第173話 アイカへ依頼
一応そろそろ物語が加速していく頃かと思われます(ようやく)。
それに伴って新キャラも増えてきます。使いきりも多いとは思うんですけどね。
ネイニルヤ様の話を聞いてすぐに向かったのは図書館。
ヴォルガロンデのことを調べている時に行き詰っては他のことを調べていたわけだけど、その時手に取った本の一つにこの世界の種族について紹介している本があった。
その中にはアイカの夜人族のことも、クドーの神狼族のことも、私の進化先である英人種のことも書いてあった。そしてアイカの夜人族とはサキュバスやインキュバスのような淫魔族と呼ばれる種族と吸血鬼族のハーフではないかと記載されていたのだけど、これは事実とは異なるらしい。
本来は両方の因子を持って尚、突然変異的に発生するのだとか。そもそも淫魔族は他種族との契りでのみ生まれるので混血であることが普通なのだけど、吸血鬼族は眷属との間に生まれた子どもの内、稀に吸血鬼族として発生するらしい。
そうなると両方の因子を持っていること自体が至極稀でしかないわけだ。つまりアイカも生まれつきのチート体質ということになる。
それを気にしてる様子も無いし、鼻にかけることもない。今では私もすっかり仲間意識が生まれているのでお互いいろいろあるよね、くらいでしかない。
話が逸れた。
それでその淫魔族と他種族との契りなんだけど、普通に恋人同士となることもあるし、契約として交わされるものもあるのだけど一番厄介なのがネイニルヤ様の背中に現れたものと同じ「淫魔の求婚」と呼ばれるものだ。
これは淫魔族側から一方的に好意を寄せられた相手が次第に相手のことを拒否出来なくなっていくという呪いの一種だと書いてあった。
つまり、極端な言い方をすれば。
「町で見かけた可愛い女の子を勝手に自分のものにしようと拉致監禁催眠までしようという根暗で不愉快極まりないド底辺ストーカーかっ!!」
図書館に誰もいないことをいいことに私は思いの丈をぶちまけた。
そりゃネイニルヤ様はちょっと傲慢なところはあったけど、生まれ持った貴族の娘という弱みを見せられない立場をしっかり理解した女の子だったよ。
ミルルのような圧倒的正統派美少女ではないけど、キリッとした表情の似合う綺麗な子だし男達が憧れるのもわからないでもない。
だからってこんな方法が罷り通っていいわけがない。
というかさせないしねっ!
その後も図書館で調べてみたけど、解呪方法などが書いてある本は無かった。
こうなると後はその「道」の人に聞いてみるしかないわけで。
「と言うわけで協力して!」
「…アホンダラ。突然やって来て開口一番何言っとんのや」
その日の深夜。一の刻を過ぎた頃に寮を抜け出してアイカの店にやってきた。
淫魔族のことなら夜人族のアイカに聞けばわかるかなと思った次第で。
アイカはいつも通りカウンターで椅子に座ってぼーっとしていた。稀に調合している時に来るとほとんど話をしてくれないけど、今日は何もしてなくて助かった。
「まず説明するのが先やろ?! 戦闘でも真っ先に飛び出すし、そないに突撃志向とは思わんかったわっ」
「えぇ…。そんなに突撃してないよ?」
「無自覚なんがもっと性質悪いわっ」
「いたっ」
アイカの手刀をおでこに受け、つい咄嗟に声を上げた。本当に痛いわけじゃないので何故かいつも声が出るのは不思議だ。
「えっと…じゃあ最初から説明するね」
「当たり前や。ほんなら話聞いたるからお茶入れてぇな」
…それは貴女がすることなんじゃないですかね?
私は勝手知ったるアイカの店の戸棚からティーセットと腰ベルトから乾燥させたレモングラスを取り出すとお茶の準備をしながらもネイニルヤ様とウェミー殿の話を始めた。
「ほぉん…。つまり、その貴族のお嬢さんが『淫魔の求婚』を受けたから助けたいってことなんやな?」
「そう!」
「知らんわ。どうでもえぇやん」
一通り説明した後でアイカに「なんとかしてあげたい」と言うも、彼女は冷たく一言で切り捨てた。
アイカは私やクドーには優しかったり面白かったりする女性だけど、よく知らない相手やどうでもいい相手にはとことん冷たくなる人だということはこの一年の付き合いでわかっている。
それでも私はアイカを説得して何とかネイニルヤ様を助けてあげたい。
「でも…そんな勝手によく知らない人によくわからない求婚されて、いつの間にか拒否出来なくなるなんて…自分の意志とは関係ないことに振り回されるなんて酷いと思わないの?」
「そんなん、貴族かて同じやろ?自分勝手に気に入った相手の人生も何もかんも無視して手に入れようとするところとか、そっくりやん」
「ぐっ…」
アイカはお茶を飲みながらも私の方には全く視線を向けずに語る。
本当にどうでもいいと思っているようだ。私だから話は聞いてくれてるのだろうけど、そうでなければとっくに店から叩き出されているだろう。
その瞳には何も映し出されていないようで何かを思い出しているような雰囲気もある。
アイカの過去に何があったのかまでは知らないけど、貴族に良い思い出がないのかもしれない。
瞳に映らない彼女の脳裏には今どんな映像が広がっているのか…。
「話は終わりやろ?それなら…」
「終わりじゃないよ!だって…悔しいじゃんか。彼女は何も悪くないのに、そんな理不尽に振り回されるなんて…」
そこまで言った直後にアイカから鋭い視線を向けられた。
今までアイカからは受けたことのない鋭い威圧を込められた眼だ。
「セシル。ウチはセシルのことめっちゃ好きやで。真っ直ぐやしちょっと変なとこあっても一緒におっておもろいしな。けど今のはなんや? 悪くない、理不尽に振り回される? えぇやろ、今まで散々ウチらは理不尽だの化け物だの言われてきたんやで? どうでもいい他人やら偉そうな貴族なんか知らんわ。ちっとくらい理不尽に振り回されたらえぇんや」
「…アイカの言うことはわかるよ…」
「わかってへんやろがっ! 自分まだそんな生きてへんからそないなこと言えるだけやっ!」
「生きてないけどっ! けど…アイカが悲しい思いをしたことも、私にそんな思いをさせたくないって考えてることくらいはわかるよ…」
「この…っ! ガキのくせにウチの何がわかる言うんやっ!?」
「まだ子どもだけどもう三十歳超えてるよ! それに何も話してくれないのにわかるわけないよっ!」
「あぁ、そうやな! けどセシルみたいなお子ちゃまにはまだまだ話せんことばっかりや! そんだけこの世界のきったないとこ見てきたんやっ!」
「話してよっ! 全部受け止められないかもしれないけど、アイカのこともっと知りたい!」
顔は怒りを表してるだけなのに、なんでそんなに悲しい瞳をしてるのか、その理由までは知らないけど。私だってアイカにこんな顔をさせたいわけじゃない。こんな風に喧嘩したいわけでもないのに。
「なんでセシルが泣くんや? ここは怒るとこやろ」
「わかんないよ。アイカが悲しそうな目をしてると、なんか私も悲しい…」
気付くと私は大量の涙を流しながらアイカの服を掴んでいた。
「…はぁ…ホンマセシルは泣き虫やな。…今度薬草採取手伝ってもらうのでチャラや。めっちゃしんどいとこ連れてったるわ」
「アイカ……うん、何でも手伝うよ!」
「…結局、セシルにはかなわんなぁ…」
渋々という表情を通り越して、強烈な自己嫌悪を思わせるほどの表情をしつつもなんだかんだで笑ってくれるアイカのことを改めて大好きだと思った瞬間だった。
ちなみに大声で言い合っていたせいか、クドーもやってきていつも通りのお茶会になったのは言うまでもない。
「とりあえず次の土の日や。北大通りから西の路地を入ったとこにある『町の樹木』っちゅう宿にその貴族のお嬢さんと従者の子連れて来るんやな。話はそれからや」
「うん、わかったよ」
「薬草採取だけやなくてクドーの素材採取も手伝わすんやったな…」
「もちろんそっちもやるよ。当たり前だよ」
「……そういうんを素で言えるから、ウチはセシルがめっちゃ好きやねん…」
顔を真っ赤にしたアイカが呟いた言葉を聞き取れない人はこの場にはいない。
「どうせなら、口に出さずに言うべきだな」
「うん…。告白されたかと思ったよ…」
「んなっ?! そ、そそそっ、そんなん言うセシルは嫌いやあぁぁぁぁぁぁっ!」
そしてもっと真っ赤になって半泣きになったアイカがとっても可愛くて私の三倍も生きてるなんて信じられなくなりそう。
「そんな可愛いアイカのこと、私は大好きだよ」
「うむ」
「……アカン、もう堪忍したってください。もうウチの残機はゼロや…」
HPもMPも残ってるから大丈夫。
と笑ってあげたかったけど、さすがにこれ以上やってアイカが臍を曲げてネイニルヤ様の件を引き受けてくれなくなっても困る。
…というか、さりげなく私の言葉にクドーが便乗したよね?
でも今それを言うともっと大変なことになりそうなので、私は聞かなかったことにしておくのが一番平和な方法だと信じて席を立った。
「それじゃ私はそろそろ寮に戻るね」
「あぁ。…そうだ、セシル。以前返したオリハルコンとアダマンタイトのインゴットを借り…いや、貰うことは出来るか?」
「うん?いいよ。使い道ないしね。新しい炉の製作は順調?」
「あぁ、もう少しだ」
休みの間に行った迷宮で採取してきた迷宮金を使ってクドーは自分の炉を新しく作っている。
改造ではなく、迷宮金を使った新しい炉を作ることでいろんな研究も捗るんだとか。
そのあたりのことは私もよく知らないので協力を求められればそれには答えたい。この二人にはいろんなことでお世話になってるしねっ!今もそうだけど。
私は腰ベルトに入っているインゴットをいくつか取り出すとクドーの足元へと置いた。頼まれたオリハルコンとアダマンタイトだけではなくミスリル、金、銀等何種類、何本も。
とりあえずこれだけあればしばらく困らないと思いたい。
「こんなものでいい?」
「……あぁ、十分だ」
クドーの頬が少しピクピクしてる。
これは量に驚いているわけじゃない。嬉しい表情を隠そうと必死になっている顔だ。
私の仲間の二人は相変わらずとても変な人達で、とっても楽しい人達だ。
今日もありがとうございました。




