閑話 イルーナの現在と
今回もイルーナの閑話です。
「パーティを解散しよう」
ザイオンから出た言葉を誰もが否定することなく受け入れたのは彼が村に戻ってきて村人全てをベオファウムに送り届けた後だった。
私達も一緒にベオファウムへとやってきて今はザイオンの家…領主館にいた。
「…一応理由を話しておく。今回の件は魔物の群れを過小報告した村の落ち度もあったということもあり不幸な事故として処理されることになった」
「不幸な事故って…あれは私が…」
「イルーナのせいじゃない。皆が少しずつ失敗してしまったせいだ。私達は自分達の実力を、村人達はいつも冒険者が魔物を退治してくれるからとおざなりな報告を、ギルドはそれを真に受けて注意喚起を怠った」
「けど…」
「そしてそれを処理するために私は父上から冒険者を辞めて家に入ることを言いつけられた」
ザイオンはいつか貴族として、領主としての役目を果たすために冒険者を辞めることは話してくれていた。
けどそれはみんなに祝福されて辞めるものだと思っていたのに、こんな形で終わることになるなんて誰も思わなかった。
「イルーナ、私とザイオンは冒険者を辞めて結婚することになるわ。貴女達がどうするかはわからないけど…私達はこれでも納得しているの」
「エルちゃん、私は…わっ、わたしっ…」
言葉を続けようとして、目の前が歪んだ。
溢れる涙と込み上げる嗚咽のせいでうまく話すことが出来ない。
部屋の中には私の泣き声だけが響く。
全部私のせいなのに。私のせいでザイオンとエルちゃんはもう少し冒険者を続けられたはずなのに辞めなきゃいけなくなった。
あの村の人達も家族や住む場所を奪われてしまった。
私がみんなの幸せを奪ってしまったんだ。
その後放心状態の私をランド君が自分の故郷であるこの村に連れてきて郊外に一軒家を作って一緒に暮らし始めた。
しばらく人と会わないようにしていた私だったけど、半年もする頃には落ち着いて村の人達と仲良くなっていった。
ランド君から冒険者を辞めて結婚しようと言われたのはその頃だったっけ。
いつも私のことを心配してくれるランド君のことは私も大好きだったけど、結婚についてはよくわからなくて村の女の人に聞いて回っていたらいつの間にか周知の事実になってしまいなし崩し的に結婚した。
今となってはすごくよかったと思ってる。
結婚の申し込みをする時のランド君は緊張して普段じゃ見たこともないくらい何回も言い間違えたりして……絶対幸せにするって約束までしてくれて…。
そしてそれは一年後にすぐ叶えられることになった。
「セシルちゃん、ご飯の時間だよー」
「ぁーぅ」
小っちゃくて、柔らかくて、すっごく可愛い娘が生まれた。
セシルちゃんは赤ちゃんの時から全然手が掛からなくて村の先輩お母さん達からは羨ましがられたし、私としても初めての子育てで不安だったけどとても楽だった。
よくお手伝いもしてくれるし、まだ小さいのにおかずになるような鳥を狩ってきてくれたり、出来すぎる子どもだった。
ある日子ども達だけで森に狩りに行ってゴブリンを退治してセシルちゃんが怪我をしたと聞いた時には全身の血の気が引いた。
「他の子たちは怪我一つしてないし、父さんと母さんに教えてもらったことをちゃんと…」
何故かセシルちゃんは必死にちゃんと教わったことが出来たと説明して他の子ども達が無事だったことをアピールしてきた。
そんなことどうでもいい。他の子だって無事に越したことないけどセシルちゃんさえ無事ならそれでいいのに。
「あ、あの…。えっと…ここ、こんなの、き、気持ち悪い、ですよね…?わた、私ちゃ、ちゃんと出て、出ていきますから。おおお世話になり、なりま…」
娘から聞いたその一言で私の頭は瞬間的に真っ白になって、気付いた時にはセシルちゃんの頬を平手でぶっていた。
なんで心配しているのがわかってないの?
自分の娘が可愛くて仕方ないのがどうして伝わらないの?
この子は何でも出来るのに、なんで私やランド君が愛していることが伝わらないの?
それを何とか伝えようとしているのに。
「気持ち、悪くない、ですか?」
なんなのこの子は…どうして愛されてるって思ってくれないの…。
こんなことなら何でも上手く出来なくていいから普通の子どもらしく怖がりで私やランド君に頼ってきてくれればいいのに。
その後も何度となくすれ違いをして、ケンカみたいに家を出てザイオンのところに行こうとしたセシルちゃんと話し合った。
そして、やっぱりこの子の力は誰かの幸せを守るために使ってほしいと、困っている人達の助けになってほしいと思えるようになった。
いつもどこか遠くを見ているようなその目のことをずっと気にしてた。
この子は私がしたような失敗はしない。
もっとたくさんの人達を助けてくれるに違いない。
だから私はすごく寂しかったけど、泣かないようにセシルちゃんを送り出した。
あの子がいなくなった家はとても広く感じて…でもセシルちゃんの弟のディックちゃんの前では泣けなくて。
そんな時、ザイオンから私宛に手紙が届くようになった。
手紙にはいつもセシルちゃんがどんなことをしたか、どんな才能があるだとかが何枚にも渡って書かれていた。
大人の貴族と決闘して圧勝したとか、料理上手だったセシルちゃんはクアバーデスの家にレシピを提供したとか、文官達に効率的な業務方法の提案をしたりとか…とにかく多方面に、とにかくいろんなことをやっていた。
やっぱりあの子はすごい子だった。
私も魔法の天才だとか言われたことがあったけど、セシルちゃんに比べたら一般人と変わらないくらいでしかないんだと思える。
数ヶ月に一度届くザイオンからの手紙が私の生活の楽しみになった。
しばらくするとザイオンの子どもであるリードルディ様の従者として一緒に貴族院へ入ることになると教えてもらい、手紙が届いた数日後にはセシルちゃんが久し振りに帰ってきた。
あっと言う間に私と同じBランク冒険者になっていたことも驚きだけど、「シオクリ」と言われて渡されたお金にも驚いた。
並みのBランク冒険者が稼ぐ一カ月分以上のお金をポンと出すこの子は一体何をしているのか…。
そしてまたセシルちゃんのいない日々が続いた。
途中ザイオンから届いた手紙には脅威度Aの魔物を単独で討伐したとか書かれていたのを見た私は最早セシルちゃんに対しては何をしても驚かないようにしようと心に決めた。
だって脅威度Aを単独で討伐なんてSランク冒険者じゃなきゃ無理だよ?というかSランクでも出来る人なんてそうはいない。
あの子は一体どこまで行くつもりなんだろう?
ちなみにディックちゃんはセシルちゃんより強くなりたいと言って訓練していた時期もあったけど、どうやらこの子は他の子に比べたら体力があまりないみたい。
それもあって物作りの手伝いをしていて、最近では魔道具にまで興味を持ち始めていた。
私は昔アドロノトス師匠から教わった基礎の部分をディックちゃんに教えてあげるとそれを何度も繰り返し作っていた。
そんな時ザイオンから手紙が届いた。
リードルディ様の教育も一段落したので次の長期休暇では帰省させるというもの。
あの子が帰ってくるのを楽しみに過ごしていると今回もまたザイオンの手紙が届いてから十日も経たない内にセシルちゃんは帰ってきた。
「ただいま母さん」
久し振りに見た娘はすっかり背も伸びて女性らしい体型になってきていた。今は貴族院の制服を着ているけどそれなりの服を着せたら貴族様の令嬢だと言われても納得出来てしまいそうなほど、自分の娘とは言え立派な美少女になってしまっていた。
残念ながら私の血を色濃く継いでしまったようで胸の成長は芳しくなさそうだったけど。
そしてまたもやたくさんのお金を渡されたけど、この子はそれもさして気にした様子はない。一体どれほどのお金を稼いでいるんだろう。
そういえば前に庭の掃除をしていたら大きな宝石のような物を見つけたことがある。ひょっとしたらこれもこの子が…?
「ねえね…これ…魔石?」
「うん。これだけあったらいっぱい勉強出来る?」
「…うん。絶対すごいやる。いっぱいいっぱいやる」
そうかと思えばいつの間にかあの子が持っていた魔法の鞄から大量の魔石をディックちゃんに渡していた。それよりも一冊の本を簡単に写してしまう魔法まで使っていたけど、そんなのアドロノトス師匠でも使えないと思う。
この子は何? うちの娘は伝説の魔法使いヴォルガロンデとも比肩するくらいすごい魔法使いになるんじゃないだろうか?
「母さん母さん、ねえねがすごい!」
手放しで褒め千切るディックちゃんにさすがのセシルちゃんも苦い顔をしていたのでやり過ぎたと思ってるのかもしれない。
うん、気付くのが遅いよ馬鹿娘。
「うんうん。セシルお姉ちゃんはすごくて綺麗で可愛くて頭も良くて魔法も上手いし、すっごく強いんだよ」
「おおぉぉぉ…。母さんからいつも聞いてたけど、ホントにねえねすごい。ねえねカッコいい」
ふふ、ディックちゃんの純粋な眼差しで少しは自重を覚えなさいセシルちゃん。
でも貴族院に入ってからしばらくは大人しくしていたとザイオンからは聞かされていたのに、なんで突然こんなに遠慮しなくなったんだろ?
そういえば最近路地裏の薬屋さんによく行ってると聞いてたけど何か変な友だちでも出来たとかじゃない、よね?
冒険者なんだから危ないことはしちゃ駄目とは言えないけど友だちはしっかり選んでほしい。それこそ村にいたときから一緒に遊んでいたユーニャちゃんとは王都で再会してまた仲良くしてるみたいだから大丈夫だとは思うんだけど…。
そしてまたセシルちゃんは王都へと戻ってしまった。
次に会えるのはいつになるかな?
卒業したらまずは帰ってきてくるのかな?
そんなことを考えていたら寂しさよりも楽しみの方が大きく膨らんできていることに気付いた。
取り返しのつかない失敗をした私のくせにこんな幸せでいいのかな?
でも、少なくともセシルちゃんとディックちゃんが幸せであるためにも私はちゃんとお母さんやらなくちゃね!
小さな幸せを願い、セシルちゃんが走っていった街道の先を見つめた私達。
あの子の幸せのためなら私はちゃんと頑張れる。
よし、さぁやるぞー!
今度会うときはすっかり大人になったセシルちゃんだ。
今から楽しみだなぁ。
そしてその願いが叶うまではあとたった一年でしかない。
「頑張るぞー!」
私は気合いを込めて右手を強く握り、真っ直ぐ上に突き出したのだった。
今日もありがとうございました。
次回からメインストーリーに戻ります。




