聞こえてきた。
この音はユアちゃんのダンジョンでも聞いたことがある。
そして立ちこめていた霧が晴れてくると同時に私の目に入ったのは…。
「…スケルトン?」
「グハハははハハ。たダノスケルトンデハなイ。わタシノまリョクヲたブンにスッタヨリコウイナルスケルトンダ」
本当に聞き取りにくいなっ!
「てことは、スケルトンソルジャーとか、スケルトンジェネラルとかってこと?」
確かによくよく見てみれば普通のスケルトンは剣もボロボロでちょっとした盾で受け止めるだけでも欠けてしまうような粗末な装備してしていないが、霧の向こうから現れた彼等はどれもしっかりとした装備を身に着けている。
しかも数が馬鹿みたいに多い。
スケルトンは魔力で作られた骨ではなく、元々生きていた人間の骨を媒体にしているため生前の能力が強く反映される。高ランク冒険者だったり騎士だったりした人間ならば相応の強さを持っていると思って差し支えないほどに。彼等がどれほど高い志を持っていたかは知らないけど突然やってきた逆らえない上司にいいようにこき使われる身になったわけだ。
それらは私の周囲を完全に包囲しており、貴族院の講義で軍隊について習った言い方で言えば連隊くらいの規模がある。
見渡す限り骨、骨、骨…。
しかもどれだけ分厚いかわからないほどの数がいる以上、本来これは王国の軍隊が出動するレベルの脅威度となるだろう。
ただのリッチなら脅威度Aで済んだはずなのに、エルダーリッチはそれを遥かに超える。しかも高位スケルトンの軍隊付き?
これ普通の冒険者がやるような依頼じゃないでしょ!
そういう意味ではカイト達をとっとと町へ戻しておいて正解だったかもしれないね。
「サァ、ゼツボうノナカデシかバネヲサラセ。ソシテわレラノナかマニナルノダ!」
エルダーリッチが手にした杖を振るうとスケルトン達は手にした武器を握り締めながら私へと一歩ずつ進み出した。
持っているのは剣だけじゃなく槍、戦斧など、恐らくは生前手にしていた馴染みのある武器なのだろうけど、生前と同じように振るわれたらちょっと面倒だ。
何よりまともに相手をするなんて時間の無駄を私がするわけもない。
いつでも短剣が抜けるようにと構えていた私は両手を腰のあたりから前方へと突き出した。
その手に魔力を集めていけばいつものように魔法を使うことが出来る。けれど、このスケルトン達は生前は国や町、大切な人を守るために戦ったのかもしれない。そんな高潔な魂をあんなエルダーリッチなんかに穢させたくはない。
「剣魔法 光縛剣」
魔力を注ぎ続ける限り天から降り注ぐ光の刃が雨となってスケルトンやリッチを貫いていく。
その様は金色の雨が降り注いでいるかのように、数千もの光の剣が命の冒涜者達へ襲いかかっていく。
多分これだけでも十分倒せるだけの威力は出せると思う。
罪を犯したわけではないけれど、彼等の魂は浄火によって召されるべきだ。
私は地面に貼り付けられたらアンデッドの軍勢に対して手向けとなるべく魔力の十分の一ほどを注いで集中。
そしてその場で新しく魔法を登録する。
「新奇魔法 煉獄浄焦炎!」
より強く、より熱く、エルダーリッチの魔手から逃れられるようその身を焼き尽くすために放った私の新しい魔法。
炎が龍のようにのた打ちながら私から円を描くように回り始めた。
スケルトン達はその炎にまかれるとあっという間に骨に引火して、炎が吹き上がる。
本来骨の主成分であるカルシウムは簡単には燃えない。それこそ鉄が溶けるくらいの温度でなければ、あんな風に炎が吹き上がることなんて有り得ないのだ。
やがてその炎の龍がぐるぐると駆け回ると私の周囲には霧すらも残らず、ただ乾燥し地面が溶けてガラス状になった台地に私とエルダーリッチだけが立ち尽くしていた。
「バかナ…ナんダソノマリョクハ…」
「オマケでリッチも焼き尽くしちゃったみたいだね。流石にアンタみたいな魔物までは倒せなかったみたいだけど」
「ユ、ユルサん。キサマハコロしテシモベニしテモエイゴウニクルシみツヅケさセテヤル!」
聞き取りにくい上に早口だったため、うまく聞き取れなかったけどかなり怒っているいることは伝わってきた。
それを証明するようにエルダーリッチからは溢れる魔力が風となって私に吹き付けていた。
「思った以上に…強いみたいだけど、私には勝てないよ」
「ダマれエェェェェッ!」
激昂したエルダーリッチは自分の肩の辺りに新しく骨の手を形成して四本腕となり、その全てから魔法を放ってきた。
どれも私が精霊の舞踏会を使う時と同じで獄炎弾や岩弾砲など各属性の中位魔法を連発してきた。
でも、私の精霊の舞踏会ほどの数じゃない。
これではせいぜい数十発くらいなので、本気を出したら数千を超える私の魔法とは比べ物にならない。
尤も、並みの冒険者がこれを受けてしまえばそれこそ肉片しか残らないほどバラバラにされてしまうけれど。
前方のあらゆる方向から襲い来る魔法に対し私は両手を突き出しただけでいい。
よく使ってる魔法だからいい加減魔力の集中も必要ないほどスムーズに行える。
そしてエルダーリッチの魔法が私に届く直前で、見えない壁にぶつかって弾けた。放たれた百にも満たないそれらはその見えない壁を一度も突破することなく全てが私に届く前に掻き消えてしまったのだ。
「エルダーリッチなんだから理力魔法くらい知ってるよね」
「ア、アアアァァァァァ…アリエヌ…わタシガマケルコトなド…アリエヌッ!」
自分の魔法が全て防がれてしまったことで激昂していたところから更に頭に血が上って……上る血がなかった。
エルダーリッチは魔力を滾らせて自分の真上に巨大な魔力球を生み出そうとしていた。
さっきの攻撃で魔力の半分近くを使ってしまっていたけど、更にまだこんな隠し玉まで持ってるとは思わなかった。出来れば私にもこの魔法を教えてほしいくらいだ。
しかし、エルダーリッチの残り魔力を感知していたのに、それをも上回って頭上の魔力球は膨れ上がっていく。既にエルダーリッチのMPはほぼ底をついているというのにまるで血を吸っているかのように赤黒い塊はその大きさを更に膨らませていく。
「コレデ、ワタしハショウメツスル…。オサなキボウケンシャよ、キサまモミちヅレニ…」
「ちょっと! 冗談じゃないよ!」
最後の最後になんてことをしてくれるのよ!
感じ取れる魔力から察するに、あれが地面に炸裂したら半径二万メテルは魔力の暴風が吹き荒れて何もかもを薙ぎ払ってしまうと思う。
そうなれば当然ワンバは甚大な被害を受けることになってしまうし、国境がすぐ近くにある以上はそんな天変地異にも近い現象が起きればザッカンブルグ王国に不信感を抱かせてしまう。
ここ最近アルマリノ王国の第一王子とザッカンブルグ王国の第一王女が婚約したばかりなのに、そんなことがあればこの話自体が白紙になってしまうことすら有り得る。
なんだってこんな面倒なところで暴れてくれるかな!
さて、エルダーリッチはほぼ消滅間近。邪魔してくるとは思えないのでこの際無視。そういうわけだから、あの頭の上にある直径三十メテルはあろうかという超巨大魔力球をどうすべきかを考えるだけでいい。それが最大の問題なんだけど。
私だけが無事でいればいいのならここから逃げればいいけど、そういうわけにはいかない。
カイトも大剣使いのおじさんもまだ暴風の範囲内にいるし、辿り着く先がワンバなら結局被害は免れない。
高い火力で撃ち抜いて爆発させる?
多分、より強力な爆発が半径一万メテルくらいになるのでワンバは結局より深刻な被害に見舞われる。よって却下。
撃ち抜かずにより上空へ運んでから炸裂させる?
可能は可能だろうけど上空二万メテルなんて行ったことはないし、そもそもこの世界に成層圏があるかどうかもわからない。地球と同じならば地上から二十キロメートルも上がれば成層圏になっているけど、ここが同じ構成になっているとは限らない。
対流圏の先がよくわからない大きな魔力の膜で覆われていると、この世界の研究者は真面目に発表しているので、それが真実かもしれないし誤りかもしれないけど自分の体で今すぐ試すにはリスクが高すぎる。
ということで却下。
ヤバい。ほとんど方法無くない? 考えないと…何かいい方法が…。
私が悩んでる間にもエルダーリッチの用意した魔力球は今にも臨界点を突破して私へ向かってきそうだ。
理力魔法の壁で箱を作って爆発させる?
んー…悪くないかもしれないけど安心感が足りない! 保留!
新奇魔法で同じ威力の魔法を放って相殺する? 私がいる方向からしか相殺出来ないから反対側は結局被害甚大。却下。
空間魔法で魔力だけを吸い込む……いけ、そうな気がする。
というかこれしかない。あの膨大な魔力を亜空間に吸い込んで、その中で炸裂させる。
空間魔法で魔法等を打ち消す訓練はユアちゃんのダンジョンで何度かやったことがある。主にドラゴンのブレスを消すためにだったけど、これなら。
「戦帝化!」
レジェンドスキル戦帝化を使用すると自分の能力が飛躍的に高まる。身体能力や反応速度だけでなく魔力もだ。
そしてそれに合わせて自分のレベルが下がっていく。時間はないので一気に畳みかける。
まず魔力球を理力魔法で作った箱の中に閉じ込める。あそこまで大きくて強力な壁を作ったことはないのでMPをごっそり持っていかれる感覚がして頭がクラっとするが、奥歯を噛みしめてそれに耐える。
次にその箱ごと空間魔法で作った亜空間への入り口を作り出す。
これまた理力魔法で作った箱と同じ大きさにしないといけない。何故かブレスや魔法を吸い込むときはその大きさを対象と揃える必要があった。道具を入れる時は入り口が小さくても入ってくれるのに、あまり融通は効かない。
そして直径四十メテルはあろうかという巨大な亜空間の入り口を作り出すと理力魔法の箱ごと吸い込んで亜空間を閉じた。
その直後、魔力の供給がされなくなった魔力球は突然暴走したかのように亜空間内で爆発し、私の意識もそこで途絶えた。
今日もありがとうございました。




