第186話 今後の話
寝落ちしていました…。
結局エイガン殿の話は置いておかれてる状況だけど、私も今話題に上がっているゼッケルン公爵家次男のキラビーノム様の話は気になる。
「ゼッケルン公爵家は数年後に長男に家督を継がせる予定なのだそうだ。あの権力至上主義のゼッケルン公爵が、だ」
「確かに現公爵が引退するとは俺も考えられんな。以前にお会いしたことがあるが、まるで他人のことを常に値踏みしているような男だった」
「私も同じ感想ですわ。そして、私を次男と婚約させることで間接的に『ベルギリウス公爵』をも自分ものにしようとしているのでしょう」
「だが、貴族会議止まりだろう?結局その後の王族会議も通らねば貴族会議で通った法案など…」
「忘れたのか?国王陛下の第二王妃様はゼッケルン公爵の実の妹だ。加えて第二王妃と仲の良い第五王妃の姪に当たるのが…」
「第一王子アルフォンス様の婚約者、ザッカンブルグ王国第一王女ルーセンティア様か」
「当然だが、僕達がこの話を掴んでいるということは」
「お父様達も当然ご存じの上、ということですわね」
話を聞いているとどんどん登場する人が増えてきてわけがわからなくなってきた。
結局誰を注意したらいいのかはっきりしてほしい。
従者三人の中でカイザックは真面目に話を聞いてる風に見えてるけど、あれは既に考えることを諦めた顔だ。サイード殿は自分の持っていた情報を既にババンゴーア様に伝えているはずなので新しい情報に興味津々だね。
で、私もだんだんどうでもよくなってきたのでそろそろ話を元に戻してほしいところでもある。
「そしてエイガン殿の実力も相まってかなりの数の貴族の子どもが引き付けられていて、一大派閥になろうとしている」
あれ? 貴族院の中ではそういう派閥みたいなものを作ることは禁止にしてるんじゃなかったっけ?
「仮にも公爵家次男ですもの。伯爵家の三男や子爵家の長男あたりならすぐにでも…でしょうね」
「そうだな。だが伯爵家ならどうとでもなる」
「そうなると早めに公爵か侯爵の子どもをこちらに引き入れておきたい、ということか」
「そして出来ればエイガン殿の力を削ぐことが出来れば文句無しですわ」
「後は方法だが…」
そこまで言ったところでリードの視線が私へと向けられた。
何故こっちを見たのかわからない私は首を傾げるが、リードはそれを見てニヤリと悪い笑顔を浮かべた。
最近本当に父親であるクアバーデス侯爵に似てきたと、この笑顔だけでもそう思う。
「エイガン殿はセシルに随分と執心していてな。なんでも貴族院最強の座が欲しいのだとか」
「それはまた随分と豪気だな」
「ねぇカイザック。エイガン殿というのは貴方から見てどうなのかしら?」
ミルルが自分の従者であるカイザックへ質問すると、カイザックは渋い顔をしていた。
「はい、もし私とエイガン殿が模擬戦をした場合、十中八九私の負けでしょう」
「カイザックとて四年次では上位の実力でしょう?」
「そうです。セシル殿には及びませんが、純粋な戦闘能力で言えば彼女についで二番目の力があると自負しております」
「セシル殿は別格としても、その貴方がそこまで言うほどの実力なのですか?」
カイザックに問い掛けていたミルルだけど、その答えはカイザックではなく別のところからもたらされた。
「エイガン殿が騎士団長と模擬戦をした際に見ていた者から聞いたのだが…彼の剣技は一般的な威力を遥かに上回るとのことだ。他にも魔法使いのタレントもあるようで全ての属性魔法も使える。身体強化もあるだろうし、かなり長時間に及ぶ模擬戦だったことから継戦能力も高いと推測出来る」
とババンゴーア様からの情報だ。
そこで私は右手を上げて発言の許可を求めた。
「どうしたセシル殿」
「ババンゴーア様、長時間の模擬戦とはどのくらいだったのでしょうか?」
「俺が聞いたのは鐘一つ分、とのことだ」
「ありがとうございます」
鐘一つ分となると前世で言う三時間。
それほどの時間戦い続けるとなると相当なスタミナを持っていることになる。
リードとババンゴーア様も最近ではそのくらいの時間訓練で戦っているけど、全力に近い状態でとなると半分ももたないと思う。
エイガン殿が一般的な冒険者ランクでS相当と言われていることを考えれば妥当な実力だけどね。彼ならワイバーンでも単独で討伐することも可能かな。
私も最近の訓練ではユアちゃんのダンジョン九十九層でドラゴン十匹相手に三時間くらい戦っているし、同じくらいの模擬戦をすることは出来る。
こと戦闘におけるババンゴーア様の考察はかなり信憑性が高いので彼の言うエイガン殿の戦闘能力は的を射ているものとして、私とエイガン殿が模擬戦をすれば間違いなく私が勝つだろう。
「しかし、そのエイガン殿とセシル殿とで模擬戦などどうする? 同じ学年でなければそんな機会はそうあるものでもないぞ」
「以前セシルはエイガン殿から決闘を申し込まれたのだがその時は断っている。また同じことが起これば良いが…彼も次はなかなか言ってこないだろう」
「何故ですの?」
「僕達からいろいろ聞かされて、決闘に様々な条件が付くことを嫌がっているだろうからな。あれは根っからの戦闘狂だ」
「勝敗の如何によって行動を制限されるのは困るということか」
あー…確かにそんな感じはしたかも。
でもそんな気持ちの良い戦闘マニアとはとても思えなかった。どちらかというと自分が勝つまで何度でも挑むような、執念深さを濃縮したような人物だったと気がする。
「理想としては、キラビーノム卿が僕に決闘を申し込み、その代理者としてセシルとエイガン殿の決闘が実現することだ」
「キラビーノム卿ですか…。確かに彼は自分で決闘出来るような人ではありませんわね。それも相手がリードルディ卿ともなれば尚更に」
「現時点でもCクラスならばそうであろうな。まるで勝負にはならん」
相手が決闘を申し込んでくるように仕向けるってことだろうか?
そんなこと可能なのかな?
…まぁやるんだろうね。最近リードの貴族としてのやり口がどんどん陰湿になってきている気がする。それが良いか悪いかは別として、今回は私が口を出す場面は無さそうだ。
そして今回の打ち合わせはこれで終わりということになった。
残りの時間は普通にお茶をして、いつも通り穏やかな昼下がりとなった。
その日の夜。
私はリードが入浴を終えたので自分の湯浴みも済ませ、お風呂掃除をしたところでリビングでなにやら考え込んでいるリードに紅茶を入れて、自分もリードの正面に座った。
「昼間の話し合いのこと?」
「…あぁ。さっきも言ったが、キラビーノム卿が僕に決闘を挑むように仕向けることになる」
「うん、方法はわからないけどリードが出来るっていうなら出来るんでしょ?」
「僕の情報網にかかったネタに間違いが無ければ、必ず」
「なら、それでいいじゃない。最近のリードはすごく立派になったと思うよ」
しかし褒めてあげたのにリードの表情は暗いままだ。
何か気になることがあるのだろうけど、話さないのであれば私から敢えて聞くような野暮はしない。
「多分だが…来年のどこかでキラビーノム卿から僕に決闘が申し込まれるだろう。決闘は代理人によって執り行われることになるから、その時はセシル、任せたぞ」
「ふふ、わかってるよ。そういうのは私の役目だからね」
テーブルの上に置かれたカップを持ち、温くなってしまった紅茶を一気に流し込むとリードは部屋に戻ってしまった。
なんであんなに浮かない表情だったのかわからないけど、せめて一緒にいる間は彼の望むようにしてあげよう。そう思った私は彼が口をつけたカップを手に取り、洗浄をかけて片付けると自分の部屋へ戻ったのだった。
話し合いのあった週の光の日。
私はヴィンセント商会へとやってきていた。
最近はリードに訓練や依頼に駆り出されることが多いのでほとんど来られていないけど、なんとか月に一回くらいは来るようにしている。
というのも。
「セシル!」
「こんにちはユーニャ。見習いはどう?」
「番頭から何度か褒められたし、最近はすごく調子がいいよ」
ユーニャの言う番頭とはカンファさんのことだ。
彼も私が取引してるおかげで一年前から番頭として店頭の業務を一通り任されるようになっていた。
でも彼の父親であるヤイファさんはそれを快く思っていないそうだけどね。それも後数年、彼が独立したら解放される。
ここまで辛抱したカンファさんはとても我慢強い性格なのでちょっとやそっとの嫌味くらいなら簡単に聞き流しているとのこと。
「やぁセシル。久しぶりだね」
「ご無沙汰してます。最近ちょっと忙しくて」
「君ももうすぐ五年次だからね。それも仕方のないことさ。無事卒業は出来そうかい?」
「誰に言ってるの?」
「はは、それもそうだ。では言い方を変えようか。無事主人からは解放されそうかい?」
一応貴族院では卒業後もクアバーデス侯爵に仕えるという体を取っているけど、カンファさんには以前卒業後には冒険者になることを話している。
それに冒険者としての活動をほぼ毎週のようにしていることは同じ学年の者ならほとんどの人が知っていることなので、もしかしたら、と思ってる人は他にもいるのかもしれない。
「とりあえず今のままならその予定だよ。ユーニャとお店をやる予定もあるし、冒険者としての活動も、やらなきゃいけないこともあるからね」
「それは重畳。こちらも準備は進めているし、ユーニャさんの教育も順調だ。ここで君がリードルディ様と婚約してしまったら計画が台無しになってしまうからね」
「それ場所が場所なら不敬罪になるからね?」
「心得ているとも」
カンファさんは相変わらず自分の野望に忠実な人だね。
分かりやすくて好感が持てる。
私も注意はしたけど笑いながらだからそれほど強くは言ってない。ここにいる三人は同じような目標を持っているのでかなり好きなことを言える間柄だしね。
そこへドアがノックされてもう一人が追加された。
カンファさんの姉であるベルーゼさんだ。
彼女はお茶の用意をしてきてくれただけでなく、一つの小さな箱を持ってきていた。
「さて…それじゃ折角来たんだし、買い物もしていくかい?」
「うーん…最近自分の依頼をあんまり出来てないから財布が心許なくなってきちゃったんだよ」
「…よく言うわよ。アンタ、そこらへんの貴族よりよっぽどお金稼いでるでしょ」
そこらへんの貴族、というと男爵や子爵くらいだけど、領主でもない法衣貴族の資産なんて聖金貨換算で一枚から五枚程度と聞いている。
さすがに私も聖金貨五枚もの資産は持っていないけど、新しく商会を興すのに必要な聖金貨三枚程度ならある。
白金貨換算にすれば三百枚だ。
「だって、すごい宝石とか仕入れてたらと思うと今くらいのお金は確保してないと怖いでしょ?」
「ははは、セシルは心配しすぎだよ。私の知っている限り、史上最高額の宝石は聖金貨一枚だ。無論、単一のもので装飾品として加工されていないものに限るけどね」
約一億円の宝石って……やばい…見てみたいし、欲しい!
「それも二百年くらい前に失われてしまったらしいけどね」
「えぇ?! なんで?!」
「それを運んでいた船が海の真ん中で沈んでしまったらしいよ。確か帝国から南東の小国群のどこかに運んでる最中だったはず」
な、なんてこと…。
昔のこととは言え、そんな世界の宝が海の底に沈んでしまったなんて…。
私は自分の目に触れることも叶わなかった宝石に思いを馳せてひどく落ち込むのだった。
今日もありがとうございました。




