閑話 イルーナの過去
ひさびさの閑話です。イルーナの過去のお話。
6/17 指摘があったイルーナ達の監禁場所等について加筆しました。
彼からの手紙。
手紙に書かれた名前は「ザイオルディ・クアバーデス」。この村も含めたクアバーデス侯爵領の領主。
彼からの手紙は数ヶ月に一度くらいの頻度で私の元へと届いていて、中身を確認した私はすぐに火魔法で燃やしてしまっている。だからランド君にもディックにもこのことは内緒。
あの子が彼のところへ行ってから早いものでもう七年もの年月が経とうとしている。
つまり、セシルちゃんが生まれてから約半分は一緒にいられなかったということ。
ずっと一緒にいたかったけど、それは叶わない願いなんだろうなぁって思ったのはあの子が四歳の時に村の子ども達を守りながらゴブリンを倒した時だったと思う。
そして八歳の時。ゴブリンの集落を一人で殲滅させたことを聞いた時には、この子の力はみんなの幸せのために使ってほしいと思ったっけ。
幸せかぁ…。
そういえばランド君やザイオン、エルちゃんと一緒にパーティ組んでいろんなところに行ったことはすごく楽しかったっけ。
今はそれぞれ結婚してなかなか会えないけど、幸せになっていると思ってる。
そのパーティが解散しちゃった原因の私がこんなこと言ったらいけないんだろうけど…ね。
今から十何年か前、今いる村よりもう少し南には一つの村があった。村というよりも集落に近いその場所は、オナイギュラ伯爵領とクアバーデス侯爵領の境にある森のすぐ近くにあったために魔物の被害が後を絶たなかった。
当時四人でパーティを組んでいた私達はベオファウムの冒険者ギルドで依頼を受けて集落の近くに現れる魔物の討伐で村を訪れていた。
「ねぇねぇ、その魔物の目撃情報からしたら多分オークだよね?」
「集団で現れて、ぶっとい棍棒を振り回すってんならそうだろうなぁ」
いつも魔物に一番早く攻撃を仕掛けているランド君は自分の経験からか私の意見に賛成してくれている。
「いや、そうとも限らない。それに同じ集団にゴブリンらしき小さな魔物も見られたという目撃もある」
「ザイオンの言う通りね。魔物を特定して然るべき対処をするのも正しいけれど、臨機応変に立ち回らないといけないわよ?」
そう言うのは領主様のひねくれ息子でいつも小難しいことばっかり考えてるザイオンと彼の婚約者で支援魔法や回復魔法に特化しているエルちゃん。
ザイオンはその剣捌きがすごくて貴族様が通う貴族院っていう学校でも一番だったってエルちゃんから教えてもらった。
「でも村の人からの話はだいたい聞き終わったし、これ以上は調べられないよ」
「そうね…。私達ならある程度どんな魔物が来ても対処出来るでしょうけど…」
「ふむ。…なら自分達で確認するしかないだろうな」
「おぉ。じゃあすぐ出発だな!」
ニヤリと黒い笑みを浮かべるザイオンと相変わらず深く考えないランド君は思惑は違うはずなのに意気投合して早速村の外へと向かおうとした。
それを私とエルちゃんはいつも通り苦笑いを浮かべながら後を追っていくことになった。
それが甘い考えだったことはその日の晩にすぐわかることになる。
「ぐおぉぉぉぉっ?!」
「ランド君っ!」
オーガの振り回した棍棒に吹き飛ばされてランド君が宙を飛び地面に何度も叩きつけられた。
エルちゃんが介抱に向かおうとするけどゴブリンの群れが立ちふさがっていて近付くことが出来ないでいる。
かと言って私やザイオンはオークの群れと対峙しているのでそちらの支援に向かうことも出来ず、苦手な攻撃魔法を低威力で放つエルちゃんは徐々にゴブリンの群れに押され初めていた。
「くっ…!イルーナ、少しだけでもこいつらを牽制出来るかっ?!」
「むっ、無理だよ!」
私達の前にいるオークは五匹。
詠唱する時間さえあれば一匹ずつ倒すことは出来るし、全部まとめて牽制することも可能だけど、さっきからその時間も取れない。
オークの攻撃はザイオンがまとめて受けてくれているけど、私が詠唱に入ろうとすると数匹のウルフが私に襲いかかってきて強い魔法を使えない。
「キャァァァァッ!」
「エルシリアァァァァッ!」
ゴブリンが無茶苦茶に振り回した錆び付いた剣を受けてエルちゃんがその場にしゃがみ込んでしまった。
ゴブリンは女性を襲って巣に持ち帰る習性があり、その後の女性は彼等の繁殖のために使われてしまう。
今までの依頼でそういう現場を何度が見たことがあるので、このままではエルちゃんが危険だ。
「う、がぁぁぁぁっ!」
その時地面に倒れていたランド君が咆哮と共に立ち上がり、エルちゃんに群がろうとしていたゴブリン達に何本もの矢を放った。
ランド君は元々猟師をしていたこともあり矢の扱いはとても上手い。でもそれは万全な状態なら。
彼の放った矢の内、数本はゴブリン達に刺さったが運良く急所に刺さった個体以外は倒れることなくランド君へと向き直った。
「へ、へへっ。その子はザイオンの嫁さんになるんだ。お前らみたいなのに渡すわけにゃいかねぇ」
ランド君は弓を投げ捨てると両手に短剣を持ってゴブリン達へと向かっていった。
そのすぐ後ろには一体だけとはいえオーガもいるというのに。
「暴風砲!」
私の持っているユニークスキル詠唱破棄と天魔法のおかげでそこそこの威力の魔法を使い、ウルフの群れだけは何とか殲滅することが出来た。
残りはオーガとオーク、それとゴブリン。
「ぐぼっ?!」
しかしゴブリン達と戦っていたランド君は後ろから来たオーガの棍棒をまともに受けてしまい私のすぐ横まで飛ばされてきた。
「ランド君?!ランド君!」
「イルーナ落ち着、がっ!」
私がランド君へと走り寄ろうとしたのを見たザイオンの注意が一瞬散漫になったところへオーク二体が襲い掛かりザイオンも地面に転がされた。
その身体の下からじわりと血溜まりが広がっていく。
「全滅」
その二文字が私の頭を過った。
村のすぐ近くに現れるような魔物は普通ここまで群れを作ることはないと言われている。
なのに、何が来てもいいように臨機応変にって言ってたのに。
私達ならどんな魔物でも倒せるって思ってたのに。
これは私達の驕り。こんな馬鹿なことで死ぬの?
四人のうち立っているのはもう私だけ。
魔物達は私に向かって歩を進めてくる。
私とエルちゃんはゴブリンに捕まったら死んだ方がマシという思いをしてから最終的に心も死に、待っているのは衰弱死。
でもランド君とザイオンは間違いなく殺される。
「そんなのは…ヤダ!」
私は足に力を入れて踏ん張ると自分の魔力を突き出した両手に集中し始めた。
強い魔力に怯み始める魔物達。
けれど一体のゴブリンが慌てて持っていた剣を私へと投げつけてきた。
集中していた私ではそれを避けることも出来ない。
迫ってくる剣は見えているのにどうすることも出来ず、やがて来る痛みを覚悟して目を閉じた。
「水閃」
プシュッという音がして目を開けると飛んできていた剣は水流に跳ね飛ばされあらぬ方向へと消えていった。
魔法が飛んできた方を見るとエルちゃんが右手を突き出して援護してくれていた。
彼女はニコリと微笑むと右手を突き出した格好のまま地面へと倒れ伏してしまった。
魔力が尽きたことによる魔渇卒倒だと思う。
けどエルちゃんのおかげで私の魔力も残り全部を込めることが出来た。このままだと私もエルちゃんと同じことになる。
だからその前に魔法を…。
魔力が無くなる寸前の掠れ気味の意識で詠唱する。
ずっと前にアドロノトス師匠からもっと魔法が上手く使えるようになったら使えと言われていた高威力魔法。多分今の私が使うにしてもきっと危険でしかないけど…やらなきゃみんな死んじゃう。
そんなのヤダ。ヤダったらヤダ!
「嵐旋柱!」
身体全部から一気に力が抜けていく感覚。
そして切断されたかのように途切れる私の意識。
最後に見たのは立ち上る三つの巨大な竜巻だった。
「イルーナ、しっかりしろイルーナ」
名前を呼ばれて目を開けるとランド君が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「ラ、ンド、くん?」
「気が付いたか! 良かった!」
ランド君は横になっている私に覆い被さるように抱き付いてきた。
重いし鎧が当たって痛い。
意識を失う前のことを思い出そうとして、顔を横に向けるとそこには大きく削れた地面とバラバラになった魔物の破片が散らばっていた。
そうだ…最後に魔力を全部使ってアドロノトス師匠から教えてもらった魔法を使ったんだっけ…。
「ランド君痛い…。ザイオンとエルちゃんは?」
「あ、あぁ…悪い。ザイオンはあっちでエルの治療を受けてる。結構傷が深いんだが死ぬことはないだろうさ」
「そっか…よかった。みんな無事だったんだね」
治療を終えて、私やエルちゃんの魔力も回復したところで私達は村へと戻ることにした。
何とか魔物は退治出来たし、美味しいご飯を食べてちゃんとした寝床でゆっくり眠りたいしね。
けど、私達を待っていたのは喜んでくれている村の人達じゃなかったんだ。
「どうしてくれるんだ!」
「お前達のせいで…お前達が来なければ!」
「母ちゃんを返してよ!」
村へと戻った私達を待っていたのは建物が全て吹き飛ばされ、人も家畜も物もぐちゃぐちゃにかき回されたように壊滅状態になった村だった。
私が最後に放った魔法は魔物を倒すだけでは消えず、そのまま後ろにあった村まで届きあっという間にその全てを蹂躙し尽くしてしまった。
村の中央では亡くなった人達の亡骸が並べられており、どれも竜巻にかき回されたせいで血塗れで四肢のどこかが無くなっているものすらあった。
謝ることしか出来ない私達は全員でその場に蹲って許しを乞うたけど、当然そんなもので許してもらえるはずもなく。
私は自分の仕出かしたことの重大さに青くなって震えることしか出来なかった。
みんなを助けようとしたのに、どうしてこうなってしまったのかわからなかった。
最終的にザイオンが領主の息子だと身分を明かし、ベオファウムから救援の騎士団を連れてくるまで私達はほとんど水や食料を与えられることもなく、かつて食料貯蔵用に掘られたてあろう洞窟に監禁された。
風が吹き込むことは無かったものの、地面は常に湿っていて横になることも適わず、私やエリちゃんだけでなくランドくんすらかなり疲弊してしまっていた。
でも地面が湿っていたおかげでエリちゃんがハンカチを敷いて吸わせた水分を補給することは出来た。
入り口には私達の監視役として武器を持った男性が二人立っていたけど、攻撃魔法で突破するわけにもいかず大人しくされるがままでいた。
そして集落の人達は残された資材から何とか数人毎に雨露を凌げるテントのような物を作ったようだけど、その作業の合間には洞窟の前に来て叫ぶのだ。
「お前らのせいで娘は死んだんだ!」
「母ちゃんを返せ!」
「お前らを殺してやりてぇよ!」
暴力を受けたり乱暴されることはなかったけど、繰り返し投げかけられる恨みの言葉は私の心を削り続け、もう欠片ほどしか残っていなかった。
今日もありがとうございました。
あともう一回イルーナの話があります。




